奥多摩:秋を待つ谷筋

2009.Oct.24

10月も下旬に入り、各地から紅葉の便りが届き始める季節。ほぼ毎日のようにチェックしている奥多摩リアルタイム情報でも、山の上から里の方へと、少しずつだが確実に秋が深まっていき、厳しい冬を前にして木々が最後の輝きを見せる様子が伝えられる。

日曜日に東京で用事があり、せっかくの機会なので早めに上京。金曜深夜に実家に戻り、土曜の朝から始発電車で出発。今回は狙いの虫もなく、長竿も叩き網も持たない。魂のかけらが残る奥多摩の豊かな森の中に身を置き、何千年も繰り返されてきた季節の移ろいを感じる、ただそれだけ。


朝5時、実家を出発。無事に始発電車に間に合って安心したのも束の間、南武線の人身事故により迂回せざるを得なくなる。当初の予定である第3便のバスには間に合わないかもしれない。でも、今日は狙いもないことだし、焦ることはない。新宿経由で中央線に乗り、立川から青梅線へ。

8時25分、奥多摩駅に到着。なんとか第3便のバスの発車時刻に間に合った。おびただしい数の中高年登山客が駅前にあふれ、西東京バスは臨時2台を出してこれに対応。蛾像収集は断念して臨時2台目に乗り込み、最奥の集落へ。

9時10分、最奥の集落に到着。毎度のことだが乗客の多くは途中の人気登山口で下車し、終点までやってくる登山者は3割くらいである。あいにくの曇空で遠くの山肌がかすんでしまっているが、前回の探索で昆研後輩と登った山は、2週間のうちに秋色に染まっている。

いつものエリアに向かう途中、外灯をチェック。まだ見ぬウスタビガが、そろそろ姿を現す頃ではないかと思うのだが・・・

見つかるのはヒメヤママユばかり。

2週間前とは比べ物にならないほど個体数が多い。ウスタビガが混じっていないか真剣に探すが、ついに見つからないまま定点へ。


谷の様子

ここの標高は約600m、まだ色づいている木は少ない。右手前のトチノキは台風の影響か、黄葉することなく葉が散っている。

気温は12.5℃ (9:40)。この時期としては、こんなものだろう。

温度計のまわりの電信柱には秋の蛾がそこそこ居残っている。集落内の電信柱にも多くの個体が飛来していたのだが、高すぎて撮影できなかったので、ここでまとめて紹介。


ケンモンミドリキリガ


クロオビナミシャク


キリバエダシャク

写真撮影をしているうち、ふと背後にある草むらに気配を感じる。自分でもよくわからないが、その原因を探るためじっと見つめてみる。

すると、フジの蔓から虫糞が排出されているのを発見。写真を撮影することなく、無意識のうちに手が伸びる。

蔓を裂くと、カミキリムシの幼虫が出現。おそらく、ホソキリンゴカミキリの幼虫だろう。奥多摩ではまだ採ったことがないので、大事に飼育しよう。

追加を求めて周辺のフジを眺めてみるが、そう簡単に見つかるものではない。そもそも、狙って採れるようなレベルには達していないからだろう。すぐに諦め、いつもの場所へと歩き出す。

心肺能力がやや向上し、急登を休むことなく登り切る。登山道には少しずつ落葉が増えてきているようだ。ここから先はゆるやかな道を枯れ沢沿いに進んでいく。

この前の台風の影響により、ところどころに枯葉つき枯れ枝が落ちている。これならセダカコブヤハズカミキリが簡単に見つかると思いがちだが、2週間で良好な枯れ具合になる樹種というのは意外と限られている。大部分はまだ葉が青く、探索するほどの魅力を感じないものがほとんど。比較的マシに見えたこの物件だけ探してみたが、セダカは影も形もなかった。

沢沿いを詰めていくと、ようやく雰囲気の良いエリアに出る。ここから先は登山道はないので、荷物を置いて探索を始める。一応の狙いは、ガロアムシとコルリクワガタ。

実はここ、2005年11月20日に昆研後輩たちとともに訪れたことがある。あの時は勾配と足場の悪さに恐れをなしたものだが、今の私には、ただのゆるい斜面にしか見えない。

