奥多摩:秋の林道ビーティング

2007.Oct.13

10月も中旬になり大陸からの寒気が日本に流れ込むようになり、長引く残暑から一転して涼しい日が多くなってきました。カミキリ屋さんは通称「コブ叩き」という採集に熱中し、秋に新成虫が出現するコブヤハズカミキリ類を追い求めて遠征するのもこの時期です。アカガネカミキリ(北日本)、ツチイロフトヒゲカミキリ(四国、九州)などもこの時期に新成虫が発生するので狙っている人は多いようです。

しかし、秋のカミキリ採集はこれだけではないのです。「日本産カミキリムシ」(大林・新里、2007)を紐解いてみると、秋に新成虫が出現して野外で成虫越冬する(と思われる)種類は小型種を中心として意外と多いようです。

・ゴマフカミキリ類(ヨツボシシロオビゴマフ、タテスジゴマフなど)

・サビカミキリ類(ナカジロサビ、ワモンサビなど)

・ハラアカコブカミキリ(別名 ベニフカミキリ)

・クモノスモンサビカミキリ

・チビコブカミキリ類(チビコブ、ヘリグロ、ミヤマ、ピックなど)

・ハイイロツツクビカミキリ

・ドイカミキリ類(ドイ、シロオビドイ、カスリチビなど)

というわけで、今回は秋出現の小型カミキリを狙って、林道を歩きながらビーティングをしていくことにします。


朝、本町水田を出発して始発電車に乗って奥多摩へ。毎度おなじみの運転手さんと車掌さんが運行するバスに乗って、東京都最奥の、いつもの場所へ。

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いち早く色づき始めているのはトチノキ。

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気温は12℃(8:00)。冷え込みは厳しいらしい。

今日はのんびりと林道を歩くだけなので急ぐ必要はまったくなし。のんびりと灯火に飛来して居残った虫を探します。

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電柱に静止するシロシタバ

大きくて迫力があります。すでに標本は持っているので撮影のみ。

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足元には、大き目の翅が落ちていました。秋を告げる鱗翅目のひとつ、ヒメヤママユです。もう出現しているようですが、鳥の餌食になった模様。

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東京都産ヒメヤママユはまだ持っていないので、周辺を丹念に探します。

灯火採集の鉄則は、「大物は、ちょっと離れた場所にいる」。明かりに惹かれて飛んでくるものの少し離れた場所で留まる個体が、実は多い(誘蛾灯に関する研究でそんな結果が出てるらしい。誘殺もするけど、それ以上に周辺から大量に呼び寄せてしまう)

071013himeyamamayu1.jpg,br> ヒメヤママユ

そんなことを教授が言ってたなと思いながら探していると、下草に裏向きになって止まる個体を発見

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そっと持ち上げて、ヤラセ撮影。ヤママユガの仲間では一番好きな種類です。標本にするため採集してから、いよいよ林道へ。

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林道に入ると、早速看板が出てきます。

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台風による林道被害の復旧かと思いきや、単に路肩をフェンスで覆う工事のようです。路肩にはウツギやノリウツギなどカミキリ狙いで掬える花がかつては多かったのですが、フェンス工事が行われると全部切られてしまうばかりか、しばらくして再生してきてもフェンスの向こう側で手出しができません。モミの倒木が上から滑ってきて貫通したり、斜面からはがれてしまうなど案外もろいのですが、通行する人や車両の安全を考えているためか、フェンスで覆われるエリアは年々増え続けています。私が林道歩きを離れて原生林の中に突入した理由のひとつです。

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林道の脇には、このような小規模な土場が所々にあります。道をふさいでいた倒木を切り分けて放置したようです。これは、わりと太めの木が置かれています。

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こちらは、細めの木とツル性植物が主体です。

ただ、いずれも急斜面や崖の途中に置かれているため、ほとんど叩くことはできません。道から身を乗り出して、ヘッピリ腰でビーティングネットを構えて叩くだけ。

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網の上に落ちてくるのは、トビムシ、ハサミムシ、クモがほとんど。特にトビムシは写真のように見事なスタイルで着地してくれるため、微小カミキリ狙いの際には幾度となくだまされます。

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叩く、網を払う、叩く、網を払う、・・・。何十回繰り返しても、落ちてくる顔ぶれは変わらず。だんだんやる気を失いながら、あてもなく歩くといつの間にか林道の中間地点。標高はそろそろ1000mになるころ。景色は夏とほとんど変わらないけど、気温が低く、虫はほとんどいない・・・。

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それでもめぼしい場所を見つけては叩くことを繰り返すこと2時間、ようやく甲虫らしき姿が網に浮かび上がる。触角も長いし、これはカミキリムシっぽい。さて、今日の最大の目的である、チビコブカミキリ類のどれだろう・・・・

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キッコウモンケシカミキリ

あれ? これは。まさか、野外成虫越冬に果敢にも挑戦しようというわけでは・・・。

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落ちてきたのは、植林と林道の間にあるキブシの枯枝。こんな風通しが良いところで越冬するのは無謀な気がする・・・。

せっかく落ちてきた最初のカミキリがチビコブではなかったことに落胆して、ますますやる気を失って林道をひたすら登っていきます。

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しばらくすると、土場を発見。立派な丸太は手前からツガ、イヌブナ、ブナ。時期が時期なら、アレもコレも・・・。来年まで残っていてくれるといいのですが・・・。

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しばらく進むと、いかにも危険な場所が。濁流が林道の真ん中を削ったと書かれた札が置かれていました。もっと削ると、道が半分崩れてしまいそうで怖いです。

