奥多摩:初めての原生林

2005.July.31

圃場試験もようやく終わったのですが、息つくヒマもなく 来週からは農薬動態研でPさんとともに化学分析の日々が始まるのです。 しかし、先週の奥多摩採集の余韻は、一向に覚めずにいました。

「もう一度だけ、あの奥多摩の地を歩いてみたい」

人間の欲望とは際限がないもので、ひとつ夢が実現するとすぐにまた次の夢をみます。 「24時間の旅」という方法を見出したので、やろうと思えばもう1回くらいはできるはず。 来週からの室内引きこもりの前に、もう一度、行っておいてもいいでしょう。

あとは、行き先をどうするか。 これまでの経験上、梅雨明け後の林道は乾燥が激しく虫が極端に少なくなります。 先週訪れた林道も、この週末の天気ではカラカラに乾いてしまうはず。 どこか、もっと良い場所はないものだろうか・・・。

決め手となったのは、TKM(東京都本土部昆虫目録作成プロジェクト)のHPでした。 そこには、奥多摩の原生林での採集の様子を写真付きで紹介するコーナーがあり、 ミズナラを主体とした原生林の中を写した写真と採集成果が掲載されていました。

解説「原生林の中にたくさんの倒木が存在する が、見かけほど朽木性の甲虫が採れるかは微妙

今までは、乾燥した林道上でわずかに咲く花を掬ったり、 路肩に放置されたカラカラの伐採木を見たりするだけだったので、 その写真と解説文は非常に魅力的に見えました (注:前半に気をとられ、後半部分は頭に入ってない)

アクセスも非常に短い」とあり、調べてみると先週行った場所のすぐ近くらしい。 これは、行ってみる価値あり。

ということで、この夏2回目の、「24時間奥多摩の旅」へ。

なお、今回も後日撮影した写真を含みます


先週とまったく同じスケジュールで奥多摩駅に着きます。

「また、この地に降り立つことができたか・・・」

先週と同様に足が震えますが、さすがに2回目とあってやがて治まりました。 日没前でまだ明るい中、バスに乗って終点へ。

バス停を降りる頃には日が暮れて薄暗くなりつつあり、灯火ポイントへ急ぎます。

途中、道端のダンコウバイの葉のまわりをフワフワ飛んでいる虫がなぜか視界に。 葉に止まったのを見ると、ヒゲナガヒメルリカミキリ。 さらに葉裏を見ると数匹が後食中。奥多摩自己初なので喜んで採集し、灯火ポイントへ急ぎます。

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(2006年7月撮影)

先週よりも天気は良いです。長竿を準備しているうちにもポツポツと虫が飛んできます。

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ホソカミキリ

先週と同じく薪を見回ると、発見。 これも懐かしいです。

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エゾシモフリスズメ

スズメガは結構好きなのですが、今回は採集せず。

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ホソカミキリ

電柱に何か飛来したと思ったら、見覚えのある姿。 これもしばらくぶりです。

この夜もクワガタ採集の車が入れ替わり訪れ、クワガタをあげたらオオキノコムシを見つけてくれました。 カミキリでは、クワ、ナカネアメイロ、ラミーなどが飛来。いずれも、このエリアでは初採集となります。

(先週お会いしたカミキリ屋さんとも再会。翌年も翌々年も、同じ場所で再会することとなる。)

今回は早めに寝て、途中で2回ほど起きて灯火を見て、再び眠りにつきました。

翌朝

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(2006年7月撮影)

先週と違って、青空が広がっています。 いよいよ、初めての原生林に突入します。 朝食をとり、身支度を整えて、登山口へ向かいます。

ネットで見た山行記にあった登山口に、すぐに到着。 今まで何度も通り過ぎていたはずですが、全然気づいていませんでした。 最初は急な登り坂とあるので覚悟して登り始めます。

たしかに、傾斜は急で、みるみるうちに汗が噴出してきます。 でも、4月からずっと野外作業続きで体力が維持されており、すぐに登りきります。

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(2007年7月撮影)

まもなく谷底へ出て、斜面にできたつづら折の緩やかな道を延々と登っていきます。 うっそうと茂った樹木によりピークがまったく見えないのですが、 林道とはまったく違う風景に新鮮な驚きを感じながら、 その先に広がる原生林への期待をエネルギーにして、休むことなく登っていきます。

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(2007年7月撮影)

30分ほど登ったところで、ようやく尾根に出ました。 林道と違って涼しくて湿っていて、とても過ごしやすいです。

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(2007年6月撮影)

しばらく尾根沿いに緩やかに登っていくと、平坦で明るい場所が現れました。

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(2006年7月撮影)

近寄ってみると、イヌブナ?の大木が倒れていて、 樹冠にぽっかりと穴が空き、光が差し込んでいます。

「これが、生態学で習ったギャップというものか」

そんなことを思いながら、荷物を置いて倒木を見ます。

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トゲバカミキリ

倒木に多数見られました。 今まではせいぜい2匹ほどしか見たことがなかったので、とても驚きました。 斑紋が2パターンほど見られたので、夢中になって採集していきます。

さらに、ギャップの端には細いリョウブの木があり、花が咲いてました。 朝7時でまだカミキリムシの飛来には早いのですが、試しに掬ってみたところ、ヨツスジハナカミキリやマルガタハナカミキリが入りました。

まだ時間も早いので、この先にどんな環境が広がっているのかを確かめるべく、荷物を持って再び歩き始めます。

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(2007年9月撮影)

