鳳凰山

2009.July.26-29


3日目:7月28日(火)

朝5時、起床。朝焼けを反射したシラビソ林がまぶしく光る。朝食は本来は6時だが、オーナーのご厚意により7時に食べることに。ひとまず、朝飯前のツカモトイ探しへ。

これで4度目のチャレンジとなる。だが、前夜の雨により下草が湿っており、ツカモトイは姿を現さず。

一方、トラップにはオサムシの姿が。クロナガオサムシよりも明らかに小型、コクロナガオサムシだろう。

7時、山小屋のスタッフ一同とともに朝食を食べ、身支度を整える。

今日は晴れとまではいかないまでも、そこそこの天気になるという。明日は下山日、今日一日に賭けるしかない。昨日はダメだったダイモンテントウに会いに、再びハイマツ帯へ行こう。

ミヤマシシウドで吸蜜中のハナアブの一種。稜線への登り道の入り口で発見。このままの天気でいてほしいと願いつつ、午前8時に山小屋を出発。

今日は稜線への近道を行く。昨日、稜線からの帰り道に利用したので、一気に登っていく。

8時40分、稜線に出る。北面には地蔵岳が、これまでになく鮮明に見える。

南面、観音岳がある方角を望む。正面には富士山がぼんやりとそびえたつ。

稜線沿いは携帯電話が通じる。職場の同僚から試験結果のお知らせが届いたので、風景画像とともに返信。さあ、天気が崩れないうちに特別保護地区の外へ向かおう。

9時30分、昨日の場所へ到着。今日は雨も降ってないし、風もそれほど強くない。


オオヨコモンヒラタアブ♂

ハナアブが来ているとは、幸先が良い。


カラカネハナカミキリ

花にはそこそこ虫が集まってきている。これは期待が持てそうだ。

この延々と広がるハイマツのどこかに、ダイモンテントウが潜んでいるはず。いつものように虫の気持ちを考えて、ここぞという場所に網を差し入れて、枝を叩く。


ミヤマコガネヒラタコメツキ

なかなか形が良いので、落ちてきたら迷わず採集。

アブラムシはかなり落ちてくるので、ここに絶対いるはず。

そして、叩き始めて5分、・・・・


ダイモンテントウ

狙い通り、網の上に落ちてきた。やはり、このエリアで間違いない。

今度はちゃんと生きていて、刺激を与えると黄色い液体を分泌した。平地で普通に見られるナナホシテントウとまったく同じだ。

慎重にチャック付ポリ袋に収納し、追加を狙う。

また落ちてきた。最初の個体よりも文字が太い。この後、潜んでいる場所がなんとなくつかめてきて、結構落ちてきた。


ナナホシテントウ

こんな高地まで進出していることに驚く。数は少ないが、見慣れた虫が落ちるとちょっと安心する。

20分ほどでビーティングにも飽きるほどの個体数を採集できたので、今度は目視で探してみる。

いた。

葉をかきわけて撮影してみる。採集するだけならビーティングで十分だが、それだけでは物足りない。せめて、網に落ちる前は何をしているのかを知りたいものだ。


ミヤマコガネヒラタコメツキ

目視探索中に偶然発見した。ハイマツの松かさに静止する姿が可愛らしい。

その後、しばらく目視で探すも、追加は見つからず。まあ、1匹でも撮影できただけ良しとしよう。


クモマハナカミキリ

その後、しばらくナナカマドの花の前でハナアブを採集する。しばらくすると、近くの山小屋の管理人さんらしき人が現れる。ハナアブを採っていることを告げると、天気が悪化することを告げられる。今日は雨天装備はまったく用意なし、昨日のような天気になったら確実に死ぬ。ハナアブの飛来状況がだんだん悪くなってきたので、これは本当に天気が崩れるかもしれない。まだ時間は早いが泣く泣く引き返すことにする。

帰り道に見た鳥の卵。鮮やかな青が印象的。これが、このエリアで採った最後の写真となった。

しばらく稜線を歩いて、ふと振り返ると、今までいた場所が完全に雲に包まれていた。

北西の方向から雲が登ってくる。


スジグロシロチョウの一種

今回、初めて見たチョウである。これも、すぐに飛んで行ってしまうことだろう。

やがて、雲が登山道にも達し、視界が悪くなる。

こうなってしまっては、シシウドに来ていた虫も逃げてしまう。

稜線から小屋への近道に入る頃、雨が降り出す。ギリギリ、間に合った。小雨に打たれながら、山小屋に戻ったらまだ12時だった。

山小屋のスタッフの方々と一緒に昼食を取り、しばし休憩。13時頃になって雨が止んだので、今度は小屋周辺のビーティングへ出かける。

狙いは、シロオビドイカミキリ。

富士山で採集経験があるので、生息微環境を探し当てるだけなのだが、伐採が行われている林道よりも難易度が桁違いに高い。生木につく新しい部分枯れを求めて動き回るが、そんなものなかなか見つからない。仕方なく、適当にビーティングしてみるが、ほとんど虫は落ちてこない。


