冬の里山散策

2009.Feb.1

年が明けてから時間はあっという間に流れ、気づいたらもう2月。太陽が出ている時間は少しずつ長くなってきて、寒さも底を打ったようだ。ここ1ヶ月、週末は標本作成に打ち込む生活が続いたが、そろそろ飽きてきた。シーズンに向けての下見と、体力作りもそろそろ始めておきたいところ。いきなり雪が残る六甲山系へ登山するのはきついので、まずは、手軽に行ける神戸市北部の里山へ。


午前9時、誰も降りない無人駅に降り立つ。頻繁に車が通る歩道がない道を早足で進み、谷戸の入り口へ。

ここから林を抜ければいつもの谷戸だが、途中で1本の谷戸と交差する。今まで鎖で封鎖されていると思い込んでいたが、実はその脇にしっかりした道があり、奥まで進めることに気づく。地図で見る限りは大きな谷戸なので、ちょっと下見に行ってみる。


入り口からすぐの水田

畦と斜面の間には溝があり、水がある。

この溝は「掘り上げ」「せみ」などと呼ばれる構造で、水生昆虫にとって重要な役割を持つ。中干しや稲刈り前などで本田に水がなくなった時に、一時的な避難場所となるのだ。

さらに、ここはまだ基盤整備が入っていないらしく、水はけがあまりよくない湿田になってるようだ。雨が降ると水溜りができ、なかなか消えない。こういう水田ならば、秋にアカトンボ類が集団で産卵できる。

この谷戸は、水生昆虫がなかなか面白そうである。しかし、あくまで現時点での話である。残念なことに、谷戸の半分以上は耕作放棄されていた。

これから約20年間は、水田が耕作放棄されて草原に遷移するのを日本の水生昆虫屋は全国各地で見届けていくことになるだろう。水田から湿地に変わるのならまだ救いはあるが、そういう場所はおそらく少ない。大学で水生昆虫に関わっていた頃から、どうしても頭から離れないこと。消え去らないよう何らかの行動を起こすことが一番いいのだが、それができないなら、せめて存在の証しを残さねばならぬだろう。

どうも水田を見るたびに、諸事情に苦しんだ研究生活を思い出してしまって良くない。谷戸が終わってもなお続く道を登っていくと、これまでと違う光景が広がる。


伐採地

クリ、コナラ、エノキなどが積まれていた。切り口を見る限り、昨年末に伐採されたもののようだ。

これは、初夏に訪れるのが非常に楽しみである。

しばらく進むと道は終わっていたので、引き返すことにする。

刈り取った稲を干すための「はざ」「はぜ」が、なんだか懐かしい気分にさせる。

さきほどの林の中の道まで戻り、いつもの谷戸を目指す。

いつもの、90%以上耕作放棄された谷戸。植生遷移が進まないように草刈りだけは行っているようだ。

谷戸の斜面には、フジ、クズ、アケビなどのツル植物が見られる。よく見るとエビヅルも混ざっているので、スカシバガ探しをしてみる。

ほどなく、虫エイを発見。高い位置にあるので、ツルを引きずりおろす。

しかし、すでにもぬけの殻。クサアリの仲間が中で越冬していた。

その後、虫エイは見つからず。生息することがわかっただけで、その姿を拝むのは次回以降に持ち越し。


ハス田

収穫は終わったようで、葉や実の残骸が泥底に沈んでいた。夏に見られたカメも越冬しているのだろうか。

谷戸の探索はここまでにして、次は尾根沿いの林の中を進むことにする。

冬場の林の中の道といえば、オサ掘りが思いつく。こんな感じのささやかな崖を、スコップ1本で掘っていく。


スジアオゴミムシ

久々の再会で、とても大きく見える。

これでオサムシも出てくるかと期待したが、ムカデ以外は出てこない。オサ掘りのセンスのなさは相変わらずのようだ。

では、もう少し薄暗い場所ではどうだろう。

あっさり出てきてしまった。


マヤサンオサムシ

関東のエサキオサムシと同じサイズで、可愛らしい。

腐食土が積もっていて、こんな風に木の根が絡むのがいいのかも。

この付近を掘ると、ポツポツとマヤサンオサムシが出てきた。土塊と似たような大きさなので、気を抜くと見逃してしまう。

1ヶ所で掘り続けるのは景観や採集圧の関係で良くないので、ほどほどにして先に進む。尾根沿いの明るい道はハイキングには快適なのだが、虫の気配はあまりない。

昨年は気づかなかったが、ネズミサシを何本か発見。神戸市産アティミアがいるのだろうか。

尾根道を途中で曲がって、ハンノキ林に到着。昨年ミドリシジミを採集した場所で、今回は卵探しに挑戦。

この時期、ハンノキを含むカバノキ科植物は花盛り。特徴的な実が枝に残ってなくても、見分けるのは容易。

樹皮をくまなく眺めていく。

15分ほどして、ようやく卵を発見。左の大きいものは、別の大型鱗翅目のもの。右の小さなものが、おそらくミドリシジミのもの。

残念ながら、寄生蜂にやられて穴が空いていた。

林内の木では1個しか見つけられなかったが、林縁の木はすごかった。

光量不足でうまく撮影できなかったが、1本の木の日陰の部分に数百個がついていた。でも、全部もぬけの殻だった・・・。

コンタクトレンズ装用での卵探しは非常に疲れるので、飼育用には幼虫採集の方がいいと思った。

卵探しで疲れた後、ヘクソカズラでヒメアトスカシバの抜け殻を見つけたり、スイカズラでニセリンゴカミキリらしき古い食痕を見つけたりもしたが、結局持ち帰るほどのものはなかったので、ここでは省略。

唯一持ち帰ったのは、こちら。

一度見たら忘れられない、ノグルミの実

剪定された枝先が枯れているのが目に留まり、あるカミキリを思い出す。ジャンプして他の枝をつかみ、たぐりよせてなんとか折り取る。


樹皮下に走る食痕

幼虫は材部に潜っていた。白いカミキリが出てくると思うが、黒いカミキリかもしれない。

この時点で、午後1時。だんだん北風が強くなってきたので、そろそろ帰途につく。


棚田とため池


マルタニシ

水生甲虫が生息していそうな環境セットだが、果たして・・・。

その後、この棚田から伸びる谷戸を下っていくが、途中で完全に耕作放棄された区間が延々と続く。あぜ道の痕跡をたどり、水路を飛び越え、なんとかして現役水田までたどり着く。

舗装道路に出る頃には雪がちらついていた。春はまだまだ先のこと。


この時期は下見が中心になってしまうが、今まで見えてなかったものがいろいろ見えて、四季を通じて訪れてみることが大事だと改めて思った。

堀り上げに群れる水生昆虫、伐採地に飛び交うカミキリムシ、今日思い描いた光景が、現実のものとなるのだろうか。春の訪れが待ち遠しい。

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