材採集修行 其の参

2010.Jan.23-24

カミキリムシは甲虫屋さんの中でも人気が高いグループで、良い図鑑も比較的早くから出版されてきた。不朽の名作「日本産カミキリ大図鑑」や、最新刊「日本産カミキリムシ」といった、日本産全種が掲載された図鑑を頭に内蔵しているカミキリ屋さんは多く、さらには外国の図鑑が頭に入っているという人もいることだろう。そのため、成虫を見ればすぐ名前が出てくるカミキリ屋さんは数多く存在する。

一方、カミキリムシの一生の大部分を占める幼虫についてはまだまだ研究途上の段階であり、図鑑も出版されていない。「カミキリムシ=林業害虫」という単純な図式の存在により研究自体は古くからあり、一部の種類については形態の詳しい記載も行われているが、「同じ材から出たから同種だろう」という安易な研究手法も行われたと聞く。1992年出版「日本産カミキリムシ検索図説」には幼虫の図解検索が掲載されたが、続刊といえる「日本産カミキリムシ」では完全カットされてしまった。

この冬のテーマは、カミキリムシ幼虫の識別。成虫だけでは飽き足らず、幼虫の世界に足を踏み込んだ数少ない先人たちに教えを請いながら、図鑑で覚えた誤った知識を修正しつつ、本物の「日本産カミキリムシ幼虫図鑑」を構築していくしかない。そのために今日は、いつもの里山に修行へ。


土曜日の9時過ぎ、電車で最寄り駅に到着。ちょうどバスが発車した後であり、次便は1時間半後。それなら歩いた方が早いので、約5kmの道のりを黙々と歩く。

45分後、いつもの場所に到着。刈田が広がる農村風景、青空には野焼きの煙がたなびく。

日陰には霜が残る。

いつもの道をたどり、いつもの雑木林へ。

夏には数多くの昆虫でにぎわった樹液の泉も、今日は静かだ。周りのササは刈り払われ、すっきりとしている。

そのすぐ近くには、コナラの丸太。昨年の春から転がっていて、夏にはミドリカミキリがよく歩いていた。

ナタを入れると、さっそく幼虫が出現。体形からみてカミキリ亜科のようだ。

ルーペでのぞくと、短いながらもしっかりと脚が3対ある。

顔はこんな感じ。ミドリカミキリなのか、トラカミキリなのか。結果は飼育してみないとわからない。

幼虫の密度は意外と低く、しばらくナタを入れ続けてようやく2匹目が出現。これはどこでも出てくるゴマフカミキリ類。あまり効率が良くなさそうなので、目星をつけている場所へ向かうことにする。

道中、伐採されたコナラやアベマキが脇に転がっている。シイタケ栽培のほだ木に使用するため、この時期に切るらしい。

ケンランアリノスアブが飛来するコナラにも危機が。今年はとりあえず大丈夫なようだが、来年はどうだろう。

しばらく歩いて、棚田に到着。畦が崩壊しないように、草刈りはしっかりと行われている。一番上の水田の上にある、ノグルミの材を目指す。

これがノグルミの材。伐採されたのは昨年の初夏。

あれから半年、カミキリムシ幼虫の穿孔により樹皮は浮いたり剥がれたり。とりあえず、目標はタカサゴシロカミキリ幼虫の確認。

樹皮を剥がし、食痕を取り除くと、材部への進入孔が見つかる。これは繊維状の木屑で栓がされていた。

その脇を削ると、木目と平行に走る坑道が現れ、中には幼虫の姿が。慎重に削り、ピンセットでつまみ出す。

幼虫の顔はこんな感じ。褐色の顆粒でできた「凸」を逆さにしたような模様がある。こういう顔はトホシカミキリ族Saperdiniに多いらしい。里山ということを考えると、おそらくシラホシカミキリだろう。実際、昨年はノグルミ材からたくさん羽化脱出してきた。

同じように栓がある進入孔を削っていくが、どれも同じ顔の幼虫ばかり。それならばと、違う進入孔がないか探していく。

すると、栓がない進入孔を発見。これは期待できるかも。

しかし、期待は10秒で消えうせ、恐怖の顔が出現した。


コメツキムシの一種

肉食性で、枯木に穿孔する昆虫類の天敵。強力な大アゴで材中を縦横無尽に移動し、ターゲットを追い詰める。どんな種類に化けるのか、ちょっと興味が湧いたので持ち帰ることに。