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斜面から見事に姿勢を保ったままスライドしてきた立ち枯れ。こんなお手軽なところにネキ(ホソコバネカミキリ類)が飛んでくるといいのですが、きっと来年までには撤去されることでしょう。

「台風の爪痕に気を取られている場合ではない、叩かなければ」

いつしか本日の目的である林道ビーティングを思い出し、物量作戦ということで手当たり次第叩いていきます。「奥多摩はムシが採れない」という言葉はよく聞きますが、下手な鉄砲も数打てばいつかは当たるもの。問題は、当たるまで続けられるかどうか。

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先ほどのキッコウモンケシから50分経過した頃、やっと2匹目のカミキリが落下。今度こそ、チビコブカミキリであってほしい。

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ヘリグロチビコブカミキリ

細長い体、上翅に浮き出る無数のコブ。まぎれもなく、チビコブカミキリの仲間(小さすぎて現地では同定できず、帰宅後に同定)。奥多摩自己初、2006年の富士山以来の再会です。

以下、余談

今回採集した個体は高尾山・町田市などからチビコブカミキリMiccolamia verrucosa Batesとして記録されたものとおそらく同一種。分類学的再検討により和名・学名ともに変更された厄介な種類です。

なお、以前はシロチビコブカミキリMiccolamia tuberculata Picと呼ばれていたものが、2007年現在はチビコブカミキリMiccolamia verrucosa Batesとなり、さらにMiccolamia tuberculata Pic はピックチビコブカミキリに充当されています。過去の記録を調べる場合は、要注意です。

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ちなみに、大きさはこのとおり。この寒い山奥でこんな小さい虫を採って喜んでいる自分は何なんでしょうね?

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採れたのは、林道脇の斜面に落ちていたイタヤカエデの枯枝。林道側1mほどが平坦になってて降りることが出来ますが、その先は急斜面となっています。

「1匹いれば、そこが適した環境だから近くに何匹かいるはずだ」

ちょうどこのあたりは林道と急斜面の間にわずかながら平坦な部分があるので、慎重に林道から降りて枯れ枝を叩いていきます。

少し叩くと、ネットの上に何やら大きな虫が落下。先ほどのチビコブカミキリと比べるとまさに怪物です。

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ニセビロウドカミキリ♀

これも、まさか、野外成虫越冬に挑戦中?

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落ちてきたのは、このヤマブドウの枯蔓。コブヤハズカミキリ類のように枯葉に潜るのは良い作戦ですが、もっと低位置の湿度が高い場所に潜らないと厳しいのでは・・・。

さらに、

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トゲバカミキリ

これも、野外成虫・・・(以下略)

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寝床に選んでいたのは、、クサギの根元のヤマハンノキの枯枝。ここも谷からの涼しい風が吹き上がってきて寒そうです。

この後、残念なことに追加がピタリと止まってしまいました。仕方ないので、林道をさらに進んでいきます。

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ダラダラと歩いていると、今年7月末に4名で灯火採集をした場所を通り過ぎ、いつしか林道終点付近まで来てしまいました。ここまできても、まわりの木々は青々としています。

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林道脇には数株のアザミ。奥多摩町からも記録されているアサカミキリの痕跡でもないかと、ちらっとのぞいてみますが、そんなのどこにもありません。

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メノコツチハンミョウ

いくつかの株を見ていくと、キラリと光る物体を発見。ツチハンミョウの♂です。同定は帰宅後。成虫越冬はしないそうです。秋を感じさせる虫のひとつです。

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しばらく歩くと、林道の終点に到着。ちょうど昼時なので、昼食を取ります。

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振り返ってみると、山の上の方はだいぶ色づいてきていました。雲間の世界を目指して必死の思いで登った尾根をこうして見るのも感慨深いものがあります。

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ふと脇にあるアザミを見ると、マルハナバチの一種。

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ここにも、別の毛色をしたマルハナバチの一種。寒いからかまったく動かないので、ちょっと触ってみました。

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少しの間をおいてから、威嚇姿勢をとりました。以前、刺されて痛い思いをしたのでこれ以上刺激しないようにします。

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昼食も終わった頃、いつものように風が吹いてきました。天気もあまり良くないので、少し早いですが林道を下ることにします。

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山の背後にはいつしか雲が忍び寄っていました。雨が降る気配はないですが、日もかげって急に寒くなってきます。

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急ぎ足で林道を下っていきますが、先ほども見た土場の前を横切るときに、周辺視野が働いてしまいました。

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ヒゲナガゴマフカミキリ♂

シデの伐採木に静止する個体。本来ならば夏に倒木の上を這って♀を探す姿を見かけるもの。こんな時期に出てきても、伴侶は見つからないだろうに・・・。

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川が見える場所まで降りてくれば、温度計まであと一息。多摩川下流は相変わらず濁っていますが、上流はこのとおり清流が復活してます。

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足への衝撃が大きい舗装道路に入り、温度計まであと少し。しかし、ここでも周辺視野が働いてしまいます。

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ラミーカミキリ

一般に草本食いの種類は成長が早いため、残暑を利用して一気に成長してしまったのでしょう。

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気温は、14℃(14:40)。長袖+昆研パーカーを着用すれば耐えられる寒さです。

これから紅葉の季節を迎えて奥多摩は観光客でにぎわいますが、それが終われば、長く厳しい冬が待っています。

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イカリモンガ

道端の花で吸蜜する個体。まるでついさっき羽化したかのような、新鮮な個体。

林道で出会ったカミキリ達といい、このイカリモンガといい、今年の秋は、いつになく変な秋です。

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