里山に飛ぶ黄金の玉

2009.Jun.27

里山に命あふれる6月も、残すところあとわずか。今までになく心の浮き沈みが激しい1ヶ月間であったが、そんな中でもトゲアリの巣に現れる黄金の飛行物体を目当てに、これまで3週連続で通った。来月は遠征予定が詰まっており、今回が実質最後の探索である。学生時代のトレードオフとして昨年秋からずっと心を悩ませていた独り者の寂しさも、解決はしないけれど自分なりの方向性がようやく見出せた今、もう何も恐れることはない。さあ、6月最後の週末、悔いのないように、4週連続で里山へ。


心の迷いが消え去った職場同僚との飲み会から一夜が明け、 いつものように電車とバスを乗り継いで、里山の入り口に立つ。

イネは分げつがだいぶ進んでいる。

今日は一段と蒸し暑く、林の中の小道を歩いていくうちにみるみる汗が噴き出す。


いつものクヌギの樹液ポイント

ヒメスズメバチが1匹だけ。樹液が発酵しすぎてしまったのか、虫の数は週を追うごとに減っていく。


チビクワガタ

近くの伐採木の上を歩いていた

今日は樹液で待っていても良くなさそうなので、いつものようにトゲアリの巣の巡回へ。


第1ポイント(8:46)

いつものようにアリの姿だけ。


第2ポイント(8:48)

アムラムシの世話に熱心なトゲアリがいるだけ。


いつものプチ棚田

ため池の水量はわずかながら回復しているが、水田に水はない。ニイニイゼミの鳴声が響く中、奥へ奥へと歩いていく。


第3ポイント(9:01)

vトゲアリはまだいるが数が少ない。

とりあえず、1巡目はいつものように気配なし。まだまだ時間はあるので、他の場所を見ながら時を待つことにしよう。

クリの伐採木置き場には、コナラの材が追加されていた。この上の斜面にある2本のコナラを切り倒したらしい。その時にノグルミが巻き添えになり、枝が低い位置まで垂れ下がってきている。

そっと覗き込んでみると、タカサゴシロカミキリが食事中だった。

こちらは並んで食事中。

交尾中の個体もいた。

撮影後、触角が完全なものだけ選んで採集。第1,第2ポイントを見に行った後、ハンノキ林へ向かう。


ハンノキ林の脇にあるため池

水量が回復しているが、ミクリのそばまでは近寄れる。

今日も、1匹だけキンイロネクイハムシがいた。

相変わらず気配に敏感で近寄らせてもらえず、採集しようと思ったら飛び去ってしまった。

ミクリの根元には、卵を背負ったコオイムシの姿があった。2年前のこの時期、最後の野外調査で水田を訪れていたことを思い出す。

池のほとりにあるハンノキの葉に食痕があったので、ハンノキカミキリとホソキリンゴカミキリを期待してスウィーピングを試みる。

ゴマダラカミキリが入った。2年前の早朝、野外調査地で巨大ハンノキカミキリ♀を得た時のように、死ぬ気でやらないと出会えないものなのかもしれない。

さあ、もう11時になってしまった。そろそろ戻って、トゲアリの巣を一応見に行ってみるとするか。たぶん、今回も空振りに終わるだろうけど。でも、今日は心の迷いもなく歩くことができたし、もう十分だ。樹液の前でのんびり虫の飛来を待って、涼しくなったら帰ろう。

実際のところ、朝の巡回で影も形もなかった時点で、ほぼ諦めていた。所詮、私には縁の無いものだったのだろう、と。

第1ポイントに到着する寸前、10mほど手前に来た時だったか・・・。言葉ではうまく表せないが、何か今までにない気配を感じ、その場に立ち止まった。後から考えると、樹洞の入り口はちょうど死角にあり、音が聞こえる距離でもなかった。でも、確かに、コナラの木の陰に、何かがいる気がする。7年3ヶ月の虫屋歴の中でもそう多くはない、この感覚。ふーっ、と大きく息を吐き、長竿を構え、一歩一歩、慎重に近づく。