アシアカカメムシ

かなりカッコよく見えたので迷わず採集。


ツヤヒサゴゴミムシダマシ

地域変異があるそうなので、一応採集しておく。

叩き続けてさまよっていると、薄日が差してきた。これは、もう一度稜線に行ってみよう。トホシハナカミキリをカメラに収めるために。半分呆れ顔のオーナーに行き先を告げて、登山道へ。

再び痛みだした右ひざをかばいながら、何度も休憩しながら、地蔵岳を目指す。可憐な高山植物に、妖精のようなカミキリがとまる姿を思い描きながら。


ヤマハンミョウ

すでに採集禁止エリアに入っているので、カメラに収めるだけ。

なんとか、登り切る。

途中の草原には花が見当たらなかったが、ここにも花がほとんどない。長引く梅雨の影響で開花が遅れているのか、シカの食害の影響が出始めているのだろうか。

仕方ないので、点々と咲くミヤマシシウドを丹念に調べていく。


ハナアブの一種


ニセフタオビヒメハナカミキリ

黄色い妖精は、まったく姿が見えない。

そうこうしているうちに、天気が崩れていく。北西から霧雨が吹き付け、気温が一気に低下。

それでも、ここまで来たからにはそう簡単には帰れない。午前中は天気も良く気温も高かったから、きっとどこかに居残り個体がいるはずだ。

無我夢中で探し回ると、草原の端にナナカマドが咲き残っていることに気づく。トホシハナカミキリというと草花に来るというイメージがあるのだが、これほど花がないのならば、木の花に来てるかもしれない。

そっと近寄って、ひとつひとつ丹念に覗き込んでいく。

何個目の花だっただろうか。遠目にも、1匹のカミキリムシが静止しているのがわかった。慎重に近づき、ドキドキしながらその姿を確認する。


クモマハナカミキリ

残念ながら、ハズレであった。このカミキリムシ自体も、雲間の世界にしかいない高貴な種類で、ハズレと呼ぶには失礼なのだが。

そして、さらに花を見続けると、また1匹のカミキリムシの姿が目に入った。今度こそ、今度こそ、・・・・


トホシハナカミキリ
Brachyta danilevskyi Tshernyshev et Dubatolov

こんな寒い中、待っていてくれて、本当にありがとう。

しばらく夢中になって撮影するうちに、心の奥底に「採集したい」という気持ちが芽生える。もちろん、ここは特別保護地区、採集禁止エリアである。社会人として、一人の虫屋として、許されることではない。発見するまでは、カメラに収めるだけと心に誓っていたのに、いざ目の前に現れると、心が揺らいでしまうほど、この妖精は魅力的だ。

一度、心を落ち着かせようと、真っ白な空を見上げる。そして、再びナナカマドの花に顔を向けた時、妖精の姿はそこにはなかった。

次の瞬間、落下の軌跡を一瞬で計算して、地面を凝視する自分がいた。せっかく、神様が気を利かせて、誘惑を断ち切ってくれたというのに。

そして、こういう時の集中力は恐ろしいもので、難なく落葉の中から再発見してしまう。背中に並ぶ10個の星を確認し、写真撮影。

「このままチャック付ポリ袋に入れてしまいたい・・・」

「自分の採集方針を、ここで曲げてしまうのか?」

雨粒が少しずつ大きくなっていく中、ものすごい葛藤が繰り広げられる。

現実の時間に換算すると、30秒ほどのことだろうか。目を閉じて、左手を振り抜き、妖精をナナカマドの株の中へ放り込んだ。

「また会おう。今度は、特別保護地区の外で。」

大粒の雨が100円均一の雨合羽を叩きつける中、無心で山小屋を目指して、砂の登山道を下っていく。

「これで良かったんだ・・・・」

山小屋に到着しても、雨は止む気配がない。この分では、灯火採集も無理だろう。トラップを増設して、夕食を食べ、明日に備えて眠りについた。

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