奥多摩:信仰の山

2007.Dec.8

奥多摩はかつて山岳信仰で栄えた場所です。原生林の中を歩いていると、時々その痕跡をみることがあります。木に巻きつけられたお札、尾根の先端に安置された仏像、木の葉に埋もれる祠、急峻な地形を平らに削った跡、ストーンサークル....。青梅市御岳山の頂上にある武蔵御嶽神社は有名ですが、奥多摩のいつも通っているエリアにも神社があります。奥多摩に通い詰めるからには一度は拝んでおかねばならぬということで、標高1723mの山の頂上にひっそりと立つ姿を目指して冬枯れの山を進みます。


朝7時、奥多摩駅発のバスでいつもの場所へ。この時期になると乗客の数も一気に少なくなります。

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山は冬自宅も整ったようで、紅葉の名残もわずかです。

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気温は、やっと0℃を超えたところ(at7:40)。

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日陰の落葉には霜がびっしり。

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夏の間にお世話になった外灯は、一見すると静まり返っています。でも、よく見れば旬の虫が見つかるものです。

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フユシャクの仲間

冬に成虫が出現する種類です。写真だけでは同定が難しいので、すべて採集しておきます。

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薄暗い林道を歩いて登山口へ向かいます。正面に見えている山が、今日の目的地です。

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2kmほど歩くと、登山口に出ます(8:10)。かつて、滑落して山中で一夜を明かした後に帰還した先輩がいたため、昆研内では一時的に入山禁止令が出されたというこの山。そのため今まで登るのは避けてきたわけですが、もう一人の先輩から話を聞くと、やはり行ってみたくなるもの。2006年11月4日に同一地点で2件連続の滑落事故が起きているので、気を引き締めて登り始めます。

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道はほとんどの場所でしっかりしていますが、たまに危ない場所もあるので油断できません。1ヶ所、左足を踏み外して落ちそうになりました。急斜面を登って標高を稼いでいきます。

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斜面には倒木が無数にありますが、時間の都合で手をつけずに登山に専念します。

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40分ほど登ると、自動雨量計が出現。(8:50)

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ヒノキの並木道の奥には、

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大日天神という古びた社があります。(9:00)

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その裏手からヒノキとカラマツの植林を延々登って、

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原生林の尾根をひたすら登ります。ミズナラ、ブナ、ダケカンバが主体です。

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木々の間から山が良く見えます。あの山の頂上と、今日の目的地はほぼ同じ高さなので、まだまだ先は長いと思いながら登り続けます。

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途中、石灰岩がむき出しになった尾根もあり

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うんざりしてきた頃に、建物が見えました。会所という作業用の小屋らしく、神社はもうすぐそこです。

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ヒノキの並木道を上り詰めると、天祖神社に到着(10:20)。登山口から2時間10分、標高差1100mを登りきりました。ここまで登って神社を建てた昔の人々の努力に、しばし思いを馳せます。

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神社の裏手には針葉樹立ち枯れの世界が広がっていました。先輩も、数年前にこれに似た光景を見たらしいのです。その時はもっと生きてる木が多かったはず。

ようやく目的地に到着したので、探索を開始します。

今日の第一目的はチチブホソクロナガオサムシ。今年の目標のひとつですが、いつもの場所ではクロナガオサムシばかり。環境を変えて、高標高地で笹薮も残っているこの場所で、今度こそは。

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しかし、いざ探索してみると立ち枯れの方が気になります。ツガの立ち枯れに近寄り、まず根元の樹皮を剥がしてみます。

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オオクロカミキリ(死骸)

おびただしい数がみられました。林道沿いでは見られなくても、高所では普通種のようです。来年夏、樹皮下を探せばきっと生きている姿を見られるはず。

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続いて上部の樹皮を剥がしにかかりますが、なかなかうまくいきません。それもそのはず、内部はしっかり凍りついていました。

樹皮剥がしはひとまず諦めて、オサムシ狙いで朽木を崩します。しかし、朽木も当然凍りついているためになかなか思うようにいきません。

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ナタでコツコツ削っていると、ようやくオサムシ出現。大きさはバッチリ、果たして目標達成なるか・・・。

