紀伊半島のルリクワガタ:積雪の原生林

2008.Dec.7

先週採集した「暫定キイニセコルリクワガタ」は帰宅後に改めてじっくり観察してみると、限りなくキンキコルリクワガタに近いというところに落ち着いた。しかし、同じコルリクワガタでありながら亜種として分けられていただけあって、福島県産コルリや、奥多摩産トウカイコルリとはだいぶ雰囲気が異なる。基準となる標本が手元にないこともあり、最後の一押しがない状況であった。

文献の記述で相違点を探ったり、図鑑の写真と見比べていくのもいいけれど、やはり同定するにあたっては「実物比較」がもっとも手っ取り早い。時期的にも冬季通行止めが始まる前の最後のチャンスということで、今度はキイニセコルリクワガタが確実に生息地する、紀伊半島の高山へ登ることにした。


金曜夜は職場の忘年会だったこともあり、土曜は昼まで寝て体力回復に努める。夕方、先週と同じように奈良駅まで電車で行き、レンタカーを借りる。西高東低の気圧配置で順調に冷え込む中、路面凍結に多少おびえながらも車を走らせ登山口を目指す。23時、ようやく登山口につながる旧林道の入り口まで到達し、そこで眠りにつく。

朝6時、起床。身支度を整えて、明るくなりつつある林道を超低速で登っていく。

林道を3分の1まで来たところで、雪道が始まる。実は、積雪時の運転はまだ経験したことがない。ノーマルタイヤで路面凍結の恐怖におびえながら、先に進む。

約30分かけて、登山口周辺の駐車場に到着。まだ誰も来ておらず、雪の上には獣と鳥の足跡しかない。登山靴を履き、食料を持って、登山口へと向かう。

ここが登山口。先行するシカの足跡を踏みしめながら登っていく。

山腹を登っていた道はやがて尾根に出る。ここから主稜線までは40分くらい歩くらしい。奥多摩のいつもの場所に行くのと変わらないくらい。

尾根の左手はスギ植林。

こんなところまでわざわざスギを植えなくてもいいのに。植林の右手はミズナラ、ブナ、モミの原生林。植林との境にある木は、ことごとく巻き枯らしをされている。

低木は刈られ、ある程度大きい木は切り倒す。立派なブナが環状除皮されているものは写真すら撮りたくなかった。

地元観光協会の立派な看板には、「倒木に至るまで採取禁止」。自然を守ろうという理念との乖離が、むなしいばかり。

そんな人間界のつまらないことは、標高を稼ぐとすぐに忘れる。足元の雪は次第に厚くなり、倒木にはツララも生えてきた。

前方に広がる光景は、次第に輝きを増していく。

青い空を飾る雪細工

山頂まであと少し、足跡ひとつない登山道を進んでいく。

登山口からちょうど1時間、山頂に到着。

人の足跡は見られず、どうやら一番乗りを果たしたらしい。


雪化粧をしたブナの大木

初めて間近に見る樹氷、昆虫採集に来たことをしばし完全に忘れてしまう。

しばらくして、今日の目的であるルリクワ採集を思い出す。斜面沿いで材を探そうと思ったものの、この状況では完全にやる気消滅。

仕方ないので、標高を下げて雪が少しでも薄くなった場所を狙うことにする。

途中、ルリクワ関係以外でも気になる箇所は欠かさずチェック。数あるモミ立ち枯れや倒木の中で、適度に朽ちたものを選びラギウムを狙う。

凍りついた樹皮をナタで慎重に剥がしていくと、見慣れた蛹室が現れる。樹皮側についていないということは、材部にいるということ。


ホンドニセハイイロハナカミキリ♂

ハイイロハナカミキリはやはり針葉樹林帯まで行かないと難しいか。成虫はこの1匹のみで、あとは残念ながらコメツキムシ幼虫に食われていた。


キンキクチキウマ♀

これは別のモミ倒木から割り出したもの。クチキウマは地域ごとに種分化していることは知ってるので迷わず採集。

標高を下げすぎるとキンキコルリクワガタの生息域となってしまうため、ほどほどの場所で本格的に探索を開始する。基本的にはコルリクワガタ採集と同じく、地面に埋没しかけた朽木を探すことになるが、林床は完全に雪に覆われてしまっている状況ではなかなか厳しい。鉄則のひとつである、ブナやミズナラ大木の根元付近に近寄り、足の感覚を頼りに材を探し当てようとするが、なかなかうまくいかない。木曜の前線通過さえなければ、材など採り放題だっただろうに・・・。

