藤棚に棲む渡来虫

2009.Jun.18

神戸といえば、港町。平安時代の日宗貿易の拠点であり、ペリー来日後に開港した5港のうちのひとつでもあるが、それよりも前の時代から、大陸との交流拠点となっていた。

さまざまな国と地域から人や荷物が行き交うようになると、船荷に紛れて海外のさまざまな虫が上陸してきた。日本最大のハムシの座を奪ったキベリハムシほど有名ではないが、カミキリムシでも大陸から渡ってきて日本に定着したものがいる。

チャゴマフカミキリ

原産地は中国東部と台湾であったが、いつの頃からか日本に入り込んだようだ。現在では九州(福岡、長崎、対馬)、四国、本州などに局地的に分布する。本州での分布は兵庫県以西となっており、文献上では芦屋市が東限とされている。県内では公園の藤棚での採集例が多いとあり、成虫の出現時期は6~7月ということで、今が最盛期。仕事帰りにちょっと遠い寄り道をして、公園めぐりをすることにした。


実は、チャゴマフカミキリを探すのは今回が初めてではない。 6年前の7月、福岡市内でサクラの立ち枯れや伐採木で多数採集した。市街地内の丘の頂上にある神社の軒先で、寝袋なしで3泊するという、20歳0ヶ月の時の無謀な旅行であったと今にして思う。

それから5年の時を経て、昨年の今頃に芦屋市内の某公園で1個体を見つけている。福岡のサクラというイメージに、芦屋の藤棚という新たなイメージが加わったのであった。

同じ場所で同じように採るのは芸がないと思い、自転車に乗って自宅近くの公園を探索してから、本命の公園に向かうことにする。


神戸市灘区の某公園その1

夕方とはいえ、まだ空は明るく、砂場で遊ぶ親子連れの声も響く。東京・横浜あたりではあまりイメージできないかもしれないが、このあたりは公園といえば藤棚がかなりの確率で設置されている。

一瞬、ドキっとした穴。羽化脱出孔のようにも見えたが、ちょっと違うようだ。

ここはまだ株が若くて細いため、発生の痕跡すら発見できなかった。


神戸市灘区の某公園その2

先ほどの公園よりもはるかに年季が入った藤棚がある。

主幹部分はだんだん樹皮がはげてくる。こういうところが好みのはずなのだが、発生痕跡はやはり見つからず。

このあたりで目星をつけておいた公園をすべて見回ってから、電車に乗ってさらに東へ進むことにする。


夕暮れの六甲山系

生き残ったセダカコブヤハズカミキリが、夕闇にまぎれて枯木に集まっているのだろう。


芦屋市内の某公園その1

ここで、昨年は夜間の見回りで1個体を得た。主幹がかなり太く、樹皮もほどよく剥がれて材部が露出し、棚の上にも部分枯れがたくさんある、理想的な状態である。


材部に空いた羽化脱出孔

まわりには幼虫の食痕がびっしりと走っている。

さあ、気配を消して慎重に幹を眺めていこう。

さっそく、発見。ちょっと高い位置にいて、夕闇が迫るのでまともに撮影できない。

撮影は諦めて、採集。1年ぶりの再会となる。

ふと地面を見ると、もう1個体が落ちていた。撮影の際にカメラを固定するため手を幹に当てたのだが、その際に驚いて落下したものだろう。

この後、さらに目視を続けて2個体を得てから、次の公園に向かう。


芦屋市内の某公園その2

先ほどの公園から住宅街を40分もさまよった末に、ようやく発見した。そこそこの樹齢の藤棚がある。

新しめの羽化脱出孔がひとつだけあった。でも、期待を込めて探索したものの発見には至らず。

見つからなければさっさと諦めて、別の公園を目指して歩き出す。


芦屋市内の某公園その3

先ほどの公園から10分ほど住宅街の中を歩いた場所にある。ここの藤棚もそこそこの樹齢だ。

主幹部分は良い状態なのだが、羽化脱出孔が見当たらない。


トビイロクチキムシ

根元に静止していたのを発見し、採集。

今夜はこれでタイムアップ。降りた駅よりひとつ先の駅から電車に乗って、帰途についた。


公園に行けば藤棚があるけど、必ずチャゴマフがいるとは限らない。特に、阪神淡路大震災以降に整備された新しい公園では藤棚の樹齢も若く、毎年できる部分枯れの量も、子孫をつなぐには足りないのだろう。震災から14年の歳月が流れた現在、市街地の公園に棲むこの小さなカミキリムシは、その公園の藤棚が人々と一緒に震災を乗り越えたことを物語っているのかもしれない。

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