秋のツルギセダカ探し

2008.Sep.21

「暑さ寒さも彼岸まで」

古来より季節の変わり目とされている秋分の日まで、あと2日。晩夏の大物オオトラカミキリの季節もようやく終わり、山では冬支度の始まりが目で見えるようになる時期でもある。本格的な紅葉の前から、役目を終えた葉は少しずつ地面へと落ちていき、林床ではセダカコブヤハズカミキリが長い冬に備えて、次々と降り注ぐ新鮮な枯葉をかじっていく。

関東では「秋季ビーティング法」、いわゆる「コブ叩き」の開発以来、秋のカミキリ屋の定番採集となっており、セダカも同様にして得られる。一方、西日本のコブはもっぱら夏に目視で探すものであり、コブ叩きというものは一般的ではないらしい。関東でずっと採集してきた者としては、とても意外なことであった。

秋の探索が敬遠されてきた最大の理由は、コブの大敵である激しい乾燥。昨年の広島遠征や、今年の春先の摩耶山を見て、確かにこの山の乾きは尋常でないと感じた。でも、夏にそれなりの数が存在するのであれば、秋にも同じくらいの個体数が、どこかに潜んでいるはずである。全体的には乾燥していても、パッチ状に湿潤な場所が必ずあるはずで、そんなところを探し当てればいいだけのこと。

阿波のサヌキセダカ、淡路島のセダカと、ここまでの勢いにまかせて、四国にすむもうひとつのセダカ、ツルギセダカを狙って、台風一過の阿波の地へ、もう一度。


台風13号が四国沖を通過した翌々日の夕方、高速バスに乗って淡路島経由で徳島駅に到着、レンタカーに乗る。夕闇が迫る一般道を快調に走り、四国第2の高峰、剣山を目指す。

連続運転は疲れるので、時々コンビニで休む。


イネクロカメムシ

コンビニ脇の刈田から飛来したらしく、おびただしい数が群がっていた。イネから吸汁することで古くから有名なカメムシであるが、見るのは初めて。


アマガエル

これも田から移ってきたのだろう。カメムシには目もくれず、双翅目昆虫を食べていた。

縁起かつぎとして、土地の食べ物をいただく。野外調査からの生還で「食べられれば何でも良い」が身に染みついた舌では一定レベル以上のものはみな同じように感じてしまうのだが、それでも今まで食べたどの鶏よりも身が引き締まっていたような気がした。

今回のコブ叩きにあたり、致命的なミスが発覚したのは、このあたりだっただろうか。明日の採集イメージを思い描いているうちに、あるべきはずの細長い物体がないことに気づく。

大学2年の時に構内で拾った青竹で作り、奥多摩のセダカ、フジ、ハイブリッド(?)、甲州のタニグチ、日光のアカガネ、その他にも数々のカミキリを受けてきた叩き網の枠が、車内のどこにも見当たらない。

記憶をたどると、どうやらバスの中に置き忘れたらしい。阿波のサヌキセダカ、淡路島のセダカに続き、ツルギセダカもこの叩き網でと思っていたが、この時間にここまで来てしまっては、諦めるしかない。古くから有名な “代替方法” で、明日は臨むことにしよう。

闇夜の中、延々と続く山道を突き進み、駐車場までなんとかたどり着く。天気予報は「雨の日曜日」を報じており、叩き網を失ったショックとともに、就寝。

翌朝、5時45分。寒さで目が覚める。幸い、雨は降っていない。天気予報は外れた。トイレに行き、朝食を取り、コンタクトレンズを装用する。

しかし、いざ出発というところで、突如激しい雨が降ってくる。ああ、カッパを持ってこなかったのは痛い・・・。

「一喜一憂するでない。しばし待て。じきに止む。」

奥多摩の山で何度も聞いた声が、この時も聞こえた気がする。遠く離れた地から今なお見守っているのか、それともこの山の神なのか。ともかく、座席を再び倒して、目を閉じる。

