奥多摩:八重桜咲く頃

2010.May.8

目に青葉 山ほととぎす 初鰹

5月の大型連休といえば、各地で新緑が美しい時期である。平地では初夏のような陽気のもとで青葉がまぶしく輝き、山では冬枯れの景色を追い払うように、緑が駆け足で登っていく。奥多摩でも、長い冬が終わって生命が輝き始める時である。

シーズン開幕のこの時期は必ず1回は訪れていたのだが、4月の異動で不規則勤務となり、絶好の機会であるGWは消滅してしまった。それでも、ひとたびフィールドと決めたあの地への想いは変わらない。勤務地の利点を生かして予定を組んで、和泉国を旅立った。今年も、あの光輝く風景の一部になるために。


7日の金曜日、長竿・寝袋といった採集装備とともに出勤し、いつも通りに勤務を終えた後、そのまま飛行機へ。

日付が変わる直前、奥多摩駅に到着。雨は、予定通り止んでいる。そのまま、夜明けを待つ。

5時半、起床。昨晩は見えなかったフジの花が咲き誇っている。

川沿いのキャンプ場では色とりどりのテントが並ぶ。若葉も出揃い、フジの花が所々で満開。

バスの発車時刻まで、いつものように蛾像収集へ。何回も訪れているとほとんどが顔なじみになってしまうが、それでも毎回何種類かは新しいものに出会えるのが面白い。


ナカジロアツバ

今回の新顔で名前がわかるのはこれだけだった。

6時過ぎに駅に戻り、始発バスに乗り込む。

終点でバスを降り、集落の中を進む。ソメイヨシノはすでに若葉で、代わりに八重桜が青空に映える。

緑は順調に駆け上り、中腹より上でも芽吹きが始まっている。左奥に見える尾根は冬枯れの様相だが、雪はもう残っていない。

今回は特に狙いの虫はない。新緑を楽しみながら、ポイントの状況を把握することにしよう。

まずは、「奥多摩の夢」のひとつである、日本最美麗カメムシのポイントへ。

あろうことか、木が伐採されていた。これでは上空から発見できず、今年の繁殖は望めない。他のポイントを開拓するしかないのか・・・。

昨年の経験からすると、この時点では新成虫が出現しているはず。昨年冬には幼虫の脱皮殻が見つからなかったことから、この場所での繁殖の可能性は極めて低いだろう。それでも、羽化殻を探して地面を眺めてみる。

すると、獣糞を発見。

だいぶ古いもので乾燥していて、ハエも集まっていない。内容物は、果実、小型哺乳類、ビニール袋・・・・。タヌキか、キツネか。

小型哺乳類の毛は、ちょうど良い具合に固まっている。この状況を見て、すぐさま木の棒でひっくり返す。

やはり、いた。


Trox sp. コブスジコガネの一種

虫屋さんの間では「トロックス」と称されるこの仲間、かねてから見てみたいと思っていたが、今まで機会がなかった。「毛皮と羽毛の掃除人」という特殊な生態と、この独特な彫刻美がなんともいえない。

さらに、もう1匹を発見。


ヒメコブスジコガネ
Trox opacotuberculatus

帰宅後の同定結果は平地にも生息する普通種であったが、何しろ初めてのTrox なので実にうれしい。天然のトラップをわざわざ用意してくれて、ありがとう。

トラップを元通りにして、林道方面へ戻る。


いつもの谷の様子

すっかり新緑で、右手前のトチノキは蕾が膨らんでいる。

気温は13℃ (7:50)。まずまずの気温、このまま順調に上がってほしい。ちなみに、一昨日の奥多摩町は何と30℃まで上がったらしい。

気温も上がりそうだし、午前中は花掬いでもすることにしよう。まずは、開花状況をチェック。


ウワミズザクラ

奥多摩リアルタイム情報から予想した通り、満開。

まだ時間が早いので、虫の数は少なめ。


イロハカエデ

すでに盛りを過ぎているが、遅い株ではちょうど満開。

こんな小さな花に虫が集まるなんて、普通の人は思いもよらないことだろう。

状況を把握したところで、長竿に網を取りつけて、花掬いを始める。まずは、川沿いに咲くイロハカエデから。


ヒラタハナムグリ

春の花掬いでおなじみの種類。春先に見ると目の錯覚で非常に大きく感じる。採れるのはオスばかりで、メスは別の場所にいるらしい。


ヒナルリハナカミキリ

カエデ掬いでおなじみの小型種。青藍色が多いが、銅色、紫銅色などの変異がある。


トガリバアカネトラカミキリ

いつもはたくさん入るが、1匹しか見なかった。東京の平地にもいるらしいが、23区内にはいるのだろうか。


コアオハナムグリ

越冬明けで、もう活動を開始したらしい。6月の花掬いでは無数に網に入るが、この時期はまだ少ない。

時間が早いため、虫の種類も個体数も少ない。花掬いの黄金時間まで、少しずつ様子を見ながらじっくり掬っていこう。カエデの花を後にし、次はウワミズザクラへ。

移動途中、以前から目星をつけていた樹洞が見えた。川沿いに生えていて湿度もあり、直射日光は当たらない。この状況なら、アレがいるかもしれない。ガードレールを乗り越えて急斜面を降りていく。

