幻から復活したカミキリムシ

2010.Jun. 26

栄枯盛衰は人の世の常であるが、カミキリムシの世界でも同じ。かつては普通に見られた種類が、環境の変化で衰退の一途をたどる。夢のような昔話を聞くたびに、現代の若手虫屋はため息が出るのである。

チャイロヒゲビロウドカミキリ

関東平野の南半分だけに分布が限定された本種は、1980年代には日当りの良いニワトコでごく普通に見られたという。しかし、その激しい穿孔習性のため日向のニワトコとともに急速に姿を消し、1990年代中盤には”幻のカミキリムシ”の仲間入りをしてしまう。日陰のニワトコでは幼虫がほとんど成長できないという研究結果があり、それが致命的だったか。

だが、2000年代中盤になって、本種は再び関東のカミキリ屋の前に姿を現した。ユズリハという庭木に、深刻なダメージを与える存在として。今回は、再発見の際に大いに活躍したしまちゃんさんの案内のもと、東京都産の個体を探しに行くことにした。


朝9時、南武線の某駅で待ち合わせ。挨拶もそこそこに、車に乗り込んで目的地を目指す。

天気は下り坂、早めに探索を始めることにする。

今回の場所は、しまちゃんさんの極秘ポイント。実は昨年も密かに探索しているのだが、その時は生息痕跡のみ。今年こそはと、期待を込めて発生木に近寄る。

激しい穿孔サインは、とても目立つ。

真新しい羽化脱出孔もある。これは、絶対近くにいるはず。

ビロウドカミキリ類の習性として、丸まった枯葉に日中は潜んでいる。木を見上げると枯葉はあるが、数は極めて少ない。デビルアイと呼ばれる驚異的な視力を持つしまちゃんさんでも触角は捉えられず、私が長竿を伸ばして叩いてみても、あのカミキリムシは落ちてこない。

本種の寄主植物への執着は相当なものなので、絶対近くにいるはず。上がだめなら、ちょっと目先を変えてみればいいだけ。奥多摩帰りで集中力がいまひとつの私に先駆けて、しまちゃんさんがその姿をさっそく発見した。

ユズリハの下の低木の葉に止まる影。


チャイロヒゲビロウドカミキリ♀

私が虫屋になった頃は幻だった本種が、今まさにこの手に。しまちゃんさんは快く譲ってくださったので、ありがたく頂戴する。一番の特徴である、触角第1節の膨れ具合が他種とは明らかに異なる。現地到着から、わずか5分の出来事であった。

続いて、そのすぐ近くでしまちゃんさんが追加を発見。


チャイロヒゲビロウドカミキリ♂

長い触角を体に沿わせて、見事に隠れている。昼間はこのままの姿勢で、夜になったら活発に活動するのだ。

存在が確実なのだから、ぜひ自力で見つけてみたい。そう思って、この枯葉の上方を覗いてみると・・・。

こちらはちょっと隠れ方が下手である。個体差があるんだなと思いつつ、手に取る。


ニセビロウドカミキリ♀

残念ながら、同じ習性を持つ別種であった。確か、昨年も神奈川県の生息地で同じことがあったような・・・。しかも、下の枯葉にいたオスを採集しようと思ったら、すでに逃走していた・・・。

自力発見を目指して目視探索を継続するが、なかなか追加は見つからない。

一方、しまちゃんさんは怪しい影を発見。

こんなところに、トラニウス?

一瞬ビックリしたのだが、案の定、ヨツスジハナカミキリであった。平地ではなかなか見られないので、しっかり採集。

この後、しばらく探索を続けたが、ついに自力発見はかなわなかった。


チャイロヒゲビロウドカミキリ♂

去り際にしまちゃんさんが見つけた個体。触角が長くて立派であった。

この後、しまちゃんさんのフィールドを散策。

雑木林の中を、迷路のように道が進んで行く。

多摩丘陵では残り少なくなった、典型的な里山の風景。かなり歩いていくと、なんとなく見たことがある場所に出た。ある交差点に来た瞬間、その思いは確信に変わり、しまちゃんさんに地名を確認。やはり、大学2年の頃に1度だけ訪れた場所であった。あの頃とは景色が少しではあるが変わりつつあり、時の流れを感じた・・・。

以下、見られた主な昆虫を順不同で。


シラホシカミキリ

里山でお馴染みの、水玉模様。


アカハナカミキリ

平地でのカミキリシーズンの終盤を告げる種類。


ダイミョウセセリ幼虫の巣

成長とともに何度も引っ越ししていく。当初は植物名をヤマノイモとしていたが、オニドコロと判明(葉が互生)。


カノコガ

派手な姿だが、毒針は持っていない。


ミカドアリバチ

初めて見る大型のアリバチ。


トゲアリ

ここにもケンランアリノスアブは生息しているかも・・・。

東京都内とは思えない豊かな里山が広がっているこの地区。歩くだけでも、心癒される貴重な場所である。

だが、残念なことに、ついに開発が始まってしまった・・・。今日見た虫たちは、果たしていつまで見られるのだろうか。里山歩きの楽しさと、一抹の寂しさとを胸に、この地を後にした。

この後、隣の市へ移動し、もう1つのポイントへ。

しかし、木が枯れる前に先手を打たれてしまっていた。寄主植物は変わっても、その激しい穿孔性は変わっていないので、植栽のユズリハにとっては非常な脅威なのである。

木を蹴ると、ノコギリクワガタが落ちてきた。

道には、息絶えたヤマトタマムシ。もう、夏はすぐそこまで来ているようだ。

最後に、サクラのひこばえを探索。


リンゴカミキリ

こうした状況で発見するのは、実は初めてだったりする。

昼過ぎ、待ち合わせの駅まで送っていただき、本日の平地採集は終了した。


念願の東京都産チャイロヒゲビロウドカミキリにようやく遭遇。今回は自力では見つけられなかったのだが、その生態にさらに迫ることができた。久々に関東の里山を歩くことができて、奥多摩帰りの疲れを忘れる楽しい一日。しまちゃんさん、どうもありがとうございました。

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