奥多摩:旅立ちの前に

2008.Mar.22

先輩D氏に連れられ奥多摩を初めて訪れたのは、2002年5月23日。昆虫採集を始めて1ヶ月半、無数のピドニアを採った記憶。あれから6年、いったいどのくらい通っただろうか。

林道を離れられなかった1、2、3年目

原生林に初めて足を踏み入れた4年目

尾根沿いの原生林を歩き回った5年目

亜高山帯や旧道にも進出した6年目

気づいた時には、採集回数は6年間で50回を軽く超えていた。

卒業式まであと3日。神戸へ引っ越すまで、あと10日。研究室撤収と引越し準備に追われる中、数々の思い出が残るあの地へ、今一度。


深夜にスーパーで半額セールのおにぎりや弁当を買い込み、寝袋にくるまって、底冷えのする管理棟の中で夜を明かし、携帯から鳴り響くルパン3世のテーマとともに目を覚ます。昨晩買った弁当をレンジで温めて食べ、始発電車で奥多摩へ。

準備から出発までは、これまでと何も変わらないけれど、ただひとつ違うことは、本町水田発は今日が最後ということ。

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駅に降り立ち、いつものように始発から2本目のバスに乗る。運転手さん車掌さんの顔ぶれも、前回と同じだ。

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バスの中から道沿いの木々を観察し、芽吹きや開花状況を確認する。駅付近とフィールドとの標高差を考慮して、現地の季節を予想する。

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バスの終点に降り立つ。集落の様子は一部を除いて6年前とほとんど変わらない。

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集落中心部にある水汲み場。対岸から苦労して引いてきた水ということが説明板にある。縁起を担いで採集前には一口だけ飲むようにしている。

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集落を過ぎるとすぐ日陰になり、急に寒くなる。谷の景色も前回とあまり変わらない。

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気温は3℃(7:40)。この時期にしては暖かい。

さて、今日はどこへ行こうか・・・。

前回の採集の後、さらに雪が降ったらしいことが遠くの山肌からうかがえる。尾根沿いに苦労して登っても雪で思うように採集ができないことだろう。林道上ならまず雪は残ってないだろうが、この時期に魅力的なポイントはまずない。尾根と林道のちょうど中間、良いところを合わせた場所はないかと考え、昨年12月に初めて訪れた「忘れられた林道」をもう一度歩くことに。

狙いの虫は今回特にないが、それなりの環境を見れば自然と狙いが定まることだろう。

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しばらく林道を歩き、第3の道を暗示する道標から「忘れられた林道」へ。

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道の途中、前回は気づかなかった分岐を発見。今歩いている「下段歩道」から「上段歩道」へつながっているのだろう(ちなみに対岸には現在の林道のさらに上に「中段歩道」があるらしい・・・)。ちょっと登って下見をした限りでは、夏に来たら面白そうな場所であった。

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幸い、道には雪はなく、昨年と同様に軽快に歩ける。最初の部分は寄り道できそうもない急斜面なので、前回来たときに材採集をした沢を目指すことに。

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やがて、ヒノキの植林へ。前回のトゲフタオタマムシの件があるので樹皮を剥がしながら歩くものの、昆虫そのものが出てこない。これまで奥多摩で追加を狙ってうまくいった例は少なく、失敗するたびに奥多摩の神のお告げと受け止めている。

「標本数を稼ぐよりも未確認種の発見を急げ」

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ヒノキ林を抜けてからしばらく歩いた頃、目の前の道が突如消え去る。枯れ沢の崩落は前回よりも進んでいて、踏み跡らしきものも消えていた。

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崩れる土砂を靴で削り踏み固めて足場を作り慎重に渡る。落ちても死ぬことはないにしろ、大怪我は免れない。

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なんとか沢を渡りきって、再び平坦な道を歩いていく。

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ふと顔を上げると、木々の合間から都県境の尾根が見える。前回訪れた時よりもさらに雪が積もっているようだ。尾根沿いに行かなくて良かった・・・。

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やがて、昨年に材採集をしたサワグルミの沢へ到着。幸い、雪はまったく残っていない。

これまでの調査は尾根沿いと林道上に偏っていたため、沢沿いに生える樹種は見る機会が少なかった。それらをホストとするカミキリも、大半が未確認。

サワグルミもそのひとつで、確認すべき種類はオオアオ、ジュウジクロ、ブロイニング、キモン。活動時期に訪れることは不可能なので、材採集で狙うしか手はない。材採集の時に使う感覚を駆使し、数ある落枝の中から目当ての材を選ぶ。

「成虫が産卵した頃、この枝はどのくらいの鮮度で、どんな環境にあったのだろうか?」

ただ、思い通りの材はそうそう転がっているわけでもなく、良さそうな場所をただフラフラ歩いているだけで手に取るべき材はまったく見つからない。

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そうした状況に限って、別の虫の誘惑がたくさん見えてくるもの。

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至る所で目に付く、ルリクワガタ類の産卵マーク。これだけ形がしっかりしたものは、幼虫である可能性高し。日当たりの悪い沢沿いなどは、成長に時間がかかるに違いない

私が考えるルリクワガタ材採集の極意は「マークを見ずして材を当てること」

1.材が置かれている「場」・・日当たり、風通し、林の状態...

2.材の鮮度・・・・・・・・・色、表面の崩れ具合、手触り...

特定の「場」に置かれた枯枝は、菌類・細菌類などの働きにより、時間とともにルリクワガタの産卵に適した材へと変化していく。

まずは、産卵に適した材が生成される「場」を見極めること

場がわかったら、次は時間を読むこと

ルリクワガタの活動時期に、この材はどんな状態だったのか?

