2009.Oct.12
河川敷といえば、都市では住民の憩いの場。ランニング、サイクリング、キャッチボール、バーベキュー、散歩、体操、釣り、凧揚げ、発声練習、花火など、朝から晩まで様々な人がそれぞれの目的で訪れる。
その中で問題となりがちなのが、犬の散歩。自由に走らせて犬嫌いの人に恐怖を与えることと、生理現象により発生する、ありがたくない落し物。特に後者は、犬好きの人にも被害を及ぼす困った問題である。
・
一方、そんな迷惑物に依存して世代をつないでいる虫がいる。いわゆる糞虫の仲間である、エンマコガネ類とマグソコガネ類である。体は小さいが、河川敷の糞害を軽減するのに大きな役割を担う。
・
河川敷に住む糞虫の種構成は地域によって多少なりとも異なるのだが、兵庫と岡山の一部では、外来種がその中に定着しているという。
ミツコブエンマコガネ
東南アジア、台湾、朝鮮に分布していたのが、比較的近年になって侵入・定着したとされている。漆黒で造形美に勝負をかけている印象が強い糞虫の中にあって、上翅に黄色と黒の紋があるという、なかなかの美麗種。今年の目標、美麗糞虫ヤマトエンマコガネの前哨戦としてぜひとも採集しておきたいところ。10月に個体数が増すということなので、まずは既知の生息地で感触をつかむべく、文献に紹介されている姫路市内の某河川敷へ。
電車に揺られること1時間半、駅を降りるとすぐに河川敷。時刻は9時20分、まだ肌寒い。3日前に台風が通過したこともあり、爽やかな秋空が広がっている。
・
今日の採集道具は、このピンセット1本。
・
河川敷を上流から下流まで、視力の限界まで眺めると、犬の散歩をしている人がそこそこいる。
・
さあ、宝物を探すためには、まず犬の落し物を見つけなければ。昨日の奥多摩探索により、右足指付け根が炎症を起こしているので、無理をしない程度に歩いていく。
・
・
飼い主のマナーは年々向上しているようで探すのは苦戦したが、眼が慣れてくると、古いものはそこそこ見つかる。しかし、先日の台風により風化しているものが多く、無数のダンゴムシが潜り込んでいるのに驚かされるだけ。それでも、散歩のフリをして黙々と地面を眺めながら歩いていく。
・
・
・
探索開始から1時間、ようやく見つけた物件。表面がだいぶ乾燥して、色も悪くなっている。それでも、これまでの物件よりは格段に条件が良さそう。
・
イメージしている物件とはだいぶかけ離れているので、あまり期待せずにひっくり返してみる。
・
蜘蛛の子を散らすように無数のダンゴムシが逃げた後、見慣れない虫影が取り残された。瞬時に事態を認識し、撮影もそこそこにピンセットでつまむ。
・
・
・
ミツコブエンマコガネ
他の糞虫にはない、上翅の黄色い斑紋が素晴らしい。それと、思ったよりも小さい。案外苦戦したが、ようやく最初の1匹が見つかった。
・
・
この調子で追加個体も簡単に見つかるだろうと、余裕を持って河川敷を歩き回る。
・
・
気温も上がってきて、アサギマダラがフワフワと舞う。写真の個体以外にも3個体が飛び交う。吸蜜植物はミズヒマワリという和名がついている。白い花は、アサギマダラを強烈に誘引する性質を持つミズヒマワリ。「特定外来生物」に指定されており、水辺の在来植物には大きな脅威。知識としては知っていたが、実物を見るのはこれが初めて。
・
土手に上がると、セイタカアワダチソウが花盛り。これも有名な外来植物で、すでに日本の秋の風景の一部になった感がある。なぜか、今日は外来生物がよく目につくものだ。
・
無数のハナムグリが集まって花粉を食べているが、よく見るコアオハナムグリとは雰囲気が違うことに気づく。
・
アオヒメハナムグリ(オキナワコアオハナムグリ)
腹面はホログラムのような輝きを放つ。
