2006.July.2
クリ、リョウブ、ノリウツギ、立ち枯れ、倒木、・・・。 カミキリ屋さんには1年でもっとも心弾む季節になりました。
南会津、奥日光、富士山、・・・。 都会の喧騒を忘れ、豊かな自然を求めて、古くからの有名採集地に赴く関東の虫屋さんも多いことと思います。
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でも、東京にもなかなか良い自然が残されているんですよ。こんな近くにあるのに、行かないのはもったいない。 研究室から離れられる時間を24時間だけ捻出し、雨を覚悟の上で、マイフィールド奥多摩に行ってきました。
土曜日、午後4時。本町水田ですべての用事を済ませ、電車に飛び乗る。
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3日前、新たな圃場実験を開始したのですが、その準備で体力の限界を突破し、 風邪と喘息発作を併発。 体力を少しでも温存するため、目的地まで眠る。
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午後6時、奥多摩駅到着。 1月4日から今日までの無休日での研究生活と、懐かしい景色・変わらない駅前の風景に、 自然と身震いがしてきます。
「今年も、なんとかこの地に立てた・・・」
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最終のバスでも眠りながらできるだけ目的地に近づく。
午後7時、目的地付近に到着。今夜は灯火を見ながら野宿の予定。 このために昨日、ホームセンターで寝袋も購入したし、昨年のように凍えることはないだろう。
やがて、辺りは闇に包まれる・・・。
雨を覚悟で来たものの、曇っているだけで気温も18℃と高い。灯火にもガがポツポツ集まりだした。
オオゾウムシ
今年も出会えて良かった。 翅があって飛んでくることは間違いないけど、 飛翔姿を未だに見たことはない。
カミキリはあまり来なくて、クリイロチビケブカ、シロオビゴマフケシを得たのみ。 明日に備え、すぐに就寝。
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翌朝、日の出とともに目覚め、登山開始。 喘息発作の影響で、気管支が通常の50%にまで狭まる。 当然息も満足に吸えず、無理に吸おうとすると咳がでて苦しむ。 歩くだけで息が切れるのだが、この先にすばらしい環境が待っていることを知っているので我慢して進む。 まだ22歳、このくらいで死ぬことはないだろうけど、限界状態が長時間続くとさすがに厳しい。
だんだん尾根が見えてきた。 1時間くらいかけてなんとか尾根に出る。 通常なら30分もかからないのだが、この体調では仕方がない。
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シーズンに入って自由な昆虫採集がほとんどできなかった私。かなりの運が溜まっているはず。 その予感は、この後現実のものとなる。
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3月に来た時は気づかなかったが、尾根にはシナノキがわりと生えていた。 シナノキといえばあのカミキリ。 昨年は灯火で潰れた♂を拾ったのみ。 食痕はないかと探すが、なかなか見つからない。
しばらく探して少ないながらも食痕を見つける。 どうやら発生はしているようだ。
ふと、食痕のある木の反対側を見ると、「ここにいるかも」とひらめく光景が。 うまく説明できないが、葉がわりと密になっていて、 枯葉がついている。
昨日、少しだけ雨が降ったようなので、まだ早朝だからこんな所で雨宿りしているかも。 そんなことが0.5秒くらい頭の中を駆け巡った後、網で掬ってみる。
すると、
そこには、交尾中のシナカミキリが。 カメラを用意している間に2匹は離れてしまったので♂だけ撮影。 南会津などではわりと見られるものの、東京産はなかなか得られないはず。 昨年、昆研の某先輩に灯火の死骸を見せて「これはすごい」 と言われていたので、生きたまま採れてなおうれしい。
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冷静に、採れた木を観察すると、掬った部分のすぐそばで部分枯れが見つかる。 その部分が周辺視野に捉えられ、「ここにいるかも」というひらめきとなったのかもしれない。
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さらにまわりを掬うも、追加は得られず。
クロホシタマムシ
これだけ採って、先を急ぐことに。
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しばらく尾根を進むと、明るい場所を発見。 大きな木が倒れて、樹冠に穴が空いて太陽が差し込む。
生態学で学んだ「ギャップ」と呼ばれる状態。 原生林の中で昆虫がよく集まるということが、なんとなく経験でわかっている。
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が、まだ時間が早すぎて倒木にはほとんど何もいない。 周りの木の葉を見てみると、サルナシ発見。 ムネモンヤツボシでもいないかなと眺めていると、細長い虫影を発見。
長竿で何気なく掬ってみると、 ハチのようでハチとは動きが違う虫が入る。 なんか、体が堅そうな感じ。 これは、アレしかないだろう。
やっぱり、カミキリでした。
オオホソコバネカミキリ、東京都産。 先輩達もこの地で採っていたけど(未発表)、 まさかこんな状況で採れるとは。採集運は相当なもののようだ。
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このギャップで休憩を兼ねて少々虫を採集。 あまり虫の数が多くなさそうなので再び尾根を進む。
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一応、目的としていた場所に着き、一休み。
息、できない。かなり厳しい。ここまで3時間。いつもなら1時間なのにな。
ふと辺りを見渡すと、尾根の向こうに明るい場所が見える。 ブナの立ち枯れがあるようだ。
見事なブナの立ち枯れ。 上の方を見ると、スズメバチみたいなものが飛んでいるけど、 動きがちょっと違う。 枝に器用に止まるところを見ると、鞘翅目ではないようだ。あれも、ハチ擬態昆虫なのかな。
立ち枯れの根元で、ハサミムシなんぞを採集して、立ち枯れをぐるっとまわってみるといきなり、視界に入ってきました。
今度は、想い描いていた通りの状況です。 かなり大型の♀が、夢中で産卵しています。
位置としては、こんなところ。 私の腰くらいの高さにいました。
じっくり撮影した後、採集。 産卵管がとっても長いことを初めて知る。
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その後、周辺を適当に散策。
倒木はわりとあるものの<、虫の姿は少ない。 午前中はこんなものなのかも。 ハナアブやベニヒラタムシなどを採る。
ミズナラの樹液ではミヤマクワガタのペアがいました。 私は大型クワガタには興味ないのでそのままにしておきました。
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午後4時までには研究室に戻らなければならないので、昼前には下山開始。
途中、サワフタギの立ち枯れがあったのでなんとなく見てみると、
トガリバホソコバネカミキリ
すぐそばに真新しい脱出孔があったので、 もしかしたら今朝出てきたばかりなのかも。 青梅市での採集状況と同じ、薄暗い場所の立ち枯れの根元です。
有名産地だと材採集の圧力が高くて立ち枯れ自体が見つからないそうですが、 ここは立ち枯れがそのまま残されており、本種の生息は安泰です。
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昼過ぎに、バスで奥多摩駅に戻り、電車に揺られて午後4時に本町水田に帰還。 またいつもの研究生活に戻ります。
院生となった今、昆研の先輩方が言ってた「奥多摩は奥が深い」の意味がようやくわかってきたと同時に、 学部生時代になぜもっと通わなかったのかと後悔することがよくあります。 車でのアプローチはあまりお勧めできないこの場所。 クマも出没するので自分の足と度胸が頼りです。 採集者が来なくて情報が乏しいのですが、 だからこそ自分で開拓する面白さがある。
今は昔と違ってカミキリの生態情報はかなり豊富です。 ポイントに頼るのではなく生態情報に頼り、人がなかなか訪れない未知の地域を探索する。
少なくとも若いうちは、こんなスタイルで楽しんでいきたい。 今回の採集でそういう思いが一層強くなりました。