淡路島:もうひとつの飛べないカミキリ

2008.Sep.14

初めてツチイロフトヒゲカミキリを採集してから、はや1ヶ月。日中の暑さも多少やわらぎ、朝晩の涼しさに秋の到来を感じるようになった。稲刈りが最盛期を迎えた水田には山から戻ってきたアカトンボが舞い、オオトラの季節もまもなく終わりを迎え、シーズンはコブ探しへと切り替わる。

淡路島に生息するもう1種の飛べないカミキリは、セダカコブヤハズカミキリ。距離的には讃岐國に近いものの、摂津・河内などと同じ基亜種に含められている。前回は少々フライング気味だったこともあり影も形もなかったが、そろそろ枯葉に潜り込んでいる頃だろう。ツルギセダカ探しの前哨戦として、2週間ぶりに明石海峡を渡る。


前夜は東京から来た虫屋の友人と飲み、深夜まで標本を眺める。同年齢ながら2倍の虫屋歴を誇り(私の方が半分というのが一般的か)、強力なエネルギーをもらった感じなのだが、寝不足なのもまた事実。友人が高松へ旅立った後、荷物を準備して淡路島行きの高速バスに乗る。

空は雲が多い晴れ。もはや、先月のような夏の日差しではない。サンダルから登山靴に履き替え、虫除けスプレーを噴霧して、コンビニで買った手拭いを頭に巻いて、いざ林の中へ。

昨晩に雨が降ったらしく、林内の落葉はまだ湿り気を保っていた。前回の乾燥具合を知っているので、ここは足早に通り過ぎていく。


メマトイの一種

登山道の中の陽だまりを通過した後、大量にまとわりついてきた。蚊も寄ってきているのだがなかなか着陸しないのに対し、このメマトイはお構いなしに目に飛び込んでくる。防虫スプレーはまったく効果がないらしい。

周辺視野で常に10匹以上捕らえられる状況はさすがに耐えられず、立ち止まっては手で叩いて、すぐまた歩き出すということを繰り返す。

足早に頂上を目指してはいるものの、前回も叩いた枯葉を見つけると、これだけは叩いておきたくなった。叩き網を地面に置き、振動を与えないように軌道をイメージしてから枝をつかんで一気に移動させ、網の上ではたく。

ダンゴムシとムカデとカネタタキに混じってコカマキリが落ちてきただけ。まだ本命のエリアではないため、気にせず先に進む。

しばらく歩くと、大木が現れるようになる。スダジイの根元においた叩き網は70cm四方、幹の直径はそれを上回る。このあたりに着く頃には、不思議とメマトイはいなくなっていた。

ここからがメインのエリアということで道を外れて斜面を徘徊してみる。林床に敷き詰められた落葉はこの時期の奥多摩を彷彿とさせるが、スダジイ、ヤブツバキ、ソヨゴといった堅い葉を踏みしめると、ここは西日本なんだということを実感する。

しかし、枯葉つきの枯枝というのはなかなか見つからない。かろうじて見つけても、こんなしょぼいものばかり。

一瞬、触角が見えてドキッとしたが、カメムシだった。紛らわしいところに止まっているものだ。

徐々に標高を上げていくと、前回見た応援札がみつかる。あと少しで終わってしまう、がんばらねば。


しおれた草


枯葉つき枯枝


葉が散りかけた枯枝

可能性があると思ったらすべて眺めて叩いていくが、セダカは落ちない。

カネタタキはよく落ちる。こんなに小さいことはないとわかっていても、体形が似ているだけに毎回注目してしまう。

前回は紹介しなかったヤブツバキの大きな枯枝

枯葉もそこそこ残っているので今日こそはと思ったが、眺めても眺めてもセダカの姿は浮かび上がらないし、叩いてもカネタタキしか落ちてこなかった。

やがて、頂上に到着してしまう。アサギマダラが1匹、翅を休めていた。登山口から1時間半、ちょうど12時。荷物の軽さを最優先したため昼食は持ってきていない。非常食としてリュックに入れてあるラムネと黒飴で栄養補給した後、前回ツチイロフトヒゲを採った場所へ向かう。

頂上から少し下ったこのあたりが、その場所。

発見場所となるカクレミノに到着する前に、今日一番の枯枝を発見。道の上からは叩きにくいので斜面の下へ回り込む。

適度にしおれた美味しそうな枯葉がたくさんついている。樹種はよくわからなかったが、セダカが食べそうもないクスノキ科ではなさそうだ。期待を持ってじっくり眺めるもセダカの姿は浮かばず、叩き網を慎重に回り込ませて一気に叩く。サヌキセダカの時のように、網の上にポロポロとセダカが落ちてくる。そう確信していた・・・・・。

叩いた後に真っ先に網をみると、カミキリの姿が浮かび上がる。しかし、予想していたものよりはるかに小さく、ツチイロフトヒゲカミキリということがすぐわかった。

前回はこれでも満足できたのだろうが、今回はそうもいかない。網の上に散らばった枯葉をかきわけてセダカを探すが、脚と触角を縮めて転がる姿はなかった。「こんな良い枯葉にいないとは、厳しい・・・」

少し歩くと、例のカクレミノに出くわす。あの時の枯葉はどうなっただろうかと、根元を探す。

まもなく、地面と同化しつつある枯葉が見つかった。また別のツチイロフトヒゲが潜っているかと期待していたのだが、ここまで劣化してしまってはさすがに食べないらしい。

前回ツチイロフトヒゲが潜んでいたアオキ枯枝も、このとおり。1ヶ月という時間は、こんなにも枯葉を変貌させてしまうものなのか。

道を外れて斜面に入り、枯葉つき枯枝を探すもほとんど見つからない。

かろうじて見つけたのが、このヤブツバキの伐採枝。道沿いの死角になる場所にあり、誰かのトラップとみられる。葉はまだ緑色を帯びているものの、乾燥でカラカラになっている。どうせ仕掛けるならもっと場所を選んで置けばいいのに。

