材採集修行 其の壱

2009.Dec.23

カミキリムシの材採集といえば、どんなイメージを持ってるだろうか。

「とりあえず枯枝を拾ってきて保管していると、いつの間にか成虫が羽化脱出してくる」

こんな極端な印象を持つ人はごく少数だとは思うが、「採集したという実感が湧かず、面白くない」というカミキリ屋さんは意外と多いという。だが、材採集は成虫採集に勝るとも劣らぬ奥深さがあり、成虫採集にはない高度な能力が要求されるのだ。

カミキリムシには寄主植物(ホスト)が決まっているものが多く、狙いの種を得るには材の樹皮・樹形・枯葉で樹種を判断する能力が必須となる。さらに、メスが産卵するために選んだ材とはどのようなものか、その材はどのような環境で生成されたのか、そして時間の経過とともにどのように朽ちていくのか、実に様々なことを考えることが必要なのだ。

材採集では、幼虫の段階での種の識別が必要となる。見つけた材を慎重に削って幼虫を割り出してから観察するのだが、単に樹種と寄主植物との組み合わせだけでは不十分で、グループごとに特徴的な食痕と、「顔」の微妙な違いを知ることで、割り出した幼虫が狙いの種であることに確信が持てるのだ。

さらに、材採集は成虫採集と表裏一体のものである。幼虫が入ってた材の半年前の姿をイメージできれば、来年は別の場所で産卵に来るメスに出会うことができるし、その逆もまた、成り立つ。生態情報を基に環境を見極めて狙いの虫を探し当てるという点では、両者はなんら違いはないのだ。

材採集の達人への道は長く険しいものであるが、地道な積み重ねで少しずつ近づいていくしかないのだ。その一生の大半を占めている幼虫時代を知ることで、カミキリムシという“存在”をより深く理解するために・・・。

というわけで、今シーズンの材採集修行の第1弾。目的地は徳島県某所の低山、狙いは次の2種。

1.コブ:サヌキセダカコブヤハズカミキリ

2.スピニ:トゲウスバカミキリ

どちらもこの山には比較的多く生息しているらしいのだが、うまく見つけることができるだろうか。


前日の体調不良により出撃が危ぶまれたが、定番の漢方薬と十分な睡眠により、ほぼ回復。三ノ宮駅から始発バスに乗り、四国上陸を果たす。徳島駅から電車に乗り、登山口に最大限近づく。

最寄り駅から、この山を目標にして歩いていく。

9時20分、登山口を通過。先行する中年夫婦を次々と追い抜き、淡々と歩いていく。

10時ちょうど、山頂に到着。裏手の照葉樹林に入り、さっそく探索開始。

まず探すのは、コブの幼虫。半年前の初夏に成虫が静止している姿を想像して、材を探す。

地面に接していて湿度が保たれ、樹皮がしっかり残っていて、キノコが適度に生えている、広葉樹の材。他にも微妙な条件があり、それを考えながら林床を探索していく。

まずは、このソヨゴの枯枝。

裏返すと、適度な湿り気があり、菌類も生えている。

表面をよく見ると、小さな傷があちこちに見られる。フトカミキリ亜科(コブも含まれる)がつくる、産卵加工である。

ナタで樹皮を削ると、食痕が現れる。樹皮直下を食べ進んだ後、材部へ進入したようだ。

進入孔をたどると、幼虫が姿を現す。コブとはちょっと違う気もするが、確認には顔を観察せねばならない。コンタクトレンズ装用による仮性老眼でよく見えないうえに、ルーペも忘れてきたので、帰宅後にじっくり見てみることにしよう。

この材からは1匹しか出てこなかったので、次の材へ。

次は、このアカガシの枯枝。裏返してみると、湿り気があり菌類が繁殖している。

ここぞという場所を削ると、大きめの幼虫が出現。

食痕の密度は高く、幼虫もわりと出てくる。どこかで見たような気がしないでもないが、たぶんこれがコブのはず。拍子抜けするほど簡単に見つかったが、これでいいのだろうか。とりあえず慎重に取り出して、1匹ずつチャック付ポリ袋に収納していく。

コブはこの調子ならなんとかなりそうな気がしたので、もうひとつの狙いであるスピニ(トゲウスバカミキリ)を狙うことにする。

略称のスピニとは、亜属名の Spinimegopis に由来している。寄主植物がわりと限定されており、ここではソヨゴが狙い目。食痕は写真でも見たことないので、まずは現物確認。


