木曽コブ探し

2007.Oct.6

10月に入り、これまでの厳しい残暑ともようやくお別れ。 秋晴れの爽やかな季節がようやく訪れたようです。

しかし、生き物の方ではまだ本格的な秋になってないらしく、 紅葉も例年に比べて1週間から10日ほど遅れているようです。 秋のカミキリムシ採集でおなじみのコブ叩きも、 まだ緑が眼にまぶしいような山々へ出向いて行うくらいでした。

しかし、出足が遅かった分、秋は一気に訪れて、 コブ叩きに適した期間も短くなるかもしれません。 今週末の三連休は、天気にも恵まれ絶好のコブ叩き日和になりました。

その初日、ラスカルさん、しまちゃんさんが行く木曽方面のコブ叩きに ご一緒させていただくことにしました。


朝4時前、本町水田でしまちゃんさんの車に乗り込み、 夜明け前の中央道を西へ走ります。 ETC割引の関係なのか、この時間帯にしては交通量は多めです。

途中で夜が明けてきて、時々意識を失いながらも、 後部座席からカーナビと周りの植生を見比べているうちに 今日の目的地に到着。

タニグチとマヤサンの分布の境界にあたるそうです。

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参加者の顔ぶれの関係で天気が心配だったらしいのですが、 爽やかな青空のもと、ひんやりした空気で一気に目が覚めます。

ビーティングネット、長靴、カッパ、革手袋など それぞれ装備を整えて、3方向に分かれて探索を始めます。

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私が選んだ道は、うっそうと茂るクマザサの間にできた小さな道。 一応、ここはタニグチのエリアらしいので一見良さそうに見えますが、 実はまわりに生えている木はほとんどが針葉樹。 コブヤハズが潜むような広葉樹の枯葉はほとんどありません。

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あるのは、トラップのような香りが漂う、こんな枯葉くらい。 カサカサで、一応網の上で叩いてみてもほとんど虫が落ちない・・・。

しばらく進むと川が見え、目の前が絶壁になったのでやむなく引き返しました。

車を停めた場所まで戻って、鈴の音を頼りに周囲を歩き回っていると しまちゃんさん、ラスカルさんと再会。 二人ともすでにコブを何個体か採集していました。

しまちゃんさんはタニグチを2個体採集。草本類の枯葉にいたのを目視発見したそうです。 タニグチは自己初、これでコブ5種を制覇だそうです(残るは屋久島のみ)。 しかし、改めてみてみると、純粋な個体とはちょっと違うような・・・。 ラスカルさんがハンノキから採集した巨大な♀は、どっちかよくわからない個体。 雑種の存在という不思議な事態への予感が高まる中、採れそうな道へ今度は3名で突入します。

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今度は、クマザサが道の両脇にびっしり生えています。 私が先ほど進んだ道と違って、広葉樹林の中に舗装された道が通じており、 草本類もそこそこ生えている明るい環境です。

入り口からあるいて間もない場所でラスカルさんが早速目視でタニグチを見つけ、写真撮影。 さらに進むと、絶好の環境が現れました。 この時点で採集個体数ゼロの私は先頭を歩かせてもらったのですが、 どこを叩けば良いのか検討もつかず、私の通過直後にラスカルさんが追加個体を発見。 枯葉を探してもなかなか良いものがなく、ほとんど叩かずに終点まで歩いて、引き返します。

再びラスカルさん、しまちゃんさんに会ったところ、さらに追加を得ていました。

「高いところ、低いところ、いろんなところにいる」

ということで、下手な鉄砲を数打つ作戦に変更します。

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ピンと来る場所から、どうでもいいような場所まで何ヶ所か叩いた末に、ようやく最初の1個体が落ちました。 タニグチのようです。

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叩いたのは地面すれすれのこの場所。 どちらかといえば、どうでもいいような場所です。 よくよく見ると、奥の方に枯葉があるような、ないような。

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コツをつかんでからは、叩くことをやめて目視探索に切り替えた二人。 しまちゃんさんは元々叩く前に触角が見えてしまう状態だったそうですが、 ラスカルさんは目視探索に切り替えても次々ヒットしてました。 私も真似をして探してみますが、追加は得られず。

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ラスカルさんが目視探索の有効性を確信した現場。 クマザサ群落からすっと抜け出して 人間の頭よりも高い場所まで伸びて枯れた草。 行きには素通りしてしまった場所ですが、 こんなところに2個体も登ってしまうのは不思議です。

