2009.Nov.5
暦は霜月、各地で紅葉が見頃を迎えるようになった。新聞やテレビで伝えられる山々の彩りは、毎年のことながら心を打たれる。材採集、採卵、崖掘りなど、昆虫採集の冬季シーズンもそろそろ開幕するが、雪、氷水、寒風、凍土、路面凍結と闘う修行のような採集の前に、厳しい冬を前にして七色に輝く、奥多摩の山の中を静かに歩いてみたい。業務状況を見極めて有給休暇を取得し、水曜深夜に実家へ。農工大学園祭前日の木曜日、奥多摩行きの始発電車に乗り込んだ。
7時40分、奥多摩駅に到着。あいにく爽やかな秋晴れとはいかず、雲が多い。平日だというのに、登山者が比較的多い。
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バスの発車まで時間があるので、蛾像収集へ。
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昨夜は比較的暖かかったので期待していたのだが、虫の姿は驚くほど少なかった。
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ナカウスエダシャク
秋になるとおなじみのこのエダシャクはわりと多かった。
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駅前に戻り、奥多摩で最初に開く売店でおにぎりを買い、バスに乗り込む。乗客もまばらなバスでゆったりと目的地に向かえるかと思ったのだが、出発直前に到着した電車で中高年のツアー客が押し寄せる。猫も杓子も山に登る、流行というものは恐ろしい。
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バスに揺られること30分、最奥の集落に到着。平日なのでもっと奥までバスは入るのだが、あえてここで下車。いつもと変わらぬ静かな大通りを歩いていく。
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紅葉は集落のすぐそばまでやってきている。
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谷の様子
赤、黄、黄緑、茶、それぞれに色づいている。
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気温は9℃ (9:10)。まあ、こんなものだろう。
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前回と同じく、狙いの虫は特にない。七色に輝く尾根筋を歩ければ、それでいい。
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いつものように、登山口から一歩一歩登っていく。
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前回、セダカコブヤハズカミキリが潜んでいたミズキ枯葉。もう地面に降りた頃とは思うが、いないことを確認するのも重要と思い、近寄る。
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前回は見られなかった部位に、食痕を発見。あの1ペア以外にも、この枯葉を訪れた個体がいたようだ。
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枯葉をひとつひとつチェックして、セダカがいないことを確認している中、周辺視野でふと視線を感じて、地面に顔を向ける。
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気のせいではないかと我が眼を疑ったが、
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確かにそこに存在した。
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イワワキセダカコブヤハズカミキリ♂
外から丸見えという状況は、越冬のため潜り込んだにしては不自然。探索途中に衝撃を与えてしまっていたので、その際に枯葉から落下したのだろう。まだこの時期でも居残っている個体がいるとは思わなかった。
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2回連続での遭遇という幸運に恵まれたが、あくまでも今日の目的は紅葉を見ること。尾根筋を目指して斜面を淡々と登っていく。
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しばらくすると、踏み跡を朽木が塞いでいるのに遭遇。この前の台風で上の方から転がってきたのだろう。遠目には良い朽ち具合に見えたので、顔を近づけてみる。
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ルリクワガタの産卵マークらしきものが見える。ナタを取り出し、ちょっと削ってみる。
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すぐに、蛹室が見つかった。
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ルリクワガタ♂
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ルリクワガタ♀
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奥多摩のルリクワガタ類の中で最も見つけやすいのが、このルリクワガタ。毎年あちこちに出現する状態の良い立ち枯れや倒木が、豊富な個体数を支えている。
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その天敵となるコメツキムシの個体数も、わりと多い。絶妙の朽ち具合の材に限って、ルリクワガタの代わりに豊産するもの。成虫が出てきたところで材割りを終了し、先へ進む。
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斜面を登り切ると、視界が一気に開ける。あとは、紅葉を楽しみながら尾根沿いにゆっくりと歩いていくだけ。
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七色の輝きを眼に焼き付けることに専念しながら、その合間にシャッターを押す。
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まったく同じ木でも、角度によって輝きがずいぶんと異なる。
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光のいたずらで、蛍光を放つようにすら見えることもある。
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3次元空間に広がるこの紅葉錦は、その場にいる者だけにしかわからない。あと何度、冬を乗り越えればその日が訪れるのかはわからないが、いずれ心の支えとなる人と、この尾根道を一緒に歩いてみたい。
