鳳凰山

2009.July.26-29


2日目:7月27日(月)

朝5時半に起床、6時に朝食。山小屋の朝は早い。負傷した右ひざは少しだけ回復したが、依然として外側の腱の部分が痛い。それでも、ここまで来たからには少々無理をしても虫を追いかけるべき。最低限の道具を持って、ツカモトイのポイントへ。

ポイントに到着し、昨日と同じように林縁や林内をビーティング。平坦な場所を叩き尽くしても、斜面を登ってなおも叩き続ける。ヒメアオツヤハダコメツキ、ツチイロビロウドムシ、シリアゲムシなど、昨日と変わらぬ顔ぶれが落ちてくる。

そんな中、

1匹のカミキリムシが白布の上に着地した。体長わずか10mm弱。これが、たぶん、ツカモトイ。誰もいないシラビソ林の斜面で、ガッツポーズ。

これが、ツカモトイが静止していたと思われるシラビソ幼木。斜面すれすれに枝を伸ばしていたので、コケをこするようにして叩き網をしのばせた。

しばらく周辺で追加を狙って叩きまわるも、徒労に終わる。そろそろ足が限界に近づいてきたので、山小屋へ向けて歩き出す。

山小屋に戻ると、オーナーが待っていた。ツカモトイを見てもらい、間違いないとのお墨付きをいただく。


タカネヒメハナカミキリ
Pidonia tsukamotoi Mizuno

一昔前なら幻のピドニアであるが、初挑戦で採れたのは、ひとえにオーナーの秘伝のおかげである。

ちなみに、大きさはこのくらい。オオヒメハナカミキリぐらい大きければ、もっと人気が出たかも。この個体はオスだが、メスは一体どのくらいの大きさなのだろう。

小屋の中に戻り、荷物を準備してまた出てくる。今日は稜線沿いを歩く予定だ。お花畑に咲く色とりどりの高山植物に集まる昆虫の撮影が目的だが、天気があまり良くないので、昨日オーナーに教わった某テントウムシを目標としよう。ところが、100円均一の雨合羽で出発しようとするのを見かねて、オーナーが呼び止める。

「その格好じゃダメだ。これを貸してやる。」

赤色の派手な雨具一式を貸してもらい、完全装備で出発。

時間は8時、昨夜の雨で登山道はぬかるんでいる。ここから稜線を目指して、右ひざと相談しながらシラビソの林の中を1時間あまり登ることに。

しばらくすると、針葉樹林からダケカンバの疎林に変わる。このあたりから特別保護地区、採集は厳禁である。

砂地の斜面を登っていくと、鳳凰三山のシンボルである地蔵岳のオベリスクが見えてくる。

8時50分、地蔵岳山頂直下に到着。雄大なオベリスクを間近で見られる予定だったが、霧が立ち込めて北風とともに小雨が吹きつける。


お地蔵様の集団

晴れていれば北岳はじめ南アルプスの山々が背景になるのだが、真っ白な背景では怪しい雰囲気が漂う。

山頂付近の草原には高山植物が咲いていて、晴れていれば多数の昆虫が見られるはず。しかし、季節推移が遅れているのか、シシウドが点々と咲いているだけ。この天気では、虫1匹見当たらない。

花での採集は絶望的であることを確認したところで、某テントウムシの採集に切り替えることにする。

そのテントウムシはハイマツを住処としているのだが、あいにく稜線部分はほとんどが採集禁止エリアとなっている。だが、そんなこともあろうかと思って事前の下調べはぬかりなく行ってきた。特別保護地区の外で、かつ地形図でハイマツの略号があるエリアを目指して、北風が吹きつける稜線を、黙々と歩いていく。


ハクサンシャクナゲ

霧に包まれた稜線に白く浮かび上がる姿は幻想的である。カミキリムシ受けは悪そうで、覗き込んでもクロスズメバチ類のオスがいるだけ。

樹木がある場所を歩いている時はまだマシだが、遮るものが何もないと、院生時代の野外調査以来、久々に死ぬ思いをする。

ただ、霧は常に立ち込めているだけではない。短い間だが、霧が消えて遠くが見渡せる瞬間がある。


ハイマツ帯の中を進む登山道

事前情報によればこのあたりにも某テントウムシはいるそうだが、風当たりが強すぎてテントウムシの気配が感じられない。特別保護地区を抜けるまであと少しなので、気にせず先に進む。