ゆっくりと顔を近づけて、斜面に開いた樹洞の入り口を覗き込む。そこには、黄緑色に輝く小さな玉が、鎮座していた。

こちらの気配に気づいたようで、離陸してホバリングを始めた。薄暗い木の根元に浮かぶその姿は、なんと美しいことか。はやる気持ちを抑えて体を硬直させると、安心したのか着陸した。

ついに、出会ってしまった。最初だから採集しようと、長竿を握る両手に力を込める。でも、すぐには飛び立つ気配がないのを見ると、カメラにも意識が向かう。採集と、撮影と、どちらにしようか決心がつかないまま、10秒が経過。そんな私の心を見透かしたかのように、再びホバリングを開始。これは逃げるかもしれないと、慌てて長竿を握る。だが、コナラ幹、潅木、枯枝、地面の空間的配置が複雑で、うかつに網を振れない。必死で網の軌道計算を試みるが、焦っていては一向に終わらない。光る玉は1mほど浮き上がった後、林の中へ消え去った・・・。

「もう一度、チャンスは必ず訪れるはずだ」

何もできなかった自分を責めている場合ではない。空振りでもいい、今度は絶対に網を振るんだ。樹洞付近の物体の空間配置を確認して、荷物とカメラを置き、長竿だけを持って、樹洞が見える位置に座り、その時をじっと待つ。

6月下旬の蒸し暑い正午前、太陽は真上から照りつけ、木漏れ陽が鹿の子模様となって地面に浮かび上がる。

10分ほど経過した頃だろうか。特徴的な翅音とともに、再び光る玉が幹の影から現れ、樹洞付近へと降りていくのがはっきりと見えた。ゆっくりと忍び寄ると、さっきの光る玉がほぼ同じ位置に鎮座していた。

60cm口径の網を回り込ませるには、ちょっと空間が足りない。光る玉の方は今回はなぜか落ち着いていたので、網を斜めに傾けて、なんとかねじ込むことに成功した。後は、網の枠でちょっとつついて、飛び立ったところで一気に振り抜くだけ。

軌道のイメージは完璧にできた。心を落ち着かせ、網の端で、光る玉をつつく。

予定では、触れた瞬間に飛び立つはずだった。しかし、実際にやってみると、なんと横へ2歩動いて止まったではないか。予想外の反応に焦り、さらにつついてみると、ようやく飛び立った。その瞬間、最初に描いた軌道の通り、網を振り抜いた。でも、光る玉はわずかに外れた位置を飛んだため、地面に伏せた青いメッシュネットは、静まり返ったままだった。

「2度あることは、3度ある」

危険を感じて飛び去ったのに、また戻ってきたではないか。大丈夫、きっと、3度目のチャンスが訪れるはずだ。メマトイとカの攻撃をしのぎながら、時を待つ。

そして、10分後。

ブーンという翅音とともに、今度は高い位置から光る玉が降りてきた。さすがに警戒しているようで、樹洞まで降りることはせず、その上にある潅木の葉に着陸した。

これは、絶好のチャンスである。いくら大きな眼を持つアリノスアブとはいえ、葉に止まってしまえば下方は死角になるのだ。網を下からゆっくりと近づけていくが、まったく気づいていない。60cmの網の中心のちょうど真上に、アリノスアブが位置するようにセット。志賀昆虫普及社製 軽合金四折枠の強度を信じて、渾身の力を込めて、枝ごと引きちぎるように、下から上へ網を振り上げ、空中で網を返して地面に叩きおろした。


ケンランアリノスアブ (オウゴンアリノスアブ)
Microdon katsurai Maruyama et Hironaga, 2004

3度目のチャンスで、ようやくこの手に収めることができた。林内の薄暗さと、手の震えでまともな写真になっていない。標本にすると失われてしまう、この素晴らしい輝き、これを見たいがために、4週連続で通ったのだ。

