裏山のコブ

2009.Jun.7

自宅の玄関を開けると、いつも山が見える。どんなに曇ってても雨が降ってても、山影は見えるほど近い。街の人は道順を教える際に「山側」「海側」と言うほど、なじみ深い山である。

過剰伐採でハゲ山となり植林で緑が蘇ったという歴史を持つこの裏山、実は2種類のコブヤハズカミキリ類の基準産地となっている。山の名を冠した方はここ30年ほど採集例がなく、残念なことに絶滅の可能性が極めて高い。

もう一方は、21世紀以降も細々と存続していて少ないながら採集例も報告されており、私も昨年、林内の伐採木で食事中の1♀に遭遇している。悔しいことに、突然の出会いで間合いを計れずに逃げられてしまう。その後、何回か日を改めて訪れたものの、結局見つけることはできなかった。

あれから1年、またコブが枯木に集まる季節がやってきた。来年は神戸にいられるかわからないので、今年がラストチャンス。この1年間の修行の腕試しとして、久々に裏山へ。


昨日の採集で予想以上に疲れたので、今日は体力温存で現地入り。


バス


ケーブルカー


ロープウェー

あっという間に山頂に到着。青空が少しずつ広がる中、無数のテングチョウが翅を休めている。

気温は18℃ (10:50)。街中よりも少し涼しい。

さて、今日の目的はただひとつ。時間がもったいないので目的地へ急ぐ。

舗装道路を歩いて移動していると、周辺視野が反応。道端のアジサイの虫影を捕らえる。今日はかなり調子が良い。


ヤツメカミキリ

ここでは未採集なのでしっかりとタッパーに収める。

上を見上げると、サクラの葉に食痕があった。探せば他にも見つかるだろうけど、特に深追いせずに先へ進む。

しばらくして、湿度の高い斜面に到着。まずは、昨年の遭遇場所へと進む。


1年前の遭遇地点

サクラの丸太の上に乗った細い広葉樹の樹皮を、小さなメスが黙々とかじっていた。そんな姿を思い出しながら、慎重に一周して眺めてみるがみつからない。まあ、そう簡単に会えるなら超有名産地になってることだろう。

さて、ここから少しずつ探索範囲を広げていくことにしよう。特別保護地区がすぐ近くに迫っているので、なるべく反対方面へ。

この1年間、初夏のコブがどんな場所にいるか、あれこれ想像してきた。「四国のカミキリムシ」の掲示板に投稿される四国のコブ探しの風景や、広島のムシムシQさんの貴重な経験談によって具体的なイメージが固まったので、それに合致する場所を見つけるべく、斜面を徘徊する。

古すぎず、新しすぎず。

地面と接している木は、湿ってて良い感じ。

樹皮がしっかりしているのが重要。

キノコは好きらしい。

切り株だったら根元かな。

照度も関係するのかな。

孤立してても構わない。

短くても状態次第で。

無数のムネアカオオアリとダンゴムシに惑わされつつ、探索を続けること1時間20分・・・・


クロナガキマワリ


クワサビカミキリ

他には小型のオオキノコ類と、デオキノコムシくらい。このあたりにいることは間違いないのだが、なかなか厳しい。

さらに探索範囲を広げようにも、こんな明るい乾燥した環境ばかり。休憩と気分転換を兼ねて、別の虫を探しに行く。


コマルハナバチ

アジサイの葉の上で休息中。

オスなのでつかんでも刺されることはない。小学生の校庭のネズミモチの花に飛んでくる彼らは、同級生たちの良き遊び相手になっていたものだ。

しばらく歩いて、ポイントに到着。・

手前の木は昨年から皮一枚を残して折れている。奥の木は昨年よりもだいぶ弱ってきたようだ。

衰弱の原因は、シロスジカミキリ。これだけ入れば折れない方が不思議なくらい。

衰弱しているものの、まだ若葉をつけている。折れている方の木も、斜めになりながらも同じくらい葉がついている。この時期なら、きっと成虫が活動しているはずなので、直立している方の木に張り手を3発くらわす。


シロスジカミキリ♀

鈍い音とともに落下し、続いてキイキイという音がしたのですぐわかった。昨年は木を蹴っても落ちてこなかったので、今年ようやく採集できた。

さて、そろそろ気分転換も終わり。再び、コブがいる林の中へ戻ることにしよう。

今度は、沢沿いへ。樹冠もほとんど塞がっていて、湿度が保たれている。なんとなく、さっきよりも居そうな雰囲気が漂う。先ほどの場所よりも傾斜が急だが、かまわず枯木を見ていく。

しっとり湿ってて、なかなか良さそうに見えるのだが・・・・。

まだ探索再開から10分、まだまだこれから・・・。

あれ、なんか違和感があるぞ・・・・。

気配には敏感なので、不用意に動くのは禁物。落ち着いて、遠くから観察するのが一番のポイント。

薄暗い林内で18倍ズームを手持ちで使うとまともな写真にはならないが、この眼には、その姿形がはっきりと、鮮明に見えている。オスだ。

ちょっと角度をずらして撮影するが、これが限界。

すでに昨年出会っているとはいえ、まったく緊張しないのは自分でも驚くくらい。枯木のまわりはすっきりしているので、たとえ落ちても見失うことはない。まずは、手が届く位置まで歩み寄ることにしよう。

斜面をそっと歩いて、コブと正対する位置に回りこむ。さあ、あとは両手を伸ばして慎重に取り押さえるだけ。でも、両手はカメラに伸びた。たとえ落ちても、見つけ出す自信があるから。

まずは、遠めから。

まだ寄れる。

もうちょっとだけ。

さて、次はこの生息環境をどのように写しこもうかな・・・・。

ふと眼を離したスキに、落下・・・・。ああ、もう少し構図を練る時間が欲しかった。

落ちる範囲は限定されているので、落ち着いて探す。

無事に、再発見。


セダカコブヤハズカミキリ原名亜種

基準産地で、2年目にしてやっと出会うことができた。

手前のササに隠れているのが、コブがいた枯木。この山では、こんな環境が好みらしい。

追加を狙ってしばらく周辺を探索するも、見つからず。まあ、1匹採れればもう十分、もう帰ろう。

それでも、途中でちょっとだけ寄り道。

「さっきの場所にいるなら、ここにもいるだろう。」

寄り道して10歩ほどの位置にあった、モミの伐採枝。

こんなに簡単に見つかっていいものか・・・。

これもオスだ。もう、これで十分。今度こそ本当に帰ろう。

「これでもう、心の支えになる人は今年いっぱい見つからないだろう・・・」

「いや、今年は手中に収めたんだから、むしろ縁起が良いかも・・・・」

頭の中で響くふたつの声。でも、とにかくカミキリ屋の憧れである基準産地個体をこの手に収めたのは事実。心の中がどうであれ、せめて山の中にいる間は、それだけで満足していようではないか。


2年目にして、ようやくセダカコブヤハズカミキリをこの手に収めることができた。オサムシの基準産地個体も得ているので、この山を「裏山」と呼んでもバチは当たらないだろう。

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