軽々と枯れ沢を登り詰めていくのはいいが、当時は簡単に見つかったガロアムシが、まったく見当たらない。

やがて、水がしたたる場所に出る。この先には何があるのだろうか。

さらに登ると、沢筋に平坦なエリアが現れる。登山道はもとより、獣道すら見当たらず、落葉が整然と敷き詰められている、きれいな谷筋。

明るい林にはカツラの大木が混じる。梅雨時に訪れれば、妖精がたたずんでいるのかもしれない。

このあたりに来てようやく、ガロアムシが見つかり始める。


ガロアムシ幼虫

体が白色で、小さい。個体数はわりと多い。これなら、成虫が見つかるのも時間の問題。

ほどなく、成虫も発見。大アゴで噛み付いてきて、これが意外と痛い。産卵管があるのでメスのようだ。

この後、しばらく追加を狙って石を起こし続けるが、幼虫しか見つからない。のどが渇いてきたので、荷物がある場所まで戻ることにする。

谷を抜けると植林があり、しっかりした道に沿って下っていく。おそらく荷物を置いた場所の分岐に出るはず。

予想通り、登山道との分岐に到着。沢登りを省略して一気にあの谷筋へ行けることがわかった。

もう一度さっきの場所まで戻るのも面倒だったので、すぐ近くをもう一度探してみることに。成虫の発見により、本来の探し所を思い出したので、さきほどとは少しだけ違う場所の石を起こしていく。

すると、すぐに成虫を発見。この後も、石を起こしていくとポツポツと成虫が見つかった。

隠れていた場所はこんなところ。

こんなところにもいた。この場所では、沢の中心にはまったく見当たらない。

沢からの距離や、石の下の地面の様子などで住み場所を選んでいるようだ。

生態写真を撮ったところで、ガロアムシ採集はおしまい。

登山道を登り、来年に備えて新しい倒木をチェックする。

思っていたより多くはなかったが、来年が楽しみだ。

見晴らしが良い場所で色とりどりの山々をと思ったが、あいにく霞がかかっていて、この程度しか撮れない。次の機会に期待するとして、そろそろ良い時間なので下山することにしよう。

枯れ沢の出口まで戻ってきたところで、斜面の先に枯葉つき枯枝があるのが目にとまった。50mほど先にあるのだが、ひと目で超優良物件と直感した。

登山道を外れ、斜面をすばやく平行移動して接近する。

樹種はミズキ。短期間で枯れ上がるうえに、程よく湿度を保ち、葉の食感も絶妙。コブヤハズカミキリ類のお気に入りの一品である。耳を澄ませば、葉をかじる音が聞こえてきそうだ。

例年より秋が早いので、もう地面に降りてしまっているかもしれないが、せめて生息の痕跡だけでもみつけておきたいところ。まずは目視でじっくりと眺めていく。

枯葉に空いた丸い食痕、ふちはギザギザ。まさしく、コブヤハズカミキリ類のもの。写真ではわからないが、きわめて新鮮な食痕。まだ地面に降りていなければ、きっと近くにいるはず。

不安定な斜面に両手両足をついて体を固定し、両眼の感度を最大限に上げ、枯葉をひとつひとつ眺めていく。

目が合った。


イワワキセダカコブヤハズカミキリ

純粋なメスに出会ったのは、初めて。今まで縁がなかったが、ようやく願いが叶った。

これで2007年9月22日に採集した謎のメスは、ハイブリッドの可能性が高くなる。

さらに、目視探索を続ける。

また、目が合った。


イワワキセダカコブヤハズカミキリ

今度は立派な触角を持つオスだ。

2006年7月9日以来、2回目の遭遇となる。

秋のフジコブは院生時代には見つけ方がわかっていたが、奥多摩の秋のセダカはまったく見つけることができなかった。西日本に渡って2シーズンで磨いた秋のセダカ目視探索術により、遠く離れた奥多摩でもチャンスを生かすことができ、感無量である。

狙ってもいなかったのに、一度に1ペア採れて、もう十分だ。バスの時間も近づいていているので、あとは下山するだけ。

舗装道路を歩く際にも、周辺視野で足元に気を配る。もう今日の分の運は使い果たしたとは思うが、錦の輝きが歩いているかもしれないから。


アカスジキンカメムシの幼虫(赤色型)

一瞬、ドキっとしたが、前例があるのでもう騙されない。

ちょっと寄り道して、未踏の林道を歩く。チョウの採集には良さそうだが、その他の虫はどうだろうか。

「あえて狙わずにいる時の方が、チャンスは訪れる。」

奥多摩の神様からの今日のお言葉は、そんなところだろうか。いつものように意味深な言葉を胸にそっとしまいこみ、朝よりも霞が濃くなった最奥の集落を後にした。


長竿も叩き網も持たず、山歩きを楽しむつもりだったが、念願のセダカコブヤハズが採れてしまった。狙いを持たないことで精神的にも非常に楽になり、普段以上の力が発揮できた結果なのかもしれない。ようやく思い出したこの感覚で、次回も楽しんでいきたい。

バス停のベンチで撮影。まだ、お互いに興味がないようだ。

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