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ゆっくりと尾根道を歩いていくと、かつてのスズタケ群落に差し掛かる。2006年9月、初めてフジコブヤハズカミキリを見つけたのがちょうどこの場所。あれから3年、朽ちずに残る倒木だけがあの頃の面影をとどめている。
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スズタケが急速に衰退した現在、フジコブはどうしているだろうか。もう地面に降りている頃だろうが、生息の痕跡だけでもつかみたいと思い、斜面を徘徊して枯葉をくまなく見ていく。
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枯れたスズタケの多くもニホンジカに踏み荒らされて土に還ってしまったが、南向きの斜面でかろうじて枯れた茎が残っているエリアを発見。
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かすかな食痕らしきものも見つかる。新天地をみつけてしぶとく生き延びていてほしいものだ。来年は移住先があるのかを突き止めることを頭の片隅に置きつつ、先へ。
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さらに上へと登っていくと、完全に冬枯れの様相を呈している。
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わずかながら、雪も残っている。この前の寒波襲来の際に積もったのだろう。
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これ以上先に進んでも、景色は大して変わらない。ちょうど正午を回ったところなので、ここで昼食。
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落葉した林から遠くの山々を見渡しながらおにぎりを食べていると、シャクガがチラチラと飛び立つ。
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ナカオビアキナミシャク
枯葉そっくりの渋い模様をしている。きっと冬の到来を告げる虫なのだろう。
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昼食終了後、ナタを取り出して冬季採集をすることに。
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狙いは、北斜面に位置する谷の始まり。主要な谷の支流としては比較的大きな谷の基点である。アルマンオサムシやチチブホソクロナガオサムシなどを期待しながら、崩れやすい斜面で足場を固めつつ、倒木を求めて縦横無尽に徘徊。
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倒木そのものはかなりあるのだが、オサムシが越冬するような物件はそう多くない。かなりの数の倒木を物色したが、出てくる虫の数は労力には比例しない。
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クロナガオサムシ
標高が高いので小型個体が多くなる。
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キイロスズメバチ
平地から山地まで幅広く分布する。
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ホンシュウキオビホオナガスズメバチ
キイロスズメに似ているがひとまわり小型で、腹部背面の黒い五角形が特徴。
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ホソアカガネオサムシ(左)
クロナガオサムシ(右)
条件が良い場所では隣りあわせで越冬することもあるようだ。
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時間ばかりが過ぎていくオサムシ探しに飽きてきて、ルリクワガタ探しに切り替える。立ち枯れはそこそこあるのだが、状態が良いものとなると限られてくる。
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そして、状態が良いものに限ってコメツキムシ幼虫の巣窟となっている。だんだん日も傾いてきたので、下山しながら立ち枯れを見回っていく。
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どれくらい下ってきた頃だろうか、1本の崩れた立ち枯れに出会う。近寄ってみると、すでにカラカラに乾燥していてルリクワガタどころではない。だが、何かが呼んでいたのだろう。無意識のうちに、浮いた樹皮を右手でつかみ、剥がしてみた。
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樹皮が完全に剥がれる前に、その下に隠れていた青い影が視界に入る。
「これは、豊かな自然林にしか生息できない、あの甲虫ではないか。」
次の瞬間、一緒にはがれた木屑とともに、根元へ落下。
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落下軌跡をイメージし、周辺視野の感度を本日最大まで高めて、探す。
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じっと見つめて10秒後、幸運にも再発見することができた。
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ルリヒラタムシ
学部2年生の時に檜枝岐の土場で見つけて以来、実に6年ぶりとなる。奥秩父では90年代の記録があるが、奥多摩では約40年前に1例記録があるだけ。豊かな原生林が残されていることを教えてくれるこの虫が、本日一番の収穫となった。
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帰り道、ちょっと岩場へ寄り道。山陰に隠れ始めた太陽の柔らかい光に照らされて、色とりどりの山肌が、一層輝いているように見えた。
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16時30分、集落を過ぎて終点まで来たバスになんとか間に合う。10名ほどの観光客とともに乗り込み、帰途についた。
穏やかな天気のもとで尾根筋をのんびりと歩き、思い描いていた以上の七色の輝きが見られて、今日は満足。庭園に植えられたモミジが一斉に燃えるのも見ごたえがあるが、ルリヒラタムシが生き続けられる多様な樹木から成る原生林が、錦のように複雑な模様を呈する方が、ほっとする美しさがある。冬の厳しい昆虫採集に備えて、十分にリフレッシュすることができた。
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また来年も、この時期に来るからね。