奥多摩:花境期の原生林

2007.July.8

7月に入ると、いよいよ奥多摩にも夏がやってきます。ミヤマクワガタ採集の穴場として密かな人気を誇る地域で、夜になると道路沿いの外灯目指して多くの家族連れが訪れます。しかし、昆虫採集の本当の面白さは、その背後に広がる東京では数少なくなった豊かな原生林にこそあります。

始発電車でアカトンボ調査に向い、昼過ぎに本町水田にトンボ返り。水田長靴を登山靴に、たも網を捕虫網に、昨日の閉店前に買った安売りの食料を背負って、negative研究生活をすべて超越して、奥多摩駅に到着。最終バスに揺られながら、夕闇が迫る夏の原生林へ。


いつもの灯火ポイントに着くと、車が1台止まっていました。あいさつをして話を伺ってみると、一家でクワガタ採集に来たとのこと。

「クワガタ採れたら差し上げます。カミキリムシ見つけたらください」とお願いして、お話をしながら夕闇を待ちます。

完全に暗くなる前に外灯のまわりで前日の居残りを探すとオオキノコムシが見つかりました。夕闇を待っている親子に見せて、例のピーナッツの香りを嗅いでもらうと、驚いていました。

お父さんは子供の頃から自然に親しんできた方のようで人当たりもよく、小学生の息子さん2名も年相応のしっかりした言葉遣いができて、かなりの好印象でした。いろいろ有益な情報を教えてもらったので今後が楽しみです。

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そして、辺りが暗くなると、少しずつ虫が集まり始めました。 気温は19℃(by常設温度計)、ちょっと低めですが曇りで月明かりはないのが幸いです。

クワガタ採集のこともあるので遠慮がちに網で掬ってみますが、入るのは鱗翅目がほとんどで、甲虫はごくわずか。これは網で掬いまくってもあまり意味ないと見て、目視探索および鱗翅目の撮影に切り替えます。

クワガタの方は、アカアシクワガタを中心としてポツポツと飛来し、ミヤマクワガタも少数ですが飛来していました。子供たちは探索能力・意欲ともに高く、私が採集・撮影している昆虫にも興味を持ってました。

「僕も本格的にやるなら野宿もしないとなあ」

これは、将来が楽しみです。

鱗翅目は数・種類ともそこそこ飛来してくるので、静止してくれるものはなるべく写真に収めてみました。クワガタ採集の人々(多くは親子連れ)が入れ替わり立ち代わり訪れる中で時々お話をしつつ、ヘッドライトで地面を探します。

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クルマスズメ

スズメガはわりと好きで、密かに集めていたりします。ただし今回は採集しませんでした。

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リンゴツノエダシャク

わりと大型のシャクガです。これは模様が気に入ったので採集。

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オオアヤシャク

シロチョウみたいな翅形が気に入って、これも採集。三角紙代わりのレシート用紙になんとか収まりました。

途中、遠くの方で急に明かりが着いたので見に行くと、鱗翅目採集のために発電機を回している一行に出会いました。私と同年代あるいは少し下の年代の虫屋さんもいてにぎやかでした。狙いが異なっているならしばらく見させてもらおうとも思いましたが、カミキリ屋さんもいるようなのでしばし周りをうろついて戻ってきました。

カミキリは自分ではみつけることが出来ませんでしたが、クワガタ採集の親子がシロスジカミキリ・ビロウドカミキリを持ってきてくれました。

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シロスジカミキリ

3年連続でこの場所で出会っています(自力採集は2005年のみ)。

日付が変わる頃になるとさすがに疲れてきたので、寝袋を広げて仮眠を取ります。

翌朝、4時半起床。

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空には相変わらず雲がかかっています。

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気温は18℃、でも湿度はものすごく高い朝です。

身支度を整え、活動開始。河原のキャンプ場で爆音を轟かせる同年代の若者集団を見下ろしつつ、原生林の中へ、一歩ずつ歩みを進めます。

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湿度が極めて高く、汗を吹き出しながら急な坂道を登り切った後は、所々にある小規模な平坦地で1分ほどの小休憩を取りながら登ります。

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しばらく登ると、視界がどんどん白っぽくなっていきます。霧が出てきたようです。ここまで来ても現代風音楽が爆音のごとく響いているので獣が近寄ってくることはまずないと思いますが、周囲の気配を探りつつ先を急ぎます。

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途中にあるシナノキ。昨年、花が満開でいろいろな虫を採集しましたが、今年は花も蕾も実もなし。裏年のようです。

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葉には、やや古い後食痕を発見。シナノキカミキリの生態写真にはもう少し早く来る必要がありそうです。

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さらに進むと、50m先は何も見えなくなりました。

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湿度があまりにも高く、この場所では初となるカタツムリを発見。

歩き慣れた道なので迷うことはないですが、単独登山なので気を引き締めて進みます。

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この白い木、樹皮だけでなんだかわかりますか?

