奥多摩:落葉積もる頃

2008.Nov.1

前回奥多摩を訪れてから、早くも3ヶ月余り。常緑樹が9割を占める摩耶山には小さな変化しか見られないが、奥多摩からはすでに紅葉の便りが届く時期になっており、登山情報サイトでは鮮やかな風景写真が目立つようになった。

11月初めの「文化の日」は“晴れの特異日”でもあることから、ここ数年は奥多摩へ材採集に出かけていたものだ。10月中旬から材採集の具体的イメージが頭に浮かぶようになり、やはり今年も恒例の材採集に行くことにした。

今回の主な狙いは、

材採集では苦手なコルリクワガタ

東京都未記録のハセガワトラカミキリ

今までの探索の記憶からこの2種が生息していそうな環境を選び出し、採集に必要なものをしっかり準備してリュックに詰めこみ、万全のイメージトレーニングを積んでから、東京に旅立った。

しかし、ほんの少しのミスで予定が大きく狂ってしまうとは、この時点では夢にも思っていなかったのである・・・。


神戸を出発して約6時間、日付が変わる頃にようやく奥多摩に到着。いつもの場所で寝袋に潜り込み、夜明けを待つ。

朝5時、起床。野外調査の時の霜降る夜に比べれば、実に暖かい夜だった。空には雲が広がっているが、日が昇ればじきに晴れてくるだろう。始発バスの時間まで、いつものように蛾像収集へ。


ケンモンミドリキリガ

無数のナカウスエダシャクに混じって、地衣類にそっくりのこの美しいキリガも、わりと多く見られた。


アヤトガリバ

わりと大型で、複雑な怪しい模様を持つ、本日最高の一種(当初はキマエコノハかと思っていたが、新・蛾像掲示板にてアヤトガリバとの回答をもらう)。

やがて、始発のバスが来たので急いで戻って乗り込み、いつもの集落へ。

毎度おなじみ、橋からの眺め。右手前のトチノキはすでに落葉し、他の木々も色づいている。

気温は、6.5℃ (6:50)。この時期ならこのくらいだろう。

さて、圏外に入る前に携帯の電源を切り、毒ビンを出そうとリュックを開けた時、本日最大の失敗に気づく。

「ナタが入ってない!」

落ち着いて記憶をたどってみると、着替えを詰め込んだカバンからリュックに移すのを忘れ、そのまま寝袋とともに駅の近くの茂みに置いてきてしまったようだ。

今から取りに戻っても、往復で2時間は無駄になってしまう。まだこの時期なら、山奥でも材は凍結していないはず。今日の狙いのコルリクワガタは、過去の経験からすると、素手でもなんとか崩せる材に入っているはず。

「まあ、なんとかなるだろう」

とはいうものの、ナタがない状況では、急いで山に登って材を削りまくることはできない。まずは、登山口までの道沿いをじっくり見ていくことにしよう。


ヒメヤママユ

秋を感じさせる小型のヤママユ


クスサン

こちらも秋を感じさせるヤママユガ。奥多摩で見るのは実は初めて。


キボシアシナガバチ

冷え込んだ路上で動けないでいた。


キイロスズメバチ♂

こちらも路上で瀕死状態だった。

案外、多くの昆虫が灯火に来てたり路上に落ちていたりした。ナタを持っていたら気づかず素通りしてしまったことだろう。

そして、山の中へ分け入る。7月に奥多摩に来た時は亜高山帯を目指したため、この登山道を登るのは、実に半年ぶり。

断崖絶壁の上で一休み。山の上の方は、すでに落葉しているようだ。

休憩の後は、いよいよ原生林の中を進んでいく。標高が低いところでは、まだ緑の木々が目立つ。

途中の樹液ポイントではキイロスズメバチが止まっていた。

森の中の獣道をたどり、「ハリギリ平」に到着。今年の初夏に見つけた場所で、ここが今回の主な探索地である。

まずは、ハセガワトラカミキリを探すことにしよう。

この場所には、ヤマブドウがわりと多く生えている。地表付近で見られるツルは太いものばかりで、たとえ枯れていてもハセガワトラカミキリは入らないだろう。狙うのは、株の周囲の地面に落ちている細い枯蔓。

あちこち探し回ると、それなりに枯蔓は見つかるのだが、朽ち過ぎているものが大半であり、残りはアカネカミキリの巣窟。すぐ近くの大菩薩には生息しているのでここにも必ずいるはずだが、証明することはなかなか難しい。

