奥多摩:梅雨の中休み

2010.Jun.25

梅雨も中盤に入りつつある、水無月の下旬。この時期になると天の水瓶が時々底を尽き、「梅雨の中休み」が訪れる。梅雨時に発生する虫たちにとっては実に貴重な活動機会となっており、無尽蔵とも思える個体数がどこからともなく湧いてきて、短い命を次の世代へと繋ぐ。そんな虫たちの姿を追って、ちょっと亜高山帯まで行ってみることにした。


24日夕方、仕事を終えてすぐに電車に乗り込み、東へ。東京駅で中央線に乗り換え、今度は西へ。

25日 0時50分、奥多摩駅に到着。撮影もそこそこに、北へ向かって夜道を黙々と歩いていく。

2時30分、最奥の集落に到着。歩行時間は3年前とまったく同じであった。さらに携帯電話の圏内ギリギリまで移動し、眠りにつく。

翌朝、やや寝坊。急いで準備を整え、出発。いつもの谷は、濃い緑に包まれている。

気温は14℃ (5:40)。空の薄雲も消えつつあるし、これから暑くなるだろう。

さあ、亜高山帯を目指して、出発。ショウマ類が咲く林道を、淡々と歩いていく。

途中、例の場所で立ち止まる。8年前のあの日の出来事が、鮮明に思い出された。

今回は、今までと違う一言をつぶやいて、また歩き出す。「死なない理由が、ひとつ増えました・・・」

登山口が近づくにつれて、空がどんどん青くなっていく。

7時20分、登山口から谷底へ降り、つり橋を渡る。

ここからは、別世界。一度も伐採されたことがない、深い森が広がる。

しばらく歩くと、伐採木が出現。どうやらごく最近出現したものらしく、木の香りがかすかに漂う。まだ時間帯が早いが、何かいないかと軽く眺めてみる。


ルリヒラタムシ

原生林に極めて広く、極めて薄く生息しているため、人為がある場所でないとなかなかお目にかかれない。

他に虫の姿はなかったので、先へ進む。

標高を上げるにつれて、スズタケの密度が濃くなる。しかし、生えているのは登山道の周辺だけ。

残された株は、世代をつなぐため、花を咲かせていた。本来、生息していなかったはずのニホンジカにより、消滅に追いやられるのも時間の問題か。

9時、ブナ帯と亜高山帯の移行帯らしきエリアに到達。3年前はたくさんあった立ち枯れが、ことごとく伐採されていた。

都市部の緑地公園なら枯木の処理はまだ理解できるが、こんな山奥まで来る登山者にとって、立ち枯れや倒木などは当たり前。ここまでの登山道整備は本当に必要なのだろうか。

9時25分、景色が劇的に変化する。

歩きながら、ツキノワグマの古い爪痕をチェック。


オオマルクビヒラタカミキリ

3年前と同じく、むき出しの材部に止まっていた。

9時45分、亜高山帯の尾根に到着。ここの標高は約1900m。東京都最高峰、雲取山がすぐそこに。

振り返ると、甲府盆地の雲海に浮かぶ富士山。平野部でも天気次第で見ることができるが、この角度はまた別物だ。

さて、いよいよ採集を始めることにしよう。長竿に網を取りつけ、採集ポイントを探す。予想では、花に集まる無数のカミキリムシを掬い放題だったのだが・・・。


ナナカマド

惜しいことに、開花まであと数日。


サラサドウダン

3年前はクモマハナカミキリまで来ていたが、今日は虫の姿がほとんどない。

「なんてこった、ちょうど花境期に来てしまった・・・」

でも、絶望している場合ではない。冷静に、頭の中の樹木マップから、開花していそうな木を調べる。

「とりあえず、標高を下げて、あの木に行こう」

尾根筋の最短ルートを速足で下っていく。

途中の道端に、またも伐採木。ここまで露骨に置くものだろうか。こんな予算があるなら、もっと他の有意義な登山道整備に使ってほしい。そう思いつつ、樹皮を見ると・・・。


ハイイロハナカミキリ