近年になって和名の変更が提唱されたものである。これまでの和名では、沖縄特産であるかのような印象があり、近畿以西に分布する種にはふさわしくないという判断なのだろう。本州では未採集なので、ある程度まとまった数を採集しておく。
・
・
その後、引き続き河川敷をフラフラ歩き続けるが、追加個体はなかなか見つからない。それ以前に、優良物件がほとんど見つからないのだ。
・
やみくもに探していても、時間の無駄。ここは、もっと想像力を働かせるのが大事だろう。
・
「犬はどんな状況で、もよおすのだろうか。」
・
住宅地を抜け、階段を下りて広々とした河川敷に降り立つ。そんな開放的な気分になると、きっと・・・・。
・
・
日向ばかりの河川敷に、突如として出現する日陰。人目に厳しい飼い主様も大目に見てくれるかもしれないし、この明暗の差という視覚的な作用が、なんらかの影響を・・・。
・
・
「寄らば大樹の陰」という言葉もあることだし、肥やしになると思えば、飼い主様も許してくれるかも・・・。
・
・
こんな看板がある場所は、有望ポイントに違いない。この場所のどの環境要因が決定打なのだろうか・・・・。
・
・
そんなことをクソ真面目に考えながら、ポイントを探してさまよい続ける。だが、住宅事情はかなり厳しいらしく、他の糞虫の姿すらまったく見つからない。
・
・
「もういいや、このまま河川敷の散歩を楽しもう」
こういう時に限って、今まで探し求めて見つからなかった虫が、いともあっさりと見つかったりする。
・
・
土手に生える3本のクリの木。この立地、自分の頭の片隅にあるイメージに合致する。まさかとは思ったが、近づいてみると想像通りの状況に驚いた。
・
・
カシワスカシバ羽化殻
相当な数が、この秋に羽化したようだ。わざわざ茨城県まで行って環境イメージをつかんだおかげなのだが、それにしても、こんな近くにいたとは・・・。
・
・
河川敷には意外といろんな樹木が生えている。これはイチジクの木だ。甘い香りが漂っているので、糖分補給のために近寄ってみる。
・
・
コムラサキ
・
オオスズメバチ
・
酸味が混じる果実は虫のために残しておいて、ちょうどよく熟れている実を選んで口に運ぶ。
・
・
そうしているうちに、日陰の葉に見慣れた食痕があることに気づく。
・
キボシカミキリ
前胸の黄色い縦筋が途切れていて、在来型であることがわかる。発生ピークを過ぎて久しいはずだが、まだ生き残っているとは。
・
・
さらに、アラカシの根際でコシアカスカシバ羽化殻を発見。関東では市街地でも普通に見られるのだが、関西では全然見つからず不思議に思っていた。条件が若干異なるのかもしれない。
・
・
・
正午をまわり、駅の近くまで戻ってきてしまった。結局、最初の1個体だけしか見つからない。もしかして、先日の台風の大雨で物件の多くが流されてしまったのかもしれない。
・
右足の炎症もかなり悪化してきて、歩くのが辛くなってきた。無理してもだめだ。今日のところは、もう帰ろう。
・
帰宅後、汚れを落としてから撮影。和名の由来である前胸のコブがはっきりしているのでメスのようだ。オスもいずれ採りに行かねば・・・。
・
その5日後、10月17日の昼過ぎのこと
・
いよいよ明日はヤマトエンマコガネ採集へ。最近出版された糞虫本を書店で読んで生息環境をイメージしていると、ふと先日のミツコブエンマ採集のことを思い出す。
「そうか、目のつけどころが少し違っていたんだ!」
会計を済ませ、そのまま100円ショップへ。ピンセットとタッパーを買って、電車で姫路方面へ。
・
現地到着は、16時過ぎ。新たなイメージに合致する場所へ急ぐ。
・
前回は見向きもしなかった場所が、実は最良のポイントだった。
・
わずか1時間ほどで、物件も住人も次々と見つかる。相変わらずメスが多かったが、オスもなんとか確保。
・
前回との違いは、活動周期の理解度と、生息微環境の具体性。知ってしまえば簡単なことなのだが、それによって結果は大きく変わる。