奥多摩:谷の奥のサワグルミ

2009.Aug.22-23

8月も中盤に入り、カミキリムシのシーズンもそろそろ終盤。晩夏の大物や秋のコブ叩きを考える時期になってきた。そんな中、奥多摩でとあるカミキリムシが採れたという情報が舞い込む。

オオアオカミキリ

山地に生息し、盛夏~晩夏に出現する、青緑色の金属光沢を持つ大型美麗種。昼間は花に集まり、夕刻になると産卵のためサワグルミの衰弱木に飛来する。

この知らせを聞いた時、東の方から声が聞こえるとともに、頭の中にある光景が浮かんだ。清らかな水が静かに流れる「谷の奥の交差点」にそびえるサワグルミの巨木、その枝が折れているところに、青い影が音も無く飛来する。

気づいたら、いつものように荷物を準備している自分がいた。サワグルミ1本狙いでは面白くないので、副産物を含めて行動計画を練る。不安定な心に若干の変化が生じてきている今、自分なりに試練も課してみることにしよう。


金曜の朝、駅のコインロッカーに荷物を預け、いつものように全力投球で仕事を終える。夕暮れが迫る中、コンビニでおにぎり20個を買い込み、東京へ向かう電車に乗り込んだ。

乗り換え案内では表示されない乗り継ぎをして、日付が変わる頃に奥多摩駅に到着。いつもの場所に移動し、夜を明かす。

翌朝、5時起床。荷物を持ち去られるおそれはないので、カメラとLEDライトを持っていつもの場所へ。

いつものトンネルで、蛾像収集開始。


スジクワガタ♂

この場所では初めて見た。甲虫の姿はいつも少ないのだが、この日は今までで一番多く見られた。


ツマグロシロノメイガ

初めて見るなかなかの美麗種。何度訪れても、必ず新しい種類が見られるので面白い。


コウモリの一種

フサフサした丸い体が実にかわいらしく見えた。

30分ほどじっくり蛾像収集したあと、寝床に戻って荷物をまとめ、駅に向かう。

空は晴れに近い曇り。気温が上がれば雲の間から日が差すだろう。

捻挫した右足は日常生活には支障ないほど回復したが、奥多摩の斜面を徘徊するには不安が残るため、サポーターを着用する。

始発バスに乗って、最奥の集落を目指す。今日の乗客は私を含めて3名のみ。

バス停から歩いて集落を抜け、採集場所へ向かう。路面が濡れているので、夜に雨が降ったようだ。


いつもの谷の様子

右手前のトチノキにはたくさんの実がなっている。

気温は19℃ (7:20)。まずまずの気温だろう。

状況を確認したところで、8km先にある「谷の奥の交差点」へ。

まずは、林道歩き。久々に歩くので、木々の配置や季節推移を確認しながら進む。

リョウブは遅咲きの株があるのだが、すでに散っている。

タマアジサイはあちこちで満開。だが、この花はカミキリムシには人気がない。

キク科?の花。樹木はともかく、草花はよくわからない。


イタドリ

これは意外とカミキリムシに人気がある。オオアオカミキリが飛来するかもしれないと注意して見ていくが、ハチしかいない。

淡々と登っていくと、イッシキキモンカミキリの御神木に到着。いつもお世話になっている方々を案内して訪れてから、もう3年が過ぎた。

このエリアで有数の集虫力は健在のようだが、あいにく主は不在。まあ、今日はこれが狙いではないので深追いしないことにしよう。

9時50分、林道終点の駐車場に到着。曇っているものの、雲は所々薄くなっている。しばらく休憩してから、登山道へ踏み込む。


第3の道への分岐点

迷いようがない場所にある道標は、隠された道がある証拠。右手の植林へ向けて、薄い踏み跡がみえる。重い荷物をここに置いて、身軽になって動き回ることにしよう。

オオアオカミキリの活動まではまだ時間があるので、先にトラップを設置することにする。

第3の道を登っていくと、良さそうな枯れ沢がある。

ここぞという場所を掘って、コップを埋め、蛹粉を仕込む。狙いはチチブホソクロナガオサムシとプテロ(ナガゴミムシ類)。

トラップ設置が終わったところで、谷の奥へと歩き出す。

このあたり、ツガがそこそこ生えている。渦巻き模様が浮き出ているので期待しているが、今日は降りてきそうもない。

歩いているうちに、だんだん日が差し込んできた。

谷の奥の交差点に到着<。2007年の大雨の爪痕は、だいぶ薄れてきている。

谷底を流れる清らかな水には、たくさんの魚影が見える。

そして、サワグルミの巨木。発見したのは2007年で、その後2008年にも訪れている。

回り込んでみると、株立ちした幹のうち2本が折れている。これも2007年の大雨の影響。下の幹にはすでにキノコが生えており、オオアオカミキリの飛来は絶望的。上の幹は、まだそれほどでもないように思える。

