2009.May.2
5月に入り、私もようやく大型連休に突入することとなった。八重山にベニボシカミキリを探しに行ったりすることも一時は考えたが、親元へ顔を出す数少ないチャンスなので今年も一応帰省することにした。
ただし、せっかく東京に戻ってきても実家で一日中過ごすのはもったいない。奥多摩カミキリムシ探索もこの時期はまだまだ調査不足で課題も残っているし、奥多摩以外の場所にもそろそろ目を向けていく必要性も感じ始めている。東京滞在中の採集時間をなるべく多く確保するよう計画した結果、金曜夜に実家に戻り、翌朝すぐに採集にでかけることにした。
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これまで奥多摩の特定のエリアでカミキリムシを追いかけてきたが、そこでの生息種数はせいぜい250種である(未発表・推測含む)。丘陵地、平地、海岸部も含めて探索していかないと、東京都産約290種のすべてを確認することはできないのだ。
ということで、今回は奥多摩での採集を後回しにして、その手前に広がっている青梅市内の里山に行ってみることにした。狙いはクリストフコトラカミキリと、平地性ゼフィルス(ミドリシジミ)類の幼虫。まだ一度も訪れたことがない場所ではあるが、東京都内に残された貴重な環境ということで非常に楽しみである。
朝、最寄り駅から始発電車に乗り、西北西へ進む。奥多摩のフィールドまであと1時間余りというところで、電車を降りる。駅前のコンビニで食糧を調達し、運良く到着したバスに乗って目的地へ。本当は歩いていくつもりだったが、30分ほど早く里の入り口につくこととなった。川沿いの舗装道路を歩いていくと、どこか懐かしい風景が広がる場所に出た。
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程よく手入れされた雑木林
クヌギやコナラを主体として、下草も適度に管理されている。
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林の中の小道
キツネやタヌキが歩いてきそうな感じ。
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この風景を見て、院生時代に野外調査で通った関東某所の里山を思い出した。ため池や水田こそないけれど、林の環境は非常に良く似ている。
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モミに残るオオトラカミキリの食痕
この近くで記録があるので、ここにも飛んでくるのだろう。
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なおも進むと、川沿いに開けた場所に出た。ここが集落。かつては水田だったと思われる場所もあるが、今は畑か草地になっている。
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そんな開けた場所には無数のウスバシロチョウが飛び交う。
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さて、本日の狙いのうち、ゼフィルスの幼虫はこの環境ならいつでも見つかる。問題は、コナラやクヌギの新鮮な伐採木に集まるクリストフコトラカミキリ。里山ならば伐採が定期的に行われるので簡単なように見えるのだが、いくら狭い範囲とはいえ徒歩で伐採地を探すことはなかなか難しいし、伐採木にシイタケの菌駒が打ち込まれてしまえば匂いを嫌って集まらない。
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適当に歩いて見つかったのは、このソダ置き場くらい。鮮度は良さそうなのだが、太さはイマイチ。まだ時間は早いので、午後になったら見に来ることにしよう。
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このまま歩き回るのは時間の無駄なので、地元の方に情報を求めることに。年頃の女性に話しかけることが非常に苦手なのは学生時代から相変わらずなのだが、農家のおばちゃんに笑顔で声をかけて怪しまれることなく話を引き出すのは簡単にできる。高齢化が進む農村を野外調査のお願いのため歩き回った院生時代のトレード・オフである。
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朝早くから家の周りで作業をしているおばちゃんに声をかけてみる。シイタケ栽培用のほだ木が積んであるので、伐採地を知っているかもと思ったからだ。
「クヌギやコナラを切って積んである場所ってないですか?」
しかし、おばちゃんではわからず、おばあちゃんに話がいって、3軒しかない集落の中の1軒に行けばもしかしたら積んであるかもとのこと。丁寧にお礼を言って、その家に向かってみるも、まだ誰も動いていない。丸太がいくつか積まれているが、外から見ても目的の樹種でないことがわかった。どうも、今日はクリストフコトラカミキリに出会うのは難しそうだ。
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こうなったら、午前中は思い切って花掬いに専念してみよう。ここまでの道沿いにはミズキもウワミズザクラもそこそこ咲いていた。その中で、条件が良くて手が届く範囲にあるものを掬っていくことにしよう。
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まずは、道沿いのウワミズザクラ。樹高は3mほどだが、なかなか良いポジションにある。
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そう思っていると、なにやら花の周りを飛び交うコガネムシのようなものが目に入る。どうせコアオハナムグリだろうと思いつつも、長竿を操って網の中へ。
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ヒラタアオコガネ
東京では近年になって見られるようになったが、分布はまだまだ局地的。研究室の先輩の土壌サンプルに混ざっていた神奈川県産の個体を持っているが、自力で、しかも東京都産は初めてのこと。これは幸先が良い。
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続いて、ウワミズザクラ本体を掬ってみると、甲虫が多数入る。ヒナルリハナカミキリ、トガリバアカネトラカミキリ、クビナガムシ、アオハムシダマシ、ヒラタハナムグリ、ジョウカイボン類、・・・、これぞ、花掬い。関西ではまだこのような状態にはたどり着けていない。