一通り探してもめぼしい枝は見つからなかったので、今度はコルリクワガタ探しに切り替える。この一面の落ち葉に埋もれる、コルリ材を探していく。


材その1


材その2

いざ探すとなると、材は案外見つからないものである。これはと思う材を見つけても、産卵マークがついていないことも多い。

それでも、数を拾えば当たりが出る。幸いにも凍結していないので、素手でなんとか崩していく。

幼虫が出てきた。ルリクワガタ類とはちょっと違う気もするが、一応持ち帰ることにする。

この後、朽木を拾っては崩す作業を延々と続けたものの、ルリクワガタ類の幼虫2匹を確保したのみ。採集イメージを確立できているホソツヤやルリとは異なり、苦手意識を持つコルリはやはりそう簡単には見つからない。

だんだん飽きてきた頃、ハリギリ倒木のところに到着。初夏に見つけた時はまだカミキリの姿はなかったが、夏の間にいろいろな種類が産卵に訪れたことだろう。

幹の部分の樹皮を剥がしてみると、大きなフトカミキリ亜科幼虫がゴロゴロ出てくる。おそらく、センノキカミキリの幼虫だろう。

次に、枝の部分を探ってみる。

樹皮下部分に穿孔するフトカミキリ亜科幼虫。たぶんトゲバカミキリなのだろう。ジュウニキボシカミキリを狙って、食痕がついてる枝をいくらか持ち帰ることにする。

ある程度枝を確保したところで、ちょっと場所を移動してみることにする。ハリギリ平の背後にある斜面を一気に登り、尾根を目指す。

尾根に出た後、フジコブヤハズカミキリの生息地がどうなっているか気になったので、ちょっと標高を上げてみることにする。

途中、脇道にそれて秘密のノリウツギを見に行ってみる。今年も花つきは良かったようだ。夏の日差しの中、無数のカミキリが飛び交う光景を想像すると、その場に居合わせられなかったことが寂しく感じられる。

尾根に戻ってまたしばらく歩いて、ようやくフジコブ発見の地と思われる場所へ到着。しかし、目の前に広がる光景を、にわかには信じることができなかった。

道の両脇に生えていたスズタケが、消え去っていた。

短く寸断されたスズタケの茎が、地面に散らばる。

2006年に初めて訪れた時にはすでに群落は枯死していたが、あれからたった2年で、こんなになってしまうとは・・・。

緑の株もわずかに残るが、冬の間にシカに食われてしまうことだろう。

本来生息していないはずのシカによる、急激な環境変化。かつての「忘れられた林道」で起こったのと同じことが、標高の高い場所でも徐々に進んでいる。文献の記述を読むよりも、衝撃の大きさははるかに大きかった。

その後はフラフラと周囲をさまよっていたが、あまり写真には残っていない。

こんな立ち枯れの残骸を見つけて、

ルリクワの産卵マークはあるものの堅すぎて崩せず、

柔らかい部分を割ったら、ホソアカガネオサムシが眠っていた。このくらいしか撮影する気力もネタもなかった。

昼を過ぎて下山する途中、いつもの樹液ポイントをチェックする。ここはチャイロスズメバチ♂を採集した有望ポイントでもある。

今日はキイロスズメバチが4個体。じっと観察していると、どうやら2個体は♂、残りはワーカーらしい。

ワーカーだけを木の枝で追い払ってから、♂を採集。こんな時期でも、まだまだ生き残っているとは意外だった。

下山途中、懐かしのポイントの近況を確認する。これはハリギリの立ち枯れ。3年前に見つけた時から立ち枯れており、今年5月に念願のカエデノヘリグロハナカミキリを採集した木だ。材もしっかりしており、あと3年くらいは楽しめそうだ。

これはブナ立ち枯れの残骸。これも3年前に初めて見つけ、2年前にオオホソコバネカミキリ♀を見つけた。昨年の台風で折れてしまい、今は見る影もない。

原生林の中で、次々と現れては消える採集ポイント。立ち枯れの1本2本、またどこかに同じようなものが現れることだろう。でも、スズタケの消滅のような大きな変化は、かなり心配である。そんなことを考えながら、かつては下草に覆われていたらしい斜面を下っていった。

下界に戻ると、気温は15℃ (14:30)。今日はかなり暖かくなったようだ。

道沿いの電信柱やガードレールには、無数のテントウムシが動き回る。越冬場所を求めて、移動している最中なのだろう。

電信柱には、次々とテントウムシが飛来していた。でも、残念なことだが、自然を求めて訪れたはずの観光客の目に、この身近で可愛らしい虫の姿はまったく写っていないようだった。


今回は必需品であるナタを忘れてしまい、予定が大きく狂ってしまいました。さらに、思い出のポイントの劇的な環境変化を目の当たりにするなど、非常に成果に乏しい探索となりました。次回訪れる時は、万全の準備をして臨みたいところです。


秘密のツゲ群落

もうこの時期は越冬場所へ移動を開始しているはずなので、ツゲそのものに目当てのカメムシはいない。

越冬しそうな場所に狙いを定め、ムカデもクモも気にせず、素手で落ち葉を掻き分ける。

とりあえず、幼虫の生息場所はわかった。あとは、時を待つだけ。

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