2009.Sep.26
暦の巡り会わせで訪れた5連休の後は、いきなり業務多忙の2日間。研究室時代に身に付けた能力(同時並行、優先順位)に加えて、社会人になって使えるようになった能力(周辺視野、業務分担)をフル活用。それでも研究室時代の繁忙期に比べればはるかに楽なもので、金曜日の業務終了後には、精神的・体力的にもかなり余裕。あの頃と発生源は多少異なる「負のエネルギー」もまだ残っているので、狙った虫には必ず出会えるはずだ。
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今回の狙いは、カシワスカシバ
クリの害虫として古くから知られているが、発生地はきわめて局所的。昆研の先輩が偶然発見したポイントへ2年前に訪れた時は、豪雨に見舞われ、大量の羽化殻で発生を確認するにとどまった。木曜日の夜に先輩に再び連絡を取ると、発生地はまだ残っているとのこと。今度こそ、栗林に舞う幻のスカシバガに出会えるはず。
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金曜日の夜、最低限の装備で大阪駅の高速バス乗り場へ。採集イメージと期待だけを胸に、常陸國へと旅立った。
土曜日の8時、常陸國の中心地へ到着。2年前の記憶を頼りに路線バスへ乗り換え。
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しばらくバスに揺られた後、バス停に降り立つ。そこから、2年前に歩いた道を懐かしみながら、淡々と進んでいく。
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ヒガンバナは盛りを過ぎ、色あせていく。
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道端から次々と飛び立つアカトンボ類が、季節を感じさせる。
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どれくらい歩いただろうか、最初のポイントに到着。この前来た時は小規模ながらも栗林だったはずだが、今は切り株だらけで見る影もない。さすがカシワスカシバの被害は深刻だ、と早合点してはいけない。
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直接の原因は、ミヤマカミキリの集中攻撃。これだけ食われれば、ちょっとした風で簡単に折れてしまう。残った木にもすべて穿孔サインが認められた。前回訪れた際にもクリ林の運命は予感していたのだが、まさかこれほどまでに速く歯車が回ってしまうとは・・・。
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とにかく、林が消滅する前に再び戻って来れたことに感謝しつつ、クリの実を踏んでも平気なようにサンダルから運動靴に履き替え、カシワスカシバの探索を開始する。まずは、発生しているかどうかを確認するために羽化殻を探す。
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さっそく、幹に羽化殻を発見。だが、カシワスカシバにしては明らかに小さい。おそらくカシコスカシバのものだろう。
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こちらは、大きすぎる。糞がドーム状につづってあるので、コウモリガ類の羽化殻。
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調べてみると、生き残った木のすべてでこの2種の穿孔サインが確認できた。樹皮下に穿孔することにより、木の勢いが衰え、ミヤマカミキリが集まりやすくなる。これらのガは、クリ林の衰退の間接的な原因になっているのだ。
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ようやく見つけた、カシワスカシバの羽化殻。この大きさ、色の濃さ、カシコスカシバとは一見して違う。材部にトンネルを掘るというのも特徴のひとつである。
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とりあえず、すでに成虫が出現していることは確かなようだが、この1個しか見つからなかったということは、この林はもうカシワスカシバにとって魅力がなくなっているのかもしれない。
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こうなったら、もうひとつのポイントに賭けてみよう。
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しばらく歩いて、もうひとつのクリ林に到着。ここは前回とほとんど変わっていない。
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荷物を木陰に置いて、まずは羽化殻を探す。
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さっそく、発見。ずいぶんと細い部分に穿孔している。幹ではなくて枝を探した方が良いのかもしれない。
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そう思って探すと、次々と見つかった。ここでは一ヶ所に3つもある。
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少なくともこの林では多数の個体がすでに発生しているようだ。
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当初の採集イメージでは、穿孔部位のそばに静止する羽化直後の個体を見つけるつもりだった。しかし、時刻はすでに10時を回っている。羽化した個体は、すでに体が固まって飛び立っている頃である。
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こうなったら、葉の上に静止する個体の探索に切り替えよう。
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経験上、葉の上に静止する虫を探すには、林内にある株よりも、周縁部にある株の方が確率が高い。荷物を置いた場所まで戻り、網を準備して、探索を開始しするべく、顔を上げて歩き出した、その瞬間であった。
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目に映る一面の緑の葉の中から、
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瞬時に、その姿を識別。
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カシワスカシバ♀
胸部の前方がすべて黄色なので、メスであることがすぐにわかった。まさか、こんなにあっさり見つかるとは・・・。
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撮影もそこそこに、最初の個体なので確実に採集。思っていたよりも小さいことに驚く。市街地でも見られるコシアカスカシバの方が大きいくらいだ。
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体の毛が剥げ落ちないように、針を刺して発泡スチロールに固定する。スカシバガを綺麗に標本にするために有効な方法だ。
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探索方法がわかったので、あとは地道に続けるだけ。自分の感覚を昆虫に合わせて、林縁の居心地の良い場所を見て回る。