10時30分、特別保護地区を抜け、目的のエリアに到着。地形の関係で、この一角だけは風が当たらないようになっている。さあ、あとはひたすらビーティングするだけ。

少し奥へ進むとナナカマドの花が満開だったので、様子を見てみる。


カラカネハナカミキリ

寒さで動けなくなっていた。虫の飛来を待つ状況ではないので、ハイマツをビーティングしていく。


ミヤマコガネヒラタコメツキ

なんとなく品格が感じられるコメツキムシなので、迷わず採集。


アナアキゾウムシの一種

同定できるかはわからないが、この標高にいるなら珍しいのだろう。

風が当たらない一角をくまなくビーティングしてみるが、甲虫はコメツキムシとジョウカイボンがわずかに落ちてくるだけ。アブラムシはそこそこ落ちてくるので希望は持てるのだが、だんだんと雨が激しくなり、死の恐怖感が急速に増大していく。

「もうダメだ、引き返そう」

悔しいが、命あっての物種だ。最後の悪あがきとしてハイマツを力一杯叩く。そして、網をたたもうと思った瞬間、何か丸い物体が鎮座していることに気づいた。


ダイモンテントウ
Coccinella hasegawai Miyatake

背中に逆さの大文字、これぞまさしく、探し求めていたテントウムシ。だが、ちょっと色がおかしい。つついてみても、反応がない。どうやら魂は宿っていないようだ。ああ、生きた姿を拝みたかった・・・・。

その後、あまり記憶は無い。撮影データを見る限り、右ひざを負傷しているとは思えない驚異的な速度で山小屋まで戻ったらしい。荷物を置き、雨具を脱いで軒先に干して、ほっと一息つく。

気温は13℃ (14:19)。かなり寒い。

100円均一雨合羽だったら、生きて戻れたかどうか。オーナーのご厚意に感謝。

休んでいるうちに体力が少し回復し、雨も弱くなってきた。まだ日没までだいぶ時間があるので、雨宿りする昆虫を求めて小屋の周辺を探索する。

すぐに、ショウマの茎で雨宿りするイケダイを発見。撮影していると、オーナーの呼び声が聞こえる。あっちにもいたようだ。

こちらは葉裏でしっかりと雨宿り中。

こちらはうまくバランスを取っている。いずれの個体も、地面にかなり近い場所にいた。

さらに探索範囲を広げると、他の昆虫もみつかる。


クロハナカミキリ

こんな位置では雨に打たれてしまうが、寒くてこれ以上動けなかったのだろう。


カラカネハナカミキリ

これも雨に打たれる位置にいた。


ワルサワダケヒメハナカミキリ

曇天に強いピドニアだけあって、雨さえ止めば活動を開始していた。
(当日はニセフタオビヒメハナカミキリと思い込んでおり、採集せず。2009年8月20日に誤同定判明。)

16時50分、雲間から太陽が顔を出す。このまま晴れてくれるかと思ったが、山の天気は甘くない。

17時10分、再び霧が立ち込める。わずか20分で、こうも変わるものなのか。

18時、長靴を借りて、再びツカモトイのポイントへ。

今朝、ここを叩いたらツカモトイが落ちてきた。二匹目のドジョウを狙ったが、そう簡単に採れる虫ならみんなの標本箱に収まっている。


ジョウカイボンの一種


ヒメアオツヤハダコメツキ

いくら叩いても、ツカモトイは落ちてこない。天気が悪いと、もしかしてダメなのか?

夕食後、蛍光灯ランタンを使って灯火採集をしようと小屋の外に出る。すると、オーナーの一声

「ツカモトイ灯火にも来るよ」

ということで、ポイントに行ってランタンを点灯。

たしかに、ピドニアが光につられて葉の上に登ってくる。だが、そこにはツカモトイの姿はない。


ツチイロビロウドムシ

夜はこんなところで活動しているようだ。

甲虫はあまり多くないのに対して、ガは結構飛んでくる。


シャクガの一種


キンオビナミシャク


ヤガの一種


コナフキエダシャク

点灯から1時間、雨が降ってきたので灯火採集を終了。明日に備えて、少しでも右ひざの回復に努めることにする。

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