3月24日(水):5日目
丸一日採集に費やせるのも、いよいよ今日が最後となった。連夜の灯火採集でだんだんと疲労が溜まってきているのだが、こんな夢のような島で過ごす時間は、一生のうちに一度きりと思うと、疲れたなどと言ってはいられない。身支度を整えて、Toki氏と打ち合わせをする。
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カタゾウムシのポスター
1日目にToki氏の所属研究室を訪問した際に撮影したものだが、これを見て、どのくらいの人が気づいただろうか?
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ひとつだけ、仲間外れがいるのだ。
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ゾウムシ科とは明らかに違う触角を持つ、この存在。鳥が消化できず苦しむほどの硬い体を持つカタゾウムシに、見事なまでに擬態しているカミキリムシなのだ。
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フィリピンではカタゾウムシとともに実に多様な種分化を遂げており、そこから海流に乗って漂着したとみられる1種がこの蘭嶼に分布する。
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遭遇のヒントは、「烏心石」の葉を後食するということ。
Toki 「オガタマノキのことだよ。ミカドアゲハのホスト。」
Genka 「実物は見たことないけど、なんとなくイメージは湧く」
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ということで、出発。もう島内の様子は大体わかったので、今日は単独で行動。互いの健闘を祈りつつ、バイクを走らせる。
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ガソリンスタンドがある集落の裏手に駐車し、地形図で目星をつけた丘に登ってみる。
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林縁環境を求めて登って行くのだが、>最初の方で低木が少々あったのみで、途中から草原に変わってしまった。海風が直接吹き付けるところでは、林が発達しにくいのかもしれない。
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頂上付近まで登って集落を一望して、移動することを決める。
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再び、登山道へ。Toki氏と適当な時間に落ち合う予定にしていた山の中へ、採集しながらゆっくりと向かうことにしよう。
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Toki氏はここで”普通サイズ”のBumetopia(ウスアヤカミキリ属)を得ているので、それを狙ってススキの株を徹底的にビーティングしていく。
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蘭嶼淡色燦天牛
Bumetopia lanshuana
学名にもあるように、蘭嶼固有種。あまり多くは見つからないのは、叩き方の問題なのか・・・。
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蘭嶼超扁條天牛
Bumetopia stolata
初日からほぼ毎日のように出会っている。ウバタマコメツキほどの大きさがあるが、これでも同じBumetopia属。
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木が生えているエリアに入ると、小さいウスアヤカミキリは姿を消す。代わりに、水玉模様のカタゾウムシがたまに落ちてくる。時々木陰で休憩しながら、ビーティングを続行していく。
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どのくらい叩いた頃だろうか、今まで見たことない水玉模様の物体が叩き網のど真ん中に落ちてきた。
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白點球背象鼻蟲
Pachyrrhynchus insularis
ついに見つけた、4種目となるカタゾウムシ。今まで見た種に比べて一回り小さく、斑紋も純白。
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葉に止まらせて撮影。その体型も、他種に比べて細い。
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十分に撮影した後で子孫繁栄を願って林の中へ投げ込み、森の中へと歩みを進める。
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真夏の日差しが照りつける砂利道を抜けて、森の中へ。前回は登山に集中していて気づかなかったが、脇道が何本かあるようだ。とりあえず荷物を置いて、噴出する汗を拭いつつ休憩。
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一息ついた後、登山道の脇に木になる立ち枯れがあったので、先にそちらを見に行くことにする。
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木の周囲が妙に明るかったので遠目でもすぐに立ち枯れと直感。撮影を終えて一歩近づいた瞬間、ある一点に視線が吸いこまれた。
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「お、カタゾウムシ発見! 遠くてよく見えないけど模様が違う、5種目のカタゾウムシ?」
前夜に見たP. sonaniの可能性もあるので、逃げられないよう、慎重かつ迅速に近寄る。
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「これは、明らかに模様が違う。でも、P.yamianusとは何か違うぞ・・・」
P. sonani と P.yamianus は水色の線が縦横に走る共通の斑紋パターンを持つのだが、この個体はそのいずれとも違う。
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まさか、研究室のポスターで存在を知った、あの未記載種なのか???
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10秒ほど経過した頃だっただろうか、ふと気づいた。
「あれ、触角が変だぞ・・・・・」
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偽硬象天牛(擬硬象天牛)
Doliops similis
日本語名を充てるなら、カタゾウカミキリ。本気で、カタゾウムシだと思ってしまった。オガタマノキのことなどすっかり忘れていたというのに、こんなところで出会えるとは! これが生きて動いているのを見たくて、わざわざこの島に来たのだ。
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カタゾウムシと違って正常な後翅があり飛ぶことができるため、撮影後、逃げられないよう慎重につかんで、タッパーへ。おそらく本日最大の収穫を無くさないよう収納してから、いよいよ登山道の脇道を本格的に探索。
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以下、出会った虫を順不同で。
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藍彩吉丁蟲
Chrysodema jucunda
脇道の上を飛翔していたところをネットイン。日本にいるアヤムネスジタマムシなどと同属。
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蘭嶼縱條吉丁蟲
Iridotaenia kotoensis
前種を撮影した直後に、同じく脇道の上を飛んでたのに気づいてネットイン。わりと珍しい種類らしい。
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林縁の立ち枯れを見上げると、オレンジ色の影が下へ向かって歩いてくる。射程圏内に入ったところで、長竿を伸ばす。
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黒胸山天牛(黒胸金翅天牛)
Lachnopterus socius
花掬い以外で見つけたのは初めて。産卵に訪れていたのだろうか。
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食蟲虻的一種
Asilidae gen. sp.
