奥多摩:霧中の樹洞とノリウツギ

2009.July 31

南アルプスでの3泊4日の採集(修行)を終え、夏休みの前半が終了。後半に向けて1日ゆっくり休んで、次は奥多摩へ。つい数日前まで2800mの森林限界を歩き回っていたことを考えると、奥多摩にある1900mの亜高山帯は、目と鼻の先ほどに感じられる。誰でも気軽に調査できるわけではないこのエリア、行けば必ず新しい発見がある。その下に広がるブナ帯でも、まだまだ探すべき昆虫は残っている。自由に動き回れる今のうちに、やれるだけのことをやっておきたい。

出発直前の夕方、西の空は完全に雲に覆われている。1泊2日の予定でいるが、予報ではいずれも「雨に近い曇り」。翌朝の空を見て、亜高山帯か、ブナ帯か、林道沿いか、判断することにしよう。


7月30日夜、終電より1本前で奥多摩駅へ。

おなじみの、駅舎。夕立があったようで、路面が濡れている。

ふと地面を見ると、クロカミキリの姿を発見。人に踏まれたようで前胸の傷が痛々しい。

体力温存のため灯火めぐりはせず、早々と眠りにつく。

翌朝、5時起床。背後の山々が深い霧に覆われる中、いつもの灯火ポイントへ。

おなじみのトンネル。早朝は車の往来がないので、ゆっくりと蛾像収集に専念できる。


ウスムラサキノメイガ


アミメマドガ


シャチホコガの一種

何回も通っていると、さすがに見たことある種類が増えていくが、何度訪れても初めての種類が必ずいくつかは見られる。この日は初登場の種類がわりと多かった。

また、普段は甲虫の影はほとんどないのだが、今朝はわりと多く集まっていた。


ノコギリカミキリ♂


ドウガネブイブイ


フタオビホソナガクチキ

他に、ルリツヤヒメキマワリモドキが2匹。一通り撮影したところで、バスの発車時刻が迫っていたので急いで戻る。

ついに、ICカードが使えるようになったらしい。残念ながら関西圏の「ICOCA」は使えなかったが。

新しく設置された張り紙。たいていはクマの方で用心していて逃げてくれるので問題ないが、それでも山に入る時は獣の気配にいつも気を配っている。

最近出現した新たな脅威。さすがに越冬できないとは思うが、鈴を鳴らしても逃げてくれないので厄介だ。

ひととおり情報収集した後、バスに乗り込み、いつもの集落へ。

集落は霧に覆われており、山はほとんど見えない。これでは、亜高山帯に行くのは断念せざるを得ない。


谷の様子

このあたりは比較的霧が薄い。

気温は18℃ (7:05)。雨が降ったわりには気温は高めだ。

さあ、どうしようか。

ブナ帯へ登るか、林道沿いを歩くか。

これまで見てきたポイントの記憶を呼び起こし、季節推移を微調整して総合的にイメージした結果、ブナ帯に登って秘密のノリウツギを掬うのが良いという結論に達する。亜高山帯用に持ってきた寝袋と灯火採集セットを隠して、登山口へ向かう。

心臓破りの急登を進んでいく。南アルプスの登山道と比べて距離ははるかに短いのだが、疲労度は倍以上。その理由を図に表すと、次のようになる。

南アルプスでは段差があるものの平坦な部分がわりと多いのに対し、奥多摩のこの急登では、道が斜めになった状態が延々と続く。そのため、ふくらはぎに常に力を入れていることになり、疲労が一気に蓄積する。

5分ほどで登りきり、谷の奥へと続く道を歩いていると、雨が降り出す。100円均一のカッパを取り出して着てみるが、その勢いはどんどん増していき、これ以上登るのが怖くなった。朽木に静止していたムネアカクシヒゲムシ1匹を持ち、来た道を引き返す。

まさか、こんな中途半端なところで諦めるとは。こんな弱気になる自分は初めてで、呆然としながら河川敷を徘徊する。カエデの樹洞が意外と多く、初夏にはヒラヤマコブハナが出てくるのだろう。

抜け殻のように徘徊すること20分、雨が突然止んだ。雲行きをうかがうと、しばらく雨は降りそうにない。

「行かないで後悔するよりも、行ってから後悔しろ」

昆虫採集の格言のひとつを思い出して覚悟を決めて、再び急斜面にとりつく。迷いを振り切って覚悟を決めた時、不思議な力が宿るもの。先ほどは登り始めてすぐに心肺能力の限界に達したが、今度は息も切らさずに、さらに早いペースで登っていく。

休むことなく歩き続けて30分後、標高差400mを登りきり岩場に到着。濃霧のため、展望はまったくなし。

シナノキは裏年で、花が咲かなかったようだ。葉を後食に来るシナカミキリももう遅いだろうが、一応掬ってみる。


トゲバカミキリ


ウスイロトラカミキリ

意外な2種が入ったところで、先へ進む。

林内に入っても、霧で先が良く見えない。それでも、院生の頃に通い詰めた鮮明な記憶があるから大丈夫。標高1000mを超えて運動能力が急激に高まるのを感じながら、先へ進む。

