里山に樹液香る頃

2009.Jun.6

虫が栄える6月に入り、最初の週末。

この年になってようやく人間としての本能が目覚め始めて、虫の世界に遊び続けることへの不安と孤独感が少しずつ増してきている。それでも、来年は転勤でいなくなってしまうかもしれないので、虫の世界で遊ぶのは、この先2ヶ月間が勝負。心の中がどうであれ、たとえ根本的な解決策にならなくても、後悔しないように、心の安定を得るために、どこかへ出かけよう。

いくつか候補地は思い浮かんでどこにしようか迷ったが、神戸市北区の里山で、この前見つけた有望エリアを歩くことにした。トゲアリの巣、土場、樹液、・・・目星をつけたポイントで、どんな出会いがあるだろうか。


前夜の飲み会により体力を消耗し、自宅を出て最寄駅に到着したのが9時。ちょうどバスが出発した後で、次の便まで1時間半もある。出遅れた上に、そんなに待ってはいられないので、5kmの道のりを歩く。

住宅地から農村地帯への移り変わりを見ながら歩くこと50分後、最寄のバス停に到着。大学4年の時に比べて歩行速度は若干落ちたようだ。(大学4年の冬、全長6.5kmの林道を採集せずに歩き続けて1時間ちょうどで踏破)。

この地域では今が田植えの最盛期。昔はこの時期の田植えが全国的にも一般的だったのだろうが、今は「連休田植え」という言葉の通り、早植えが定着してしまっている。浅水管理(分げつ確保)と中干し徹底(無効分げつ抑制、根張り)と揃って、タガメやゲンゴロウといった水生昆虫の衰退の一因(繁殖サイクルと合わなくなってしまう)になったのではと最近考えられ始めているが、実際はどうなのかまだよくわかっていない。

