紀伊半島のルリクワガタ:植林の狭間で

2008.Nov.29

最後のコブ探しから1ヶ月あまりが経った今日この頃。師走の声もどこからともなく聞こえてきて、川沿いを飛ぶウスバキトンボもすっかり姿を消した。ここ1ヶ月ほど公私にわたりいろいろあったのだが、ようやく昆虫採集のことを考える精神的な余裕がでてきたところで、関西での初めての冬季採集シーズンが幕を明ける。

オサ掘り、カミキリ材採集、フユシャク探し、チョウ採卵、ため池の水生昆虫、・・・。冬季採集といってもいろいろある中で、この冬に力を入れていくのは、ルリクワガタ類の材割り採集。 採集圏内となる近畿・中国・四国地方を合わせると、

ルリクワガタ、コルリクワガタ(キンキコルリ、ニシコルリ、シコクコルリ)、ニセコルリ(キイニセコルリ、シコクニセコルリ)と、実に6つも狙うことができる。

(注:種の保存法で保護されているタカネコルリクワガタは論外です)

最初の目的地は紀伊半島で、狙いはキンキコルリとキイニセコルリ。ポイント情報を当てにして行くのは面白くないので、地形図、道路地図などを分析して、レンタカーで探しながら回ることに。


前日の金曜夜、仕事が終わってすぐに電車に乗り、奈良へ。いつものように前日予約したレンタカーを借り、ちょっと寄り道で奈良公園へ。学生時代、私の2代前の会長とともに西日本糞虫採集旅行で訪れて以来、実に6年ぶり。その会長も、残念なことに社会の荒波の中で行方知れずとなってしまった。今後もこの公園に来るたびに、あの時の武者修行を思い出すのだろう。

懐かしい思い出とともに、やや混雑した奈良盆地を通り抜け、紀伊山地へ。運転に疲れてきたところで、一番近い道の駅に入り、寝袋に包まる。

6:30、起床。夜中に雨が降ったらしく、路面はしっかり濡れている。朝食を食べ、コンタクトレンズを装用し、出撃準備が完了する。

さて、どこを目指そうか。事前の情報分析では、どこもかしこも植林だらけ。まとまった自然林が存在するところは高山の尾根部分に限られるが、ほとんどが吉野熊野国立公園の特別保護地区。近畿地方は古くから栄えていたこともあり、ヒトによる自然の改変もすさまじい。江戸時代まではド田舎だった東京とは大きな違いでもある。

いつもなら地形図の広葉樹林マークを見てポイントを絞っておくのだが、今回はそこまでする時間的余裕がなく、「現地でなんとかしよう」ということでここまで来てしまった。行き先を決めるにあたって決め手となったのが、奈良駅前のコンビニで買った道路地図。

「紅葉の名所ということは、わりとまとまった広葉樹林ということだよな」

ということでやってきたのが、この渓谷。紅葉ポイントが近づくにつれて、植林が姿を消していった。青々としているのは、モミ・ツガ、カヤ、そして植林ではないスギ。これは期待が持てそう。

車を停めて、紅葉ポイントを目指して歩いていく。遊歩道が整備されており、三脚を立てて構図を練るカメラマンの姿もあった。

遊歩道はやがて広葉樹林の中を進むようになる。なんだか良い雰囲気の場所なので、このあたりで斜面を登ってみることにしよう。

ササをかきわけて斜面を徘徊していくと、朽木はそこそこ落ちている。しかし、堅くて素手では歯が立たないものか、ボロボロにふやけたものばかり。頭の中に思い描いている材は、ほとんど落ちていない。

1時間ほど斜面を徘徊することにより、コルリ好みの細めの材をいくつか見つけたものの、産卵マークすら見当たらない。それ以前に朽ち方が良くない。

冷静に周囲を見渡してみると、どうも地形の問題のように思えてきた。

「この地形では、ルリクワガタ好みの腐朽材があまり生成されないのではないか」

採集中は基本的に「言葉」が頭の中から消え、感覚だけで探し回っていることが多いのだが、人間の言葉に翻訳すると上記のようなことを感じ、場所を変えることにした。

さらに斜面を登ると作業道らしきものに合流する。足を踏み出すと、昨年歩いた奥多摩の「忘れられた林道」が瞬時に思い浮かぶ。崩れないように石垣で固めてあるところなんか、そっくりだ。

奥多摩:忘れられた林道

現在の奥多摩と唯一異なるのは、ササがまだ健在なこと。芳賀(2007)に記述されたかつての奥多摩に、こんなところで出会えるとは。芳賀氏が歩いたのと同じ道を、時空を超えて今、自分は歩いている。そんな不思議な感覚で、ゆっくりと歩き続ける。

注:芳賀 馨,2007,1970-90年代に奥多摩で採集した甲虫類,うすばしろ,(35):1-46.

