材採集特別講習:広島編

2010.Feb.27

阿波竹取物語での右足負傷から、はや1ヶ月。抗生物質を点滴と錠剤の両方から投与され、運動制限に耐えた結果、若干の化膿と筋肉のしこりは残るものの、斜面徘徊もできるほどに。傷口の悪化と同時に心が急激に沈んでいく時期もあったが、治療期間に集中した飲み会でのいろんな人と出会いにより、人生の迷いが消え去り、自信もほぼ完全に回復。

気力・体力ともに充実した状態で、材採集の達人のお膝元である広島へ。今回は修行ではなく、達人による特別講習が待っている。


金曜夜、強雨の中を歩いて三ノ宮駅に向かい、広島行きの夜行バスに乗り込む。レンタカー宿泊と違って寝苦しい夜を明かす。

5時50分、西条駅に到着。幸いにも雨は降っていない。

駅構内には杉玉が吊るしてある。この駅を初めて訪れたのは2007年3月の応動昆大会(広島大学)。水田の水生昆虫の叫びを発表したあの時、酒蔵の町ということは知らなかった。

コンビニで朝食を買って出てくると、こちらへ向かってくる人影が。今日の講師役であるムシムシQさんと、約10ヶ月ぶりの再会である。挨拶もそこそこに車に乗り込み、もう1名の受講者のもとへ。

車で10分ほどで、某ビジネスホテル前に到着。ここでもう1名の受講者である、DMSP/SSMIさんが合流。お目にかかるのは今回が初めてである。名刺交換をして、さっそく本日の講習場所へ。

第1ポイントは、伐採跡地。昨年5月にも訪れた場所である。

ここで探すのは、ムモンベニカミキリ。幼虫が穿孔する枝には特徴的なサインがあるのだが、実際に野外で探すとなると意外と難しいという。

ムシムシQさんがさっそく穿孔する枝を見つけ、幼虫を割り出していく。

これが、ムモンベニカミキリの幼虫。当然このことながら、ベニカミキリ系の顔をしている。

実際の穿孔状況を教わったところで、受講者2名も探索開始。だが、そう簡単に見つかるものではない。

探索開始から30分、ようやくサインが眼に留まった。

このどこかに、幼虫が入った細枝がある。

リンゴカミキリと同じく枝の中心部を食い進んでいき、冬を前にして不要な先端部分を切断する。この切断痕がサインとなるのだが、典型的なものから不完全なものまである。これはやや不完全なものらしい。さて、中にいる幼虫のお顔を拝見するとしよう。

枝を慎重に割っていくが、幼虫は変わり果てた姿で現れた。幼虫は湿度に極めて弱いらしく、すぐにカビなどにやられてしまうらしい。せっかく見つけたのに、残念でならない。

この直後、ムシムシQさんが受講者2名を前にして秘伝を実演。生態観察をもとに開発された方法だが、独自に気づくのは容易ではない。

秘伝を頭に入れつつ探索を再開するものの、思い描いた状況になかなか当たらない。DMSP/SSMIさんはいくつか発見しているようだが、溺死・菌死した幼虫が多いらしい。例年以上の降雪と降雨、今年は受難の冬だったのかもしれない。

探索再開から1時間、ようやく2本目を発見。今度こそはと思って慎重に割っていくが、今度は幼虫の死骸すら出てこなかった。

枝の途中が不自然に削られているので、おそらく小鳥の餌食になったのだろう。自然界で生き延びるのは厳しいものだ。

このしばらく後、「材採集 中級試験」を受ける。伐採枝の山の中で穿孔サインがある枝が2本あり、それを見つけ出すというもの。1本目はすぐに発見したが、その中身はキクスイモドキカミキリのもの。中途半端な枝の切り落としを見て欲しいという意図で設定された正解であった。

これがキクスイモドキカミキリの顔。「クレヨンしんちゃん」を連想させる立派な眉毛が特徴なのだという。

残る1本を探すが、正解の場所とは反対側に回り込んでしまい、第3の正解を見つけ出すこともなく時間だけが経過。場所選びのセンスがまだまだ足りないらしい。存在する面を教わって探し始めたら、すぐに見つけた。だが、幼虫の姿はそこにはなかった。あくまで想像だが、昨日の降雨で水没の危機に直面し、一か八かの賭けで外の世界へ脱出してしまったのかもしれない。

試験合格後、昼前まで探索を続けたが、ついに幼虫を見つけることはできなかった。とりあえず、穿孔サインを見抜く能力は身についたはずなので良しとしよう。受講記念に幼虫を1匹もらって、次の講習場所へと移動する。

昼からの講習場所は、沢沿いの斜面。狙うは、中国~北陸特産のアカネキスジトラカミキリ。だが、私は肝心のエゾエノキを識別できない(DMSP/SSMIさんは識別できる)。「外観で見分けるエゾエノキ・ケヤキ・他のエノキ類の枯枝」という補習を受ける。

「大木から落ちた枝が、雪溜まりの中でどういう跳ね方をするかイメージすること」

エゾエノキの大木を教わり、樹形・樹皮を樹木データベースに登録してから、落下の軌跡をイメージし、斜面を登っていく。

傾斜は奥多摩よりやや緩い程度であり、問題なく徘徊できる。「出た後ばかりだね」というムシムシQさんの言葉が示すように生息は間違いない。斜面と樹冠を交互に見ながら落枝を探していくが、良い枝がなかなか見つからない。