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ホソアカガネオサムシ

そう簡単にはいかないものですね。

しばらく朽木を重点的に攻めますが、一向に虫が出てきません。何か、条件が悪いのでしょうか。

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そんな中、非常に魅力的なツガ立ち枯れを発見。この朽ち具合、きっとアレがいるでしょう。ということで、樹皮を剥がしていきます。

根元の樹皮下には、やはりオオクロカミキリがいました。菌糸のめぐりが少なかったので採集しておきます。

続いて、本命である上部の樹皮を剥がします。樹皮下はほどよく朽ちていて、食痕もあり、期待できます。

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やはりいました、ラギウム(Rhagium)です。どうやら♀のようです。さて、どの種類でしょう。

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上翅の模様のコントラストが不明瞭なので、少なくともハイイロハナカミキリではなさそう。

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続いて、もう1個体。こんどは♂のようです。

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ホンドニセハイイロハナカミキリだと思いますが、唯一手元にある高尾山産とはちょっと雰囲気が違います。

これは、比較できるように個体数を稼ぐ必要がある。手が届く範囲の樹皮を剥がしていきますが、高密度な食痕とは対照的に、成虫がほとんどみられません。

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原因は、強力な捕食者の存在。コメツキムシの大きな幼虫がいました。

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厳しい生存競争を勝ち残った♂成虫。ハイイロハナとホンドニセハイイロハナの2種類が奥多摩のこのエリアに生息していることが確認できました(シナノエゾハイイロハナカミキリの名も頭に浮かびましたがそれではないようでした)。

かろうじて3ペアを採集したところで、昼食にしました。

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昼食後は、再びオサムシ探索に切り替えます。赤腐れしやすい針葉樹の倒木に狙いを定めます。

重要なのは、オサムシの気持ちになること。一番もぐりこみやすい場所を選んでナタを振り下ろします。

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本日2匹目のオサムシ。先ほどのホソアカガネよりもかなり大きく、クロナガオサムシだと一目でわかりました。

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入っていたのはこの部分。地面との境目からやや上の部分が絶妙の朽ち具合でした。

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さらに、別の場所からはスズメバチ。先週もたくさん見つけたホンシュキオビホオナガスズメバチです。

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さらに、ホソアカガネオサムシ。昨年は2匹がやっとでしたが、ようやく越冬場所がつかめてきました。

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ふと顔を上げて周囲を見ると、霧が立ち込めていました。北の方から冷たい風が吹きつけます。これは非常にまずい状況だと感じて、急いで下山します。

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とはいっても、せっかくここまで登ってきたので、良さそうな朽木を見つけると脇にそれて崩してみます。

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小さい上翅が出てきましたが、これもクロナガオサムシのもの。

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出てくるのは、ことごとくクロナガオサムシ。完全に「クロナガ男」になってしまったようです。

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山頂から離れると霧は晴れましたが、北の方から怪しい雲が接近してくるのがはっきり見えます。

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朽木がダメなら崖掘りはどうかということで、根返りで出現した崖を掘ってみます。

夢中で掘っていきますが、何も出ず。結構いけると思っていただけに、落胆が大きいです。

ふと我に返ると、背後で獣の気配が。

「しまった、鈴が鳴っていなかった」

リュックを地面に置いて掘っていたので音が出ていなかったのです。

ピッケル片手に恐る恐る振り返ると、

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シカが倒れていました。特に外傷はなかったので衰弱か病気だったのでしょう。生きた獣でなくて一安心です。

さらに下りながら朽木を崩していきますが、相変わらずクロナガオサムシだけなので飽きてきます。

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ナタで削るのは面倒になってきたので、素手で崩せるものだけを狙っていきます。

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ポロッと出てきた幼虫。赤腐れ材ということは、

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やはり、このクワガタ。

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ツヤハダクワガタ(♀)

冬に朽木を割らなくても、夏に立ち枯れを探すと案外見つかります。

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ヒノキ植林を下る頃には完全に探索意欲がなくなっています。

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足元にはこんな光景が広がっています。安全第一、安全第一。

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登山口まであと少しというところの、このカーブが一番危険。ロープには「滑落注意」の看板が2枚。花束の残骸までありました。岩場に積もった落葉で滑りやすく、ロープを越えれば林道まで一直線。

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やっとのことで林道まで戻ってきました。あとは、ゆっくりバス停まで歩くだけです。

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林道沿いに生えるキブシの枝先には、たくさんの蕾。これから4月末まで、長い冬が始まります。

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