2009.Sep.19-23
九州と朝鮮半島の間に浮かぶ、対馬。古来より大陸と島との橋渡しとして栄えてきた一方、元寇襲来で島民がほぼ全滅するなど、悲哀の歴史を持つ場所である。
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古くから死者の魂として扱われてきたのが、ホタルの光。世代をつなぐために闇夜を懸命に飛び回るその儚さは、夏の風物詩として現代人の心にも深く刻み込まれている。
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この島にも複数のホタルが生息し、夏の夜に淡く光るものもいる。だが、最も有名な大陸由来のある種は、驚くべきことに「秋の風物詩」として存在するのだ。大陸からの秋風に吹かれながら、その姿をひと目でも見たい。途中出場できたのに雨天コールドゲームという悔しさと寂しさを胸に、秋の大型連休“シルバーウィーク”を利用し、国境の島へと旅立った。
1日目 9月19日
神戸から朝一番の新幹線に乗り込み、博多駅に到着。九州上陸は大学2年の単独野宿採集旅行以来、実に6年ぶり。
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駅から歩いて、すぐに博多埠頭に到着。
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乗船券を購入し、すぐに船に乗り込む。海上は風がそこそこ吹いているが、小笠原の経験に比べれば楽なもの。波に揺られながら5時間ほど眠って目覚めると、国境の島に着いていた。
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13時半、厳原港に降り立つ。すぐにレンタカー屋さんの迎えが来て、車を借りる手続きをとる。
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今回は4泊5日の滞在なので、初日の今日は無理しない。物資を調達するため、まずは島内のスーパーへ。
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食糧と、トラップ用品を買いこんだ。もう時期的には遅いが、一応クワガタなんぞも狙うつもり。
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トラップを仕掛けるべく、事前に地図で目星をつけておいた場所へ。コナラが主体の雑木林で、樹液の香りを探しながら歩く。
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9月下旬ともなると、樹液の泉も残り少ない。ようやく見つけた木も、勢いは良くない。だが、なにやら気配を察して逃げる虫影があるぞ・・・。
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この上翅、スジクワガタとはちょっと違う。もしかして、密かに未採集のあのクワガタか。
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ネブトクワガタ
西日本ではわりと普通に見られるというが、まさか、初めての遭遇が国境の島になるとは。
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さらに、その背後でもうひとつ影が動く。
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ノコギリクワガタ
これも、私にとって意外と遭遇機会が少ないクワガタ。貴重な対馬ラベルということで、しっかりと確保。
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これ以上の追加はなかったので、バナナトラップを木の根元に仕掛け、コップを埋めて穀物酢をネタとして仕込んで、この林を後にする。
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夕暮れが迫る中、車で事前に目星をつけておいた場所を走って、今回の最大の目的である、ホタルの発生場所を探る。
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ホタルというと一般には「幼虫は水中生活者」として知られていて、カワニナなどの巻貝を餌として成長することから、「清流」「豊かな水田」の象徴とされている。ところが、それに当てはまるのはゲンジボタルとヘイケボタルくらいで、日本のホタル科全体を見ても、実はごく少数派。今回のターゲットも含めてほとんどの種の幼虫は「陸上生活者」なのだ。湿った草地生活し、そこに住む小型の陸生巻貝(カタツムリ類)を主食とする。
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その条件に当てはまる場所として今回想定しているのが、水田の畔。平地の大規模水田に見られるような細い畔ではなく、斜面に作られた水田によくある幅広い畔を、住みかとしているのではないか。
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一応それらしき場所は見つかったが、もう少し広範囲を見ておきたい。しかし、秋の日はつるべ落とし。闇の深まりに、暗順応が追いつけなくなっていく。
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車での探索を諦めて目星をつけた場所に戻ってきた時、車窓にぶつかる一筋の光が周辺視野に捉えられ、車を止めた。
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外に出て、電気をつけずに眼の前の空間をみつめていると、やがて無数の光が暗闇に浮かび上がってきた。
まず驚いたのは、その移動速度。ゲンジボタルよりもはるかに速く、しかも急旋回する。点灯時間は長いものの、一旦光が消えると次どこに現れるか予想がつかない。飛んでいるのはすべてオスなのだが、その光の大きさと明るさもまた、ゲンジボタルの比ではない。これが、大陸のホタルなのか・・・。
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とりあえず、その姿をしっかり確かめたいので、光を追いかけて、地面にはたき落とす。
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撮影用のLEDライトなしでも、この明るさ。