しばらくすると尾根を挟んで反対側の斜面に出た。これは、なかなか良さそうな地形。

足元に落ちていた枝を何気なく拾うと、産卵マークが見つかる。すぐに割ってみたが、残念ながら幼虫も成虫も出てこなかった。でも、ここに生息しているという確かな証拠を得て、一気にやる気が高まる。

落ち葉に埋もれるルリクワ材を求めて、道を外れて斜面を縦横無尽に歩き回ろう。

キンキコルリ&キイニセコルリは、このような材に入っている。落ち葉に埋もれていたり、半分地面に埋もれていたりする、湿度が高くて程よく朽ちた材。キノコが生えているのは基本的にダメ。

言葉での説明は簡単でも、実際に現地で材を探すとなると、なかなか難しい。立ち枯れを探すルリやホソツヤルリの方が、はるかに楽だ。

探索開始から10分、ようやく理想の材を見つけた。産卵マークはまだ新しいが、心の眼を使ってみると、ボロボロの部分に古いマークがあるように見える。ナタではなく手を使って、慎重に割っていく。

ぽっかりと蛹室が出現し、中には小さな成虫が鎮座していた。

落とさないように慎重に手のひらに落とす。車を降りてから2時間余り、ようやく見つかった。

奥多摩でルリを見慣れているため、とても小さく見える。奥多摩のトウカイコルリと比べて前胸後角の突起が鈍く、暫定ながら、キイニセコルリクワガタ(同定結果は一番最後に)。

この斜面に来て10分ほどで成虫が見つかり、今度は♀を探そうと落ち葉に埋もれる材探しをさらに熱心に継続していく。特に、大きな木の下では枯れ枝が落ちていることが多いので慎重に探すが、なかなか追加は見つからない。

産卵マークがある材はそこそこ見つけられるようになったが、肝心の虫はなかなか出てこない。

たまに、幼虫が出てくるくらい。材を適当に割って、タッパーの中に詰め込んでいく。


キイオオトラフコガネの幼虫

ルリクワガタが好む材にはあまり入っていないので、これが出てきた時は材の選び方が違っている証拠。これも一応、持ち帰ることに。

(最近はオオトラフ“ハナムグリ”というようですが、「背面歩き」しない幼虫をハナムグリと呼ぶのは違和感を覚えます)

斜面を奥へ奥へと詰めていったら、驚いたことに植林が出現。下を見ると林道が見えたので、一旦降りて奥の方へと進んでいく。

広葉樹の林が尾根まで続いているところで、ふたたび斜面を登る。日が高くなり、柔らかい光が林に降り注ぐのには目もくれず、地面を見ながら足を進める。

遠目からでも文句なしに「絶妙の朽ち方」という材

産卵マークもある。これだけの逸材を、ルリクワガタの♀が見逃すはずはない。

でも、そんなことはコメツキムシもお見通し。虫の世界も、そんなに甘くない。

ここは先ほどの場所よりも日当たりが良いからか、コメツキムシの幼虫がやたら多い。特に、絶好の朽ち方をしている材にはほぼ間違いなく入っている。

となれば、ちょっと目先を変えてみることにしよう。あまり良さそうには見えない材を片っ端から割ってみる。

林道を離れて30分、ようやく2匹目の成虫が出てきた。ちょっと堅めで産卵マークも確認できなかったので材の写真はなし。一応、この斜面でも成虫まで育つことができるのを確認(同定結果は一番最後に)。

その後、しばらく粘ってみたが追加は得られず。ルリセンチコガネの上翅がまぶしく輝いているのを見つけたところで、次のポイントを探すことにする。


川沿いの道のスギ並木


スギ林


スギ山

山の頂上まで植林されており、生物多様性という言葉のかけらも感じられない。

時々、カラフルなスギ山に出会うこともあるが、まだ木が若くて林はスカスカ、遠目に見ても乾燥が厳しいのでパス。


スギ谷

「紅葉の名所」マークは「きれいな紅葉が見られますよ」という意味であって、どこの紅葉がきれいなのかまでは読み取れない。午後2時になってようやくたどり着いた2番目のポイントは「遠くの山の紅葉がきれいですよ」ということだった。

その近くにちょっとまとまった広葉樹林があったので入ってみたが、どうやら植林を伐採してそのまま放置しただけらしい。細い木で構成される林の中には、切り株が等間隔に並んでいた。昔から広葉樹林だったならルリクワガタ類の生息可能性があるが、これではとても無理だろう。

帰りの渋滞を考えると、もう時間もあまりないので、心残りではあるが帰途につくことにした。

途中で何度も休憩を挟んだので、奈良駅に戻ったのは午後7時を過ぎてから。長距離運転が苦手な自分としては、一般道だけでよく走ったものだ。一緒に助手席に乗ってくれる人はまだ見つからないけれど、狙いの虫を追い求めている時だけは、その現実を忘れることができる。いつまで続くかわからないが、しばらくは自由気ままな昆虫採集を楽しむのも悪くないだろう。


初めて訪れた紀伊半島、植林だらけのこの場所で、行き当たりばったりの採集で採れたことはかなり運が良かったと思う。このような場所を訪れる時は、もっと下調べをすることにしよう。

今を生きるためとはいえ、山を丸ごとスギに植え替えてしまった昔と、そうして植えられて育った木を、もはや管理しきれなくなったという現実と。失われたものに思いをめぐらせると、「時代の流れ」では済まされない。そんなメッセージを投げかけてくる紀伊半島のルリクワガタ類は、残された林の中で、今も静かに春の芽吹きを待っている。

肝心の同定結果ですが、「どうも、キンキコルリクワガタのように見えてきたなあ・・・・」

2008.11.30現在、まだ確定できず・・・。もう一度、行くしかないかな。

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