30分後、目を開けると雨は小降りになっていた。

「この程度であれば、もはや雨ではなく霧だ」

時間も惜しいので、覚悟を決めて山に登ることにする。


駐車場にあったナナカマドの実

山にはすでに秋が訪れているようだ。

この神社が、登山道の入り口につながっている。

神社の脇から、山の中へと進んでいく。道はきれいに整備されていて、非常に歩きやすい。

少し登ると、ササ藪が出現。

ちょっと密度が低く、雨が降ってなければ乾燥していることだろう。

このまま人の道を進むのは面白くないと思い、左手斜面に見えた獣道を登ることにする。

「ふむ、やはりそっちを選ぶか。奥多摩のアイツの言うてたとおりじゃ。」

標高が上がるにつれて、ササの密度が高くなっていく。林床を幅広く見ながら登っていくが、コブが潜んでいそうな枯葉つき枯枝は見当たらない。台風による大雨で、地面に落ちてしまったのだろうか。

標高が上がるにつれて、傾斜がどんどんきつくなっていく。木や草につかまりながらでなければ、進むことも戻ることもできないほど。木に目印が巻かれているのを見つけ、それを頼りに登っていく。

ツガの幹には、クマさんの爪痕。奥多摩では至るところに見られたが、ここでは極めて少ない。

やがて目印が消え、完全に道に迷う。地形図を見て現在位置を推定し、「尾根を目指す」という鉄則に従い、ササを掻き分けて、ひたすら上を目指す。もちろん、枯葉探しは継続しながら。

やがて、ロープウェーが見える。ここまで来れば、登山道はあと少し。

駅の近くに来ると森が消え、視界が開ける。どうやらこのあたりから植林ではない針葉樹林になるようだ。この先は再びササ藪になって苦労したが、どうにか駅までたどり着く。

「雨ワッ、何じゃコイツは? ちょっと目を離したスキにここまで来ておる。エッ、まだ登り始めてから1時間経ってない? しかも、藪こぎでずぶ濡れじゃ。」

ロープウェー駅付近からの眺め。なぜか、雨はもう降っていない。

「せっかくここまで来たのに、土砂降りではかわいそうじゃ。さあ、この後どうする?」

これ以上登っても針葉樹林帯だし、セダカが採れる気がしない。登山道を下って、その道沿いで探すことにしよう。

しばらく進むと、いかにもという雰囲気が漂う場所に出た。さあ、ここから本気で叩いていくことにしよう。

ビニール傘、直径65cm(400yen)

20世紀より叩き網法の解説では必ず紹介されてきて、21世紀になった現在では“百均傘”を使うのが最先端のスタイルらしい。守備範囲が狭く、強度の問題で使用回数に制限があることが最大の欠点でもあるが、その欠点を理解した上で愛用していると、「叩かずとも潜伏場所を探り当てる特殊能力」が自然と身につくため、総合的な昆虫採集能力を高めるには好適な道具でもある。

あたりを見回してもっとも可能性が高そうだと思ったのが、この一画。表面からは見えないが、奥には枯葉がそこそこ溜まっている。

十分なシミュレーションをした後で傘を所定の場所に構える。なるべく広い範囲から落とせるように工夫しながら、塩ビ管で数回叩く。

さあ、どうだろうか。

叩き網と違って地面が透けて見えるため、視認性は悪く、しばらく間をおいてから、傘の一点に目が吸い寄せられる。


ツルギセダカコブヤハズカミキリ♀

採れるときは、こうもあっさり採れるものなのか。まるで山のような背中の隆起、濡れて黒光りする体に浮かび上がる白い帯。サヌキセダカとはまた一味違う、渋いカッコ良さ。誰もいない登山道で、静かに拳を突き上げる。

