2010.Jul.19-20
梅雨明けから数日、関西の長く厳しい夏が始まった。住宅地に取り囲まれた緑豊かないつもの丘には、虫捕り網を持った小さなライバルたちが出現する時期でもある。
今回は、この地を知り尽くしているアキラさんの案内で探検してみることに。トラップ採集の練習も兼ねて、涼しい森を目指すことにした。
19日(月) 海の日
夜勤明けで一旦家に戻り、15時に最寄駅で待ち合わせて目的地へ。20年余り前の風景の記憶が鮮やかに蘇っているアキラさんとともに、当時は存在しなかったという灼熱の舗装道路を進んでいく。
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15時50分、いつもの場所に到着。当然のことだが、すでに汗びっしょり。
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「変わってないなあ・・・」
道を進みながらも、なお当時の様子が思い起こされているようだ。
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ようやく林の中に入ると、かなり涼しく感じる。
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アカハナカミキリ♀
林縁には、カミキリシーズンの終焉を告げるとされる赤い影。曜日感覚も喪失して日常に埋没しつつある中、季節を教えてくれる貴重な存在だ。
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しばらくして、トラップ採集の目的地に到着。湿度は高いが、風通しは良い。
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こんな植物も生えている環境だ。
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林床には生息の痕跡がバッチリ。やはり仕掛けるならこういう場所なのだろう。
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オサムシ屋さんごとに秘伝があるというトラップのネタ(誘引源)だが、アキラさんはすしのこ系、私は蛹粉系。この辺りではタヌキを良く見たということで若干の不安はあるが、とりあえず標的の生息は確実なのでやってみるしかない。
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さて、うまく落ちるだろうか。
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設置完了後、少し休んでから広大な庭を案内してもらう。教わらないと気づかないようなポイントがかなり多く、それは後々訪れた時に紹介していこうと思う。やはり「線」ではなく「面」で歩いている人は違うものだ。
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今回は、ひとつだけ紹介。
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開けた雑木林。20年余り前は定番の樹液ポイントだったそうだ。さっそく近寄ってみようと思った時、アキラさんは獲物を見つけ捕獲態勢に。
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アオダイショウ
次の瞬間、獲物は手の中にあった。間近で見るのは、実は初めてかもしれない。
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肝心の樹液は、カナブンが占拠。湧出量が少ないため、個体数も少ない。他にはキタテハが遠慮がちに機会をうかがっていた。
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他の木は、樹液の痕跡のみ。夜を待つコシロシタバが静止しているだけであった。
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この後さらに奥まで進んだが、だいぶ体力を消耗してきたので引き返すことに。
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ウスバカミキリ♀
アカメガシワの樹洞に気配を感じて覗きこんだら、案の定いた。卵はほとんど産み落としたらしく、腹はほとんど空洞であった。小さいながらも状態は結構良い樹洞だったので、初夏にはもしかしたらベニバハナカミキリも狙えるかもしれない。
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日がだいぶ傾き、集中力がだいぶ失われた状態で歩く私とは対照的に、トカゲ屋さんであるアキラさんは、神経を研ぎ澄ましていた。
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そして、私は”絶滅危惧種”である「トカゲ屋」の貴重な生態を目撃することになる。
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虫は手だけで狙うが、トカゲはまさに体ごとだ。
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ニホンカナヘビ♂
鮮やかな黄色は、婚姻色だそうだ。実家周辺にはまだかろうじて生息していたが、改めて観察すると綺麗なものだ。
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これも、見るのは初めて。
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景色がだんだん橙色に染まる中、池の周囲で目を凝らす。
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ゴマダラカミキリ♂
集中力を欠いた私には見えず、アキラさん発見・捕獲。
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睡眠準備中のニホンカナヘビ
地面で眠るのかと思っていたが、そうではないという。
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オジロアシナガゾウムシ
パンダ模様の可愛い姿。実はオオゾウムシが採りたいというアキラさん、代わりにこれを生け捕りに。飼育下でうまくあの虫えいを形成してくれるだろうか。
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最後に、珍しい光景に遭遇し、しばし足を止めて観察。
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蜂はキオビベッコウ♀。蜘蛛はイオウイロハシリグモ♀
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クモはすでにハチから麻酔をかけられて動くことができない状態。あとは巣穴に搬入されるだけなのだが、あまりに重いので休憩しているところだった。
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巣穴の位置を確認した後、クモをくわえて千鳥足でロッククライミング。
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この排水管に運び込みたいらしいが、あと一歩のところで失敗・・。態勢を立て直して再挑戦する様子だったが、日暮れまでに完了するだろうか。あまりに時間がかかりそうだったので、見切りをつけて帰途につく。
