摩耶山:樹皮下で冬を越す虫

2009.Feb.22

2月も下旬に入り、少しずつ暖かい日が増えてきたものの、古来より虫が這い出す日とされる啓蟄にはまだ早く、多くの虫が、さまざまな場所で春を待っている。

年明け初めての摩耶山での採集は、今回は東京から出張でいらした、えいもんさんと一緒。元々はクワガタ専門だったのが、甲虫一般に守備範囲を広げたことにより、毎日が新しい世界の発見で、とても刺激的な日々を過ごしていらっしゃる模様。どんなに都市化された場所でも何かしら甲虫を発見するその腕前、今回初めて拝見するので楽しみである。


午前11時、えいもんさんから電話。身支度を整え、待ち合わせの場所へ向かう。三ノ宮駅で無事に合流し、バスで摩耶山の登山口へ。

ここに来るのは実に5ヶ月ぶり。心肺能力の低下が著しく、いつもの感覚で歩くと息があがる。会話に支障が出ないように、なるべく、ゆっくり、足を運んでいく。

麓からすぐの場所にある展望台。低気圧の接近により、昼過ぎから雨が降るという予報が出ている。なんとか、持ちこたえてほしいところ。

展望台から少し登ったあたりで、さっそく探索開始。

えいもんさんの採集スタイルは、日記でもおなじみの「樹皮剥がし」。関東では公園などのケヤキでかなりの成果を挙げている。しかし、山の中ではなかなか難しいようなので、枯木や朽木の樹皮に目星をつける作戦のようだ。

照葉樹の切り株を物色中。葉や樹皮を見ると、どうやらヤブニッケイのようだ。切り株本体は堅くて乾燥していて、甲虫は特に見つからない。

同じ切り株で、私が目をつけたのは枯れた細枝の方。樹皮の下にはトビイロカミキリ幼虫の食痕がびっしり走っている。わりと新鮮で、羽化脱出孔も見当たらないので幼虫は確実に入っている。

同じ場所でも、人によって探索部位が全く違うという良い例となった(ノコギリを忘れたため長い枝のまま杖代わりにして歩いていたら、いつの間にか紛失した・・・)。

私が細枝を切っている間に、えいもんさんは近くの別の立ち枯れに挑戦。しかし、朽ち過ぎているからか、思うような虫は出てこなかったらしい。

そんな風に枯木を物色しながら登っていくと、伐採木置き場に到着。ここはかなり有望と見たえいもんさん、荷物を置いて粘ることに。

私は近くでカミキリ幼虫が入った枝がないか探索するが、特に発見には至らず。

一方、えいもんさんはゴミムシダマシ類をいくつか採集。キノコゴミムシダマシの一種が特にお気に入りのようだ。

振り返ってみると、昨年の私はこういう採集をほとんどしなかった気がする。関西に来てからは、どうしても西日本のカミキリを狙う傾向が強くなり、奥多摩でやっていたような甲虫全般の採集を、忘れがちになっていた。今、朽木から出てきた小さな甲虫に目を輝かせているえいもんさんを前にして、こういう地道な甲虫採集の面白さというものを再認識した気がする。

ということで、私も朽木採集に切り替え。しかし感覚が鈍っているらしく、こんなしょぼいマツの赤腐れに手を出す。

それでも、ヨツコブゴミムシダマシがそこにいてくれた。とても久しぶりにこの手につかんだ。

えいもんさんが探索を終了したところで、再び登り始める。このあたりからアカマツの倒木や枯木が増えてきたので、時々足を止めて探索してみる。


アカマツの太い切り株

この下には丸太があり、えいもんさんはそちらへ向かう。

切り株の樹皮下には、丸々と太ったウバタマコメツキsp.の幼虫。この1/3ほどのコメツキ幼虫に噛まれたことがあり、かなり痛かった。これに噛まれることを考えると、ゾッとする。

えいもんさんは初めて見るらしく、とても驚いている。実はウバタマコメツキの成虫を樹皮剥がしで狙っているそうなので、生息の証拠をつかんだということはとても心強い。

追加がないかと残りの樹皮を剥がすも、昆虫はムネアカオオアリのみ。残りはコメツキに食われてしまったのか。女王の標本は持ってないので、採集することにする。

丸太の方でウバタマコメツキが拝めるかと期待したが、叶わなかった。ヨーロッパ長期滞在の経験があるえいもんさんによれば、平地の公園でこんな倒木からラギウム(Rhagium、ハイイロハナカミキリ属)が採れるという。なんともうらやましい限りである。ここではラギウムは無理だとしても、ウバタマコメツキは確実にいる。この先にもアカマツは結構あるので、チャンスは十分にあるだろう。

