2009.Apr.5
各地から届くサクラの便りも、五分咲き・七分咲き・満開が増えてきた今日この頃。つい最近までの寒さを忘れ、いよいよ本格的な昆虫採集シーズンの開幕となった。
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虫屋人口の中の約半数を占めると思われるチョウ屋さんがこの時期に狙うのは、アゲハチョウ科に属し、春の女神と称される、
ギフチョウ Luehdorfia japonica Leech
夏に出現するオオムラサキとともに里山のシンボル的存在であり、人々の知名度も高い。そのため各地で自治体や地元団体による採集規制や保全活動が行われているが、規制の方法と保全策の実効性をめぐっては、昔から議論が絶えない。ひとたびこのことについて書き始めてしまえば、生態学的・経済学的・心理学的・法学的・民俗学的・哲学的な観点から終わりのない話になってしまうのでここでは割愛する。
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実は、私は7年間の虫屋歴の中で、ギフチョウの生きている姿を見たことがない。カミキリ屋、甲虫屋、スカシバガ屋、ハナアブ屋、バッタ屋と幅広く手を出しているが、虫屋である以上は、やはり日本を代表するこのチョウを見ておくべきだろう。冬の間に兵庫県内の生息情報を集め、生態情報も頭に入れて、下見も2回行った。食草のヒメカンアオイの自生地も見つけ、完璧なイメージが描けた。そして、4月に入って最初の日曜日、春の女神を求めて、播磨地方のとある里山へ。
朝5時半、三宮駅から電車に揺られて、北西方向へ移動。まだ夜明け前だが、空には雲がかかっているのが見える。まあ、現地に到着するまでには天気予報の通りに晴れることだろう。
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7時半、現地に到着。
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空は白色、霧が立ち込め、近くの山ですら山頂が見えない。
「ああ・・・・、天気予報の通りにはならなかったか・・・・」
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早くも事前のイメージは崩れ去ってしまい、一気にやる気が低下していくが、ここまで来てしまったからには一応ポイントまで行ってみよう。うまく行けば卵を見つけることができるかもしれないし、植林も多いのでスギカミキリは確実に見つけられるだろう。コンビニに入り、昼食を調達してから、延々と舗装道路を歩く。
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しばらくして、目的の山が見えてきた。駅の近くよりもさらに霧が立ち込めており、麓もあまり見えない。太陽はうっすらと見えてはいるが、雲は薄くなったり厚くなったり。
「まあ、最終的には昼頃までに晴れればいいや。」
目先の天候変化に一喜一憂することなく、大局を読んで、淡々と歩き続けるしかない。梅雨明け前の奥多摩探索と同じように。
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急いで歩いてもすぐ山頂についてしまうので、歩きながら周囲に目を配る。すると、林縁の上の方にあるエビヅルが目に入ってきた。
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先端から目でたどっていくと、見慣れたシルエットが・・・。
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スカシバガの虫エイ
長竿で手繰り寄せて調べてみると、どうやら中の幼虫は生きているようだ。この冬は1個も見つけられなかったので、大事に持ち帰ることにする。
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さらに、フェンスに目をやると、ヘクソカズラが広範囲にわたってからみついている。立地から見てヒメアトスカシバは間違いなくいると感じ、歩きながらも目を凝らすと虫エイはそこそこある。ただ、古いものがほとんどなので、新しいツルに絞って探していく。
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ヒメアトスカシバの虫エイ
歩きながらでは1個しか見つからなかった。
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ヒメアトスカシバの繭
中身は入っているようなので、これも持ち帰ることに。
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山の麓に近づくに連れて、霧が少しずつだが消えていき、空も少し明るくなった気がする。完全に晴れるにはまだまだ時間がありそうなので、道端の草花を撮影しながら歩く。
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ツクシ
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ホトケノザ
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ヒメオドリコソウ
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スミレの一種
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樹木に比べて草本はほとんどわからないのだが、幼い頃に身近にあった草花は、母が名前を教えてくれたので見分けられる。他にはタネツケバナ、ナズナ、タンポポ、オオイヌノフグリなどが咲いている。しかし、フキノトウがまったく見られなかったのは意外だった。
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やがて、林道入り口に到着。雲はだいぶ薄くなってきた。この調子だ。
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林道に入ると、草花だけでなく樹木の花も目に付く。
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シロモジの花
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ミツバツツジの花
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他にはアセビ、ヤマザクラなど。関東なら必ず見られるキブシが1本たりともなかったのは不思議。
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林道を歩いているうちに、雲を透過してくる太陽光もだんだん強くなり、振り返ればうっすらと影が見えるようになった。だんだん、狙い通りになってきたぞ。
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林道の終点から小道を進み、尾根に出る。山頂は、もうすぐそこ。
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9時50分、山頂に到着。先客は誰もいない。
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まだわずかに霞が残っているが、下界はしっかり見渡せる。
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影も、だいぶ濃くなってきた。
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さあ、あとは青空が広がって、ギフチョウが飛んでくるのを待つだけ。でも、ただじっと待っているのは退屈なので、一足先に山頂に集まってきたハナアブ類を採集しながら、その時を待つ。
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ヒラタアブの一種♂
似た種類が多いので自信を持って同定できない。
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シマハナアブ♂
低地でよく見られる種類。
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オオハナアブ♂
越冬明けなのか、白っぽい個体しかいなかった。
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スズキフタモンハナアブ♂
静止中には翅を震わせてチーチーと鳴く。
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ビロウドツリアブ