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そう、タンナサワフタギです。葉にはこの通り食痕がついています。ニセシラホシカミキリを期待して慎重に近寄ったものの、結局見つからず。

ひたすら歩き続け、一応の目標としていた秘密のノリウツギまで到達しました。

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しかし、期待とは裏腹にこんな状態。

「また来週来るがいい・・・」

遠くで誰かがつぶやいたような気がしました。どっちにしろ、この天気ではあのカミキリは難しかったでしょう。

周囲には枯れ蔓交じりのヤマブドウが絡み付いています。大いなる野望を持って、徹底的に掬ってみると、

「もしかして、このカミキリが欲しいのか?」

「えっ?」

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いや、もっと大きいカミキリなんですが・・・。カッコウカミキリ、奥多摩では通算2匹目。まあ、写真撮ってなかったのでこれはこれで嬉しいです。

アテが外れてしまったので、ひとまずトラップを設置。

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昨年見た幻の"緑"ホソアカガネオサムシがかかるといいのですが・・・。

その後は、原生林の中をフラフラとさまよいながらポイントを探しながら採集するという、私としてはとても面白いと思っている採集に切り替えます。多少時間は前後しますが、その一端をご覧ください。

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原生林内での採集の基本は、ギャップを探すこと。木が倒れて樹冠にポッカリと穴があき。光が差し込む、そんな場所です。天気が良ければ、いろいろな昆虫がこの空間に集まってきます。

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ナカジロサビカミキリ

倒木の上を這っていたのを発見しました。だいぶすれて黒ずんでいるのは野外で成虫越冬し、春になって活動した個体だからでしょうか。

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モモブトハナアブの一種

この時期に飛ぶ黄色く丸い物体はマルハナバチ♂か、ハナアブ。いずれも刺すことはないので、迷うことなく網に入れて手づかみします。

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ちなみに採集したのはこの立ち枯れ。天気が良ければ次々と飛来するのですが、あいにくこの1匹のみ。

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原生林の中では、樹洞も重要な採集ポイントになります。ライトで内部を照らして丹念に探すことで、普段はこの中で暮らす珍しい昆虫に出会えるかもしれません。

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ムラサキツヤハナムグリ

樹洞内部に張り付いていました。本種の幼虫を樹洞で採集した経験もあるので、この個体は産卵のために訪れたのかもしれません。

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高い位置にある樹洞は手も足も出ませんが、このように地面付近に開口しているものは積極的に探索していきます。この樹洞に近寄ったとき、ハチらしき虫が幹を1周飛び周りました。

「こんな動きをするのは怪しい」ということで、2周目に回ってきたところをネットイン。

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モモブトハナアブの一種

やはり、ハナアブでした。

しばらく待ってもハナアブは来ないので樹洞の中を覗いてみます。

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画像ではわかりにくいですが、ライトアップすると無数のカマドウマの仲間がいました。

そんな中、甲虫を発見。撮影は不可能な位置にいたので落として採集してみると、

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ムツモンミツギリゾウムシ

2匹いました。こんな場所にもいるんですね。

ギャップのような開けた場所には、ヤマブドウやサルナシなどが比較的低い位置に葉をつけています。

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以前、チチブニセリンゴカミキリを採集したことを思い出し、長竿を目一杯伸ばしてスウィーピングしてみます。

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なぜか、ルリタテハが入りました。寒くて身動きできなかったのでしょうか。

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別の場所で、立ち枯れのそばにヤマブドウを発見。今度こそは。

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なぜか、エゾハルゼミ。結局、甲虫はちっとも入りませんでした。

花境期とはいえ、まったく花がないわけではありません。

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ギンリョウソウ

林床に群落が点在しており、霧の中ではちょっと不気味な存在です。なお、カミキリムシには不人気な花であることは言うまでもありません。

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ちょっとわかりにくいですが、ヤマボウシです。同じ科のミズキやクマノミズキと違って普通なら見向きもされない花ですが、カミキリムシ好みの花が他にない状況では思わぬ底力を発揮するのです。

長竿で、できるだけ新しい部分を掬ってみると、

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ナガバヒメハナカミキリ♀

ピドニアくらいは採れるものなのです。この後、チャイロヒメハナカミキリ、オオヒメハナカミキリも採れました。

このように林内を徘徊しつつ少数の虫を採集してきたわけですが、昨年いろんな虫が採れたあのポイントはどうなっていたか、それもちゃんとチェックしてみました。

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昨年、オオホソコバネカミキリを採集したブナ立ち枯れ。

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根元は、かなり削られています。人間のものとはちょっと違い、獣が虫を採った痕のようです。もう木も古く、来年までには倒れることでしょう。

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クロホソコバネカミキリを一瞬で1♂2♀見つけたあのリョウブの立ち枯れ。昨年の秋に折れて、朽ちるのを待つ状態です。

基本的に、ギャップや立ち枯れといったポイントは長続きしません。立ち枯れはいずれ倒木に、倒木はいずれ土に、明るい林床にもいずれまた薄暗い影が・・・。だから、常に新しいポイントを探し続ける必要があります。

昼を過ぎた頃、下山するべく来た道を引き返します。

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朝に見たシナノキ。この頃には霧は晴れてきています。軽くスウィーピングをすると、クリイロチビケブカカミキリが入りました。シナノキカミキリはいないものか、葉を丹念に見ていくと、細長い影が葉の裏に見えました。クリイロチビケブカカミキリか、でもちょっと細長い気がする・・・。

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ネットインしてみると、先ほどのクリイロチビケブカとは明らかに違う種類。 クロニセリンゴカミキリです。一応、この時点ではTKM未認定種(東京都未記録の可能性大)。

追加を狙ってスウィーピングをすると、先日東京都初記録が発表されたばかりのシナノキチビタマムシまで採れてしまいました。

「探せば、見出される。」

結局、クリイロチビケブカカミキリが追加できただけ。

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枯れ木に飛来したキスジトラカミキリを採集してから、下山しました。


目標としていたノリウツギはまだ開花していませんでしたが、その分、原生林内をゆっくり探索することができ、今まで見えていなかった部分もいろいろ見つけました。今回のような原生林徘徊採集では足腰が必要ですが、ポイントに行って目的種のみを効率的に採集するのとはまた一味違った楽しみがあります。夜のクワガタ採集親子との交流も楽しいものでした。来週は、いよいよノリウツギが開花予定。トラップも、楽しみです。

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