慎重にチャック付きポリ袋に収め、誰もいない林の中で何度もガッツポーズ。すると、またも光る玉がコナラの幹を巻いて降りてきた。

またも掬いにくい樹洞の入り口に着陸したが、すでに最初の一匹を手にしている余裕と、先ほどの失敗経験がある。軌道計算をしているうちに飛び立ち、私の右脇を抜けて林の中へ。しかし、そう簡単には逃げられない。実は、右斜め後ろは私の射程圏内である。視界から脱出して安心した瞬間、死角から高速で現れる網を回避できる虫は少ない。

あっという間に2匹目を手にする。裏側も豪華絢爛。いずれも♂である。

この後、1時間ほど粘るが追加は得られなかった。昼を過ぎると飛来しないような気がするが、2匹採れればもう十分。後は平地に戻って適当に歩いて帰ることにしよう。

薄い雲がかかってきたが、地面からはものすごい熱気が伝わってくる。

タラノキ畑にはセンノキカミキリが大量発生中。

柑橘系の香りで振り返ると、カエデの幹にアオカミキリの羽化脱出孔。今まで何回か通っているが、惜しいことに全然気づいていなかった。さすがにもう発生終了だろうが、そうするとさっきの香りは何だったのだろう・・・。

晩冬に見つけたアカマツ衰弱木は、すべて丸太に化けていた。

新しい羽化脱出孔がけっこうある。マツノマダラカミキリに間違いないだろう。松枯れが有名になった今となっては信じられないかもしれないが、かつてマダラヒゲナガカミキリと呼ばれていた頃は珍種であったという。

害虫扱いとはいえ、カミキリムシそのものは簡単に姿を見られるわけではない。灯火採集で得ることが一般的で、材採集までして得ようとすることもある。確実に出会いたいならば、アカマツ新鮮丸太の夜間巡回がおすすめ。

でも、どうしても昼間に見たいならば、アカマツの若枝を後食してるところを狙うのだ。

発生木が近くにあると、わりと簡単に網に入る。

こんなところで里山を後にした。

まだ日暮れまで時間がだいぶあったので、摩耶山へ転戦。セダカコブヤハズカミキリの♀を探すが、今回も見つからず。日没を前に山頂に急増するカップルを眺めていたが、不思議と心の中は寂しくならなかった。今はまだ遠い世界のことだけど、いつかは変わる日が来るのだろう。もし神戸にいる間に心の支えにしたい人が見つかったら、一緒に来よう。ヘッドライトの明かりを頼りに、イノシシを追い払いながら山道を下っていった。


4月に初めてトゲアリを見つけた時に、ふと頭に思い浮かんだイメージ。ケンランアリノスアブ採集経験者 sundogさんのアドバイスも受けながら、2ヶ月余りを経て、ようやく現実のものとなった。今月はいろいろ心の浮き沈みが激しかったが、心のバランスを取るために通い続けて、本当によかったと思う。

翌日、再びあのコナラの樹洞を訪れた。

薄曇りで条件は良くないが、それでも来てくれた。

今日はこの1♂のみ。生息環境も条件もなんとなくつかんだ気がするので、♀は、またいつか採れるだろう。


第3ポイントのそばにあるため池の主

このクサガメ、驚いたことに両目がない。近寄っても全然逃げようとしなかった。甲長は30cm弱、不自由な体でよくここまで大きくなったものだ。残された命があとどのくらいあるかわからないが、またいつか会おう。

帰り道では、目についた虫を少しだけ採集。


アオマダラタマムシ

ソヨゴ伐採木にいた。


シラホシハナムグリ

白紋が発達していたのでこれだけ採集。


アオカナブン

樹液の近くを飛び回っていた。

バス停のそばの水路にも虫影があったのでちょっと寄り道。


コオイムシ

幼虫から成虫までかなりの個体数がいた。研究室で3年間つきあっただけあって、コイツの気持ちはよくわかる。

さあ、いよいよ夏本番。充実した6月の週末を、どうもありがとう。

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