春の訪れを告げる双翅目のひとつ
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1時間ほど待ってみるが、チョウは1匹も飛んでこない。空もなかなかすっきりとは晴れず、薄雲が残る。
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ふと、500mほど南にあるピークの方が良さそうに見えてきた。
「あそこなら、南斜面で日当たりも良い。夜を明かしたギフチョウが真っ先に上がってくるのではないか」
そんな妄想がふと頭に浮かび、山頂を離れることにした。
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尾根沿いに5分ほど歩いて、ピークに到着。谷底を眺めてしばらく待つが、冷たい風が吹き上がってくるだけ。日光浴するハナアブの数も山頂に比べてだいぶ少ない。
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ヨコジマオオヒラタアブ♂
これは山頂にはいなかった種類。
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もうすぐ12時になろうかという頃、
「ここは思ったより温度が低い。やっぱり、山頂に戻ろう。」
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来た道を引き返し、山頂に戻る頃には、だいぶ日差しが強くなっていた。果たして、あの先にはもうギフチョウが飛び回っているだろうか。
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「あ、何か飛んでる!」
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0.1秒後
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「なんだ、ヒオドシチョウか。」
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突然、人が現れてびっくりしていたが、じきにお気に入りの場所へ着陸。だいぶボロボロになっている。
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空も、さっきよりもさらに透き通ってきた。
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影も、さらに濃くはっきりしている。
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越冬明けの大型チョウが飛んできたのだから、条件は整ったはず。あとは、時を待つだけ。
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しかし、ギフチョウは姿を現さないまま、正午を告げるメロディーが集落に響き渡る。腹が減ってきたので、そろそろ昼食にしようと思い、岩陰に置いたリュックへと歩く。
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リュックにたどり着いた瞬間、何を思ったのだろう。
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ふと、後ろを振り返ってみた。
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今まで見たことない黄色と黒と赤の斑模様のチョウが、ヒオドシチョウに追われて逃げ回っていた。
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急いで長竿を手に取り、駆け寄る。
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動きを読み、間合いをはかり、無心で網を振る。
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かすかに震える手で、網の上から取り出してみる。
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虫屋歴8年目にして、初めて生きた姿を見た。なんという美しさだろうか。
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リュックに戻り、三角紙に丁寧に収納し、再び網を持って岩の上に立つ。
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「一体、どこから吹き上がってきたんだろう?」
そう思いながら周辺視野全開で待っていると、1分と経たないうちに、登山道の方から1匹が姿を現した。
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「2匹目は写真撮影を・・・」
という思いとは裏腹に、なかなか静止してくれない。このままでは逃げてしまうのではないかと焦り、網を振ってしまう。
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生態写真の機会を失ってしまったことに後悔しながらも、フサフサの体毛や翅の模様に魅入ってしまう。
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次こそは写真撮影すると決めて飛来を待つも、なかなか次が来ない。オニギリを食べ、お茶を飲みながらも、常に周辺視野で監視を続けるが、集まってくるのはヒオドシチョウとルリシジミばかり。
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2匹目の個体が現れた登山道を主に見張りながらも、北斜面や東斜面、アセビの花にも目を配る。
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そして、1時間後。
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登山口から3個体目が現れ、地面に静止した。
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長竿を置いて、カメラを構え、そっと忍び寄る。意外と敏感ですぐに飛び立つが、登山道に逃げてしまってもまたUターンして戻ってくるので、諦めずに何度もチャレンジする。
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ギフチョウ
これが、本日のベストショット。
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やがて、登山道を下って行ったまま、戻ってこなかった。良い嫁さんを見つけられるよう、がんばれよ・・・。
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さあ、今日はもうこれで十分だ。少し早いけれど、下山につくことにしよう。
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林道には朝と違って、春の日差しが降り注ぐ。
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登りの時は気づかなかったが、スミレの花があちこちで咲いている。
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コツバメ
歩くたびに、驚いた個体が青く輝きながら飛び回る。
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少ないながらも、春のセセリチョウであるミヤマセセリの姿も見られた。
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最後に、ちょっとだけ寄り道
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林縁のスギの幹には、新鮮な羽化脱出孔がたくさん。
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浮いた樹皮の下には、その主が潜んでいた。
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スギカミキリ♂
ギフチョウと同じ時期に出現しても、害虫扱いとは少々かわいそう。
朝、電車を降りた際にはどうなることかと思いましたが、最終的に青空が広がり、春の女神にも出会えて良かったです。一応、カミキリ屋&スカシバガ屋&ハナアブ屋ではありますが、コツバメ、ミヤマセセリとともに、ギフチョウも年に一度は見てみたいなと思いました。