栓のない進入孔があった部分の食痕を覚え、同じ食痕を探す。進入孔が見つかったら、ナタで慎重に削る。

木目に垂直に走る坑道を深く削っていくと、幼虫が現れる。

顔はこんな感じ。シラホシカミキリとは明らかに異なる。この後の採集に備えて特徴をルーペでしっかり観察し、持ち帰る。いくつか幼虫を確保した後、場所を移動することに。

移動途中、目に付いたカキの木。ため池のほとりに2本だけ孤立して生えていて、放置された枝は伸び放題になっている。

枝を見ていると、イラガの繭が結構あることに気づく。

中にいる老熟幼虫は硬い繭に守られて冬をしのぎ、春には蛹になり、初夏になると上部がきれいに開き、きれいな成虫が羽化脱出する。

しかし、繭の中といっても安全とは限らない。天敵であるイラガセイボウに寄生されると、秋の間に幼虫は食い尽くされる。初夏には本来の出口は開かず、青色の美しいハチが側面を食い破って姿を現す。

イラガセイボウが寄生するのは、イラガの幼虫が繭を形成した後。産卵管が硬い殻を貫通した痕は、褐色の点となって残る。最初の繭にも、中央やや右上に小さな点が確認できた。

池に落ちないように木登りしながら、繭をひとつずつ手にとる。木についてたすべての繭を10分ほどで確認した結果、驚くべきことにそのすべてに産卵痕が存在した。寄生者のおそるべき探索能力を見せつけられた気がする。

繭のひとつを割ってみると、薄皮でできた繭の中に、丸々と太った幼虫がいた。

イラガの繭(中身の幼虫)は釣り餌の「たまむし」として有名だが、ガの幼虫とハチの幼虫で、釣果に差が出るのだろうか。そもそも、ガとハチの違いに気づいている釣り人はいるのだろうか。そんなことを考えながら、次のポイントへ向かう。

農道の脇にある、小規模なメダケ群落。実は昨年、ここである虫の生息痕跡を見つけていて、今回はそれが狙い。

脱出孔は、このような長方形。

産卵加工は、こんな感じ。

・□・

ルリクワガタ類の産卵マークと同様に、顔文字で表現できる。

農道上では寒いので、日向に回って探索開始。

今は昔、竹取の翁という者ありけり。野山に混じりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。

中学生の時に覚えた「竹取物語」の冒頭部分を心の中で暗唱しながら、古い竹から順番に、ナタで慎重に割っていく。

その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて、寄りて見るに、筒の中光たり。

探索開始から10分、だんだんと眼が慣れて辺りが暗くなってきた。

それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。


ニホンホホビロコメツキモドキ

ようやく、その姿を拝むことできた。甲虫屋なら一度は耳にしたことがある、有名な虫である。コメツキモドキらしい上翅の微妙な色合いがなんともいえない。

ちょうどその時、おじいさんが草刈りのため軽トラックでやってきたので、不審者と思われないように虫を片手に挨拶に行く。

「こんなん、今まで気ぃつかんかったわ」

人目に触れることなく、メダケの林で静かに暮らしている虫らしい。

おじさんから採集許可をもらって、メダケ群落の前に戻る。慎重にタッパーに入れた後、採集状況の確認。

鎮座していた節の下部には、こんな木屑が溜まっている。

長い繊維は、おそらく羽化脱出孔を削った際に出たのだろう。

成虫がいた節は、内部の白いモヤモヤがきれいになくなっている。幼虫はこれを食べているのだろうが、その量は微々たるもの。まるで霞を食らう仙人のような幼虫時代を送っているようだ。

ちなみに、幼虫はこんな姿をしている。成虫が入っているものより新しい竹に入っている。丸々と太っているが、糞の量はごくわずか。微生物との共生関係がありそうで興味深い。

本種が有名なのは、なんといってもその奇妙な形にある。メスの頭部が、明らかに左右非対称なのだ。滑りやすいタケに産卵するための形態の特殊化ということらしい。

そして、本種は日本産コメツキムシ科の最大種でもある。かぐや姫のように三寸(約9cm)とまではいかないが、大型個体で20mmほどにもなる。

ただ、幼虫時代の栄養条件の差が激しいようで、10mmを下回る個体もしばしば出現する。あまりに小さいと羽化脱出できず、暗闇の中で一生を終えることもあるらしい。

コツがわかると簡単に見つけられるようになり、そこそこ個体数を確保。同時に、副産物もいくつか得られた。


ドロバチの仲間の幼虫

どの種に化けるかわからないが、とりあえず持ち帰る。


ハイイロヤハズカミキリ幼虫
(2010.1.28判明)