一通り探したところで、ちょっと場所を移動することに。

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次の探索現場はクマザサがほとんど生えていない広葉樹林。 ラスカルさんは林道を進み、しまちゃんさんと私は斜面を登って森の中を進みます。

林床は比較的明るく、オオカメノキの若木もそこそこ生えています。 しかしまだ時期が早いのか、枯葉は少なめです。

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少し森の中を徘徊すると、いい感じに枯れたオオカメノキの枝が落ちてました。 結構大きい枝なので、ビーティングネットを地面に置き、 枝を持ち上げてネットの上まで持っていってから叩くことに。

そっと持ち上げたつもりでしたが、枝の一部が地面にひっかかってたようで、 ネットの上に到達する前に一部が勢い良く跳ね返ってしまいました。 その瞬間、枝から何か塊が飛び出したものの、運よくネットの上に落下。

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塊は案の定、コブでした。 どうやらマヤサンの♀のようですが、かなり小さく形もちょっと変でした。 ちなみに、マヤサンならば自己初採集となります。 今度は早々と採れて、とてもうれしいです。

近くにいたしまちゃんさんに採れたことを伝えてから、 斜面を登ったり降りたりして似たような枯葉を探します。

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途中、シラビソの幹に渦巻き模様がありました。 ここにもオオトラカミキリが生息しているんですね。

しばらく林内を徘徊しますが、良さそうな枯葉はなかなか見つからず苦戦します。

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ラスカルさんが進んだ林道のすぐ脇の道にも行ってみましたが、 コブの気配は私には感じられず。

また林内に戻り、別の斜面に登り、下ってみたところ、 枯葉つきの枝がたくさんあるエリアを発見。 枝の根元には刃物の痕があり、なんとなく道が出来ていて道しるべも所々に。 どうやら森の中の小道を新たに作って、そのために枝を払ったようでした。

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枝はたくさんあるのですが、大きすぎて叩きにくいものばかり。 ほとんど手をつけず、小さくてネットの上まで持っていけそうなものだけを狙います。

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いくつかの枝を試して、ようやく落ちてきました。 今度は、マヤサンらしい形をした♀です。 奥多摩のフジコブを見慣れていたので、その大きさには感激。

この後1♂追加して、鈴の音がなる方へ行ってラスカルさん・しまちゃんさんと再会。 状況報告をした後、先ほどまで私がいた枯枝エリアに3名で行くことに。

枯枝エリアは意外に長く、私が斜面を降りた場所から奥の方にかなり続いていました。 しばらく探索をしたところで、ラスカルさんが1個体を発見して写真撮影。 一見すると、地上1mほどのオオカメノキの緑の葉の上に乗っているようでしたが、 よく見ると乗っている部分だけが茶色く枯れていました。 変なところを選んで昼休みを取るものですね。

私も目視で周辺を探索していると、1匹だけ発見できました。

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丸まった枯葉から飛び出すブチの触角。

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マヤサンコブヤハズカミキリ

明るい林床とはいえ、自然光で撮影するには厳しいです。

林内から抜け出して、また少し場所を移動することにします。

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次は、こんな場所。 広葉樹林が主体の砂利で舗装された林道です。 最初の林道よりもさらに開けていて、草本類も多めです。

3名で並んで探しますが、なかなか見つからず。 ラスカルさんがヤナギ類の美味しくなさそうな枯葉を眺めていて、 ようやく1個体を発見。 でも、これも見れば見るほど変な個体・・・。

「パリパリの葉でもいいんじゃない?」

ということで、私も目視で探すことに決めて、手始めにこんな枯草を。

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林道脇のクガイソウ?の立ち枯れ。 とりあえず、右の草の上から順番に枯葉を眺めてみます。

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葉はパリパリに乾燥して小さくしぼんでいます。 <きっと、手で握ったら粉々になるに違いない。 こんな、いかにも美味しくなさそうな葉を誰が食べるんだろう。

あれこれ考えながらもじっと見てると、何かが浮き出てくるような・・・

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「こんな葉にも来るんだ!」

記憶の中のコブの形と、枯葉に止まる虫の形が、新鮮な驚きとともに一致しました。

この後、しまちゃんさん・ラスカルさんともに 同じ植物の枯葉からマヤサン(疑惑つき含む)を見つけていました。 年や時期によって潜んでいる場所が少しずつ違うそうですが、 今年のこの時期はこんな場所に潜んでいることもあるみたいです。

