焼物の里の掃除人

2009.Oct.18

糞虫といえば、ダイコクコガネに代表されるように漆黒の造形美を持つ昆虫というイメージが強い。美しい金属光沢のオオセンチコガネは例外的な存在であり、日本の糞虫の大半を占めるマグソコガネとエンマコガネの多くは、形はカッコイイものの、小さくて、黒い。糞虫屋とは、この小さな芸術品を探し当てることに夢中になった人々である。

そんなマグソとエンマの中にも、カラフルな種類が少ないながら存在する。共通点は、草原という開けた明るい環境を住処としていること。今回の狙いであるヤマトエンマコガネもそのひとつ。糞虫らしい造形美に加え、黄色い上翅をそなえる美麗種である。

分布域は広く、生息地では個体数も少なくないことが近年わかってきている。生息環境となる裸地はGoogleマップという「鷹の眼」を使って探すのだが、現地の空を飛んでみると、候補地があまりにも多すぎることに加えて、生息条件のイメージが固まっておらず、絞り込むことができない。

さらなる生態情報を求め、糞虫関係の文献をいくつか購入。生息環境のイメージが固まるとともに、具体的生息地名も知った。同様な環境を探し出すことも考えたのだが、外すリスクも大きい。自分の方針とは異なる採集に対する疑問も湧いたが、最初だけは勉強させてもらうことも必要なのではないかと思い、今回は既存資料の情報を頼ることにした。ただし、徒歩移動と一発勝負という2つの試練を課して・・・。


始発電車に乗り、滋賀方面を目指す。JR草津線の貴生川駅から、信楽高原鐵道に乗る。

1両編成の電車に乗るのは久しぶり。

しばらく電車に揺られた後、とある駅で下車。

ここは信楽、焼物の里。さっそく、タヌキの置物がお出迎え。

ここから今日の目的地までは舗装道路を延々と歩かねばならない。先人の努力で見つかった確実なポイントで採らせてもらうのだから、自分の足で到達するくらいの努力はしなければならないだろう。

集落を抜け、歩道も途中で終了した舗装道路を延々と歩く間、昆研の先輩で糞虫屋だったY氏のことを思い出していた。

あれは私が学部1年の晩夏、虫屋歴5ヶ月のことである。当時は学部3年だった昆研会長に連れられて、初遠征となる「青春18切符で行く西日本糞虫採集の旅」へ。長距離列車移動の極意、列車乗り換え3時間待ち、米子駅前のテント泊、真夜中の山道徒歩移動、豪雨のルリセンチ掘り、バス移動のための牛糞封印法、・・・。糞虫採集の心構えや基本的技術を実践を交えて教わった。そんな先輩も、3年前の深夜に目撃したのを最後に音信不通。友人たちの前からも、残念ながら完全に姿を消してしまったという。「ヤマトエンマ!信楽に行きて~」と部室で言ってた頃が、今となっては懐かしい。

村境を越え、どのくらい歩いただろうか。ようやく、今日のポイントに到着。

さすがは既存ポイント、さっそく獣糞を発見。二足歩行をする哺乳類のもののようだ。紙の風化具合から、主はもう戻ってこないだろう。

ひっくり返してみると、黒いエンマコガネがいた。種名はすぐにはわからないが、これは幸先が良い。

草むらに注意して歩いていくと、またも獣糞を発見。これは糞虫採集の定番である牛のものだろう。おそらく誰かがトラップとして仕掛けたものであるが、1週間ほど放置されているのだろうか。

この前のミツコブエンマコガネでも同じことが言えるのだが、直射日光による獣糞の劣化が速い裸地環境では1週間前の獣糞など、もはや糞虫を新たに引き寄せる魅力はない。どうせいないだろうとは思うけれど、それでも気になってしまう。仕掛け人に悪いと思いつつ、ピンセットでほじくってみた。


ヤマトエンマコガネ

こういう時に限って、見つかってしまうもの。

多数のフトカドエンマコガネに混じって、1匹だけ。狙いの虫が見つかったわけだが、素直に喜べない。ただでさえ既存ポイントの後追いである上に、他人のトラップで得てしまったのだから。

他にも牛糞があるのを見つけたが、もういじらない。意地でも、自力で見つけてみせる。

砂利道を登っていくと、広場に出る。文献によれば獣糞は少ないながらも存在するらしいので、眼を凝らしながら歩いていく。

さんざん探した末に、新鮮な獣糞を1つだけ発見。贅沢に埋め込まれた昆虫やカニの殻が芳香を放つ、芸術品である。主はよくわからないが、キツネのものだろうか。これは期待できると思い、そっとピンセットで裏返す。

期待に反して、小さなエンマコガネが2匹だけ。砂も少し掘ってみたが、糞虫は見つからず。

まあ、ここまでは牛糞トラップでの採集を除いて想定内の出来事。このために、昨晩は食物繊維をたっぷり摂取して体調を整えてきたのだ。林と裸地の空間配置を考慮してポイントを選び、秋の芸術をひねり出す。

普通はトラップの設置と回収で2回訪れると思いがちだが、ヤマトエンマの生態情報を総合すると、そんな必要はない。ダイコク・マグソは夜動き、センチとエンマは昼動く。裸地という過酷な環境に獣糞が発生すれば、気温次第ですぐに飛来するはずだ。

