奥多摩:秋雨とコブ叩き

2007.Sep.28

先週のコブヤハズ探しで得られた、フジかセダカか判断しかねる個体。1回の採集で得られる個体は、最大でも2個体(2007年9月現在)。生息密度がかなり低いこのエリアで比較用のサンプルを揃えるにはとにかく地道に通い続けるしかありません。

今回は、農工大昆研の期待の新人ニシム氏を誘い、万が一にも所用が片付けば同行できるToki氏も誘って(でも結局不参加)、山中に埋めたままのコップ回収を兼ねて今季3度目のコブ叩きに行ってきました。

なお、現地到着時に風景写真を撮影しようとした際に、デジカメが電池切れとなってしまったため、今回は文章のみの採集記となります。


前日の金曜セミナーin大宮から本町水田に帰りついたのが午前0時半。ソファを移動させて寝床を作り、就寝。前日の昼間に30℃を超えた室内は、夜になっても熱源多数につき、完全に熱帯夜。意識を取り戻すたびに時計を見ても、30分から1時間くらいしか時が進んでいない。しかし、やがて深い眠りにつき、2時間ほど熟睡し、再び意識を取り戻して数分後、携帯電話のアラームが鳴った。

前々日に買った20%値引きの弁当を電子レンジで温めていると、ニシム氏からメール。

N「おはようございます。雨天決行ですか?」

窓を開けて外の様子を見て、小雨が降っていることに初めて気づく。前夜の段階の天気予報でもアテにならないものである。だが、コブヤハズカミキリ類は雨が降るといなくなる虫というわけでもなく、トラップには先週と同様にオサムシがたくさん落ちているはずで、成果ゼロということはあり得ない。むしろ、オサムシは今日回収しないと腐敗してバラバラになり、無駄殺しになってしまうだけだ。

G「雨でもいることはいるので雨具持って行ってみよう」

N「了解しました」

青梅線は鳩ノ巣駅を過ぎ、あと2駅で終点の奥多摩駅というところで目が覚める。メガネを外して充血緩和の目薬をさしてからコンタクトレンズを装用すると、視力は0.01未満の世界から1.5の世界へ。奥多摩駅に入る前の急カーブで、車体が大きく曲がって隣の車両の座席が見える。そこには、ニシム氏の姿が。向こうも気づいたようで、降車直前には笑顔で私のそばに立っていた。

N「なんだ、同じ電車に乗ってたんですね。」

現地集合といっても、前夜から現地入りはこの時期さすがにきつい。

乗客はほとんどいないバスに乗り、いつものように終点まで行く。相変わらず雨は降っているので、それなりの身支度を済ませてから登山口を目指す。私は野外調査で愛用していた白い上下の防水着(拾い物)、ニシム氏は大きな白いビニールカッパを、それぞれ着用。採集記に登場する数々の名所を案内しつつ、雨がしとしと降る中を歩いていく。定点撮影場所でカメラを取り出し、スイッチを入れると、レンズが一旦伸びたものの、すぐに収縮してしまう。痛恨の電池切れである。気温は15℃(7時半)、電池内の化学反応が鈍くなってしまったのであろう。

登山口から、急斜面を登る。私の足元は登山靴だが、ニシム氏はごく普通の運動靴。7月に東京都最高峰を登った際にはスニーカーという、強靭な足腰を持つ彼にはこれで十分なのかもしれない。ごく普通の運動靴といえば、私も2年生の時、12月の積雪翌日の明け方に駅からトンネル入り口まで凍結した道路を歩き、さらに日が昇ってからバス終点と林道終点の間を積雪の中で往復したものだ。10代の頃には時に常識では考えられないことをして、それが時には伝説となる。そんなことを思いながら、蒸し暑い登山道を登っていく。

標高が上がるごとに気温がやや下がる。やがて露点を下回って霧が出てきて、視界は100mほどに。秋が訪れているとはいえ、多くの樹木はまだ青々とした葉をたくさんつけており、森の中は昼間でも薄暗い。小熊遭遇ポイント、ミズナラの樹液とチャイロスズメバチ、手付かずのタンナサワフタギの立ち枯れ、解散間近のチャイロスズメバチの巣、原生林内の不思議な遺跡、・・・・。このエリアに通った3年間の思い出が詰まった数々の名所を通り過ぎて、採集記にも登場するフジコブヤハズのエリアに到着した時には二人とも汗びっしょりになっていた。

さっそく、二人ともコブ叩きの準備を始める。私はいつものようにビーティングネット(2年生の時に自作)を組み立て、直径2cm長さ40cmの塩ビ管を持つ。一方、ニシム氏がリュックの中から取り出したのは、柄物の折りたたみ傘。ビーティングには「100円ビニール傘」が定番だと思っていた私にとって、それは非常に斬新なものであった。

N「あ、でもちょっと虫が見にくいかもしれませんね」

先々週にフジコブを初めてビーティングで採集した辺りからスタートして、林床に無数に落ちている枯葉つき枯枝を拾っては網or傘の上で叩いていく。雨に濡れた枯葉からは、大量の雫が落下してきて、私の網はしばらくすると5倍くらいの重さになっていった。ところが、ニシム氏の傘は撥水性に非常に優れているらしく、採集開始当初とほとんど重さが変わらないようである。私が網にへばりついた枯葉や泥を完全に取り除くことを諦める一方、ニシム氏は傘をバサバサと開閉して、いとも簡単にゴミ払いをしている。折りたたみ傘、恐るべし。

