2007.Nov.3
11月に入り、あちこちの山から紅葉の便りが届くようになりました。カミキリムシ採集ではコブ叩きもほぼ終了し、材採集やオサ掘りが始まりました。
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文化の日は「晴れの特異日」のひとつとして知られています(2007年現在)。毎年この日には奥多摩へ材採集に行っていました。学生時代の最後のシーズンである今年も、迷わず奥多摩へ材採集へ行きます。ただ、どうせ行くなら、今まで行ってない場所、今しか行けない場所へ。6月末、7月末と挑戦した雲間の世界(東京都唯一の亜高山帯)が 今回の目的地です。前日の夜に奥多摩駅まで到達し、始発のバスで登山口へ。
雲取山登山道の中でもっとも安全な鴨沢ルートの基点。一応、5時間かかるとありますが、個人差が大きいので注意。
熊除けの鈴を装備するのは、実は今回が初めて。手には叩き網の枠を持ち、リュックの中にはノコギリ、ナタ、ドライバー、捕虫網の枠、叩き網の布。どんな状況にも対応できるように多彩な採集道具を用意して臨みます。
茶色く濁った奥多摩湖を眺めてから、森の中を延々と続く登山道を進んでいきます。
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車で来ていた先行の登山者を追い抜きながら登ること1時間半、ここまで来るとスズタケがびっしりと生えてきます。ただ、かなりの急斜面なのでコブ叩きをすると虫ではなく命を落してしまいます。
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登り始めて2時間半、七ツ石山の頂上まで3分というところまで来ました。ここで、休憩も兼ねてちょっと寄り道。まずはササ藪の中にあるよさそうな倒木の写真撮影。
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樹皮を剥がすと、カマドウマの仲間が出てきました。この先、何も採れない可能性もあるので、迷わず採集。良い図鑑もあるので、きっと同定はできるはず。
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案の定、これ以上なにも出てこなかったので周辺の倒木もチェック。
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3本目くらいで、樹皮下にオサムシの姿を発見。一瞬、チチブホソクロナガオサムシかと思いましたがホソアカガネオサムシでした。
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ちなみに、いたのはこの苔むした倒木。林床の湿度はかなり高いようです。
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ある程度体力が回復したところで、山頂へ歩き始めます。
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七ツ石山の山頂に到着(9時15分)。空はやや曇っています。
これから進む石尾根縦走路は、カラマツで黄色く彩られています。この後どんどん登山客が訪れそうなので、目的地へと急ぎます。
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歩き始めて15分も立たないうちに、再び寄り道。ササ藪の中に埋もれるカラマツの倒木です。狙いはもちろん、チチブホソクロナガオサムシ。
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手をかけて割ってみると、中は朽ちています。これは期待が持てそうです。
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まもなく、黒いオサムシが見つかりました。でも、ちょっと大きすぎる。手にとってよく確かめたら、クロナガオサムシでした。標高1600mを超えた場所にも生息する、この適応力の強さ。
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続いて、大きさとしてはバッチリなオサムシ。でも上翅に見事な彫刻あり、ホソアカガネオサムシでした。
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結局、これ以外は出てこなかったので、先に進みます。
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だんだん晴れてきました。さすがは特異日。でも、気温が低くハエすら飛んでいません。遠くに見える山々は、2000年からすべて特別保護地区になっています。
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所々、ビーティングしながら進んでいきますが、落ちるのはクモばっかりで、虫の姿は全然ありません。
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叩き網というものは、虫屋さんなら採集道具と知っていますが、一般の人にはほとんど知られていません。好奇心旺盛なおばさんと遭遇すると、「それ○○?」と聞かれます。
○○の例:凧、測量道具、雨除け
今回の採集行では「測量道具」と思っていた人が多かったです。
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やがて、雲間の世界に到着。6月にクモマハナカミキリ・アラメハナカミキリ、7月にシラフヒゲナガカミキリと出会った場所です。
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林床には、倒木や伐採木があちこちにあります。これをビーティングして、シロオビドイカミキリでも落そうというのが目的のひとつです。
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でも、どんなに叩いてもトビムシしか落ちてきません。
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もうひとつの目的は、立ち枯れ。東京都ではまだ2例しかない、ハイイロハナカミキリの生態写真が狙いです。
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樹皮をそっとめくって内側を見ていきますが、この木はちょっと古すぎたようです。
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しかし、ハイイロハナカミキリの死体をなんとか発見。このエリアに生息していることは確実なようです。
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さらに、根元の方に目をやると、
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なにやら、大きなカミキリムシが菌に巻かれています。前胸の大きなへこみからして、これはオオクロカミキリ。
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よく探すと、4個体も見つかりました。一応、奥多摩自己採集に1種追加としておきます。
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ということで、生息が確実なハイイロハナカミキリに狙いを絞ります。この広大なカラマツ林のどこかに存在する、好適な発生木を求めて、クマの痕跡が至るところに目立つ林内を徘徊します。
広葉樹の幹についた生々しい爪痕。
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あちこちさまよいますが、なかなか良い状態の立ち枯れは見つかりません。
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そもそも、カミキリムシの発生に好適な材の出現は、自然状態では相当低い確率であるもの。森の面積が小さいと、材が出現しない年がしばしばあり、融通の利かない種類はそこで絶えてしまう。逆に、森の面積が大きいほど、良い材がより安定的に出現する。良い状態の森を大きな面積で残すことの重要性がここにある。