1時間ほど探索を続けたが、ツチイロフトヒゲが追加で1匹得られただけ。サヌキセダカの場合と異なり、セダカが潜んでいそうな枯枝が少なすぎる。少ない分、多少条件が悪くともそれなりの物件があればまとまって潜んでいそうなものだが、そうでもないらしい。

セダカを探す気力がだんだん薄れていくとともに、セダカが採れなかった場合にやろうと思っていたトゲウスバ材採集の方に気持ちが移っていく。

林を抜け出し、舗装道路に出る。ソヨゴが多い場所を目指してフラフラと歩いていく。

ふとガードレールの向こうに目をやると、伐採枝がそこそこ転がっている。急斜面で地盤がもろそうだったので前回は手を出さなかったのだが、なぜかこの時に限って叩いてみようという気になった。

「まあ、こんな道路脇で採れるなんてまずありえないと思うけれど」

リュックを置いて叩き網とデジカメだけ持って、ガードレールを乗り越える。

予想通り、地盤はもろくてすぐに崩れ落ちる。奥多摩なら30cm滑っただけで止まるところが、1mくらいは平気で滑る。靴には土と枯葉が入り込むが、この急斜面ではどうしようもない。土に粘り気がないため足場を作るのにも非常に苦労する。

木の根元や石を足がかりにして水平移動し、伐採枝を叩いていく。しかし、カネタタキやダンゴムシがそこそこ得られるだけで、セダカはまったく落ちてこない。

「やっぱり、こんな道沿いでは無理だよなあ・・・・」

めぼしい伐採枝はほとんど叩いたところで、道路を目指して垂直移動。ガードレールから1mほどのところにあるヤブツバキが目に入る。とりあえず、これだけ叩いておこう。叩き網をあてがい、枝をすばやく水平移動させて、叩く。

勢い余って、網の上には周りの関係ない枯葉が大量に散りばめられてしまう。これは探すのが大変だなと思いながらも、とりあえず、表面に何かいないか探してみる。

「ん?」

「あれ、なんかいるぞ」

! !

「むむむ、これは・・・」

!!!

ついに、見つけた!

セダカコブヤハズカミキリ
Parechthistatus gibber gibber

しかし、網の上に落ちて動かないとはいえ、まだ油断できない。下手に足を踏み出すと足元が崩れ、セダカは簡単に転げ落ちてしまうことだろう。この急斜面を体勢崩さずに登り切ることに、全神経を集中させる。

無事に道路まで登りきったところで、ガッツポーズ。枯葉をそっとつまみあげて、記念撮影。摩耶山で逃げられた♀よりも、はるかに大きい♀。

林内を徘徊してもまったく見つからなかったのに、まさか道路脇の伐採枝にいるとは。「ここにはいないだろう」という先入観は禁物だということをまた思い知らされる。

ということで、追加を狙って道端の伐採枝を叩いていく。

しかし、追加は得られず。先ほどの場所と比べて直射日光が当たる場所が多く、これでは厳しいのだろう。

「道端といえば、あの場所を忘れていた」

ヒメヒゲナガを採ったポイントのはるか手前で、ふと期待の場所があったことを思い出し、来た道を引き返す。

やってきたのは、伐採木置き場。道端なので空き缶などが散乱している。前回はヒナカマキリがよく落ちてきただけでセダカもツチイロフトヒゲもいなかった。あれから1ヶ月、今日はどうだろうか。手始めに、自分の背丈ほどもある伐採木を2本一気に持ち上げ、叩き網の上にすばやく移して叩く。

!

! !

本日、2匹目。今度も♀。

さっきの♀より一回り大きい。

前回は影も形もなかったのに、今回はいた。さすがに8月中旬ではフライングだったのかもしれない。

「これは、残りの伐採木を叩けば追加は間違いなし」

20分前とは比べ物にならないほどやる気が出てきて、伐採木の山を叩いていくが、追加は見つからなかった。

「♂が採れればいうことなしだったけど、まあ2♀採れたからいいや」

トゲウスバの材は冬にでも採りにくればいい。腹も減ったしのども渇いたので、ちょっとはやいけど下山することにする。

山頂を少し下ったあたりからメマトイの猛攻が始まる。振り切るために駆け足で進んでいくと、わずか30分で登山口に到着してしまった。

最後までまとわりついてきたメマトイを叩き落とし、山から引いた用水路で手足を洗って一息つく。

斜面徘徊の代償、ドロドロの靴下。

砂利道にはハンミョウがいたので、しばし撮影を試みる。路面にいるときは非常に敏感だったが、不思議なことに葉の上に乗ったとたんに鈍感になった。でも、ハンミョウはやっぱり地面にいるものだと思い、別の個体を探して悪戦苦闘するうちに、いつの間にかいなくなっていた。

ある程度落ち着いたところで、高速バス乗り場を目指して歩き出す。

里では稲刈りが始まっており、遠くではコンバインが右に左に動く。八十八の苦労を経て作られた新米の味を楽しむこの時期、山の中ではコブが冬に備えて枯葉をかじっているのだろう。


前回はかすりもしなかったセダカをなんとか見つけ出し、島に生息する飛べないカミキリ2種すべてに出会うことができた。道端の乾燥した枯葉でも、いないと決めつけてしまうとせっかくの遭遇機会を逃してしまうことを改めて知った。来週のツルギセダカ探しでも、うまく出会えることを願う。

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