日当たりの良い場所で縄張りを張っている。日本にいるムシヒキアブにはない南国風味の輝きに心を奪われる。
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村上氏銹天牛
Mimectatina murakamii
蘭嶼固有種で、日本にいるコゲチャサビカミキリに近縁。尾端を上げて静止する姿もそっくり。
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絨毛天牛的一種
Acalolepta sp.
わりと新鮮な枯葉つき枯枝に潜んでいた。図鑑には載っていない種類。
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カタゾウカミキリを見つけた立ち枯れも時々見に行く。何回目かで、タマムシが止まっているのを発見。
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藍彩吉丁蟲
Chrysodema jucunda
先ほどは手づかみ撮影だったが、生態写真の撮影にも成功。
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昼を過ぎる頃、ちょっと疲れてきたのでほんの少しだけ昼寝をする。体力が少しだけ回復したところで、探索を再開。しばらくしたところで、Toki氏が山を登ってきた。お互いに今日の収穫を確認していく。
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カタゾウカミキリを見せると、なんとToki氏も別の場所で採集したと言う。同じ日に別々の場所で狙いのカミキリを採集できて、ひと安心。
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第4のカタゾウカミキリは、Toki氏もまだ見ていないとのことであった。やはり少ない種類なのか、探し方のコツがつかめてないのか・・・。
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情報交換もそこそこに、改めて探索を再開。すると間もなく、危険な生物を発見してしまう・・・。
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赤尾青竹絲
Viridovipera stejnegeri stejnegeri
タイワンアオハブという和名が与えられている、この島唯一の毒ヘビ。大きな獲物を呑み込んでいるらしく、腹が大きく膨れていて動きが鈍い。
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すぐさま、Toki氏を呼び寄せて、しばらく遠巻きに撮影していく。
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やがて、Toki氏が棒でヘビを持ち上げる。
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二人で交互に記念撮影。腹部は鮮やかな黄緑色で、実に美しいヘビだ。
(今回は動きが鈍かったので大胆な行動をとったが、あくまでも自己責任で。もし咬まれても、島には病院らしきものもないのでおそらく治療はできません・・・。)
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そして、採集時に誤って踏みつけないように、Toki氏が遠くへ逃がしに行った。
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そして、探索再開。
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黒尾棕天牛
Pseudiphra apicale
南西諸島にもいるツマグロアメイロカミキリ。脇道をオレンジ色の蚊が飛んでいるように見えてネットイン。日本より先に台湾で採集することになろうとは・・・。
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刺胸瑣天牛的一種
Sciades sp.
クロオビトゲムネカミキリの一種とみた。この前に見つけている S. botelensis とは雰囲気が異なる。
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シロアリの巣
なんとなく反撃が怖くて手を出すのは止めておいた。もしかしたら妙な好白蟻性昆虫が入っていたのかもしれない。
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17時、灯火採集もあるので下山して宿に戻る。
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2時間後、灯火採集開始。気温も高く、月はまだ低い位置にある。今夜は期待できそうだ。
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野螟的一種
Parotis suralis
八重山諸島にもいるアオバノメイガ。その特徴的な翅形は、かじり落とされた葉のカケラを再現しているかも。
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魔目夜蛾
Erebus ephesperis
日本にもいるオオトモエ。ライトの周辺を落ち着きなく飛び回っていた。
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翠尺蛾的一種
Eucyclodes sp.(=Chloromachia sp.)
日本にいるヒメシロフアオシャクと同属。上品な霜降り模様が美しい。
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寛巾夜蛾
Bastilla(=Dysgonia) fulvotaenia
南西諸島にもいるキオビアシブトクチバ。良く似た種が多いが斑紋を見極めて本種と同定。
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青銅金龜的一種
Anomala sp.
アオドウガネの一種。個体数は多く、途中から採集しなくなってしまった。
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21時頃、灯火設置場所で、セミの羽化が始まったことに気づく。虫の飛来がひと段落したところで、時間潰しに観察&撮影。
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3分経過、翅が徐々に展開していく。
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さらに6分経過、翅がほぼ伸びきった。あとは、体が固まるのを待つばかり。
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このあたりで、体力の限界を感じて仮眠(Toki氏撮影)。鱗翅目がまとわりつかないように幕から少し離れて横になる。
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しばらくして復活し、大物の飛来を待つ。すでにToki氏の元には何個体か飛んできているようだが、きっと私のもとにも現れるはず。
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蘭嶼刺薄翅天牛
Megopis formosana lanhsuensis
今夜も現れた、トゲウスバカミキリ蘭嶼亜種。日本で保管中のソヨゴ材から羽化脱出してきたら、日本本土亜種との違いも見比べてみたいところ。
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車輪螟蛾
Nevrina procopia
日本にもいるハグルマノメイガ。特徴的な斑紋は、一体何を模しているのだろうか。
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天蛾的一種
Theratra sp.
渋い色合いのスズメガ。このあたりは似たものが多く、種まで特定できず。南国というと派手なものが多いイメージがあるが、単に全体の種数が多いからそう感じるだけであって、実際は派手な種の何倍も地味な種がいるのではなかろうか。
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日付が変わる頃、ライトの電源が切れる前に撤収。例のセミは翅をたたんで体が硬化するのをじっと待っている。これを見届けてから、下山。
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鞭蠍的一種
Order Uropyqi
宿に戻ると、洗面所に珍客が来ていた。南西諸島でよく見かけるサソリモドキの仲間。
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今夜は、満天の星空にまばゆいばかりの半月が浮かぶ。明日は無事に台東まで戻れるものと、微塵も疑うことはなかった。
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