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いろいろ考えながら歩いていると、見覚えのある場所に到着。6月にアラメハナカミキリが這っていた立ち枯れです。あれからまだ4ヶ月しか経っていないんですね。
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相変わらず、好適な立ち枯れは見つからず、こんな直翅目が落ちてきたくらい。
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でも、生息は確実なので、きっとこのカラマツ林の中のどこかにいるはず。発生木の条件は、これまでの経験からして、
ある程度、古くて・・・・・
ある程度、太くて・・・・・
ある程度、樹皮が厚くて・・・
ある程度、乾燥していて・・・
ある程度、風通しが・・・・・
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胸丈直径?cm以上、樹皮厚?cm以上、湿度?%、・・・
科学的に説明するとなると、複雑な測定と解析が必要でも虫屋にはそれが一瞬で見分けられる。一般の人は「マニア」とひとくくりにして、時には馬鹿にするけれど、最新機器を用いても十分には説明できないような能力を駆使していろんな事情でプロでは扱えないテーマを、自主的に追い求める。そんなアマチュア研究者は、自身を「虫屋」と称する。「普通種も含めた生息状況の確認とデータ蓄積、生態解明、分布調査、etc・・・・」
学術的生産性を伴わない乱獲者や業者などとは一線を画していることを、そろそろ一般の人も認識してほしいところですね。
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そして、ようやく、条件に合致する立ち枯れを発見。台風の影響で派手に折れていますが、それは条件を満たしている証拠。生木に近ければ、こんな折れ方はしないはず。
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樹皮を剥がすのにも適度な力が必要で、ますます期待が高まります。
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樹皮を剥がすと、樹皮下には無数の食痕があります。でも、白い菌類が繁殖しています。これはあまり良くないので、菌の勢力が弱い場所へと進みます。
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やがて、こんなものを発見。お馴染みの、ハイイロハナカミキリ類の蛹室です。でも、肝心の主の姿は見えない・・・。
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途中で菌に負けたのか、それとも衝撃で下に落ちたのか。ひとまず、樹皮側に目を移します。
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ハイイロハナカミキリ♂
やっと、見つけることができました。褐色の蛹室の壁に浮かび上がる、白と黒のコントラスト。奥多摩の林道の落石防止柵(カラマツ製)で出会って以来、実に4年半ぶりの再会となります。
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さらに探すと、またも樹皮側に鎮座する成虫を発見。
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ハイイロハナカミキリ♀
幼虫・蛹の殻を背後に押しやり、出口に顔を近づけて、長い冬の後に来る春をじっと待っているのですね。
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これでペアが揃ったので、ひとまず立ち枯れ探索は終了。倒木を探してチチブホソクロナガオサムシを狙います。
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林床に横たわるカンバ類の倒木。なかなか良さそうでしたが、ゴミムシすら出てきませんでした。こうなると、もう採れる気がしません。
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時間もなくなってきたので、行きとは別のルートで下山することにしました。
登山道を高速で下っていくと、やがて霧が出てきました。上空をヘリコプターが旋回しているのに低いうなり声が遠くから聞こえてきたりと、不気味なので急いで下ってきます。
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それでも、途中で1ヶ所だけ気になる場所を見つけたので急停止。ササ薮から飛び出す、広葉樹の細い枯れ枝。先端部分の朽ち具合が急停止の決め手でした。
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たぐりよせて観察すると、産卵マークがびっしり。
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ホソツヤルリクワガタ♂
今回はセオリー通りの状況で見つけることができました。これくらい湿度が高いと細い枝でも生きていけるんですね。
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クマにも会わず、無事に林道へ到着。ここからはひたすら下るだけ、目を閉じていても到着できる道のりです。
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林道から見る山々は、色とりどりの錦をまとっているようでした。
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ゆっくりと写真撮影をしていてもよかったのですが、実はバスの時間が迫っていました。林道を走って下りて行きますが、持久走に耐えられるだけの心肺能力はすでになく、すぐに歩いてしまいます。
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ようやく舗装道路に出ましたが、もう走っても間に合わないことを悟り、立ち止まります。
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諦めてゆっくり歩き出して5,6歩目のことでした。道路上になにか光るものが見えました。ルリハムシのようだったので立ち去ろうとしたのですが、尋常ではない輝きだったので、近寄ってみます。
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ニシキキンカメムシ幼虫
奥多摩のこの地は、実は本種のタイプロカリティだそうです。
新種であることを記載した論文では「基準標本」を指定するのですが、その基準標本となった個体は、遠い昔に奥多摩で採集されたものだったのです。
あと少し早ければ、生きた姿を見られたはずですが、仕方ありません。現在でも生息していることを示す貴重な証拠として、車が通り過ぎるのを待ってから慎重に剥がして袋に収納。
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それにしても、生息地として有望なツゲの自生地は、川を挟んではるか遠くにあります。幼虫は当然ながら翅がないので、どこかから歩いてきて事故にあったはず。「若齢期のホストはツゲ」という先入観は捨てた方がいいのかもしれません。来年の課題が、またひとつ増えました。
東京都唯一の亜高山帯まで日帰りで行って昆虫採集してくるのも、今だからできること。もともと調査が十分に行われないうちに大部分が特別保護地区に指定されてしまったために、許可証なしでは今回のように限られたエリアでしか昆虫相の調査ができないのは残念なことです。 でも、行けば必ず何か新しい発見がある魅力的なエリアでもあります。来年からはなかなか厳しいものになると思いますが、足腰が立つうちはできるだけ挑戦してみたいと思います。
秋の日はつるべ落とし。バスが出発する頃には真っ暗になっていました。