林の入り口の手前には、ウツギの花が満開。


ホシミスジ

仕事の調査では、人工島でも採集している。東京には少ないが、こちらでは普通種なのかもしれない。

薄暗い林の中の小道を進む。

そして、今日の第1ポイントに到着。 手前右のコナラの木にはトゲアリの巣がある。

黄金のアリノスアブがホバリングしている姿をイメージしながら、そっと幹を一周してみるが、何もいない。

第2ポイント。路肩にあるコナラの切り株にトゲアリの巣がある。

洞の入り口で団子状になっているのでよく目立つ。 しかし、ここでもアリノスアブは姿を見せない。

待っていても仕方がないと思い、最後のポイントへと進む。

林の中に突如現れるプチ棚田。

草刈り中のおじさんがいたので、挨拶をしておく。

「ここで虫を採っても大丈夫ですか?」

「ええよ、なんぼでも採っていってくれ。」

いとも簡単に、交渉成立。

ということで、棚田の上の方へ登る。なかなか良い景色。

そこから少し登って、第3ポイント。ここもコナラの切り株にトゲアリの巣がある。しかし、ここでもいなかった。

目標を切り替えて、この春に切ったばかりのクリ伐採木を探索。


ミドリカミキリ

羽化不全のため触角が曲がっている。

伐採木のそばでは、交尾中の個体もみられた。


ゴマフカミキリ

個体数は少なかったが、夕方になれば増えてくるのだろう。


ナガタマムシの一種

採集してみたものの、同定できるかどうか・・・。


シロオビゴマフカミキリ

細枝が好きらしい。

クリの大木が近くにあるのだが、まだ花は咲いていない。来週は開花することだろう。

伐採木の探索がひととおり終わったら、次の虫が飛来するまでの間に、周辺を探索。

棚田の上の斜面から漂う甘い香りへ向かって歩いていく。


スイカズラ

ちょうど今が花盛り。

葉を見ていくと、見覚えのある食痕を発見。ニセリンゴカミキリのものだろう。

慎重に株全体をチェックしていくが、食痕の主の姿は見当たらない。どこかへ移動してしまったのだろうか・・・。

さらに、近くにもう1株あるのを発見。食痕もバッチリついている。しかし、ここでも主の姿は見つからない。

食痕の様子を観察すると、つい最近できたもののようだ。まだ近くにいることは確実、今年でラストチャンスかもしれないので真剣に探す。

10分後、日当たりの良い場所に3株目を発見。

今度は、主がいた。

長竿を持って近寄るが、かなり気配に敏感。関東のシラハタリンゴカミキリとはだいぶ違う。飛び立って林方向へ逃げようとしたところを、なんとかネットイン。


ニセリンゴカミキリ

昨年はかすかな食痕だけだったが、今年はちゃんと出会うことができた。

さらに追加を得ようと周辺を探すが、今度はスイカズラが見当たらない。水田の方に眼をやると、畦に黄色と白の花が見えるので、ちょっとそこまで移動してみることに。


アリノスアブ

移動途中に地面すれすれを飛翔していたのでネットイン。一瞬、狙っていたアリノスアブかと思ったが現実はそう甘くない。

水田の段差のところに生えるスイカズラ

さっそく、発見。撮影してから、採集してチャックつきポリ袋に収納。

振り返ってみると、ほぼ同じ位置に新たな個体が飛来。これも慎重に採集。

さらに日陰の部分を下から覗き込むと、もう1個体。

さらに追加を待ってみたが、これだけだった。とりあえず採集できれば満足。日が高くなって暑さが厳しくなってきたので、今度は日陰のある樹液ポイントへ向かうことにする。

なかなか良い場所にある樹液ポイント。風が吹くたびに、甘酸っぱい樹液の香りが漂う。 樹皮がだいぶ欠落しているので、数年後には枯れてしまう運命にある。しばらくここにとどまって、集まる虫たちを観察・採集していくことにしよう。


オオスズメバチ

大アゴで樹皮をかじっていくことで、樹液の泉を維持する。


ボクトウガ幼虫

ガの仲間としては珍しい肉食性で、樹皮下に穿孔して樹液を出させ、寄ってきた虫を捕食する。

20世紀後半、世間一般では樹液の泉はカミキリムシ幼虫の穿孔や成虫の羽化脱出孔によるものとされてきた。しかし、実際はボクトウガ幼虫によるものが多いことが報告されており、スカシバガ類の幼虫の穿孔も樹液噴出のきっかけになることが多いと個人的に思っている。そして、樹液の泉の維持に重要な役割を果たしているのが、スズメバチ類による継続的な樹皮の齧り取りである。昆虫採集時に邪魔者扱いされても、スズメバチが来なくなると樹液がすぐ止まってしまうのだ。


ヨツボシオオキスイ

久々に会った。かなり敏感ですぐ落下する。


ケシキスイの一種

樹液が発酵してくると、無数のケシキスイが集まる。


チビクワガタ

1匹だけだが、幹を徘徊していた。


ヒオドシチョウ

かなり綺麗な個体だった。うまく撮影できなかったが、ルリタテハ、サトキマダラヒカゲも飛来した。


シラホシハナムグリ

ハナムグリ類をすべて網に入れてみたが、シロテンはいなかった。ここではシラホシが優先しているのだろうか。


コクワガタとスジクワガタ

樹皮の隙間に隠れていた。ヒラタやネブトを期待していたのだが、次回以降に持ち越しとなった。


ハチモドキハナアブの産卵

♀は翅が紫色に輝くのですぐ見分けられる。


カブトムシの角

もう少ししたら発生が始まるのだろう。

ずっと樹液だけ見ていても疲れるので、すぐ近くにあるコナラ伐採木もチェック。


エグリトラカミキリ

産卵に夢中になっていた。


ツマグロハナカミキリ

飛翔中をネットイン。ちょっと模様が変わっている。


ミドリカミキリ

個体数も多く、あふれた個体が下草に止まっていた。

さらに、日向に放置されたコナラ新鮮伐採木を見ていると、なにやら大きな甲虫が徘徊しているのが眼に留まる。形はムツボシタマムシのようだが、体長2センチほどもある。

「これは、オオムツボシタマムシか?」

焦って近づいたのが良くなかったのか、翅を開いて枝先に飛んで行ってしまう。

しばらくじっと見つめていると、枝先から離陸してこちらに向かってきた。チャンスと思い、近づくのを待つが、そう簡単にはいかなかった。近くにいたセセリチョウの縄張りを通過してしまったようで、猛攻撃を受けて遠くへ飛んでいってしまった・・・・。

その後、炎天下の中で2時間ほど粘ってみたが、ついに戻ってくることはなかった。

粘る間、途中休憩で樹液も時々チェックしていたところ、思わぬ虫と再会。夢中で樹液をなめている黒い腹が見えたので、近くにいるオオスズメバチを追い払ってから慎重にネットイン。


チャイロスズメバチ女王

昨年は樹液でワーカー1個体だけ。このスズメバチには何かと縁がある。

日も傾いてきた16時半、オオムツボシタマムシはもう来ないと諦めて、帰途につく。

ここは、期待通りのなかなか面白いエリアのようだ。来週、もう一度ここに来て、オオムツボシを探そう。

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