2009.March.20-24
「春の八重山」には、1970年代から数多くの虫屋を魅了してきた響きがある。九州以北ではまだ肌寒い日々が続く中にも、サクラの便りがチラホラ聞こえ始める頃、半袖でも暑い亜熱帯の島で、一足先に昆虫採集を満喫するのである。
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先輩に連れられて初めて春の石垣島を訪れたのは、2003年4月のこと。虫屋としての2年目が始まった19歳の私には、見るものすべてが新鮮であった。於茂登岳の山中で、初めて同い年のカミキリ屋と出会ったのもこの時である。
翌2004年4月にも再び訪れ、同年7月には与那国島への中継点として降り立った。しかし、たった3回の渡島でこの島の魅力的な虫たちに出会うには、知識と経験があまりにも未熟であった。そして翌年からは研究室生活が始まり、南の島への夢は諦めざるをえなかった。
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あれから5年の月日が流れた。
学生時代の忘れ物が残るあの島へ行く私を引き止めるものは、幸か不幸か、何もない。 いずれ虫採りだけを目的に行くことができなくなる日が来ることを、覚悟し期待しながら、 冬の間に蓄積した運をひとまず使い果たすつもりで、神戸を後にした。 今回の狙いはたくさんあるのだが、あえて挙げるとすれば、樹冠の宝石 オオヒゲブトハナムグリ
アワブキの妖精 ムネモンウスアオカミキリ
3月20日(金)
一昨日の送別会で少々飲みすぎたが、なんとか体調を整えて伊丹空港から出発。那覇で乗り継いで、4年半ぶりに石垣空港に降り立つ。レンタカーを借りて、足りないものを買うため100円ショップへ。
駐車場には、いつも仕事で見慣れているものが・・。天気は晴れに近い曇り。春の八重山はいつもこんな感じ。
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北へ北へと車を走らせている間にも、沿道を飛ぶチョウやハチやハエの姿が目に飛び込んでくる。
「5年前には、こんなに多くの虫が見えただろうか。」
静止視力は多少落ちたものの、動態視力と脳の解析力が格段に上がったらしい。
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快調に飛ばして、地図もほとんど見ずに登山口周辺に到着。「アサヒナキマダラセセリ採集禁止の看板」が新設されている。
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登山口への道もほとんど変わっていない。歩くたびにチョウが飛び交うが、もう一通り採っているので今回は無視。
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登山口近くのカラスザンショウの葉に触角が長い虫が止まったのが見えたので、長竿を伸ばして掬ってみる。
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イワサキキンスジカミキリ
本州だとシラホシカミキリ並みによく見る種類。いろんな樹種の葉を後食するところも似ている。
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さらに、木のまわりをフワフワ飛ぶ赤い虫が見えたのですかさず網を振る。ヤエヤマヒオドシハナカミキリだったらいいのだが・・・。
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ベニボタルの一種
やはりそう簡単に出会えるカミキリではなさそうだ。
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登山口
写真には撮らなかったがここにも看板が新設されていた。「好きでも採らない虫」を心に決めてる虫屋さんばかりなら、こうならないんだけどね。
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登山道を進んでいって、まず驚いたのが森の明るさ。
「こんなに明るい道だっただろうか?」
森の中には立ち枯れ・部分枯れ・倒木が至るところにあり、樹冠部分にはあちこち穴が空いていて、太陽光が差し込んでくる。生き残った木々は若葉を伸ばしてその穴を埋めようと(光を奪おうと)するが、まだまだ追いついていないようである。
「これは、森の乾燥が一気に進んでマズイぞ・・・。」
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道沿いにある倒木や枯れ木をビーティングしていくが、どれも古くて味が落ちているようで、ダンゴムシばかり落ちてくる。このスダジイの枯葉つき枯れ枝がもっとも鮮度が良さそうだったので、期待を込めて叩いてみる。
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コブバネサビカミキリ
叩き網を持ってこなかった学生時代には出会うことができず、今回が初めての出会いとなる。追加を狙うべく振動が伝わっていない部分も叩くが、ダンゴムシしか落ちなかった。
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奥に進むにつれて、少しずつだが樹冠部の隙間が少なくなっていく。アワブキの木もところどころにあるのだが、花をつけている木は見当たらない。
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このあたりまでくると、大部分が覆われるようになり、湿度も一気に上がる。でも、アワブキの花は一向にみつからない。
「今は台風のダメージから回復することを最優先していて、花を咲かせる余裕がないのだろう。」
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かつてオオヒゲブトハナムグリを狙うには「マツダクスベニの木」という大きなアワブキがあった。私もかつて登ったことがあるが、5年の月日の間に枯れ、台風で倒れて、今はもうない。今回のように花がないことには、樹冠の宝石:オオヒゲブトハナムグリは絶望的である。
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でも、見方を変えればアワブキの妖精に出会うには好条件が整っている。ムネモンウスアオカミキリが後食に訪れる若葉は、森の中の至るところにあるのだから。ただ、若葉があるからといってどこにでも飛んでくるというものではない。かつては超珍品の座に君臨していたからには、ある条件を満たす場所に、人知れず現れるに違いない。
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その条件、言葉では言い尽くせないのであるが、奥多摩での修行の成果なのか、頭の中に不思議とイメージが浮かんでくる。森の中を観察しながら歩いているうちに、パッと、ひらめく場所があった。
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「ここに、来るはず。」
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リュックを置いて、カメラと長竿を持って、木に登る。長竿の丈を元に推定すると、地上7m。
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ちょうど目の高さには、食痕がある。イワサキキンスジの可能性もあるが、もしかしたらムネモンウスアオかも。傷口の変色度合いから逆算して、どういう状態の若葉に来るのかを推定する。そして、そんな若葉がついている枝をピックアップして順番に見て回るのだ。
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あまり上に登ると枝が折れてしまうので、ほどほどのところで待機。ここなら長竿を伸ばして梢の部分までくまなく掬うことができる。これで夕暮れまで粘れば、きっと1匹くらいは見つけることができるだろう。
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ただ、私はこうやってじっと待つ採集は極めて苦手なのだ。花掬いのように何かしら虫が見られるものはともかく、来るか来ないかわからないものを待つよりも、いそうな場所へさっさと移動してしまうほうがずっと気が楽なのだ。
おまけに、枝の又の部分で待機しているとはいえ、足への負担は結構なものである。6年前も30分ほど粘ったと思ったら、実際は10分ほどだった記憶がある。梢を掬ってイワサキキンスジを採って集中力を持たせようとするが、今回も、10分で限界が訪れた。