林床に落ちてる古めのソヨゴ枯枝

特徴的な羽化脱出孔は、スピニのもの。これなら幼虫は入ってないので、大胆に割ってみる。


スピニの食痕

この感じを眼に焼き付けて、別の材を探していく。


ソヨゴの枯枝その2

最初のものよりも新しいようだ。

まず半分に折ってみると、食痕が4本も走っている。

ところが、材の表面をよく見ていくと、これも羽化脱出した後らしい。

蛹室にはクチキコオロギが越冬のため潜んでいた。

どうやら、地面に落ちてるような古めの材は出がらしばかりのようだ。それならば、もう少し鮮度が良い材をということで、立ち枯れを狙ってみることにしよう。

このソヨゴ材、ちょうど光が当たっていることもあるが、なぜか遠くから惹きつけられてしまった。

ナタを入れてみると、かなり堅い。力を込めつつ、慎重に削っていく。

ぽっかりと、空間が現れた。これは期待できそう。

そして、幼虫が姿を現した。スピニであることを確認するために顔を拝みたいところであるが、これ以上削ると幼虫を傷つけてしまいそうだ。

「これは絶対にスピニである」と信じて、ノコギリで必要部分だけ切り取り、持ち帰ることに。そして、次の材を探して林内を徘徊する。

しばらくして、こんな立ち枯れを発見。折れ口の感触から、これは穿孔していそうだと直感する。

期待通り、幼虫が姿を現す。

これが、スピニの顔。だいぶ大きいので、次の夏には成虫になるだろうか。

食痕はまだ数本走っているので、追加個体がいないかさらに削る。

だが、出てきたのは別の幼虫。

これが、カミキリ屋には悪名高いコメツキムシの幼虫だ。材中を縦横無尽に掘り進み、対抗手段を持たない他種の幼虫を食べ尽くす。獲物を仕留める大アゴは強力で、噛まれるとかなり痛い。親の顔が見るためにも、今回は試しに持ち帰ってみる。

とりあえず、スピニの幼虫の見つけ方もつかんだ。登山道から見える景色を思い浮かべると、穿孔する材はいくらでもありそうだ。それなら、下山時に採集すれば良い。まだ時間はたっぷりあるので、コブの幼虫をもう少し探すことにしよう。

ところが、これぞという材がなかなか見つからない。先ほどの場所が特別だったのだろうか。いや、昨年訪れた際にはかなりの個体数がいたので、穿孔する材はこの山の至る所に点在するはずである。そう信じて、林内をひたすら徘徊する。

ようやく見つけたのが、このシデ材。前のめりになって裏側を覗くと、キノコが生えている。(画像が不自然なのは、その体勢でシャッターを押したから)

削ってみると、アカガシ材と同じような幼虫が出てきた。

さらに、体長1cmほどの小さな幼虫も。うまく育つかわからないが、とりあえずこれも持ち帰る。

材を削り終わった辺りで、昼を過ぎる。山頂に戻って昼食を食べていると、雨が降り出す。ひどくなる気配はないが、採集成果には満足なので下山することにする。

下山途中、ところどころで林の中に入り、ソヨゴ材を探す。だが、いざ探すとなると手頃なものが見つからない。堅すぎたり太すぎたりと、年季の入ったナタでは太刀打ちできないのだ。

ようやく見つけたのが、この材。登山道脇に置いてあった、伐採木。

態勢を整え、薪割りの要領で一刀両断。

堅い材ほど、見事な割れ方をするものだ。幼虫はそのままにして、下の部分をノコギリで切断して持ち帰る。

あまり材を持ち帰っても重いだけなので、これで採集はおしまい。

小雨が降る中、木々の間から徳島平野を垣間見ながら>小走りで下山していく。

15時、最寄り駅に着く寸前に山を振り返ると、曇天の背景に虹の断片が現れた。ほんの数分で消えてしまったのは、何かのメッセージだったからだろうか。自宅での幼虫観察を楽しみにしつつ、電車に乗り込み帰途についた。


20時、自宅に到着し「カミキリ幼虫画像フォルダ」を開く。某掲示板に投稿された幼虫画像を個人的にストックしていたものだ。

コブ幼虫の顔を確認した後、採集してきた幼虫の顔をルーペで覗く。すると、現地での期待を打ち砕く結果が明らかとなる。

翌日、もう一度観察してみたが、結果は変わらなかった。

最初のソヨゴ材の材部に潜っていた幼虫は、ビロウドカミキリ類。前胸の模様の位置と形は似ているが、顆粒でできているところが明らかに異なる。

アカガシ材とシデ材の樹皮下にいた幼虫は、ゴマフカミキリ属。前胸の褐色紋が頭部寄りにあるところからして、まったく違う。見慣れているはずなのに、すっかり忘れていた自分に愕然とする。

やはり、初挑戦でコブ幼虫を探し当てるなど、考えが甘かったのか。

そして、最後に残ったのは、一番小さな幼虫。キノコが生えたシデの樹皮下にいたものだ。

どうせゴマフの若齢個体だろうと思い、採集当日の夜は観察しなかった。翌日、もしかしたらと思い直し、ルーペを近づける。

前胸の後半にある「逆凸字の硬化板」、その中央には「天下御免の向こう傷」。これこそが、探し求めていたコブ幼虫の特徴。サヌキセダカコブヤハズカミキリ

たった1匹だけだが、そこにいてくれてありがとう。大事に育てるからね。


2010年5月6日、幼虫を投入していた菌糸カップを割ってみた。


サヌキセダカコブヤハズカミキリ

4か月余りの時を経て、同定結果が正しいことが証明された。

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