さらに、周辺を探索してみると、サワグルミの丸太を発見。近くに切り株もあったので、新しくできた橋の材料にされたようだ。

さらに探索すると、サワグルミの古い立ち枯れに虫影を発見。


オオチャイロハナムグリ

先月に引き続き、2回目の遭遇。今回も♀だったので、飼育のため持ち帰ることにする。

まだまだ夕刻には時間があるので、さらに谷の奥に進み、隠された道から斜面に登って別の虫を探索することに。


ブナの立ち枯れ

2007年晩冬、就職直前の先輩D氏と訪れた際に、ルリクワガタ幼虫を削りだした木。2008年冬に再び訪れた際には、成虫が入っていた。

今年も、産卵が行われたようだ。かなり良い条件の立ち枯れであることがうかがえる。あと何年、ここで発生を繰り返すのだろうか。


ミズナラの立ち枯れ

すでに夏のカミキリムシの時期には遅いが、ホソコバネカミキリ類の生き残りがいないか見て回る。

倒木にも目をやると、オニクワガタが徘徊していた。

今まで、ここはミズナラ林と思い込んでいたが、実はイヌブナ・ブナがかなり生えている。まだ見ぬヨコヤマヒゲナガカミキリを探して、斜面を徘徊する。


昨年の羽化脱出孔

原生林では基本的に生息密度は薄い。集中分布する環境というものは理解しているのだが、時間潰しのついでで到達できるような場所ではない。

斜面徘徊を続けているうちに、雲行きが変化していることに気づく。そういえば、天気予報では雨が降るかもしれないと言っていた。オオアオカミキリは夕刻に活動するということだが、時間にとらわれることなく、まわりの明るさで判断するはず。もしかしたら雨が降る前に動き出す個体がいるかもしれないと思い、サワグルミの巨木へと戻る。

幹を見渡せるポジションに陣取り、青い影が飛来するのを待つ。

ところが、待てど暮らせど何も飛んでこない。近くにある丸太も時々見に行くが、何もいない。もしかして、この木はサワグルミに良く似たシオジなのか?

識別ポイントとなる樹皮をめくってみる。濃色であればサワグルミだったか、シオジだったか・・・。でも、この幹につながっている細枝からはキモンカミキリが出てきてるし・・。採れない状況では、自分の記憶があやふやになってしまう。

ひとまず林道まで戻ってみると、雲が広がってきている。

まだしばらく天気は持ちそうなので、ちょっと時間つぶしに林道歩きをする。


ヌルデの花

あちこちで咲いていて、ハチとアブに絶大な人気を誇る。甲虫には不人気で、オオアオカミキリは期待できるはずもない。


オヒョウ

サペルディーニ(Saperdini、トホシハナカミキリ族)が集まることで知られ、葉裏を覗くと葉脈に沿った後食痕が無数にあった。ここに生えているのは知らなかったので、来年が楽しみだ。


アサギマダラ

林道上をフワフワと飛んでいたのでネットイン。


キベリタテハ

このチョウを見ると、秋の気配を感じてしまう。

そして、ここでもサワグルミを発見。枝からは特徴的な実が垂れ下がっている。これがシオジとの識別点となることを思い出し、再び谷底へ。

駐車場に戻ると、雲は思ったよりも広がっていなかった。ただ、秘密のノリウツギは霧に包まれていることだろう。

登山地図では谷底まで25分を要するとされているが、10分ほどで到着。

例の木を見上げて見ると、長く垂れ下がった実があちこちにある。確かに、この木はサワグルミで間違いない。

再びサワグルミ巨木と丸太の間を行ったり来たりするが、虫そのものをほとんど見かけない。

どのくらいの時間が経った頃だろうか。丸太のそばにあるサワグルミの樹皮から、緑の光が飛び立った。必死に長竿を振るが、痛恨の空振り。網をかすめて、薄暗い木陰に入ったところで見失ってしまった。

見失ったあたりをしつこく眺めていると、再び緑の光が飛び立つ。今度こそ逃がすまいと、狙い定めて網を振りぬく。


ハンノアオカミキリ

網に入る瞬間、どうも体形が違うなと思ったが、やはりハズレだった。それにしても、久々に見るとやはり美しい。

その後、かなり粘ったつもりだが、青い影が飛来することはなかった。

「もしかして、木の鮮度が良くないのか?」

オオアオカミキリは衰弱木あるいは新鮮な伐採木に飛来する。2007年秋に幹が折れてからすでに2年、樹皮がつながってはいるものの、すでに幹の命は尽きているのか?

樹皮を剥がしてみると、大きめの食痕が出てきた。以前見たことがあるミドリカミキリのものに良く似ている。あいにくナタを置いてきてしまったので、明日削ってみることにしよう。

第3の道への分岐点に戻り、灯火採集の準備を進める。月齢は1.7、天気は曇りで闇夜が期待でき、蛍光灯ランタンでも十分だ。

これまでは集落の近くの外灯で夜間採集をしていたのだが、今回はじめて、山の中で一夜を明かす。夕暮れが迫る高尾山で “ある者” を発見して警察を案内した過去もあり、実は、夜の闇に対して言い知れぬ恐怖感があるのだ。そんな中、寝袋ひとつで耐えられるかどうか、自分への試練である。

灯火採集の準備が終わった後、寝床の設営。落石の恐れがもっとも少なくて、獣道を避けて、雨露を通さない十分な枝葉の量がある場所を選び、野外調査時代から愛用している寝袋を広げる。この山で最も怖いツキノワグマは基本的に昼行性なので、恐れることはない。気をつけなければならないと思っているのは、ニホンジカ。草食獣といって甘くみてはいけない。寝ている間に蹴られたり踏まれたりしたら、あばら骨くらいは簡単に折れるはず。

寝床を設置した後、体力温存のため眠りにつく。最初は顔を出していたが、蚊の猛攻を受けて仕方なく寝袋に潜り込んだ。


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