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さて、そろそろ光の正体を拝むことにしよう。
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アキマドボタル Pyrocoelia rufa
日本での分布は対馬だけだが、中国~朝鮮半島、済州島に分布する。大陸とつながっていた頃に渡ってきたが、九州には到達できなかったとされる。もし九州に渡っていたら、日本人のホタルへの想いは一味違ったものになっていただろう。
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この頃になると眼が慣れてきて、地面にも意識がいくようになる。
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ふと足元に、さきほどと同じ光が動くのが見えた。
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触角の根元が「眼」のように光っているが、LEDライトが反射しているだけ。この部分が「透明な窓」のようになっていて、和名の由来となっている。
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LEDライトのまぶしさに慌てたらしく、すばやく体勢を整えて離陸。
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写真をいろいろ撮るべく、光が地面に舞い降りたのを見つけては駆け寄る。
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この個体は、「窓」の部分が反射しないように撮れた。
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この個体はこうしてじっとしていて、なかなか飛び立たなかった。ずっと飛びまわっているわけではなく、たまには休憩するのだろうか。
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いくつかタッパーに入れて、光の軌跡を撮影。20匹くらい集めれば、読書ができそうなくらいの明るさだ。
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さて、このまま飛び回っている個体だけを探していても、出会えるのはオスだけ。メスを見つけるには、それなりの方法をとらないとほぼ不可能なのだ。
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メスは、オスとはまったく違う外観をしている。翅がなく、まるで幼虫のような姿形なのだ。外敵に襲われてもすばやく逃げることができないので、草むらや石垣の奥に身を潜めている。そして、暗くなると連続的に弱い光を放つ。
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以上を踏まえて、視線を落として草むらに眼を凝らす。といっても、そう簡単に見つかるようなものではない。
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どのくらい探しまわっただろうか、ようやく地面に弱い光を見つけた。
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オスの光よりもひとまわり小さく、点滅することなく連続的に光っている。きっと、これがそうに違いない。はやる気持ちを抑え、LEDライトを当てる。
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しかし、そこには予想外の姿。おそらく、アキマドボタルの幼虫。そういえば、成虫が光る種類は幼虫や蛹も発光するんだった・・・。
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その後もいくつか弱い連続光を見つけるが、ことごとく幼虫だった。とりあえず、幼虫がいるということは、飛べないメスもここにいるということ。明日以降、ここを重点的に探せばいいということだ。
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まだ初日ということで、灯火めぐりに切り替え。以下、出会った虫たちを順不同で。
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ヒメカマキリ
樹上性でなかなか見つけにくい種類だが、なぜか灯火に多かった。東京の高尾山で採集して以来、2度目。
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シギゾウムシの一種
ドングリもだいぶ大きくなって、産卵のため忙しい時期になった。
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ハスモンヨトウ
農家にとっては悪名高いが、デザインはお気に入り。
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オオモモブトシデムシ♂
メスは採集済みだが、太腿が立派なオスは実は初採集。
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アオバシャチホコ
翅にまぶされた緑色が実に渋くてかっこいい。
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スズムシ♀
オスが必死に鳴いているそばで、悠然と食事中。
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ゴマダラカミキリ(死骸)
ほんの2,3日前まで生きていたようだ。
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アオマツムシ♂
異国からの演奏家をここでも見るとは思わなかった。
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ムラサキシャチホコ
トリックアートなる言葉が生まれるはるか前からそれを体現している蛾。この立体感に感激したところで、本日の灯火めぐりは終了。
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