採集時点ではベニカミキリと思い込んでいた。以下、誤同定に基づくコメント。

普通は肉厚のタケの材部に潜っていて空洞部には出てこないのだが、予想以上に成長してしまったので、やむを得ず空洞に進出したらしい。

腹部はこんな感じ。フトカミキリ亜科なので脚がないのは当然である。そもそも、タケ類に穿孔する種類はごく限られているので、記載内容もかなり正確なはず、という考えさえあれば・・・。

ということで、ニホンホホビロコメツキモドキもそこそこ採集でき、今日はこれで満足。まだ少々時間は早いが、帰途につくことにしよう。

再び、クヌギの樹液ポイントの前を通る。木はだいぶ衰弱しているようで心配だが、また来る時までその姿を留めていてほしい。

バス停に着いてみると、ちょうど通過したところだったので、次の便まで時間つぶし。

これも目星をつけていた、川沿いのメダケ林へ。

脱出孔はすぐに見つかった。

成虫もすぐに見つかったが、個体数は多くなかった。

帰りの電車に揺られているところで、ふと某所のことを思い出す。そこにはムクノキの伐採木が積み上げられていて、昨年の夏の夜、白い影に逃げられたところ。夏がダメなら、冬に材で採ってやろうと思っていたのだ。

あの日と同じく途中下車して、ポイントへ向かう。

ここをLEDライトで照らしていると、白い影がサッと横切った。きっと、産卵に訪れたオオシロカミキリのメスなのだろう。

すでに日が傾いていて薄暗くなってきたので、早めに勝負をつけたいところ。撮影もそこそこに、斜面を降りて探索開始。

樹皮が浮き上がっていて羽化脱出孔が見当たらないので、幼虫はまだ材内にいるということ。同じシロカミキリ族ならば、同じような食痕を残すに違いない。午前中に見たタカサゴシロカミキリの食痕を思い出しながら、樹皮を剥がす。

食痕の下には、栓がある進入孔。この時点でハズレとわかってしまうが、一応削ってみる。

予想通り、まったく違う幼虫が出てきた。顔をルーペで見ると、どうもビロウドカミキリのようだ。

だんだんと冷え込み、暗くなっていく中、撮影は後回しにして探索を続ける。


樹皮下から出てきた幼虫

ルーペで見ると、タカサゴシロカミキリに良く似ている。材部に潜っていないから違うかもと思いつつ、一応持ち帰る。

ようやく、栓のない進入孔を探し当てた。だが、この時点でナタを持つ左腕の疲労は限界が近づいていた。細かい動きが出来ない中、慎重かつ大胆に削っていく。

なんとか姿を現した幼虫は少し傷ついていて、体液が噴出してしまう。写真撮影後、せめて標本にしようとタッパーを取り出すが、あと一歩のところで落下し、枯葉に紛れて消えてしまった。LEDライトをつけて必死に落下点を探すが、見つからない。昼食も食べてないし、もう、ダメだ。明日、もう一度出直そう。


翌朝、左腕のかすかな筋肉痛とともに目覚める。朝食を適当に済ませ、出発。

中高年ハイカーを気にすることなく、斜面に降りて探索開始。

粗い繊維状の木屑はゴマフカミキリ類なので避けて、なるべく細かい木屑が出ている場所を探す。しかし、いざ探してみるとなかなか見つからない。この材置き場の条件はあまり良くないのだろうか。


樹皮下の幼虫その1

表から見るとシロカミキリ類に似ているが、裏面を見ると全然違った。体長10mm前後、サビカミキリ類だろうか。


樹皮下の幼虫その2

褐色の大きな斑紋が目立つ。初めて見るタイプだが、一体何に化けるだろうか。

結局、シロカミキリ類らしき食痕はひとつも見つからず。やる気を失い、昼前に帰途についた。後は、昨日採集した幼虫に賭けるしかない。

まずは、ノグルミにいたタカサゴシロカミキリの幼虫。

前胸の側方には、前後に走る1本の深く長いシワがある(矢印)。前胸の前半にはやや濃色の模様があり、中央で断絶している。頭部は前縁だけ赤褐色で、あとは胸部以下とほぼ同じ淡色。腹部の各節には歩行突起があり、特徴的な刻印がある。

続いて裏面。口器の後ろにはメガネのような模様がある。

次は、ムクノキ樹皮下にいたオオシロカミキリと思われる幼虫。同じシロカミキリ族なら、良く似た特徴を持っているはず。

まずは背面。タカサゴシロカミキリと、ほぼ同じ特徴を示す。前胸側方の1対の縦シワも、はっきり認められた。

裏面も同様。頭部の「メガネ模様」の“レンズ”の形が若干異なるか・・・。

さて、あなたはどう見ますか?

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