いつも気になっているツガの樹洞。大きなハナムグリを狙って何度かチェックしたが、縁がなかった。

今回久々に覗いてみると、虫糞が落ちている。これは、もしかして・・・・。

LEDライトを上に向け、洞の上方を覗いてみると、なにやら大きい虫が動くのが見えた。

「これは、間違いない」

奥へ逃げる前に、左手を突っ込んで素早くつかむ。


オオチャイロハナムグリ

舗装道路で交通事故に遭ったのを見つけてから2年、ようやくお目にかかれた。オスは「ジャコウ臭」「バナナの香り」と形容される特有の香気を発するが、鼻を近づけてもかすかな香りしかしない。裏返して腹を見たところ、どうやらメスのようだ。オスが奥にいないかとさらに探してみるが、カマドウマしか見当たらない。かすかな香りはオスに出会った証拠、飼育のため大事にタッパーに収納する。樹洞の奥をさらに覗き込んでみるが、カマドウマしかいなかったので先へ進む。


ミズナラの立ち枯れ

天気さえ良ければ、クロホソコバネカミキリが徘徊しているはず。居残り個体を期待して一周眺めてみたが、何もいなかった。


ミズナラ倒木

初めてここを訪れた4年前からある。もう朽ちてしまっていて、夕刻にコバネカミキリを期待するくらいしかない。


部分枯れがあるミズナラ

この木も来る度にチェックしているが、今日は何もいない。


ミズナラ樹液ポイントその1

4年前から毎年のように樹液が流れ出る。いつもはキイロスズメバチがいるのだが、今日は小さなハエすらいない。


タンナサワフタギ

このエリアは特に生育密度が高く、立ち枯れもそこそこある。トガリバホソコバネカミキリには少々時期が遅いが、つい根元を探してしまう。


この山のシンボルであるミズナラの巨木

部分枯れにはきっとヒゲジロホソコバネカミキリが来るのだろうが、残念ながら今は根元に近づくことができなくなってしまった。柵を作らせたという人と集落で話をしたことがあるが、その作業で生木を切ってたことは知ってるのだろうか。ともかく、東京都未記録のネキは別の立ち枯れで探さねばならない。ミズナラに別れを告げて、さらに先へ進む。

ここからしばらく、斜面を登りながら、点在する立ち枯れと樹液ポイントを見ていく。


ミズナラ樹液ポイントその2

根元の方に細々と樹液がしみ出ている。

近づいてみると、チャイロスズメバチが2匹来ていた。今年もこのエリアで巣ののっとりに成功したようだ。神戸市(2ヶ所)、南アルプスに続き、今年4ヶ所目の発見。今年は各地でよく出会うものだ。


ブナ立ち枯れ

ネキにはちょうど良い具合に朽ちているが、あいにく何も見つからない。だが、その後ろにあるリョウブの根元には洞があり、チャイロスズメバチが出入りしていた。これで巣を見つけるのは2回目。このハチには不思議な縁がある。


ミズナラ樹液ポイントその3

以前、巨大なコクワガタが来ていたことがある有望ポイント。

チャイロスズメバチが占拠していた。巣が近いとさすがに個体数が多い。

さらに登り続けると、かつてのスズタケ群生地に到着。枯れたスズタケはだいぶ土に還ってしまっているが、復活のきざしもみられる。来年はどうなっているだろうか。

ここまで登ってくると、少し空が明るくなってきた。もしかしたら、秘密のノリウツギに着く頃には晴れ間が出るかもしれない。かすかな期待を抱きながら、引き続き立ち枯れ・樹洞をチェックしながら進む。


ミズナラの樹洞

顔を近づけてみると、甘い香りがする。オオチャイロハナムグリのオスがいるはずと思い、必死に探す。顔を中に突っ込んで、ライトで洞の隅々まで照らして探すが、カマドウマの群れがうごめくだけ。昨日までこの洞でメスを待ち続けていたけど、どこかへ飛んでいってしまったのだろうか。

洞の内壁には、丸い脱出孔がいくつも空いていた。樹洞の中に穿孔するカミキリムシの姿がいくつか思い浮かぶが、一体何者なのだろうか。


ミズナラ樹洞

これは人が雨宿りできそうなくらい大きい。クマ撮影用の無人カメラが設置されていたこともあるので、ちょっと警戒しながら覗く。しかし、カマドウマ以外は何も見つからなかった。

そうこうしているうちに、木漏れ日が林床を照らす。この瞬間を待っていたのだ。すぐ近くにある秘密のノリウツギ目指して、一直線に進む。

リョウブは花盛りをやや過ぎたくらい。ということは、ノリウツギも必ず咲いているはずだ。

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