その後、歩いて別の林道を探したりもしましたが、 良さそうな道が見つからなかったため、車に戻ります。 シラビソ主体の林縁に生えた草の立ち枯れをチェックしつつ進みます。

ずっと前かがみで歩くのも疲れるので時々顔を上げて進行方向の様子を見て、 草の立ち枯れが多そうな場所を選んで歩いていきます。 すぐ横ではしまちゃんさんが、少し先の道路上にはラスカルさんが歩いています。 しかし、シラビソの林だからか、道路からすぐ近いからか、 なかなかコブは見つからず、疲労はどんどん気になっていきます。


何度目かに顔を上げた時のことでした。 数あるシラビソのうち、ちょうど正面に生えてるシラビソの下枝が不自然に折れているのに気づきました。

顔くらいの高さに生えた長さ3mほどの下枝の、先端30cmほどから折れていて白っぽい折れ口が目立ちます。 折れた原因を確かめるため、半ば無意識のうちに折れ口の方に歩み寄ると、 樹皮下に粗い木屑と糞が詰まった食痕が見えました。

その幅約2cm、しかも、かなり新しいようです。

折れ口から枝の根元方向へ向かって視線を移しますが、妙な肥大や、ヤニ噴出といった部分は見られません。

「これは、中にまだ幼虫がいるぞ」

疲れた体に急速に高まる期待感とともに、先を歩く二人のことは意識の外へ追いやられていきました。

枝の下面を慎重に見ていくと、小規模なヤニ噴出現場が3つほどありました。 もっとも根元寄りにある噴出現場から、爪で樹皮を削って食痕をたどります。 枝の直径は3cmほど、樹皮も薄いため、掘り進むのには私の親指の爪でも十分でした。

その瞬間に備えて、少しずつ樹皮を削っていきます。 どのくらいの時間が経ったころでしょうか、約50cmほど食痕をたどったところで樹皮に親指を突きたてると容易にへこむ部分に到達しました。

「ここに部屋があって、幼虫がいるんだ」

爪を立てる場所を慎重に選択して指先に力をこめると、 これまでとは違って木屑が詰まっていない空間が現れました。

幼虫部屋(仮称,正式な呼称が他にあるはず)の出現です。

樹皮を爪先でつかんで根元方向にゆっくりはがすと、黄白色の大きな幼虫が、光に驚いて根元方向へ動くのが見えました。

ここまで来て失敗は許されない。 幼虫部屋の一番根元寄りと思われる場所を圧迫して幼虫が奥に入りこまないようにしてから、枝先側の樹皮をはがしていきます。

幼虫の体が8割ほど露出したところで、最後の大仕事。 左手で部屋の根元側を強く圧迫して幼虫を枝先側に押し出し、転がり出たところを右手でしっかりとキャッチ。

カミキリ屋なら誰もが一度は憧れるオオトラカミキリ。 毎年目標に掲げても必ず来年に持ち越しになっていたのですが、幼虫とはいえ、ようやく手にすることができました。

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素手で延々とたどったオオトラの食痕。

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オオトラの「幼虫部屋(仮称)」

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タッパーにしっかりと確保。


ようやく我に返って、舗装道路に出て急いで車へと歩きます。 遅れたことをお詫びしたところ、シラビソの枝の前で粘っていたのは把握済みだったようでした。

少し遅めの昼食を取っている間、周辺探索に出かけたしまちゃんさんは あっという間に2個体を追加。 探し方のコツを完全につかんだようでした。

それぞれ今日採集した個体を見比べて、

「これ、誰?」

「これ、どっちだろう・・・?」

「触角はブチだけど、体が・・・」

などと、混生地の不思議を目の当たりにしてわけがわからなくなっていきます。

時間・疲労度・成果・疑問、それぞれいい具合になってきたので 採集はひとまずここで切り上げて、東京へ向けて出発しました。


今回は、ラスカルさんとしまちゃんさんという、本物の視力の持ち主が どのようにコブを「叩く」のではなく「見る」のかを 実際に見ることができる貴重な機会となりました。

目に入れた鱗(コンタクトレンズ)を通して見ている私には真似できるかわかりませんが、 大いに参考になりました。

また、ハイブリッドの存在に象徴される、コブヤハズカミキリ種群の問題を 理論的なことはわからなくても体感することができて、 いろいろ考えさせられる採集でした。

貴重な経験を積ませてくださった、ラスカルさん、しまちゃんさん、 どうもありがとうございました。 意外な副産物は、大事に飼育します。

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