「これはちょうど産卵に適した鮮度だっただろう」

「これはこの春にはちょうど良い鮮度になるだろう」

2シーズン前の活動時期にちょうど良い鮮度だったものなら、今頃は成虫が材の中で眠っているに違いない

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地域によって材の条件は異なるものの、奥多摩のこのエリアでの良い材は、例えばこんなもの

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もはや産卵マークなど微塵も見えないが・・・

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ルリクワガタ♂

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ルリクワガタ♀

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食痕びっしりで、次から次へと成虫が出てくる。これは、今までで一番の当たり材

ルリクワガタはもういいので、次に探すのはコルリクワガタ。実は奥多摩ではコルリは幼虫で1回採ったのみ。私にとってはホソツヤよりも難しい部類。奥多摩での材の状態はほとんどわからないものの、いろいろ物色。

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ちょっと大きいけれど、こんなのが良さそう

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裏返すと、産卵マークはある

しかし、期待に反して削っても何も出てこない・・・

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沢の上の方に行くと、枯れ枝がたくさん積み重なっている。昨年9月の台風の影響らしい。

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斜面では根元から倒れた木もあり、春頃には「新鮮な枯木」として良いポイントになりそう。

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そして、空を見上げると、見事にギャップが形成されている。もう見届けることはできないが、きっといろんな虫が飛んでくることだろう。夏の様子を頭に思い浮かべるともの寂しい気分になったのでこれ以上進むのはやめ、沢の入り口へ引き返す

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沢歩きで意外と時間がかかったことが判明し、林道との合流点に急ぐことに。

平坦な道を歩きながら上下の林を見ていくと、心引かれる場所が見えたのでちょっと寄り道

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急峻な斜面をちょっと登ると、植林の脇にみえる、かすかな道。

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その先に広がる、平坦な空間。

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三又のミズナラ

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ブナの大木

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カエデの樹洞

なぜかここだけ、巨木が集まっている

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この場所のシンボル的存在、大ケヤキ。これも上部は三又だったようだが、1本は折れて材部がむき出しに

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かなり深そうな樹洞。ヒラヤマコブハナなら1000匹くらい出てきそう。夏にはきっとギガンテアも出てくることだろう。

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こちらは大ケヤキの折れた枝。だいぶ前に折れたようで、今は苔むしている。

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何気なくナタを入れてみると、そこにはルリクワガタ♂が・・・

「餞別として持っていくがいい・・」

「今シーズンに訪れることができるなら・・・」。叶わぬ夢を胸に、この広場を後にする。

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元の道に戻ってしばらく歩くと、分岐に到着。前回はここを左に行って難所の連続だったので、今回は右へ。

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川に向かってひたすら下っていく

予想では、この先には以前見たことがある吊り橋が出現するはず。そこを渡ると、対岸のあの場所に出られるはず・・・

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予想通り、吊り橋を発見。

やはり、ここがあの場所につながっているんだ・・・

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橋を渡り終えると、目の前にはアセビの花。岸をはさんで、季節の進行速度が多少違うらしい

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斜面につけられた道を登っていくと、

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予想通り、あの場所に到着。夏とはだいぶ趣が異なるこの場所、さてどこでしょう?

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時間もだいぶ押してきたので、ここからは季節の進み具合を確認しながら、淡々と林道をくだることに。

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カバノキ科の一種

おなじみの花が咲いている。ハンノキカミキリ生息の噂はあるものの、果たして・・・

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ヤナギの一種

花は咲き始め。早春のハナアブの吸蜜・花粉源になるそうだ。残念ながら今日は長竿を持ってないので掬うことはできない。

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キブシ

日向では咲き始め。里では満開のところもあることだろう

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フサザクラ

林道沿いに無数に生えている、おなじみの樹種。つぼみが前回よりもだいぶ大きくなっている

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テングチョウ

路面には日光浴する姿がちらほら。

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アブラチャン

林道の入り口付近では、今が花の盛り

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オビヒラタアブの一種

そのアブラチャンの花に来ていた。網はもってきてなかったので素手で採集。山地で早春に出現するハナアブはまだよく調べられていないらしいので、追加を狙うが網がなくてはほとんど採集は不可能。この1匹を大事に持ち帰ることにしよう。

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ちょっと歩くと異臭がしたので下を見ると、獣糞を発見。中身からみて、飼い犬の糞らしい

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クロオビマグソコガネ

裏返すと、いた。これが、本日最後に採集した昆虫となった。

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再び、温度計の前へ。気温は、16℃(14:20)。まるで初夏のような陽気

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振り返ると、春の訪れを待つ谷の木々が輝く。

このまま一気に春になって、夏になって、虫があふれるこの谷筋を歩いてみたいが、そうもいかない。バスの時間も迫っており、もう行かねばならない。

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この3年間、夜間採集の拠点となった思い出の外灯

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ニシキキンカメムシの健在を知ることになったあの道路

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狭い斜面を有効活用して生活する東京都最北?の集落

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道端には菜の花がポツンと咲いていた

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このバスにも、何度乗ったことだろうか

ひとたびこの奥多摩の地に降り立てば、下界のわずらわしさをいっさい忘れて、豊かな自然の中に広がる虫の世界で思いきり遊ぶことができた。訪れるたびに、新たな虫との出会いがあり、それと同じくらい、新たな課題も見つかっていった。

もう、学生として自由に訪れることはないけれど、いつの日か、この地に再び足を踏み入れる時が来るだろう。青春時代の思い出の風景と、そこに生きる思い出の虫たちが、この先ずっと、いつまでもそこにあり続けることを願う・・・・

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奥多摩の神様、今までありがとう。いつの日か、またこの場所で・・・

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