このエリアでは結局フジコブもセダカも落ちず、場所を少し変えることに。秘密のノリウツギ・リョウブ・クリを視察したのち、先週仕掛けたノムラホイホイを確認。強烈な腐敗臭がするボトルの中には、カマドウマと微小甲虫が入っているのみであった。仕方ないので、ちょっと場所を移動して次回の回収に期待することにする。さらに進んだところで、第2ポイントにてコブ叩きを再開。昨年は枯れたスズタケの密度が高かったエリアであるが、今年はシカによる踏み荒らしが進んで密度が急激に低くなっている。スズタケにひっかかった枯葉を見ていくというコブ探しの醍醐味は、近い将来不可能になることだろう。ひとまず、台風が残した大量の枯葉つき枯枝を、二人がかりで徹底的に叩いていく。

普段なら乾燥していて見向きもしない枯葉も、降りしきる雨により湿った枯葉に変身してしまっている。いつもなら触っただけで粉々になる枯葉も、いかにもコブが潜んでいそうな枯葉に見えてくるから厄介である。こうなると、とにかく手当たり次第に叩いていくしかない。

下手な鉄砲も数打てば当たる。そんな言葉が今日みたいな採集ではピッタリである。ニシム氏を後方10mほどに控え、北側の斜面を叩いていた時のこと。目の前には、本日ン十本目となるカエデの枯枝。枝ぶりを確認して根元を右手でつかんでそっと拾い上げ、左手の塩ビ管で3発叩く。網に目を移して、広角視野で全体の様子を把握する。瞬時に視野が狭まり、網の右下部分一点に集中した。そこには、おなじみの姿で鎮座するフジコブヤハズカミキリ♂の姿があったのである。

N「ずいぶん小さいんですね。」

コブヤハズの大きさについて「ゴマフカミキリやナガゴマフカミキリくらい」と教えていたこともあり、体長13ミリほどの最小級個体を目の当たりにして驚いたようであった。いくら小さくても、公表されている採集例はごくわずかしかない、貴重な東京都産フジコブヤハズカミキリである。それに、1匹採れたということでこのエリアにいることは間違いない。この後、ニシム氏の探索範囲がさらに広がっていった。

雨が次第に激しさを増す中、探索を続けるも、追加個体は得られない。

G「このあたりにいそうな気がする。日陰になってるしスズタケの密度も高いし」

マダニを心配する季節ではないので二人で探してみるものの、スズタケに行く手を阻まれ思うように移動できない。やっとの思いで到達した枯葉を叩いてクモ・カメムシ・ハサミムシが落ちてくればまだいい方で、何も落ちてこないことも多々あり。時間もだいぶ経ってきたので、先にトラップを回収することをニシム氏に告げて、スズタケエリアを先に抜け出す。立ち枯れを見ながらニシム氏が出てくるのを待つも、なかなか現れない。このエリアに未練があるらしく、進路にある枯葉すべてを叩いているらしい。これだけの執念があれば、初のコブ叩きとはいえすでに採れててもおかしくないのだが・・・。

立ち枯れの裏側を入念に調べ、またスズタケエリアの方を見ると、ようやくニシム氏が脱出してきたところであった。傘を地面に置いて枯葉をかきわけているようであったが、その手には何かをつかんでいるのがはっきりと見えた。

G「採れたの?」

N「はい、採れました」

斜面を駆け回り、ズボンに広範囲にわたって泥ハネをつけた彼の努力が、ついに報われた。♂の個体で、先ほど私が採集した個体よりやや大きくみえる。採集した枯葉を確認すると、私は期待していなかったミズナラであった。タッパーを取り出して慎重に収納する彼の表情が大きく変わったのは、言うまでもない。

二人ともなんとかフジコブを採集したところで、ピットフォールトラップの回収に向かう。一旦斜面を下り、枯葉を叩きつつ、コップを埋めた地点へと登っていく。

G「中身は基本的に全部あげるけど、アルマン・マイマイ・コクロナガがいたらもらうからね」

と前置きして合計11個設置したコップをチェックしていくが、大量のエサキとクロナガに混じってホソアカガネが2個体、ヨツボシモンシデムシ1個体、ゴミムシ少々、カマドウマsp.とベッコウバエsp.が多数、といったところ。甲虫はほとんどニシム氏のタッパーに収まり、私は残りのエサキとクロナガとゴミムシを確保。来週は来られるかわからないので、コップはすべて回収。

その後、ビーティングを続行しながら山を降りていくが、結局追加は得られずじまいであった。先週見つけたクロスズメバチの巣はまだ解散していなかったので、回収に備えて目印を増強。サルの声がしたり食べかけのクリが落ちてたりと、獣の気配を感じたりもしながら下山。舗装道路を歩き、温度計を見に行ったら、朝よりも1℃低い14℃。橋の欄干で動けなくなっていたオオハナアブ♂を手づかみ採集したのが、最後の収穫となった。


今回は雨天ということで、コブ叩きには厳しい条件でした。雨天採集が初めてというニシム氏は、虫屋としての経験値がぐんと高まったはず。なんとか二人ともフジコブは採れて、トラップもそこそこの成果があったので、雨でも行ってみて良かったと思いました。

これに懲りずに来年の夏にもう一度来て、後輩たちが奥多摩の原生林での採集を堪能してくれれば幸いです。

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