それほど大きな樹洞ではないが、雰囲気は抜群。LEDライトを点灯し、中を照らしてみる。


ヒラヤマコブハナカミキリ

2008年5月24日以来、奥多摩で二度目の遭遇。樹洞に潜むことが判明するまでは極めて珍しい種であった。生態が判明してから数々の採集法が編み出されてきたが、その気になれば、目視で十分だ。

斜面から道路に戻り、ウラミズザクラに到着。空は雲ひとつない晴天、一見良さそうに思えるが実はそうでもない。花上が熱くなり過ぎると、かえって虫の飛来が少なくなる。

さらに、風も強くなってきてしまった。この状態では飛翔能力に劣るヒゲナガコバネカミキリ類は厳しい。でも、チャンスは必ず訪れる。風の合間の、凪になるひと時を待つのだ。虫も、その瞬間を待っている。

そして、風が止んだ。虫の飛来を感じながら、網を伸ばす。


ダイミョウヒラタヤドリバエ

なんとも不思議なハエ。こんな変なものがいるとは、今まで全然見えていなかった。


ダイミョウヒラタヤドリバエ

形は同じで、色違い。別種なのかもと思い、迷わず採集。


ナミハナアブ♂

ミツバチに良く似ているが動きが違うのですぐわかる。


シロトラカミキリ

風が強くてもわりとみられる、タフな種類。


トゲヒゲトラカミキリ

針葉樹がホストなので植林のまわりでは無数に見られる。

しばらく掬ってみるが、甲虫の飛来状況は思わしくない。トラフシジミの春型も飛来したりして、初夏になりつつあるのだが。

カエデの花はどうなっているのか気になり、場所を移動する。

太陽は高く登り、谷全体を照らす。

気温は20℃ (10:40)。花掬いには十分な温度だ。

ただ、この日差しは厳しい。体はまだ初夏に適応しきれていないので、木陰で涼をとりつつ、風を読みながら、長竿を伸ばす。


トゲヒゲトラカミキリとシロトラカミキリ

あとはヒナルリハナカミキリが少々のみ。


アオハナムグリ

ウツギの花の季節に多くみられるが、すでに活動を始めているらしい。

結局、虫の飛来状況がいまひとつのまま、花掬いの時間帯は終了。いろんな要素がすべて揃う時にその場所に居合わせることは、なかなか難しいのか。

続いて、林道へ。

川のせせらぎを聞きながら、ゆっくりと歩いて行く。

そして、第3の道から斜面へ。


イヌブナの倒木

昨年夏にはセダカコブヤハズカミキリが歩いていたことだろう。今は幼虫が樹皮下で育っているだろうが、わざわざ削る気力はない。夏になれば、また会えるのだから。

斜面に登った狙いは、フジミドリシジミの幼虫。ひこばえがあったら近寄り、食痕を頼りに探す。しかし、探し所が今ひとつイメージできていないため、目的の虫以外しか見つからない。


ナナフシの一種

幼虫での区別方法もあるのだろうが、まだ習得していない。


謎の鱗翅目幼虫

ブナアオシャチホコなら飼育しようかとも思ったが、どうも違う気がしたのでやめておいた。

もっともドキッとしたのが、これ。ただの枯葉なのだが、ミドリシジミ類の幼虫にそっくり。いや、幼虫が枯葉にそっくりと言うべきか。

結局、何も採らないまま斜面を降り、道路へ戻る。

いつしか雲が広がり、気温も若干下がってきた。>風も強いが、居残り組がいないかどうか長竿を伸ばす。


トワダオオカ

以前からその存在だけは知っていた、日本最大の蚊。幸いなことに吸血性はなく、花の蜜を吸うらしい。これも慎重にチャック付きポリ袋に収める。

ちょうど良い時間なのでバス停に戻り、荷造りをする。

マダニも、すでに活動を始めているらしい。

とりあえず9年目のシーズンが始まったが、以前とは何かが違う。それが何なのか、ずっと考え続けながら、16時、バスに乗って集落を後にする。

その答えを求めて、ある場所を尋ねてみた。


東京都府中市

研究室配属前の、3年間の大半を過ごした空間。

日常に埋没しかけていた自分に、気づかされた。

inserted by FC2 system