奥多摩:梅雨明けの亜高山帯

2008.July.19-20

7月も下旬に入ると、平地ではアカメガシワの花もすっかり散ってしまうため、この先8月中旬くらいまで、多くのカミキリ屋さんは山岳地帯へと足を向ける。散りゆく花を、朽ちゆく立ち枯れを、過ぎ去る夏を、追いかけて。

7月恒例の3連休のあたりは、関東では梅雨明けの時期でもある。人間が決めた梅雨明け発表で、昆虫の動きが劇的に変わるわけではないのだが、この時期の森は一年でもっとも活気があふれていることは確かだろう。そんな魅力的な時期に、なんとしても奥多摩の山にもう一度行きたい。遠く離れているからこそ、その想いは強くなるものだ。

まだまだ勉強することがたくさんある日常の仕事をこなしつつ、行程調整、体調管理、情報収集、目標設定など、準備に準備を重ね、ようやく迎えた3連休の前の金曜日。季節感覚が奥多摩に合うとともに、心だけ先に奥多摩に飛んでいってしまったが、それでも仕事はなんとか無事に終わった。さあ、これから火曜日までは自由に動けるのだ。自宅に直行、荷物を担いで、あの懐かしい奥多摩の地へ、もう一度。


距離にして660km、時間にして5時間半、給料の約10分の1を投じて、日付が変わる頃に、約2ヶ月ぶりに奥多摩の地に降り立つ。

いつ来ても変わらない駅舎(関東の駅百選)。灯火を見に行く体力は十分あるが、登山を考えて早く寝ることにする。

翌朝、5時半起床。 空はきれいに晴れている。バス発車まで時間があるので、蛾像収集へ。


いつも訪れるトンネル

昼前からは車が通るので、朝が勝負。

いつ来ても、必ず新しい種類が見られるのが面白い

ひととおり撮影した後でバス停に戻り、登山口行きのバスへ乗り込む。

鴨沢登山口に到着。バス停の横のクリの木にはすでに大きな実がなっていた。時間は6時40分、標高約600mから、亜高山帯を目指して歩き出す(実は、2日前から左膝半月板付近に炎症があり、爆弾を抱えての登山となっている)。

一応、今回の採集目的地としているのは、奥多摩最果ての地、アズマシャクナゲの自生地。麓の方で採集する時間はないので、淡々と歩いていくだけ。

植林と雑木林が入り混じった緩やかな登り道を、ひたすら歩いていくだけ。

9時ちょうど、七ツ石小屋のそばの水場に到着。道端の枯木で産卵中のゴマダラモモブトカミキリの♀と、ササの葉に静止するヌバタマハナカミキリのみ。冷たい水で腕と顔を冷やした後、体力温存のため巻き道で尾根を目指す。

高低差もほとんどなく、よく踏まれた道。道端にはノリウツギが多いが、まだつぼみの段階。

横目でノリウツギを見ながら歩いていると、ゼフィルスがすばやく飛んでは着地する。山地でゼフィルスが縄張りを張る場所は初めて見たので、良い経験である。山梨県側ではあるが、誘惑に負けて2♂ほど採集してから先に進む。後日、このゼフィルスはアイノミドリシジミであったことが判明。自己初採集だが惜しくも山梨県側。

思ったより長く歩いた末に、尾根に出る(9時40分)。相変わらずのマルバダケブキ畑を横目に、景色を楽しみつつ歩いていく。


奥秩父の山々

尾根沿いはほとんど採集禁止であり、埼玉県の昆虫相の解明を阻んでいる。

アカトンボの姿も少ないながら見られる。童謡にも登場する有名で身近な虫なのだが、実は地域によっては近年、急激に減少しているという。

温暖化で越夏が少しずつ難しくなっているといわれているほかに、水田の某農薬(これが学生時代の研究の"諸事情"でもある)が追い討ちをかけているという研究報告もある。

(あれは、自分の実験でも確認していたとはいえ、衝撃的なデータだった・・・・)

夏山の風物詩ともいえるアカトンボ、しっかり頭に焼き付けておこう。

10時、本日の宿泊場所である町営奥多摩小屋に到着。

予約不可、素泊まり、自炊可、そして布団完備 (わざわざ寝袋担いできたのに・・・)。宿泊の申し込みをして、灯火セット・寝袋などを置いてから出発する。

小屋の前には針葉樹の丸太が積んである。2年前に伐採したもので、もうだいぶ古くなっている。


シラフヒゲナガカミキリ

一応見てみると、♀が1匹。産卵に来たわけではなく、おそらく吹き上げで飛来しただけだろう。ここで探すよりも森の中で倒木を探した方が確率高いので、先に進む。

一面にササが生い茂る針葉樹林。カラマツ(植樹) とシラビソが入り混じる。

道沿いに倒れた木は切断されて横に放置される。

ちょっと斜面を下れば切断されない倒木が多い。

足の爆弾を気にかけながら、慎重に斜面を上り下り。シラフヒゲナガは採集依頼があるのでしつこく探していくが、新鮮な倒木は多いのに、不思議なことに姿がまったく見当たらない。

古めの立ち枯れ。昨年秋、オオクロカミキリの死骸を見つけた場所。浮いた樹皮に成虫が潜り込んでいないかと探したが、見つからず。

山頂方向へゆっくり登っていくと、斜面の下の低木に咲き残りの花を見つける。ちょっと見ていると、クロヒカゲが飛んできてその花に止まった。ということは、まだこの花には集虫力がある証拠。荷物を置いて長竿だけ持ち、50度の斜面(体感)を駆け下りる。