気温が上がって虫が動くまで、時間つぶし。広場の外周に側溝があったので、くまなく見ていく。

この輝きは、もしかして・・・


ミドリセンチコガネ

西日本遠征以来、実に7年ぶりの再会となる。あの時は牛糞担いで京都の山に入り、仕掛けてすぐにどこからともなく来襲。夢中でタッパーに確保し、後で先輩と山分けしたのだった。


センチコガネ

ミドリセンチよりも輝きが鈍いのですぐわかる。

側溝を見ていくと次々とミドリセンチが見つかり、このとおり。もう一方のセンチコガネは少なかった。

丹念に側溝を見ていくと、こんな虫も見つかった。


ゴホンダイコクコガネ♀

院生時代の野外調査の帰り、駅構内で死んでたのを見て以来。オスを期待してさらに探したが、メスの追加があっただけ。


ヒメカマキリ

本来は樹上性のはずだが、なぜかこんなところにいた。


ハネナガイナゴ♀

メスならば腹部のトゲですぐに識別できる。


サワガニ

少し離れた場所にある沢から歩いてきたのだろう。

側溝探しもだんだん飽きてくるので、定期的に自分の芸術品のもとへ。気温も上がってきた11時半、そろそろ飛来があっても良さそうだが・・・。

ひっくり返すと、地面には大穴が空いている。


ミドリセンチコガネ

直射日光の下ではまばゆいばかりの輝きを見せる。


フトカフドエンマコガネ♂

関東ではなかなか採集できないらしい。定期的にチェックするも、結果は常にこの2種のみ。

「もしかして、設置場所の条件が少しだけ合わないのか?」

「裸地環境を好むけれど、あまりにも草が少ないところは飛行コースから外すようにしているのではないか?」

「日の出からずっと日が当たっていたわけではないから、もっと温かい場所があってそこに集中しているのでは?」

採れない状況では、いろんな考えが頭の中を駆け巡る。このまま、自力採集ができずに帰ることだけは許せない。じっくりと考えている余裕はないので、ひとまず芸術の一部を移動させることに。

とりあえず、実績がある場所ということで牛糞があった道へ。数日前には確かに飛来したのだから、きっと飛んでくるはず。

時間は12時半過ぎ、秋の日差しでだいぶ暖かくなってきた。もう一度、最初の設置場所に戻ってチェックするが、何もいない。側溝を見てミドリセンチを拾いながら時間をおき、20分ほどして再び戻ってきた。

ミドリセンチが飛来している。ヤマトエンマの飛来・潜入を妨げるかもしれないので、しっかりと採集。そして、期待を込めてピンセットで裏返す。


ヤマトエンマコガネ

探索開始から3時間半、ようやく自力で見つけることができた。テネラル(未熟個体)の赤い前胸と黄色い上翅。図鑑に載ってない珍しい組み合わせであることが、さらに嬉しい。

さらに、地面を少し掘ってみると、

3個体も隠れていた。上翅の斑紋も、先ほどの個体とは若干異なっている。

「これは、残りもこの道沿いに移動させるべきだろう」

広場に戻り、残りの芸術を運搬し、分割して設置。最初からここを選べば個体数が稼げたのかもしれないが、微妙な環境選択の一端を垣間見ることができてむしろ良かったのだろう。

芸術の分割設置が終了し、20分ぶりに最初の分割設置場所へ。

またも3個体が潜り込んでいた。この時間帯、かなり活発に飛び回っているようだ。

その後、分割設置した場所を定期的に巡回することで追加個体を得る。ある程度採集したところで、せっかくだから飛来する個体を見てみたいと思い、道端にしゃがみこんで視線をヤマトエンマに合わせ、じっと待つ。

10分ほど待った頃、ハエのような物体が飛来。動きが明らかに違うのでじっくりと観察してみると、黄色い翅が見えた。

やはり、ヤマトエンマコガネだ。たしかに、この時間帯にエサを求めて草地を飛翔するようだ。

飛翔姿も見られ、もう満足。電車の時間も近づいているので、そろそろ帰ろうかという頃、糞虫採集セットとおぼしきものを持った人物が登場。話してみると、予想通り滋賀県在住の糞虫屋さんであった。1週間前に牛糞を設置して、今日はその回収に来たとのこと。最寄り駅から徒歩で来たことを告げると、かなり驚いていた。

牛糞をいくつか分解してしまったことを詫び、無傷の糞のありかを伝える。分解してみたところ、かろうじて1匹見つけることができたようだ。あの時、潜りこんでいる気がしたものの残しておいて良かった。それにしても、1週間経過しても見つかるのだから、設置した日の夕方には、どれだけの個体が採集できたことだろうか。

せめてもの償いとして集虫力抜群の芸術のありかを伝え、帰途につく。

14時半の気温はこのとおり。今日はずいぶんと暖かくなったものだ。

黄金色の田んぼと白銀のススキが、秋風に吹かれて輝いていた。

たわわに実った柿の実。

本格的な秋の訪れを感じながら、焼物の里を後にした。


今回は既存ポイントで採れて当たり前ということなので、2つの試練をあえて課してみた。他人のトラップに手を出してしまったのは汚点として残るが、その後に自力採集できて本当に救われた気分である。これで生息環境はつかんだつもりなので、次回は見知らぬ土地で挑戦したい。

現地では残念ながら撮影できなかったのだが、♂は前胸に2つの角があってカッコイイ。

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