ここは見切りをつけて次の斜面に向かうことになったが、最後にムシムシQさんが材を削る。

これが、アカネキスジトラカミキリの顔。この前見たアカジマトラカミキリにも似ているが、ちょっと違う気がする。いずれにしろ、トラカミキリ類は似ているものが多くて識別は難しいという。

採れなかった時の保険として、この幼虫は私が頂くことに。

次は、この斜面。日当たりが結構良いみたい。

先ほどと同じく、エゾエノキに近寄って樹冠を見上げ、落枝の軌跡をイメージ。

枝が集まっていそうな場所を見定め、探索開始。

エゾエノキの若枝は樹皮の色が特徴的なので、識別にもすぐ慣れた。この脱出孔は、おそらくアカネキスジトラのものだろう。

エゾエノキの落枝はそこそこあるので、拾っては折って食痕の有無を確認する。


ルリツツカッコウムシ

美麗種だが、カミキリムシ幼虫の天敵でもある。先ほどの場所では見つからなかったので、なんとなく期待が高まる。

何本目かで、トラカミキリ系の食痕を発見。材の中心部にある楕円形の白い食痕、これは期待できるかも。

この瞬間、ムシムシQさんがすぐ近くで成虫を割り出す。写真撮影に誘ってくださるが、まずはこの材を割ってから。

ナタを食痕の中心に当て、力を加減しながら枝を縦に割る。


アカネキスジトラカミキリ

”アカネトラとキスジトラの合いの子”といわれる上翅の斑紋もさることながら、このスズメバチを連想させる腹部の縞模様がなんとも可愛らしい。斜面を登ってからわずか5分、この場所はいけるかも。

次は、この落枝。さきほどよりも大きな食痕が見える。

大きな成虫が出てくるかと思ったが、まだ幼虫だった。破片を戻して紙テープで巻いて、持ち帰ることに。

さらに追加を狙って探すが、思ったような朽ち方をした枝がない。落ちてる枝なら何でも良いというわけではないのは、他のトラカミキリと一緒。

川沿いで枝を探しているDMSP/SSMIさんを横目に、斜面を平行移動。もう1本のエゾエノキの元へ近寄り、落下軌跡をイメージして探索再開。

枝はそこそこ落ちているが、やや新しいものが多い。折ってみても他のカミキリの食痕が見当たらず、意外と苦戦する。

それでも、なんとか成虫を発見。前胸の中央部がやや赤いところが特徴的。

この後、追加を得ることなく斜面を降りる。そろそろ帰途につく時間が近づいてきたので、駅に戻りつつ最後のポイントを目指す。

本日の特別講習の締めくくりは、こんなところ。狙うは、ヨコヤマトラカミキリの蛹。道路の法面に植栽されたヒメヤシャブシの枝先を見て回る。

車を降りた直後、ムシムシQさんが怪しい枝を発見。秘密兵器を取り出し、切り落とそうとするがなかなかうまくいかない。3名の中で最長身の私がバトンタッチするが、使い慣れない上に枝が太くて切れない。

これは手で取った方が早いと判断し、素早く木に登る。その枝を折り取って下に投げてチェックしてもらうが、どうやらハズレだったらしい。このまま降りるのももったいないと思った瞬間、怪しい枯れ枝がひっかかっているのに気づく。手に取ってみると特徴的な切断面があり、道路に放り投げる。

木を降りてその枝を調べてみると、中から蛹が出てきた。これぞ、ヨコヤマトラカミキリの蛹。3年前に野外調査で農家めぐりをしていた際の経験がここでも生かされた。

(シラカンバの落枝に切断面を見つけ、割ったら蛹が出現。持ち帰って無事に羽化。)

その後、ヒメヤシャブシをひたすら見上げ、怪しい枝をいくつか見つける。しかし、アリの巣になってたり、古すぎたりと、なかなか追加は得られない。

これは、小鳥(コゲラ?)にやられた痕。枝の中といえども安全ではない。

探索途中、ヨコヤマトラカミキリの生態について講義も受ける。樹種によって穿孔状況に違いが見られるというのは初耳だった。

1時間ほどの探索で、私は2本ほど追加。いずれも落枝からだったのだが、ムシムシQさんは違和感を指摘する。試しに、幼虫を材から完全に出してみた。


上:1本目の個体
下:2本目の個体

色や体形が明らかに異なっていた。上の個体はヨコヤマトラカミキリだが、下の個体はキクスイモドキカミキリ。見抜けなかったとは、恥ずかしい限り。そういえば、野外調査地のシラカンバでもキクスイモドキが出たのを思い出した。

結局、ヨコヤマトラは最初の1個体だけという結果になり、帰途につく。

17時頃に街中まで戻ってきて、DMSP/SSMIさんは荷物を発送。その後、体力回復のために近くのお好み焼き屋へ。初めて訪れる店だそうで、創作性に溢れた作品がメニューに並ぶ。麺とご飯が盛り込まれたお好み焼きとは、びっくり。

DMSP/SSMIさんが一足先に新幹線で帰途についた後、ムシムシQさんのお宅に3年ぶりにお邪魔して、時間まで標本を拝見。南西諸島への野望を抱きつつ、夜行バスへと乗り込んだ。


復帰後初めての採集となる今回の特別講習は、天気にも恵まれて3名で楽しむことができてなによりであった。数年分の単独修行で身につくはずのことが、1日でだいぶ得られたように感じられる。ムシムシQさん、DMSP/SSMIさん、どうもありがとうございました。

今回の特別講習ではもうひとつ大事なものを得た。それは、虫屋の三大障壁を乗り越えてきた人生の先輩からのアドバイス。大事なことは、虫でも人でも同じ。「チャンスは必ず来る。サインを見逃さないように。」

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