奥多摩:新緑の季節

2009.May.4


秘密のツゲ群落

昨年4月に発見して以来、ここを訪れるのは3回目。

昨年11月に訪れた時には、幼虫の生息を確認した。

いよいよ今日は、終齢幼虫や成虫の姿を拝むことができるはず。

荷物を適当な場所に置いて、長竿を手に斜面を降りる。

林内の株を、ひとつずつ、じっくりと眺めていく。

高い株も、根元から梢までしっかりと目でなぞっていく。

視力の限界を超える部分は、長竿で掬ってみる。しかし、網に入るのはエサキモンキツノカメムシだけ。

どれくらいの時間が経過しただろうか。

「越冬前に分散してしまって、ここにはもう戻ってこないのだろうか?」

そんな考えが現実味を帯びてきた。

「あの時は、たしかにここに幼虫の殻が落ちていたのに」

そう思って、ふと下を向いた時のことだった。

褐色の落ち葉の上に、まばゆいばかりに輝いているものがあった。


ニシキキンカメムシの羽化殻

「ここにいることは間違いない。」

この瞬間、諦めかけていた気持ちに火がついた。

斜面を徘徊し、低木から高木まで、すべてをもう一度見直す。

「絶対に、いるはず」

日が傾き、だんだん薄暗くなっていく中で、全神経を集中させて、ツゲを見ていく。

木と木の間を移動する際には、足元に注意を払う。羽化殻が落ちている場所の近くに、成虫や幼虫がいる可能性が高いからだ。


2つ目の羽化殻

最初の羽化殻のすぐ近くに落ちていた。もしかして、登る木は限定されているのだろうか?

どのくらいの時間が経過しただろうか。このエリアに生えているすべてのツゲの木を見たが、生きて動く錦の輝きは、ついに見つけることはできなかった。

拾った羽化殻は全部で5つ。容器の中に充満する濃厚なシソの葉の香りが、羽化したのはごく最近であることを物語っていた。

ツゲ群落から舗装道路に戻ってくると、もう外灯がついていた。建物の影でしばし仮眠を取り、辺りが闇に包まれるのを待つ。

18時50分、だいぶ暗くなってきた。いつの間にか風は止み、雲が広がってきた。

気温は、14.5℃。この時期の灯火採集にはまずまずの気温だ。

既存の照明設備だけに頼るだけでなく、自前で灯火を用意する。本当は林道まで行って設置したかったが、恐怖心に打ち勝てず外灯の無い舗装道路に仕掛けることにした。

さあ、今晩の狙いは、早春の大型美麗蛾、イボタガ。

ヘッドライトを装備し、飛来した時に備えて網を持ち、誰もいない夜道を、静かにあるいていく。


オオミズアオ

初夏の大型蛾のはずだが、もう成虫が出現している。かなり綺麗だったので、思わず採集。


ハネナガブドウスズメ

この場所では初めて見た。近くに車に轢かれた個体がいたので、そちらを採集。

外灯を見て回ると、小型のシャクガがそこそこ飛来している。大型蛾も動いていることだし、これは期待できるかも。

しばらくして、大型の翅が落ちているのを発見。この模様はまさしく、イボタガのもの。先ほどから外灯のまわりを飛んでいるコウモリにやられたようだ。次に飛んでくる個体は、コウモリより先に網に入れなければ。

自前の灯火も見に行くが、ほとんど虫が来ていない。やはり、他の光源が見えない場所に設置するべきだったか・・・。

巡回ルートを何往復した頃だろうか。とある外灯の前に来た時、大型の蛾がどこからともなく飛んできた。眼に残った残像を解析してみると、翅の形がイボタガとは若干違うようだ。でも、早春に出るあの蛾かもしれないと直感し、すばやく網を振る。


エゾヨツメ♀

やはり、ヤママユガの中でもっとも早く出る種類だった。まさか生息してるとは思っていなかったので、とてもうれしい。この分なら、そろそろイボタガも飛んできているかもしれないと、期待が高まるのを感じながら、次の外灯を目指す。

灯火採集の際に、必ず思い出す格言がある。

「大物は、ちょっと離れた場所に来る」

光源の直下に飛来するものは普通種扱いされるが、光源のやや手前で待機するものはみんなの目につきにくく、それゆえに珍種とされていることが多い。今晩の狙いであるイボタガは特に珍種というわけではないが、光源直下だけでなく幅広く探すことは忘れない。

そして、20時10分、ついにその時がやってきた。灯火から10mほど離れたバス停のそばを照らすと、見覚えのある影が浮かび上がった。


イボタガ

手のひらほどもある大きさもさることながら、この繊細で味わい深い模様がたまらない。学生時代に山梨県で出会って以来、4年ぶり。

裏側はこんな感じ。腹にも模様があって、なかなか凝っている。

気温を確認してみると、13℃。雲が空を覆っているため、放射冷却による温度低下が食い止められている。

そして、横の電柱を見ると、またしても大きな影を発見。


イボタガ

本日2匹目。

ちょっと驚いたようで、翅を広げて威嚇してきた。後翅の黒い模様が、まるで口のように見える。展翅標本からは想像できない姿を見られて、とても満足。

2匹見られれば、もう十分。明日もあるので、そろそろ寝ることにしよう。

いつもの場所は雨が降ると濡れるので、屋根がある場所へと移動する。

到着直前、道端に大きな蛾が静止しているのを発見。


エゾヨツメ♂

特に狙っていないのに、1ペアに出会うことができるとは。後翅の青い目玉がとても綺麗なのだが、逃げそうだったのですぐに捕獲。1日目の締めくくりとして、よいものが見られた。


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