沖縄本島真冬の散歩

2009.Dec.31-2010.Jan.2

我が家の年末年始は、いつも父の実家がある沖縄本島で過ごしてきた。幼少時には長距離移動、微妙な時差、亜熱帯気候への適応に苦労したものだが、正月を暖かいところで迎えるというのはとても幸せなことなのだと思うようになる。学部時代は盆休みにも行っていたが、研究室生活に入る頃には途絶えた。

滞在先は市街地のど真ん中だが少し歩けば農村地帯になるため、たまに散歩をしていた。そして、昆虫採集を始めてからは積極的に歩き回るようになる。最初はハブの恐怖がつきまとい、植物が見分けられないなど壁があったが、頭の中に植生図や地形図が少しずつ形成されるとともに、狭いエリアながら実に多様な環境が点在することに気がつく。そして、新たな採集方法・視点を身に付けていくと共に、かつては見えていなかった多くの昆虫が見つかるようになったのである。

例年はプチ採集のため採集記にはしなかったのだが、今回は今までにないほどの収穫があったため筆を取ることに。普段の採集記とは異なりエリアごとに3日分の成果をまとめる形にした。


沖縄本島中部の、とある市街地。高いビルはなく、海風が吹き付ける平凡な南国風の街並みだ。ここから徒歩5分ほどで、幼少時からの散歩エリアとなる。


小高い丘の上にある公園

展望台に登れば、市街地と山並みと海が良く見える。周りを海に囲まれているため年中風が吹いていて少し肌寒いのだが、こういう時には風裏(かぜうら)と呼ばれる無風地帯を探すと良い。

今日の風向きをチェックし、頭の中の地形図を基に風裏を探り当てると、そこには多くの昆虫が日光浴をしている。真冬だというのにチョウが見られるのは、虫屋としてはうれしい限り。


アオタテハモドキ♂

年によっては見られないこともあるが、この冬は発生しているようだ。羽化して間もないような新鮮な個体であり、沖縄の海を写し取ったような後翅が素晴らしい。


イシガケチョウ

これは毎年必ずどこかで見られる。独特の飛び方をするので慣れないうちはよく見失ったものだ。


アマミウラナミシジミ

長生きしているようで、だいぶ擦り切れている。昔からいたのだろうが、ある時期から目に付くようになった。


マダラバッタ

2010年に最初に撮影した昆虫。個体数は非常に多く、一歩歩くだけで数匹が跳ねる。

公園の中にはリュウキュウハリギリが3本生えている。オキナワキンケビロウドカミキリの寄主植物であるが、幼虫が穿孔しているのはこの1本だけ。那覇市での経験も合わせて考えると、日陰になっていることが重要なのだろう。

前回の冬はなんとか低い枝にいた幼虫を1匹だけ採集したが、多くは高い枝や太い枝に入っているのでなかなか手が出せない。一番低い枝を割いてみると、見覚えのある食痕が現れる。既採集種・既採集地なので、無理はしない。木登りをして、幼虫が入った枝を1本だけ持ち帰ることにした。

公園からしばらく歩くと、農村地帯に出る。谷が複雑に入り組んでいるので畑面積はそれほど広くなく、尾根沿いや川沿いの急斜面には小規模な林が帯状に広がる。

林の中には先祖代々の墓があることが多く、そこへ通じる道は程よく維持管理されている。下草は刈られ、台風で倒木が発生すれば処理されるのだが、撤去することなく横に移動させて朽ちるに任せてある。この南国ならではの方式が、甲虫採集のポイントを提供するのだ。

今回も、シバニッケイの倒木を発見。遠目にも樹皮が浮いてて、何かが潜んでいそう。

樹皮を剥がすと、カミキリムシの食痕が多数走っている。経験上、アマミトビイロカミキリのものだろう。その成虫に似たオレンジ色のキクラゲ類も生えている。

剥がした樹皮を見てみると、なにやら渋い甲虫がたたずんでいる。改めて材部にも目をやると、同じ虫がカミキリムシの食痕の脇に鎮座。


クロサワオオホソカタムシ

近頃出版された本の影響で、密かな人気に火がついてしまい、誘惑される甲虫屋が急増中という、ホソカタムシ科の昆虫。実は、科レベルで人生初採集となる。


ナガニジゴミムシダマシ

日陰の部分の樹皮下にいた。雨上がりの虹のような輝きが素晴らしい。


ホソカタムシの一種

体長2.5mm、コンタクトレンズ装用なら確実に見逃すところだが、眼鏡装用という近くをいくら見ても疲れない状態では簡単に見つかる。原色日本甲虫図鑑IIIでは同定不可能なので、これを機にあの本を買ってみることにしよう。