探しながら少しずつ標高を下げていくこと1時間、ようやく手ごたえを感じる。ブナの根元付近で、よさそうな朽木を探り当てたのだ。

ちょっとわかりにくいが、産卵マークがある。

手で折ってみると、幼虫が出現。断面を見ると、この部分はまだ十分には朽ちていないようだ。

朽木の残りの部分を見ると、先端部分に理想的な朽ち具合の場所がある。地面に埋もれていたために凍結を免れており、ナタで容易に削れる。表面から慎重に削っていくと、ぽっかりと空間が現れた・・・。

この赤い腹部、どうやら♀らしい。一般的なクワガタとは違い、♂よりも♀の方が区別はやりやすい。キイニセコルリか、それともキンキコルリか。

中胸腹板まで赤い。ということは、キンキコルリクワガタの可能性が極めて高い。表に返して前胸の形を見たところ、キンキコルリクワガタで間違いないという結論に至る。

この部分は食痕の密度も高いことから他に成虫がいる可能性が高い。ナタでは危険と判断し、材を手で割ってみると、蛹室が現れた。脱皮殻があるから、成虫は絶対にいたはず。ということは、地面か。

>地面を探すこと30秒、階段の脇の杭の部分でひっくり返った♂を発見。これも表に返して観察すると、先週採った個体となんら違いは見出せない。やはり、キンキコルリクワガタなのだろう。

この材からはこれ以上何も出てこなかった。でも、この状況でとりあえずキンキコルリだけでも採れてよかった。もう少し、周囲を探索することにしよう。

日当たりが良く、雪が解けて地面が露出している場所を発見。こういう場所だと、落ち葉に埋もれかけている朽木も発見しやすい。

拾い上げてみると、産卵マークがついている。まだ形が崩れていないので新しいものだろうが、削ってみる。

やはり、幼虫が出てきた。朽木をうまく切り取って、飼育用に持ち帰る。

硬そうな倒木の横にある、小さな枯枝。遠目にもなかなか良い朽ち具合にみえる。

これも、産卵マークは新しいものばかり。

そして、幼虫が出てくる。

少しずつ下山しながら朽木を探すが、結局は同じことの繰り返し。成虫が入っている材の追加はついに得られなかった。

午後1時、登山口まで降りてきてしまう。すでに日陰になっていて、じっとしていると少し寒い。

車の返却があるので、午後2時には帰途につかねばならない。あと1時間、キイニセコルリの生息地まで往復するだけで終わってしまうだろう。時間配分の誤りを悔いても仕方がないので、有名ポイントをちょっと覗きにいくことにする。


有名ポイントへつながる登山道

主稜線までの最短ルートでもあり、駐車スペースには多くの車がある。「山登り」なんだから、もっと自分の足で歩いてもいいと思うのだが。


フタスジフユシャク♂

暖かい日差しを受けて、わりと多くの個体が飛び交っていた。

最短ルートから少し外れ、日陰の谷筋に入ってみる。ここも一応道はあるのだが、人が通った形跡がなかった。獣の足跡がわずかに残る登山道を見ていくと、意外にも虫の姿が目に飛び込んでくる。


クロカワゲラの一種

この寒い中、意外とすばやく歩いていく。沢沿いということもあり、かなりの個体数が見られた。体長約1cm、ほとんどの登山者は気づかないんだろうな・・・。


クモガタガガンボの一種

これは1匹だけみつかった。名前の通り、最初は本当にクモかと思ってしまった。これは、クロカワゲラの一種よりさらに活発に動いていた。

そうこうしているうちに、タイムアップ。来年はもっと早い時期に来ることを誓って、冬を迎えた原生林を後にした。


結局、今回もキイニセコルリクワガタを見つけることはできなかったが、キンキコルリクワガタの♀を初めて見て、同定に自信を持つこととなった。あと、誰もいない主稜線上で見た樹氷は、いつまでも心に残ることだろう。来年こそは、寂しさに悩むことがない状態で、この地をもう一度訪れてみたい。

帰りの林道で唯一遭遇した路面凍結。超低速で進み、試しにブレーキを踏んでみた。「朝はこの道を選択しなくて、本当に良かった・・・」

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