「もうダメだ、降りよう」
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まず長竿を落とし、カメラを邪魔にならない位置に抱えて、ゆっくりと幹を降りていく。
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木の下には岩も転がっており、落ちたら痛そう。最後まで気を抜かないように、慎重に、慎重に・・・。
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その瞬間、私の目は、ある一点に吸い込まれていった・・・
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>「うわっ、よりによってこんなタイミングで!」
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肉眼では、はっきりと捉えることができた。明らかにイワサキキンスジとは違う影がこちらを向いている。
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「頼むから、飛ばないでくれ・・・・・」
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空気の振動がムネモンに伝わらぬように注意を払いながら、怪我をしない程度に可能な限り滑るように木を降りて、ムネモンがとまっている木に衝撃を与えないように移動して長竿を拾い、カメラはリュックのそばに置いて、もう一度、木に登る。この間、約20秒。
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その淡い青緑色の影は、さっきと同じ位置にいた。いつものように、手の震えはない。右から、一気に網をかぶせて揺さぶり、手元に引き寄せる。中身を確認して、慎重に木を降りる。
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アワブキの妖精 ムネモンウスアオカミキリ
3度目の春にして、ようやくその姿を拝むことができた。初日から目的のひとつを達成できるとは、今回はかなりラッキーである。それにしても、梢部分にいるとばかり思っていたものが、低木の葉上にいるとは・・。
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この後、追加を狙って木に登ったものの、体力の消耗が激しく5分と持たなかった。まあ、1匹でも姿を見られれば満足なので、今度は山頂へ向かうことにする。
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道沿いにはヤエヤマコンテリギが咲いている。
かつてはヤエヤマクロスジホソハナカミキリが乱舞したそうだが、林内環境が激変した近年では見る影もない。
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ウラジロガシの巨木
この道を行きかう虫屋の歴史を見続けてきたに違いない。
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山頂部分に近づくにつれて、台風の爪痕が目立つようになる。見渡す限り、枯れ木とひこばえが広がる。
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山頂まであと一息。
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山頂に到着。いつものように雲に覆われていて、視界はほとんどない。2008年に於茂登岳東斜面が特別保護地区に指定されたため、このあたりでの採集はもはや不可能になっている。
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山頂から引き返して途中の道でリュウキュウチクを叩いてみるが、オモトウスアヤカミキリはまったく落ちてこなかった。だいぶ夕暮れが迫っているので、無理せず下山することにする。
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登山口に戻ってきた頃には日も落ちていた。
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ちょっと休んでから、灯火めぐりを始める。
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ホソサシガメ
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サザナミスズメ
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キベリアオドウガネ
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ウスイロハムシダマシ
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この灯火でゴミムシ屋さんと会ったので、少しお話。テントウムシがよく飛んでくる自販機だそうだが、今夜はゼロだった。
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続いて別の灯火。
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タイワンクツワムシ♀
なかなか大きくてカッコイイ。
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オキナワコフキコガネ♂
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そして、今晩もっとも虫が多かった自販機がこれ。
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フタモンウバタマコメツキ
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アカホシカメムシ
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ケラ
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サキシマヒラタクワガタ♂
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ヨスジシラホシサビカミキリ
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シロオビフトヒゲナガゾウムシ
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コケガの一種
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サキシマヒメカミキリ
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実に多様なグループの昆虫が飛来していた。明日もここは必ず訪れることにしよう。
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さらに、別の灯火へ。
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サビモンルリオビクチバ
なかなかの美麗種なのであるが、採集目前で、逃げられてしまう・・・。実はかなりの珍種であることを知るのは、だいぶ後のことになる。
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ヤエヤママダラゴキブリ
日本最大のゴキブリ。これも、気配を察知されて逃げられる・・・。
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コガタガムシ
腹板の突起を見ればガムシとは簡単に区別がつく。これはさすがに逃げられることはなかった。
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コンビニの前で擦り寄ってきたネコ。さすがに疲れてきたので、灯火めぐりはこの辺でおしまい。
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