奥多摩:薄雪の原生林

2010.Jan.9

2000年代も終わり、2010年代の幕明け。いつもの場所が、増えすぎたニホンジカにより下層植生が壊滅して10年余り。次の10年間はどのような変化があるのか、じっくりと見ていきたいところ。

2005年夏以来、原生林に足を踏み入れて今まで多くの昆虫に出会ってきたが、同時に、「なぜそこにいるのか」「なぜ見つからないのか」を常に考えてきた。成虫の出現時期だけ見てその理由を探すのは浅はかなもので、その虫が存在する「場(ば)」というものの特性を見極めるには、年間を通じた環境条件の変化を把握しなければならない。

その点からいくと、やはり弱点となるのが冬場の探索。特に、積雪後は遭難の恐れもあるので採集意欲が減退する。だが、奥多摩という「場」を少しでも理解するためには、避けては通れない。

いつもの原生林は、厳冬期にどんな環境となっているのか。過去2回の探索だけでは、まだよくわからない。正月明けで業務繁忙の1週間で体力を削られたのが不安材料だが、20代のうちはそんなことは言ってられない。ホソツヤルリクワガタをとりあえずの狙いの虫としておくけれど、とにかくあの地に降り立って、何かを、つかむんだ。


金曜夜、大阪駅から夜行バスに乗り込む。疲労が蓄積していたこともあり、今までで一番寝苦しい。

翌朝6時、「谷保駅前」に到着した時点で、乗車前より疲れていた。南武線、青梅線を乗り継ぎ、7時50分に奥多摩駅に降り立つ。

昨晩は雪が降ったようで、目の前は薄い雪化粧。

蛾像収集ポイントは、虫が1個体も来ていなかった。

いつもの店で昼食を買い、バスに乗り込む。

最奥の集落、道路にも雪が残る。

5月にはウスバシロチョウが飛び交う畑も、今は真っ白。

山の上の方は、かなり積もっていそうだ。

いつもの谷は水墨画のような世界が広がる。

気温は氷点下3.8℃ (9:16)。風がないので、それほど寒くは感じない。

この時点で既に普段の半分ほどの体力しか残っていないが、いつもの場所へと向かうため、落葉と粉雪をかきわけながら斜面を登っていく。

振り返ると、道ができていた。

急斜面を登り切ったが、体力は残り少ない。「針葉樹の林」でホソツヤルリクワガタを採集したかったが、今からでは日が暮れてしまうし、途中で力尽きるだろう。

ここでもなんとかなるかと思い探索を開始するが、思うような材は見つからない。体力以上に探索能力の低下が著しいようで、いつものような「虫の感覚になって材を探す」ことができてない。

何も採れないまま採集意欲は消失。以前から気になっていた未踏の道を登っていくことにする。

延々と続く植林を抜けると、広葉樹林に出る。南向きの斜面で、雪はすでに消えている。

樹種や木の配置など、いつもの場所によく似ている。ということは、あの場所のあの道に合流するに違いない。

ミズナラの樹液跡。ここも夏にはよいポイントとなりそうだ。

しばらく進むと、やはりあの場所に合流。新たなルートを頭に記憶したところで、再び採集意欲が湧く。狙いはルリクワガタ類で、北斜面を徘徊。

いつもルリクワガタ類を見つけるのはもっと先なのだが、地理的障壁があるわけでもないので、ここでもいけると思っていた。

これでもかというほど、産卵マークが多い材。倒木の根元で、おそらくルリクワガタのものだろう。

しかし、ナタを入れると中はスポンジ状で、乾燥しきっている。

ホソツヤルリクワガタが好むという、地面から浮いた細枝。

産卵マークもしっかりついている。でも、中はやはり乾燥が厳しくて食痕も途絶えていた。

下草がないことによって、落葉後の冬場は、北風が直接吹き付ける。こんな状況では、幼虫が順調に成育できる材はわずかしか生成されないだろうし、悔しいが今の自分にはその所在を想像する力がない。

昼まで探したが、幼虫すら見つからず。カエデノヘリグロハナカミキリのポイントで、昼食を取る。この木も、あと2,3年は大丈夫だろう。

氷点下の世界で食べるチョコレートの歯ごたえは素晴らしい。

ここまでで採集したのは、


ハナムグリ類の幼虫

予想では、アオハナムグリに化ける。


ヒラタハナムグリ

ミズナラ立ち枯れの樹皮下にいた。

ルリクワガタ類を探そうにも、材の状態は両極端。ほとんどの材は凍結していてなかなか削れないし、ナタが入る材は乾燥していてまったくダメ。それ以前に、産卵マークがまったく見つからない。前年まではこんなではなかったはずだが・・・。

昼食後、下山方向へ歩みを進めながら、適当に朽木を物色。

まだ新しい倒木、何か感じるものがあったので、ナタを一発。

カミキリムシ幼虫が出現。

この顔、Saperdiniのようだが、種類はわからない。シラホシ、セミスジニセリンゴあたりに化けるだろうか。

カバノキ科の雰囲気を漂わせる大木。冬季採集の定番「樹皮めくり」のためにあるような樹木だ。帰宅後に調べると、オノオレカンバ(斧折樺)というらしい。


ヒメユミアシゴミムシダマシ

平地にもいる大型種ユミアシゴミムシダマシの親戚にあたる。

隠れ場所の多さに期待したが、甲虫はこれだけであった。

あと、昨年から期待していたモミの立ち枯れの樹皮をちょっとだけはがす。

キクイムシの坑道の横に、小さな甲虫が鎮座。今はやりの微小甲虫に姿形が良く似ている。

目を凝らしてみると、上翅に斑紋がある。今流行のホソカタムシ科かと期待して持ち帰ったが、同定結果はヤマトネスイ(ネスイムシ科)。

そして、急斜面を降りる直前、本日最大の悲劇が起きる。ツガの生木の部分枯れを落とそうと思い、軽い気持ちでナタを投げつける。目標を外れたナタはそのまま斜面に飛んで、落葉に埋もれたような音がした。軌跡をイメージして落下点を探したが見つからなかった。あまりにも軽率な行動で、愛用のナタを失ってしまった。

意気消沈して、一気に下山速度を速める。登りの1割くらいの体力しか使わないので、消耗していてもすぐに麓に着く。

朝は白かった斜面も、夕方には茶色に戻っていた。

このまま帰るのももったいないので、最後の悪あがき。ここは数年前、宝の詰まったケヤキ材を拾ったポイント。台風で落ちたと見られる枯枝から、翌年アカジマトラカミキリが出てきた。こんな「場」を、アカジマトラは好むような気がする。

落枝をかき集め、1本ずつ折って食痕を確認する。

果たして、何に化けるだろうか。

バスに乗る前、気温を見ると3.2℃まで上昇していた(14時20分)。風が出てきた分、朝より寒く感じる。

中途半端な体力と気力で臨んでも、跳ね返されるだけ。奥多摩の冬は、そんな甘いものではない。心技体が万全の状態で臨むべきものなのだろう。


とりあえず、いつもの場所はやはり冬でも乾燥が激しいということがわかった。下山途中にも、既存のポイントを確認したり、新たなポイント候補を見つけたりと、それなりに収穫はあった。ホソツヤルリクワガタは、またいつか探せば採れるはず。

この翌日の夜、持病の喘息発作が出て、呼吸困難になり夜中に目覚める。おそらく20代で初めてとなる夜の発作、この苦しみを言葉にするとすれば、「肺の手前に真綿がぎっしり詰まった状態」疲労が蓄積した状態で、氷点下の世界を歩き回ったツケだ。

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