これが、その低木。

薄い紅色のウツギ系の花が咲いている。葉の様子、開花時期、山岳地帯という状況から見て、木の名前がふと思い浮かぶ

ニシキウツギ

ある本で、ピドニア採集に適した花として挙げられていたものだ。

(実際、帰宅後に調べてみると確かにニシキウツギだった。”錦”ウツギではなく、"二色"ウツギ。)

今回の狙いのひとつとして考えていたものが、マツシタヒメハナカミキリ。奥多摩で記録があるピドニア19種のうち、残った3種のうちのひとつ。標高も、時期も、環境も、バッチリであるはず。

長竿で掬ってみると、しなびた紅色の花が少しだけ落ちてくる。よく見ると、多数のピドニアが花に潜り込んでいる。

ひととおり掬った後で周囲を見渡すと、他にもニシキウツギの木がある。写真のような急斜面をシカのように移動し、次々と株を掬っていく。網の中の虫はあとでまとめて回収するのだが、ちょっと覗いてみると驚きの虫が入っており、6株くらい掬ったところで、斜面を垂直に登って荷物の所まで戻る。

心を落ち着けて、網の中を丹念に探し、無数のピドニアの中からその虫をつまみあげる。


ニセハムシハナカミキリ

現在位置から南西10kmほどの大菩薩は本種の生息地として有名であるが、奥多摩でも過去に1例だけ記録が発表されている。まさか、この時期にこんな場所で出会えるとは・・・・。

ニセハムシハナは1匹だけで、残りは無数のピドニア。中でもオオヒメハナがもっとも優占しているが、今までサンプル不足で見分けが難しかったヨコモンヒメハナ系も多数おり、これを中心に亜硫酸毒ビンに次々と放り込む。普段では考えられない数を採りまくったが、これも同定のための眼力を養うためである。

ある程度採集したところで、本日の目的地へ向けて出発する。

昨年6月末、東京都初記録となるアラメハナカミキリを発見した立ち枯れ。記録は発表してあるので、2人目の採集者は現れたのだろうか・・・・。

少し登ると、林縁にツルアジサイが咲いているのが目に留まる。数日前のリアルタイム情報でも開花しているとあったので、期待していたもの。時間は11時40分、ちょっと寄り道して花掬いに興じてみる。


ヤツボシハナカミキリ黒化型

奥多摩ではよく見る。


ホンドアオバホソハナカミキリ
ツヤケシハナカミキリ

針葉樹林帯だけあってツヤケシハナは多い。

期待していた割にはカミキリの数が少ないのは、林縁とはいえ低い位置に咲いているからか。ここで粘っても仕方がないと思い、先に進むことにする。

尾根に戻ると、雲取山山頂はもうすぐそこ。ここから先は特別保護区、網をたたんでリュックにしまう。足元から飛び立つ無数のミヤマハンミョウに導かれながら、炎天下を進んでいく。

12時30分、山頂に到着。一応、その場にいた人に写真を撮ってもらう。2年前は曇っていたが、今回は遠くの山々が見渡せる。

山頂を後にし、急なくだり坂を一気に駆け下りる。

12時50分、雲取山荘に到着。ここの水場で一息ついてから、先に進む。目的地は一応見えてはいるのだが、まだ先は長い。

コメツガとシラビソを主体とした原生林を歩いていくが、昨年通ったときと比べて倒木が非常に多い。このままでは30年ほどで森がなくなってしまうのではないかと思うくらい。早く網を出せる場所まで行きたいのだが、平坦な道なのに非常に長く感じる。

平坦な道がずっと続くと思ったら、最後の最後でいきなり急な坂が目の前に立ちはだかる。重い荷物のせいで腰痛を発症し、坂の途中で何度も足が止まる。

ようやく登り切ったところが、芋ノ木ドッケ。13時40分、目的地はもうすぐそこ。

道標を曲がって少し行くと、ダケカンバの林が出現。昔はここもシラビソの林だったのだろうか。

さらに進むと、倒木・立ち枯れゾーンに突入。まだ生木はあるものの、見渡す限り茶色の景色が広がる。かつてはうっそうと茂っていたであろう針葉樹林に、いったい何が起こったのか。

ここでシラフヒゲナガカミキリをかろうじて1ペア採集。今はエサが多くて栄えていても、数十年先はどうだろうか・・・。

さらに進むと、ようやくアズマシャクナゲの自生地に到着。14時15分、探索にはちょうど良い時間だろう。

斜面には多数の株が生えており、6月上旬の花季には壮観なのだろう。

いくらなんでも、もう若葉が出ていると思っていたが、まだ堅く閉じたまま。しかたないので前年の後食痕を探すが、まったく見当たらない。

せっかくここまで苦労して歩いてきたのに、生息していないとは・・・・。疲労で頭がボーっとする中、来た道を引き返す。

その後、どこをどう歩き回ったのかあまり覚えていないが、針葉樹の倒木をひたすら見て回っていたような気がする。そして、日没の1時間前くらいには奥多摩小屋に戻っていた。

夕食として水を入れると軟らかくなる米飯(災害用非常食)を食べ、灯火採集の準備をする。

小屋の前のテーブルにビーティングネットを敷いて、蛍光灯式ランタンを置く。じっと待っていても疲れるので、小屋に戻って1時間ほど休む。

1時間後、気温は一気に下がり、半袖でもちょっとだけ寒いくらい。闇夜に浮かぶシカの眼光をけん制しつつ、灯火を見に行く。

無数のヨコバイがたかっていた。

甲虫は、これだけ。アオカミキリモドキの一種(アオ、カトウなど何種類かいる)。

大型鱗翅目もほとんどいない。

今夜は、もうダメだ。諦めて寝ることにしよう。

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