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ただ、花が小さいこともあり集虫力はそれほど高くはない。ある程度の時間間隔を置いて掬うのが良さそうと判断し、これまで来た道沿いに咲く花を掬っていくことにする。
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満開のミズキ
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満開のウワミズザクラ
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ヒナルリハナカミキリ
個体数はさほど多くはないが、掬うたびに必ずといっていいほど網に入る。
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アオハナムグリ
これもそんなに多くはない。ハナムグリ(ナミハナムグリ)と良く似ているので必ず確認するのだが、ことごとくアオハナムグリ。出現時期がややずれているというが・・・。
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ジョウカイボン
大きな影が伸ばした竿の中に見えるたびにびっくりするが、形が良く似たフタコブルリハナカミキリにはまだ早い。
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シモフリコメツキ
春によく見かけるコメツキムシ。さらに大型のヨコヅナシモフリコメツキを期待するが、網には入らなかった。
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しばらく花を掬っていると、自転車を押して歩くおじいさんが現れる。長竿を振り回す私を不思議に思ったらしく声をかけてきたので、虫取りをしていることを伝えると、秘密の道があり、そこから山に入れることを告げられる。一応、教えられた通りに川沿いに進んで飛び石沿いに渡り、<対岸の小道から山の中に入ってみる。すると、そこには別のおじいさんがいて、石の上で休憩している。
「この先に道はない。これは昔の集落の道なのだ」
というようなことを言ってたので、仕方なく引き返す。舗装道路に戻っておじいさんの姿を探すが、すでに消えていた。秘密の道への入り口の目印となる、自転車とともに。一体、あれは何だったんだろう・・・。
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日が昇るにつれて、だんだんと暑さが厳しくなってくる。まだ10時前だというのに、虫の集まりもだんだん悪くなっている。東京都で自己未採集のコジマヒゲナガコバネカミキリをなんとか得たいところだが、このまま粘るよりも、最初のウワミズザクラへ向かう方がいいだろう。
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移動する間にも、周辺視野を意識することは忘れずにいると、結構いろんなものが見えてくる。特に、ゴミひとつないきれいな舗装道路にあるものはとても目立つ。
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エサキオサムシ
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アオオサムシ
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道路上にオサムシが這い出してくるところも、野外調査地と同じ。これでクロナガオサムシがいれば完璧なのだが。
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オサムシの写真を撮っていると、カメラを持ったおばちゃんが話しかけてくる。この地域の自然保護団体の代表者で、今日は植物の写真を撮っているとのこと。特に昆虫採集者に対して敵対心を抱いているわけではないようなので、カメラの話や植物の話をわからないなりにも少ししてみる。そして別れ際、伐採木置き場の話を切り出すと、
「この先に大きな丸太が積んである。種類はわからないけど。」
これは、ちょっと期待できるかも・・・。
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その場所までしばらく歩いていく。途中、路上を横切る影が見えたのですばやく駆け寄り手中に収める。
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エサキオサムシ
夕方になればもっと多くの個体が徘徊するのだろう。
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しばらくして、丸太置き場に到着。遠目から見ても、スギとモミであることはすぐにわかった。やはり、そう甘くはないか・・・。
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モミの丸太に残る大きな羽化脱出孔。ヒゲナガカミキリがまだ生き残っているようだ。
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そして、丸太置き場の背後には、牛糞が野積みされている。こんなに堂々と置かれているが、客観的に見ればいろんな意味でまずい状況である。その匂いに釣られてたくさんのハナアブが舞っているので、息を殺して近寄ってみる。
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ホシメハナアブ♀
無数の個体が着陸しては産卵行動らしき動きをしていた。
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ミズアブの一種
数は少ないが、網で驚かせてもなかなか逃げない。
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ヒゲナガハナアブの一種
1匹だけ飛来した、鮮やかな黄色がまぶしい美麗種。
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ナミハナブの幼虫
あまりの暑さに?幼虫も這い出してきて転げまわっていた。
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しばらくハナアブ採集に熱中するが、やがて暑さに負けて引き上げることにした。思った以上に体力を消耗し、花掬いをする気力ももはや消えそうになっている。さっきの花へ戻るよりも、谷戸の奥に進んでもっと条件が良さそうな花を探そうと思い、特にアテもないまま適当に歩き続ける。