カミキリ屋としては、嬉しいことかもしれない。でも、やはり人為に頼った採集ではいけない、と思うのだ...。その虫の本来の生態が、つかめないままになってしまうから。

しばらく歩いて、ようやく目的の木に到着。樹種は、ナナカマド。さて、花はどうだろうか・・・・。

わずかだが、咲いていた。

時間は、10時40分。虫もそこそこ飛び回っているので、もう、ここで粘ろう。

適度な時間間隔をおきながら、わずか3つの花序を掬っていく。

虫の飛来を待つ間、顔に群がるブユをひたすら採集。掬っても掬っても、次から次へと飛来してキリがない。これが全部Pidoniaならば、・・・・。

以下、主な甲虫を採集順に。


カラカネハナカミキリ


ツヤケシハナカミキリ


オオヒメハナカミキリ


アオジョウカイ


テツイロハナカミキリ


ハネビロハナカミキリ


アカハムシダマシ

12時を過ぎ、虫の飛来がほとんどなくなり、雲が広がってきた。もう潮時ということで、下山開始。

来た道を引き返していく。

昼過ぎからはカミキリムシの産卵時間なので、伐採木などを見て歩く。だが、思ったよりも虫がいなくて、やる気が失われていく。

そんな中、ある甲虫の姿を見つけた。


クモマハナカミキリ

ナナカマドでは出会うことができなかったが、こんなところにいるとは。オレンジ色が強いのは、このエリアの特徴である。

さらに、別のカミキリムシ。


ホンドニセハイイロハナカミキリ

かつて信仰の山で見つけたのと同じような個体。標高は1700m以上、やはり高いところにもいるようだ。

この調子でアラメハナカミキリも、とはいかなかった。負のエネルギーが最高潮だった3年前のようにはいかないな・・・。

それでも、行くたびに何か1つは新しい種類が見つかるもの。

開けたエリアでふと目についたシナノキ。なんとなく気になったので、長竿を伸ばして掬ってみた。


ホクチチビハナカミキリ

チビハナカミキリは採集したことがあるが、本種は初めて。写真ではうまく表現できていないが、前胸の形が違った。まだいるかもと思ってしつこくスウィーピングしたが、追加は得られなかった。

ブナ帯に入ってからは、淡々と下っていく。

一ヶ所だけ、登りで目をつけていたブナ立ち枯れの前で立ち止まる。少し早いけどオオホソコバネカミキリでもいないかと思った瞬間、右側約100m先の谷筋で、物音がした・・・・。


ツキノワグマ

前に一度だけ遭遇したことがあるが、じっくりと観察するのは初めて。こちらの存在にはまったく気づいていないようで、左方向へゆっくりと歩いて行く。

クマが向かっている先には、登山道がある。お互い不幸なことにならないよう、手を力強く叩いた。

1発目で、動きが止まる。

2発目で、向きを変えて物陰に隠れる。

3発目で、危機感を感じて逃げ去って行った。

「ずっとここに住んでいるのに、いきなり入ってきて追い払って、悪いな...」


オオナガクチキ

改めてブナの立ち枯れを見ると止まっていた。これも、実は初採集である。他の甲虫は見当たらなかったため、下山を続ける。

川の近くまで降りてきた時、目星をつけていたカツラの木の前で、ひこばえを眺める。


チャイロヒメコブハナカミキリ

カツラの精とも呼ばれる、不思議な生態を持つカミキリムシ。奥多摩での生息は知っていたが、ようやく出会うことができた。本日2種目の奥多摩自己初採集。

毎年多くの登山者が目にしている有名な木なのだが、小さなカミキリムシの存在には誰も気づいていないことだろう。これで、今日は満足だ。

16時、林道へ復帰。あとは延々と集落目指して歩くだけ。

1時間半後、携帯圏内に復帰。

信仰の山に沈む夕日に見送られながら、帰途についた。

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