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感覚がうまくシンクロしたようで、成虫が次々と見つかる。
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さきほどよりも綺麗な個体。警戒して飛び立ったものの、目で追跡して捕捉。まだ羽化してそんなに時間が経っていないのだろう。
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翅がだいぶ擦り切れている。
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振動を与えても逃げずに堂々としているのは、擬態への自信の表れなのだろう。
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コガタスズメバチを見つけると、ちょっとがっかり。このハチが飛ぶ姿は、カシワスカシバと非常に紛らわしい。いや、普通の言い方をするならば、カシワスカシバの飛ぶ姿は、このハチの飛ぶ姿によく似ている。ハチ擬態昆虫を追っていると、本物のハチが狙いの虫に見えてきて、つい素手でつかもうとしてしまうので、危険だ・・・。
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しばらく探索をするが、見つかるのはメスばかり。こういう時は「人間世界とは逆だな」と思わず笑ってしまう。でも、メスがいるならオスもすぐ近くにいるはず。ここからはメスは見つけても採らず、オスに絞って探す。
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探し続けること、20分。
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少し高いところに、雰囲気の異なる個体を発見。前胸の前半にある黄色部が中央で分断されているということは、カシワスカシバのオスの特徴。18倍ズームでの撮影はこれが限界、長竿を持って、一気に振り抜く。
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カシワスカシバ♂
メスよりも黒っぽく、まるで別種のように見える。少々時間はかかったが、オスメス両方見つかって良かった。
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採集の方はペアで達成できたので、せっかくなら撮影も狙ってみたい。薄雲が晴れて日差しが出て、気温が上がってきた。こういう時は活発に飛び回るか、木陰で一休みするかどちらか。交尾行動は日没直後に行われるそうなので、オスは一休みしているかも。
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探してみたら、林内のクワの葉で休んでいるオスを発見。光量が足りず思ったような写真にはならなかったが、今の腕前ではこんなものだろうし、これでいい。芸術ではなく、あくまで自分の視界を切り取りたいのだから。
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なおも探索を続けていると、軽トラックがやってきた。林の入り口に停止し、東南アジア系の二人組が降りてくる。どうやら、クリ拾いに来たようだ。
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挨拶してみると、日本語は片言なら理解できるようだ。カシワスカシバ採集における最大のリスクは、栗泥棒に間違われること。疑われないように採集したカシワスカシバを見せると、興味津々で覗き込む。
「アッチニモイタ。オオキイヨ。」
「大きいのはイタイ。これはイタクナイ。」
そんな会話をして納得してもらった後、2人はクリ拾いを始める。私もオスを求めて探索再開。
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しばらくして、2人組の一人から呼ばれたので行ってみると、
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カシワスカシバが葉の上に止まっていた。さすが、目が利くものだ。もうメスは十分だったが、せっかくなので撮影した後に採集。帰り際に針刺しにするところも見せたら、とても驚いていた。ボロボロにならないようにするという説明は、通じただろうか。
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2人が去った後も探索を続けるが、結局オスが1匹追加で見つかっただけ。産卵のためクリ林に固執するメスに比べて、自由に動き回っているのだろう。
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探索にも疲れてきたので、クリ林にいる他の虫たちを撮影してみる。
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カシコスカシバ♀
すでに発生末期ということもあり、この個体だけ。東京都目黒区で採集して以来、2個体目となる。
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モモノゴマダラノメイガ幼虫の食痕
幼虫はクリの実に穿孔している。クリの実に糸でつづった糞が出ているのが目印。成虫も出現していたが、高所にいたので撮影は省略。
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コイチャコガネ
コナラ、クヌギなどで見かけるが、クリでは初めて見た。こちらも発生末期、個体数は少なかった。
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クリシギゾウムシ♀
未熟な実を見ると、かなりの確率で産卵中のメスがいた。今から産卵して、冬までに幼虫は成長できるのだろうか・・・。
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ニホンアマガエル
かなりの個体が樹上で休んでいた。
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カタツムリの一種
これも多くの個体が葉にくっついていた。
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カシワスカシバの果樹被害の研究によれば、これら2種類が生息環境のヒントになるはず。このポイントの状況を覚えて、今度は新産地を発見してみたいものだ。
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正午を回り、そろそろ疲れが出てきた。一応、ペアで採集と撮影ができたことだし、帰途につくことにしよう。
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帰り際、最初の小規模な林で飛翔中のメスがいた。飛んでる時は、大きさや飛行軌跡以外は本当にスズメバチにそっくり。子孫繁栄を願って、撮影後に放す。羽音はやや小さいけれど、スズメバチと区別できない。背後から来たら、思わず首をすくめてしまうだろう。
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クリ林そのものの存続が危うい状態だが、またいつか訪れた時に、その立派な飛翔姿を見てみたい。
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最後になりましたが、このポイントを教えてくださった昆研のN先輩にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。