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どれくらい歩いただろうか。良さそうな花は見つからないまま谷戸は終わり、交通量の多い道路が前方に見えた。もうこれ以上進んでも仕方がないだろう。
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「また来た道を引き返すのか・・・」
日陰で少しの間とどまっていると、崖から伸びるコナラの幼木にふと目が留まる。
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なにやら、黄色くて目立つ幼虫が葉をかじっている。
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ハバチの一種(幼虫)
腹脚の数が多いので、ガの幼虫ではないことは一目瞭然。一応、採集して飼育してみようかと思い、リュックから容器を取り出す。そして、再びコナラの幼木に目を移すと、・・・
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さっきは気にもとめなかった先端部分、若葉が枯れただけだと思っていたが、どうも違う。
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よくよく見ると、2年ぶりに見る姿であることがわかった。
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オオミドリシジミ幼虫
そう、これが今日のもうひとつの目的。丸々と太った終齢幼虫である。東京都ではこれが初めての採集となる。
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初めて幼虫を見つけたのも、野外調査の時。わずかな時間に雑木林に潜り込んでひこばえを探して、たった2匹だけだが自力で見つけたのが懐かしい。
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結局、この幼木で4匹見つけることができた。
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探し方を思い出せば、もう後は簡単。食痕を見つけて、そっと葉を裏返せば、
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幼虫がそこにいる。
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来た道を引き返しながらひこばえや幼木を探すが、思ったよりも条件に合う場所が見つからない。
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ちょっと大きいひこばえを眺めていると、そこには甲虫の影。
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クロシギゾウムシ
これも雑木林でおなじみのシギゾウムシ
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だいぶ道を引き返すと、道路のすぐ脇になかなか良い場所を発見。
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普通のひこばえは、こんな風に葉が広がっているが、
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オオミドリシジミ幼虫が巣を作るとこんな風に葉が閉じる。
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上から見て食痕がある枝には、
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下から覗き込むと幼虫の姿が見つかる。
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ただし、中にはハエに寄生されて死を待つ状態のものもいる。選んだ場所がほんの少し違っただけで、明暗が分かれてしまうのだ。
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トビサルハムシ
ハムシの中ではかなり好きな種類。たくさんの毛に覆われたこの赤銅色の体がなんともいえない。
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さらに調子に乗って、別の林縁を探す。
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食痕を発見し、手元に引き寄せる。
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さきほどまでとは明らかに違う種類の幼虫。帰宅後に調べてみると、ミズイロオナガシジミということが判明。背中に並んだ毛の束が特徴的で面白い。
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そうこうしているうちに昼過ぎになったので、朝に見つけたソダ置き場に行ってみる。クリストフコトラカミキリはいないかもしれないが、偶然を期待して・・・。
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ヒメスギカミキリ
2匹ほど歩いていた。
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シラケトラカミキリ
野外で採るのは東京では初めて。
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しばらく粘ってみたが、特に状況は変わらず。そろそろいい時間になってきたので、今日はこのくらいにしておこう。
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帰り道、川沿いにコナラの伐採木を発見。でも、こんな日当たりが悪く、川沿いなので気温もそんなに高くないだろう。なかなか、カミキリ屋の思うようには伐採が行われないものだ・・・。
今回、奥多摩の手前に広がる里山を初めて訪れてみたのだが、今までただ通り過ぎていたことを後悔させるほど良好な環境が残っていることに驚いた。一番の目的であったクリストフコトラカミキリは残念ながら見つからなかったが、記録がある場所とは林でつながっているので、いつか出会うことができるだろう。雑木林の宝石であるミドリシジミ類の幼虫は予定通り採集することができたので、羽化まで大切に飼育していきたい。