奥多摩:夢の世界へもう一度

2005.July.24

4生になるのと同時に、卒論研究が本格的に始まりました。 1年間の学生不在期間を経て久々に本町水田に配属された唯一の学生として、水田の中の物言わぬ水生昆虫の声に、じっと耳を傾ける生活が続きます。 例年よりも速いペースで季節が進行する中、様々なサイトに飛び交う採集成果報告をはるか遠くの世界の出来事としてぼんやり眺めているうちに、 昆虫採集シーズンのピークである5月6月が、瞬く間に過ぎていきました。

7月になると、それまで半日を要した飼育昆虫の世話が技術革新により2時間に圧縮。 以前通った川崎市の里山に昆研の後輩を連れて出かけたり、 後輩の後追いで高尾山のモミ立ち枯れでアオタマムシを採ったりと、 午前中の短い時間ですが採集にも出かけられるようになりました。

しかし、わずかな時間では成果は少なく、檜枝岐、武尊山、奥秩父、山梨県旧北巨摩郡、奥多摩など、 3年生の時にさんざん訪れた山地の自然と比べると、物足りなさを感じていました。 あのような、すばらしい自然の中に、もう一度立ってみたい。 でも、夢でない限り、この夏はそんな遠くへ行けるわけがない・・・・。

そんなある日、ふと頭に浮かんだ考えで、あきらめかけていた夢が、一気に現実のものに。

「奥多摩なら、現地で灯火採集を兼ねて野宿して、夜明けから採集を始めて夕方までに帰還する」

毎日午後のほぼ定時に始まる作業が足かせとなっていたわけですが、 裏を返せば、作業が終われば次の作業開始まで24時間猶予が与えられるということ。 奥多摩での灯火採集は未経験なので何か面白いものが採れるかもしれないし、 夏は夜明けも早く、林道を往復しても十分な時間が確保できる。

「終バスで行って、灯火見ながら寝て、夜明けとともに登って、午後一番のバスで帰途につけばOK」

ということで、たった24時間ですが、夢の世界へ、いま一度・・・。
なお、掲載写真の中には後日撮影したものを含みます。


土曜日、夜勤明けで本町水田に行きます。 今日は先生も技官さんもお休みの日。 普段よりちょっと早めに作業を終わらせて、あらかじめ用意しておいた荷物を持って、電車に飛び乗ります。

18時過ぎ、奥多摩駅に到着。 改札を出ると、感激のあまりしばらく身動きが取れないほどでした。

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(2007年12月、撮影)

この、駅前商店街の変わらぬ風景...。

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(2006年3月撮影)

振り返ると、「関東の駅百選」に選定された、懐かしい駅舎...。

1年生の時に先輩に連れられて訪れた時から、時間の流れが止まっているようです。 この夏はもう諦めていたのに、再びこの地に降り立つなんて、夢のようです。 感激のあまり両足が震えています。

終バスに乗り込み、最奥の地へ。 再びこの地に降り立つことができたことを感謝し、 集落も変わらぬ姿を留めていることに感激しながら、 夕闇が迫る中を急いで歩き、目星をつけておいた灯火ポイントへ。

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(2006年7月撮影)

荷物を置き、橋の上から谷を眺めます。 日常生活では見られない、一面の濃い緑。日は完全に沈み、あたりは急速に闇に包まれていきます。

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(2006年7月撮影)
そして、ライト点灯。

さっそく、灯火採集のはじまりです。 奥多摩で灯火採集をするのはこれが初めて。

夏になると、たくさんのミヤマクワガタが路上で轢かれているので、きっといろいろな虫が外灯に群がっていると期待していました。

この電信柱の根元には、古めの薪が置いてあるので懐中電灯で照らしてみると、

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オオキノコムシ

以前に檜枝岐で死骸を拾っただけで、生きているのはこれが初めて。 つかむと、ピーナッツのようなにおいを出して、さらにびっくり。これは幸先がよいスタートです。

夜になっても気温はあまり下がらず、風もほとんどありません。 絶好の条件の下、次々と昆虫が飛んできました。 夜間の撮影は懐中電灯だけでは思うように行かないためすぐに諦め、 久々の夜間採集ということもあって夢中になって虫を採っていきました。

この夜に見つけたおもな虫は、 シロスジカミキリ、センノキカミキリ、シナカミキリ(死骸)、ナガゴマフカミキリ、オオムラサキ...。 その他、無数の鱗翅目が外灯を埋め尽くさんばかりに飛び回っていました。

途中、クワガタ採集の親子連れやおじさんたちが入れ替わりに訪れます。 幸い私はクワガタを狙っていなかったので、情報交換をしながら楽しく採集をしていきます。 奥多摩の夜は初めてですが、こんなに活気があって面白いとは。

日付が変わる頃になるとさすがに疲れてきたため、昆研パーカーを着込んで眠りにつきます。 (注:当時は寝袋を持っておらず、路上に横になって寝ていました。)

翌朝

周囲が明るくなってくると自然に目が覚めて、目覚ましアラームで完全に起きます。 天気は、今にも雨が降り出しそうな曇り。 でも、せっかくここまで来た以上、そう簡単には帰りたくありません。 時間を惜しんでわずかばかりの朝食をとって、いつものように林道に向けて出発します。

今日の一番の目的は、頂き物のフェロモンルアーを使ってのスカシバガ採集。 奥多摩のこの環境なら、きっとあの大型種が飛んでくるはず。 (注:当時は雨具も一切持ってこないという、軽量化最優先の装備でした。)