尾根を挟んで片側はヒノキの植林、右側はミズナラ・ブナ・クリなどを主体とした落葉広葉樹林。 クマの爪痕が痛々しい木も多々あるので、ちょっとドキドキしながら進みます。 クリの花が咲いているのが見えるのですが、20m長竿でないと手が出ません。

憧れの原生林に来たのはいいのですが、採集ポイントが見つからない。 林道ならリョウブやノリウツギが期待できるのですが、高木が主体の薄暗い原生林の中では、木の幹しか見えません。 枯木や倒木はそこそこ見えるので、きっとカミキリムシもたくさんいるに違いない。 どこかに手頃な花が咲いていないか、そんなことを考えながら薄暗い森の中を歩いていきます。

しばらく歩くと、樹液のにおいがしてきました。 何か面白い虫が来ていないかと期待しながら、出所を探します。

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ミズナラの樹液

アオカナブンが多数群がっています。 見る角度によって赤や緑に変わり、薄暗い森の中で怪しく輝きます。 アオカナブンに遠慮するように、スジクワガタも隅の方にいました。 両方とも採集して、なおも先に進みます。

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しばらくして、完全に平坦な広場に出ました。 有名なミズナラの巨木が鎮座していますが、周囲の木も相当大きいのであまり大きいとは感じません。

あたりを見回すと、地上10mほどの位置にリョウブがわずかながら咲いているのが見えました。 時間は9時。まだカミキリ採集には早いですが、他に花を探すアテもないのでとりあえず掬ってみることに。

持参した6.5m竿ではちょっと届かないので、すぐ隣に生えている木によじ登ります。 足場が悪いので自由には振れませんが、一通り掬って一旦地面に降ります。

網の中を見ると、見慣れぬオレンジ色のカミキリが動いていました。

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クロサワヘリグロハナカミキリ

興奮のあまりすぐに毒ビンに入れたので生体写真はありません。 奥多摩のこのエリアを代表するカミキリのひとつです。 林道上で簡単に採れるという先輩の言葉を信じて探してもかすりもしなかったのですが、 まさかこんな山奥でこんな時期に出会えるとは。

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さらに、網の中を覗くと、コヨツスジハナカミキリが2♀。 片方を毒ビンに入れて、もう片方を撮影しようとしましたが、 あと少しというところで飛び立ち、逃げられてしまいました。

最初にいきなり大物が入ったので、期待を膨らませて再び木に登り、網を振ります。

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マルガタハナカミキリ

林道上でもよく見かける種類であり、シーズン終了が近いことを告げる種類でもあります。 やはり、そう何度もまぐれは続かないということでしょうか。

この後2、3回掬ってみますが、ほとんど虫が入りませんでした。

「もっと良い花はないものか」 その場でしばらく粘れば良いものを、またフラフラとアテもなくさまよいます。

でも、花はすべて樹冠部分にあり、手が出せません。

「そうだ、最初に掬ったあのリョウブはどうだろう?」

クロサワが入った森の中の小さなリョウブよりも、 先ほどのギャップに咲いていたリョウブの方が良さそうな気がして、植林の横の道をよく確かめもせず再び下ります。

しばらくして、また樹液のにおいがしました。 でも、先ほどのミズナラは見当たりません。 落ち着いてあたりを見回すと、登ってきた時とだいぶ風景が違います。 つまり、道を間違えて迷ってしまったのです。

昼までにはバス停に戻らなければならないのですが、樹液も気になるところです・・・。

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チャイロスズメバチ

どうにか樹液を探り当てると、そこには見たことないハチがいました。 スズメバチの中でも珍種ということは頭にあったので、反撃されないように1匹だけ慎重にネットイン。

(注:当時、東京都から未記録。採集年月日としては最も早いものの、発表のタイミングで東京都3例目に)

「元の正しい道に出るまで、今来た道を引き返す」

迷った時の鉄則に従い、下って来た道をすぐに引き返します。 やがて、先ほどの平坦な広場まで戻ってきました。

この周辺は尾根が複数合流していて、初めてだと迷いやすいようになっていました。

(注:この場所には奇妙な遺跡もあります。それにまつわる話を知るのは、だいぶ後になってから。)

道を間違えたことで意外な虫との出会いがあったわけですが、 ギャップまで戻ってきた頃にはもう採集する時間が残されていませんでした。

最後の悪あがきとして、急斜面に生えるリョウブ目指して長竿を伸ばし、一番下の花だけを掬います。

網の中を覗くと、オオトラフコガネ、タテジマハナカミキリなどがいました。

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マツシタトラカミキリ

ふと横の地面を見ると、枯枝に止まっていました。 花掬いの衝撃で落ちてきたのでしょう。

もう、時間がないので急いで山を降りることにします。 つづら折りの下り道を延々と歩いて、急な下り坂も一気に駆け下りて、バス停へ急ぎます。

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ヨツスジハナカミキリ

道路脇のタマアジサイには、お馴染みのこの姿。これが、今日最後に見たカミキリムシとなりました。


初めて乗り込んだ、奥多摩の原生林。 夏になると乾燥が激しい林道とは違って、涼しくて湿っており、 虫にとっては過ごしやすい環境のように思えました。

花はたくさんあってもほとんど手が出せないのは予想外でしたが、 掬える場所では非常に魅力的な種類が網に入ることもわかりました。24時間しか自由になれない状態ですが、無理して来た甲斐がありました。

(注:この後、研究生活がさらに忙しくなり、3度目の「24時間の旅」が実現することはなかった)

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