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明日への期待を胸に、来た道を引き返していった。
20日(火)
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9時30分、森の入り口に到着。昨日の反省から、駅からの所要時間わずか5分。
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昨日の狩りの顛末
さすがに、重すぎて時間切れだったか・・・。
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暑くならないうちに回収ということで、目的地へ直行。生息は確実ということで期待していたが、遠くから見て意気消沈。
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私のトラップは、タヌキとの知恵比べに負けた・・・。唐辛子だけでは不十分だったらしい。
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かろうじて残っていたコップの中身を総合すると、こんな程度。ああ、やってしまった・・・。
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一方、アキラさんはタヌキの鼻をうまくかいくぐったらしい。だが、オサムシやマイマイカブリの影はなく、めぼしいものとしては大きなカタツムリが採れたくらい。貴重な「エサ資源」として回収するところは、一般の虫屋さんとは大きく違う。結局、初めてのトラップ採集は残念な結果に終わった・・・。
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少し休んだ後、ここに到着する直前に「ある虫」を取り逃がした場所へ。
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アカマツ立ち枯れが林立するエリア。この場所で、炎天下に活動する、あの虫が狙い。
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その虫は里山でごく普通に見られる甲虫なのだが、実は、私は自力採集したことがないのだ。手元にある唯一の標本は、以前に京都で死骸を譲ってもらったもの。
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今日、トラップ回収直前にその姿を目撃したものの、安易に片手でつかもうとして地面に落下、行方不明に。でも、発生が確実なので、絶対採れるはず。ということで、立ち枯れや地面の枯枝を眺めていく。
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そして、二人がほぼ同時に飛翔物体に反応。
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この枯枝に飛んできて着陸した。長竿を準備して、枝ごと網に押し込んでふるい落とす。
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自力採集は人生初となるその虫は、これ。
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クロタマムシ
これぞ、長い間採れそうで縁がなかった、松林の常連。この控えめな銅色の金属光沢と全身の彫刻が、実に渋くて味わい深いのだ。この炎天下、来た甲斐があった。
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そして、網の中の枯葉や枯枝を捨てようとしたところ、
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ムラクモカレハ幼虫
日本初発見から12年、寄主植物の範囲を徐々に広げているのかも。飼育下の経験では毒刺毛は胸部の褐色の2束だけかと思っていたが、この大きさになると腹部背面の黒い毛束も威力を持つことが判明。それにしても、また食い手が増えてしまった・・・。
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さらに追加を狙っていると、梢を飛ぶ影をアキラさんが発見。
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オオウバタマコメツキ
科レベルで違うけれど、飛翔する姿は良く似ている。
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続いて、もう1匹。今度もアキラさん発見。
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ウバタマムシ
一回り以上大きいなと思ったが、やはり本種だった。最近見てなかったので、しっかりと採集する。
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この後、だいぶ疲れてきたこともあり、樹液ポイントへ行くことにする。
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途中、ヤマナラシの梢近くに飛来した影をアキラさんが発見。長竿を伸ばして確実に採集。これで、ペアで発見してもらった。
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「この道、こんな広くなかったぞ・・・」
発汗様式が完全に夏仕様に切り替わっているとはいえ、灼熱の舗装道路を歩くのは精神的につらいものがある。
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樹液ポイントに到着。
「前はこんなに開けてなかったぞ・・・」
風が通り抜ける爽やかな林だが、あの香りがほとんどしない。
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樹液が出ている木は、わずか3~4本。
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ここではシラホシハナムグリが占拠していた。シロテンハナムグリ全盛の関東では、ありえない光景だ。
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林内を歩き回ってみたが、どうも、不気味な林だ。樹液の存在を遠くから知るてがかりとなるヒカゲチョウ類がほとんどいない。樹液に大量に群がるヨツボシケシキスイの姿が、まったく見当たらない。樹液の泉を維持する重要な存在であるスズメバチも、いない。そして、この木の背後には、迫りくる宅地開発の脅威。
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もはやここでは地元の子供たちは昆虫採集ができないという、「大人の事情」という”情けない事”も知ることになった。
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「いろんな意味で、この山も虫が採りにくくなったなあ・・・」
20年という時の流れを実感しつつ、昼前に帰途についた。
何度か訪れていた「近所の丘」なのだが、線で歩いて見えるのはほんの一部。本当に良い場所を探すなら、面で歩かなければならない。開発の手も迫りつつあるのだが、まだまだ魅力が多く残されているようなので、季節推移を見ながら、また訪れてみることにしよう。最後に、炎天下の中を案内してくださったアキラさん、ありがとうございました。