続いて、落ちてきた場所のすぐ横をもう一度叩いてみる。

先ほどよりも多くの枯葉が落ちてきた。

今度は、♂が落ちてきた。いきなりペアで採れてしまうなんて、さっきまでの藪こぎの苦労は一体何だったんだろう。

「ウム、ちゃんと最初に用意しておいた場所で見つけおったな。藪こぎの後でないと、ありがたみがなかろう。」

このあたりに生息していることはわかった。ここから下りながら、道沿いのササ藪を探していくことにしよう。

針葉樹の暗い林を抜けると、再びササ藪が出現。ここぞいう場所で立ち止まっては、叩いていく。

こういう場所は、あまり良くない。

こういうところは、もう一息。

カメラで切り取れる範囲は限られているし、言語にならない感覚的なことも数多い。この生息環境の詳細は、ぜひ現地で体感してほしいところ。


フキバッタの一種

おそらく、シコクフキバッタ。


ゴミムシダマシの一種

マルムネゴミムシダマシ類?

他には、モリヒラタゴミムシの一種、オカダンゴムシ、ムカデ、ザトウムシなど。セダカはそう簡単には落ちてこない。

それでも、ここぞという場所を叩き続けて、ようやく3匹目。

小さいながらも背中の隆起がしっかりしているのはサヌキセダカと違うところ。

標高が下がるにつれ、ササの密度が低くなっていく。シカの進出でだんだんと衰退しているのだろうか。

奥多摩のいつもの場所と良く似た雰囲気の枯れ沢。幼木がまだ残っているところだけが、奥多摩とは違うところ。

沢を抜けると、再びササが濃くなる。なんだか、とても良い雰囲気が漂っている。

ここで、本日最大の♂が落ちてくる。小さい個体にはない威厳が感じられる。

そろそろ傘も限界に近づいているし、もう叩きで採るのはやめよう。ここからは「コブ探し」に専念することにする。

さきほどの♂が採れた場所から、じっくりとササを眺めていくと、まもなく予想していた姿が枯葉の上に浮かび上がった。

暗くて、手ブレが激しい。仕方ないので、強制発光。


枯葉につかまる♂

なんだか、夜間に撮影したみたいになってしまった。枯葉に潜り込むのではなく、単につかまっているところは奥多摩でのフジコブの発見を思い出す。

その後、手ブレを抑えて撮影を試みるが、これが限界。数枚撮影したところで、地面に落ちてしまった。

その後、コブ探しでは追加が得られなかったので、もうひとつの登山道を登ってコブ叩きを再開してみるが、追加は得られなかった。まさかこんな日に、先行者がいたのだろうか・・・・・。

駐車場に戻ってくる頃には、わずかながらも青空がのぞく。「やっぱり、山の神のおかげなのかなあ・・・」

「奥多摩からわざわざ頼まれたのだ。今回限りじゃぞ。さて、雲を移したあの山にもそろそろ救いの手を・・・。」

夏の名残りのヒゲナガカミキリを採って、ちょっと早いが帰途につくことにする。

途中で寄り道した、山の中の池。1ヶ月前には、オオトラカミキリが飛んでいたのかもしれない。

池のほとりのササ藪では、ニシキリギリスが弱々しく鳴いていた。

寄り道をしているうちに、天気が怪しくなってくる。

やがて雷鳴とともに豪雨となり、道端に駐車してしばし休憩。まだ13時半、焦ることはない。雨が小降りになったところで再び走り出し、下道を延々進んで徳島駅まで戻る。

車を返し、うどん屋で早めの夕食を取り、高速バスで三ノ宮へ。こうして、3度目の四国上陸は終わった。


西日本ではあまり一般的でない秋のコブ叩きだが、サヌキセダカだけでなくツルギセダカでもそれなりに見つかることがわかり、両方とも質は悪いものの、生態写真を撮ることができた。関東の秋のセダカ採集と同じか、むしろそれ以上に得やすい印象であり、これならば夏の倒木見回りではどれだけ見つかることだろうか。来年が非常に楽しみでもある。

ちなみに、叩き網の枠はちゃんと拾得されており、帰りにバス車庫に寄って無事に回収することができた。

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