山頂に残されたブナ林

2010.May 30

暦は着実に進んでいくものの、季節はむしろ逆戻りしていくような、不思議な5月も今日と明日でおしまい。山地のブナ帯でもいよいよ初夏、さまざまな昆虫が動き出す頃、古くからの森に生息するセダカコブヤハズカミキリ類も活動を開始している。先週のオサムシ採集ではなんとか幼虫を削りだしたものの、やはり倒木を見回る成虫採集の醍醐味も経験しておきたいところ。奥多摩からのお呼びはないため、近場の未踏地を思案したところ、大阪府に残された数少ないブナ林があって、ハイキングも同時に楽しむことができる、和泉葛城山へ。


電車とバスを乗り継ぎ、10時に登山口へ到着。一般ハイカーに混じって、登山開始。

最初は、舗装道路を歩いていく。

山道に変わると、ひたすら植林の中を進んでいく。神戸時代と違ってずっと屋内作業が続いているため、体が夏に適応できておらず、息があがって汗が噴出する。オサムシが歩いていないかと周辺視野を働かせるが、反応なし。

半分近く来たところで、舗装道路をしばらく歩く。登山靴では足への負担が大きいので、できれば避けたいがやむを得ない。

しばらく歩くと、前方にオサムシの姿を発見。発見当時はイワワキかと思ったが、帰宅後に見るとどうもヤマトオサムシのようだ。防御物質を噴射されないよう、丁重に取り扱って容器に収納。

この個体はメスだったので、オスがいないかと側溝を中心に見回りながら歩いて行くが、結局見つけることができないまま舗装道路から山道へ復帰する。

再び、植林の中を進む。舗装道路に出る前よりも、傾斜はなだらか。

さらに進むと、木漏れ日が柔らかくなった。いよいよ、ブナ林に突入したようだ。

道端には、ブナの大木。伐採を免れて、乾燥化が進む中でも懸命に枝葉を伸ばしている。

ブナの大木の大きさはこのくらい。地衣類の付着が少なめなことからも、乾燥化がうかがえる。

さらに進むと、階段と鳥居が見えてきた。いよいよ、山登りもあと一歩。

このブナ林が守られたのも、この神社があったから。境内にもブナの大木が残り、良い雰囲気。

その気になれば山頂まで車で来ることも可能なのだが、植林を延々と登ってきたうえで、ブナ林に到達することに意味がある。

12時、展望台で昼食。大阪湾が一望でき、関西空港からは飛行機が飛ぶのが見える。

反対側に眼を向ければ、紀ノ川と和歌山平野が東西に広がる。今年の目標のひとつは、このはるか向こうですでに活動を開始していることだろう。

昼食終了後、探索を開始。この山に生息するのは、イワワキセダカコブヤハズカミキリ。植林活動によって山麓から山頂へ追いつめられた過去を持っている。現在、ブナ林は保護されているため道端での探索しかできないが、西日本で磨いた「コブ探しの眼」を信じて、探してみよう。

実際、事前の情報収集でブナ林の探索範囲がほんのわずかと知った時、採れる可能性は極めて低いと思った。採れなくても良いと思った。でも、探索開始から5分と経たないうちに、その瞬間はあっけなく訪れた。

道のすぐ脇の大木の手前に落ちていた枯枝に眼の焦点を合わせたところ、その背後にあるサクラ枯枝で何かが素早く動いているのを、周辺視野が捉えた。もちろん、その正体は一瞬でわかった。

そのまま歩き去ろうとしていたので、撮影は諦めて採集に専念。完全に気配を消してすばやく近寄り、右手でつかみ、そのまま道に戻る。


イワワキセダカコブヤハズカミキリ

この亜種を倒木で眼で見て採集したのは初めて。左触角が欠けているのは、他個体と闘争したから。あと1分、遅くても早くても、この出会いはなかったことだろう。

せっかくなのでメスも採りたいと欲を出すが、そう甘くはない。木道の外にある優良物件を、ただ眺めるだけ。

道端の物件は、そこそこのものばかり。

夜になれば徘徊しているのかもしれないが、今は姿はない。

残されたブナ林の面積は、意外と狭い。セダカコブヤハズの命綱ともいえる湿った倒木の発生量はまだ大丈夫だろうが、これ以上、広葉樹林が衰退することがないように願うばかり。過去の過ちを、未来に生かしながら。

ブナ林を後にして、ふたたび植林の中を下っていった。

麓まで戻ってきたがまだ日が高いので、さらに周辺を探索。

「Genkaさん、何かいます!」

またも、路上を徘徊するオサムシを発見。すぐそばにいたのに私は全然気づかなかった。現地ではヤコンと思ったが、帰宅後に見るとどうもイワワキのようだ。オサムシの大きさの感覚は、まだまだ修行が足りない。

これも防御物質を噴出しないようにと思ったが、失敗。ゴミムシダマシとは違った系統の香りが久々に漂った。

続いて、遺棄されたシイタケほだ木。頼まれたものがあるので、ナタで削る。


クワガタの幼虫

たぶんコクワガタに化けると思うが、親になってからのお楽しみ。


ハナカミキリの一種の幼虫

植林の中なのでおそらくヨツスジハナカミキリに化けるだろう。


陸生ホタルの幼虫

腹端がしっかりと光を放っていた。現地ではヒメボタルかと思ったが、オバボタル類のようだ。このあたりはまだまだ勉強不足。

17時、最終バスで帰途につく。今日も実に良い天気だった。


今回初めて訪れた、大阪府に残るほぼ南限のブナ林。奇跡的に残された林は、想像していたよりも環境は良かった半面、その面積が非常に狭かったのが、とても気がかり。イワワキセダカコブヤハズカミキリにも運よく出会えたが、これも個体数が維持できる倒木供給量があるからこそ。豊かな森の象徴でもある本種が、これからもこの山で見られることを願うばかり。


帰宅前、近所の丘へちょっと寄り道。甘い香りが漂う中、ある予感を胸にゆっくりと歩く。

右の葉に、新しい食痕。その0.5秒後、左の葉裏に姿が見えた。


ニセリンゴカミキリ

いよいよ6月、平地では虫たちの夏が始まる。

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