フトヒゲナガゾウムシの一種

シロオビフトヒゲナガゾウムシに似ているが、分布が先島諸島となっている。体長10mmほど、意外と未記載・未記録だったりするので確実に採集。


チビホシクロテントウゴミムシダマシ

一見するとテントウムシ風だが、ゴミムシダマシの仲間。表面が滑るので素手で採集するのは意外と難しい。

1時間ほど樹皮をめくって、他にもいくつか微小甲虫を採集。大きな甲虫がいない冬場ならではの採集だ。

少し移動して、もうひとつの公園へ。程よく管理された草地にはバッタが群棲し、チョウが日光浴する。


ツマグロヒョウモン

東京では市街地で最も普通に見るチョウのひとつだが、ここではそれほど個体数は多くない。


アオタテハモドキ♀

多くの♂に混じって、少ないながら♀もいた。


タテハモドキ

この公園には何度も訪れているが、初めて見る。アオタテハモドキよりずっと個体数は少ない。


ユウレイセセリ

近年になって沖縄本島にも定着したようだ。


クロスジスズバチ♂

南国らしいカラフルな色彩で面白い。

草地を後にし、少し移動してクチナシの木へ。

花が咲いているのは、今年が初めて。いつもと季節推移が違っているようだ。

クチナシといえば、イワカワシジミの寄主植物。毎回のようにチェックしているが、昨年までは卵しか見つからなかった。

ところが、今年は違った。実の表面に空いた穴が、まだ新鮮なのだ。

中には、丸々と太ったイワカワシジミの幼虫。成虫の発生と実の発育のタイミングが、今年は一致したようだ。

公園を後にし、川沿いに広がる帯状の林へ。昨年、アマミクスベニカミキリらしき幼虫を見つけた場所だ。風が吹き付ける場所なので、林内にシバニッケイが点在する。

落枝を拾って折ると、たまにカミキリムシ幼虫が姿を見せる。多くはリュウキュウヒメカミキリやヒゲナガヒメカミキリなので、ちょっと顔が違う幼虫がいた枝だけを持ち帰る。

落枝を見る時は、まず切断面に注目。風で折れたのではなく、虫が切り落としたものは特有の切り口をしている。ただ、この切り口を持つ枝から幼虫が出てくるとは限らない。コツをつかむまでは数を当たるしかない。

数を当たった結果、それらしき幼虫をいくつか確保。管理は手間がかかるらしいが、なんとか育ててみよう。

林を抜け、川沿いのエリアを歩く。ここは、2002年8月に初めてイワカワシジミに出会った思い出の小道。某誌に手配写真が載った某人物のため「蝶屋には絶対なるものか」と思っていたが、あまりの美しさに心を打たれ、虫屋になって初めて採集したチョウとなった。

今回も、日向にはチョウの姿が見られる。


アカタテハ

気配に敏感で、なかなか近寄らせてもらえない。


クロマダラソテツシジミ

北進先ではすでに絶えてしまっただろうが、南国では正月から健在である。

林縁の枝葉にも注意してゆっくり歩いていくと、そこに潜む虫が少ないながら見つかる。


ナナホシキンカメムシ

クワノハエノキの葉裏に身を潜めていたが、その輝きまでは隠せなかったようだ。


オキナワクワゾウムシ

シマグワがあると、たいてい本種の姿を見ることができる。長生きした個体は粉が剥げて真っ黒になるが、この個体はまだ比較的新鮮であった。

しばらく歩くと、川のすぐそばに出る。なおもゆっくり歩いていると、林縁から黒い影が飛び立ち、すぐに落下した。


クロツバメ

昼間に飛ぶガで、後翅は淡青色に輝く。

得意技は死んだフリで、毒々しい模様の腹部を見せ付ける。わりと好きな種類で、数年ぶりの再会となるので迷わず採集。


川の様子

写真ではとても良さそうな環境に写ってしまったが、実は幼少時には水も濁って泡立ち、岸辺にはゴミがあふれていた。最近はカラフルな外来熱帯魚が泳ぐのが見えるようになったので、水質に関してはこのままの流れで改善に向かっていって欲しい。

最後に、虫とは関係ないけれど、散歩中に見たネコたちを紹介。


イヌのような顔のネコ


爪研ぎに夢中のネコ


警戒中のネコ

こちらから追うと逃げていくことが多いが、いつの間にか近寄ってきていることもある。イヌは吠えるのであまり好きではないが、ネコは可愛い。

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