ケーブル駅とロープウェー駅にだいぶ近づいた頃、林床のヤブニッケイの葉に食痕を発見。


ヒメリンゴカミキリの後食痕

幼虫の穿孔サインが見つからないかと探したが、結局見つからず。

まもなく尾根道に出て、ロープウェー駅を目指す。ここにも確かアカマツ丸太があった記憶があるので、それを探す。

ほどなく、アカマツ丸太に到着。ここも良さそうなので、荷物を置いて粘る。ちなみに、こんな丸太にはたいていムネアカオオアリが営巣しているが、それ以外の甲虫が今回はメインターゲットとなる。

私も、えいもんさんとは別の丸太の樹皮をはがす。すると、大きな甲虫が姿を現す。

「えいもんさんが探していたものを見つけてしまいました」


ウバタマコメツキ

今まで見た中で一番小さい個体。記念に、えいもんさんに献上。


通称「エビフライ」

リスがマツの実を食べた後に残る、松かさの芯の部分。存在を知ったのはつい最近で、見るのも初めて。ニホンリスか、タイワンリスか、どちらかがいるのだろう。

少し場所を移動して、再びマツの樹皮剥がし。クチキムシ、オオクチキムシなどが出てくるが、関東に比べると1本あたりの個体数が少ない感じがする。


ツヤヒサゴゴミムシダマシ

本日、2人合わせて3個体のみ。「ヒサゴ型甲虫」のファンであるえいもんさんには物足りなかったかも。アカマツが多くて分散しているだけなのか、それとも絶対数が少ないのか。

アカマツの奥に、良さそうな斜面が見えたので、シャベルで少し崩してみる。もちろん、狙いはあのオサムシ。昨年はこの近くで歩いている個体を採集しているので、絶対いるはず。


マヤサンオサムシ

30秒ほどで掘り当てる。

「タイプローカリティが採れましたよ」

私はあと1年間はいつでも採る機会があるので、えいもんさんに献上。

追加を得ようと掘り進めると、モグラの穴が出現。冬場に動けないオサムシにとって、オサムシ屋や重機と並ぶ強敵である。先ほどの個体は運良く捕食を免れたようだ。


キイロスズメバチ女王

樹皮剥がしを続けていたえいもんさんが発見。関西でキイロスズメはまだ見たことないので、ありがたく頂戴する。

そうこうしているうちに、ロープウェー駅に到着。せっかくなので、山頂まで行ってみることに。


摩耶山の山頂

東京八王子の高尾山より100mほど高い。クマザサ群落の中を通る道は前回よりもさらに拡張され、乾燥がすすんでいた。

セダカコブヤハズカミキリに逃げられた場所の近くにも、ササを刈り取って新しい道が作られていた。有名な観光地であるがゆえの整備事業なのだろうが、これではますます林床の乾燥化が進んでしまう。ここを基準産地のひとつとするセダカコブヤハズカミキリもますます住みにくくなってしまうだろうし、他の林床に生息する生物への影響もはかりしれない。仮にも特別地域であるならば、その点を十分考慮した整備が必要であろう。

時間は午後3時前。なんとか持ちこたえてきた天気も、そろそろ限界。名残惜しいが、このあたりで下山することに。

ロープウェーに乗っている最中にかすかに雨が降り、ケーブルカーを降りる頃にははっきりと雨の軌跡が見えていた。


今日は天気を気にしながらの短い時間だったが、えいもんさんの樹皮はがし採集を実際にこの目でみることができ、さらに登山中やバスの中で伺ったいろいろなお話から、今までの自分の採集および人生に足りなかったものを得た気がする。また、ご自宅と私の実家はかなり近いので、採集ポイントや環境についてかなりローカルな話ができるのもうれしかった。

今日は拙い道案内にお付き合いいただき、どうもありがとうございました。いつの日か、転勤で関東に戻った際にはよろしくお願いいたします。

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