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(2006年7月撮影)
すっかり夏らしくなった林道。

このエリアに数本ある林道のうち、もっとも通った回数が多いところです。 2年生の時にはカラマツ製落石防止柵でハイイロハナカミキリを採集したり(東京都2例目となる)、 3年生の時には終点に小規模ながら土場が出現し、カンボウトラカミキリを採集したり(東京都2例目となる)、 サルナシのはるか上を飛ぶ黄色い物体をネットインしたらムネモンヤツボシカミキリだったり、 長竿を持たずに採集に同行した後輩にイッシキキモンカミキリの巨大♀を目の前で拾われたりと、 これまで非常に相性が良い林道です。

天気は、雨が降るか降らないかギリギリのところ。 曇っているものの少し気温が上がってきます。 道沿いの樹木、伐採木の状況、崩落地の工事状況などを頭に焼き付けながら、ゆっくりと進んでいきます。

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クロナガキマワリ

ふと林道脇のコンクリート壁を見て、発見。 今までなら知らずに素通りしていたでしょうが、久々の奥多摩ということで、 いつも以上にいろんなものが目に飛び込んでくるのを感じます。

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だいぶ歩いたところで、頭上に大きなリョウブを発見。

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5、6本がまとまって生えています。 しかも、長竿でちょうど掬える絶好の位置。

しかし、時間がまだ早いのと気温が低いのと開花が不十分なのとで、 あまり虫が来ていません。 フェロモンルアーを設置しようにも、見晴らしが悪いのでここはパス。 もっと上の方に行くことにします。 (注:なお、このリョウブ並木は翌年皆伐されました。治山工事の名のもとに。)

しばらく歩くと、道の左側に1株だけノリウツギが咲いていました。

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林道沿いはフェンスで護岸されるなどして花がどんどん減ってきていたので、このように大きな株があるのは極めてまれです。

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花は七分咲きというところ。 この頃になると天気はやや回復してきて、虫が集まっています。

ちょうどすぐ近くに崩落して見晴らしが良くなった場所があったので、 フェロモンルアーを設置してスカシバガの飛来を待ちながら、 ノリウツギの花に来る虫を採ろうという作戦をとります。

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ホンドアオバホソハナカミキリ

奥多摩では初めてみました。

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花の上を歩きながら花粉を食べていきます。

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ニンフホソハナカミキリ

もっとも個体数が多いです。

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あまりに多いので、花からあふれた個体が葉の上にいたりします。

網で花を掬って、中身を確かめて、フェロモンルアーを見に行って、 また戻ってきて花を掬って、中身を見て、フェロモンルアーを見に行く、 これを繰り返していきます。 花掬いではそこそこカミキリムシが入りますが、 フェロモンルアーにはまったく反応がありません。

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チャイロヒメハナカミキリ

花にはピドニアの姿も。 この虫がいるということは、天気が悪い証拠でもあります。 気温がもう少し上がってくれれば、スカシバガも・・・・。

ノリウツギとルアーの往復を繰り返していきますが、 まずいことにノリウツギの集中力がだんだん弱くなってきました。 掬っても掬っても、小型種ばかり。

後になって思えば、ルアーの近くまで行くのもだんだん面倒になり、 遠くから目視して何もいないとすぐ戻ってきていたことで、 花掬いの間隔が短くなりすぎていたのでしょう。

往復も十数回を迎えた頃、ルアーの周りに、なにやら虫が寄り付いているのが見えました。

虫に気配を悟られないように慎重に近づいていきます。 どうやら、黄色と黒の縞模様をした、スズメバチとほぼ同じ大きさの虫のようです。

でも、スズメバチだったら、ルアーにしつこくまとわりついたりしないはず。 でも、本当にハチだったらどうしよう・・・・。

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ようやく虫の姿が見える位置まで来ました。 2つ離して設置したルアーのうち、片方に執拗にアタックしています。 真正面からの姿。実際には動き回っているので、ハチにしか見えません。

次の瞬間、

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背中をこちらに向けました。これは、もう、間違いないでしょう。

すばやく網の中に収め、スカシバガ用に特別に用意しておいた高濃度酢酸エチルガスの中に手早く投入。

約1分後、取り出してみました。

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キタスカシバ♂

「擬態する蛾スカシバガ」という本で初めてその存在を知った、日本最大のスカシバガ。

この悪条件の中、よくぞ飛来したものです。寄主植物はこの林道にもたくさん見られるヤナギ類。やはり、奥多摩にも生息していました。

その後、11時くらいまで粘りますが新たな個体は飛んできません。 バスの時間が迫っているので、名残惜しいですが帰途につくことにしました。

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途中、道沿いのイケマに、らせん状の傷跡を発見。すかさず、ツルをたどっていきます。

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ホソツツリンゴカミキリ

やはりいました。もう発生しているんですね。

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気配を察すると、すぐに飛び立ちます。林道脇のちょっとした草地にイケマはよく見られます。

林道沿いの伐採木をちょっと覗いてみると、

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ヒゲナガゴマフカミキリ

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ウスイロトラカミキリ

どれも、今年初めて見る、懐かしいカミキリムシばかりです。

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クロボシヒラタシデムシ

登る時には気づかなかった林道上のシマヘビの死骸で食事中でした。

午後一番のバスで、奥多摩駅へ。電車に揺られて2時間、本町水田に到着。

こうして、初めての野宿つき奥多摩採集は終わりとなりました。


もう今年は諦めていた本格的な山地での採集が、どうにか実現しました。 奥多摩駅の改札を出たあの瞬間は、ずっと忘れられないことでしょう。 天候が思わしくない中、目的のキタスカシバも採れたし、満足です。 今年の夏は、もうこれで採集は終わりになることでしょう。

(注:当日は、本当にこれで終わりだと思っていました。でも・・・)

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