阿波竹取物語

2010.Jan.30-31

今ハ昔、竹取ノ翁ト言フ者アリケリ。野山ニ交ジリテ竹ヲ取リツツ萬ノコトニ使ヒケリ。名ヲバ、サヌキノ造トナム言ヒケル。其ノ竹ノ中ニ、基光ル竹ナム一筋アリケル。怪シガリテ・・・

日本人なら誰でも知っている、かぐや姫のお話「竹取物語」。作者・成立年ともに不詳だが日本最古の物語とされており、数々の説話的要素を備えた完成度の高い作品として知られる。

さぬきの造が野山をさまよっていた時代から千年以上の時を経た2010年、阿波国に二人の翁が集結し、新たな竹取物語が始まったのであった。


睦月三十日の早朝、二人の翁が同時に旅に出た。日向の翁、武蔵国の多摩川河口から空を飛ぶ。武蔵の翁、摂津国から橋を渡り淡路国を抜ける。二人が目指すのは、死國の北東に位置する阿波国。巽の刻を告げる頃、二人の翁は半年振りに再会した。

お互いこの齢まで生き延びたことを喜びつつ、車を借り、日向の翁の運転で、竹林を探しに出る。

武蔵の翁「かの蟲、摂津国にて記録あるやも。」

日向の翁「我、探せども見つからざりけり。」

お互いの近況を報告しながら、西へと進む。

目指すは、阿波国を南北に貫く吉野川。さぬきの造がつつましく生きた千年余前に想いを馳せつつ、最新の「鷹の眼」で目星をつけた場所へ向かう。日向の翁は最近、唐言葉の習得に力を入れているようで、地中海と切支丹の面白い関係について教わった。

日向の翁「夕刻までに終わらば、明日は赤い蟲を探すべし。」

武蔵の翁「今は熊蜂の巣にいるらむ。ゆかしき蟲なり。」

日向の翁「かの竹林なり。いざ。」

武蔵の翁「見定め、ぬしに任せるなり。」

千年前と変わらぬ青空の下、日向の翁が林の様子をうかがう。

日向の翁「影も形もあらず。あさましきこと。」

武蔵の翁「先人の刈り尽くしやありなむ。」

この環境で生息痕跡なしだと、探しても時間の無駄。次なる竹林を目指すことにする。

目的地に近づいたが、道が少々複雑でなかなか到達できない。そうしているうちに、別の竹林が眼に留まる。

日向の翁「あれに見えるは、まさしく。」

武蔵の翁「いざ、参らむ。」

日向の翁「ここにおらずば、いずこに。」

武蔵の翁「われも同じ思ひなり。」

二人の翁の感覚が一致したこの場所、期待が高まる。さっそく、竹林に交じる。

武蔵の翁「もと光る竹、見つけたり。」

日向の翁「まことか。我は未だ見えぬなり。」

見つけた竹を、さっそく割ってみる。

武蔵の翁「ほほう、蟹蟲ぞ。いとおかし。」

日向の翁「・・・・・・。」

そして、二人の翁がほぼ同時に竹の中から光を感じる。

日向の翁「メノコを得たり。いと小さし。」

武蔵の翁「オノコを得たり。より小さし。」

とりあえず、いることがわかったので、もう少し周辺を探索。

橋の上から目星をつけていた場所に到着。

分け入って様子をうかがうと、そこそこの生息密度のようだ。ここを今回の採集地点と決め、段取りを確認する。

日向の翁「もと光る竹、抜き取りて畦に集め、まとめて割るべし。」

武蔵の翁「心得た。いざ、千年の時を越え、竹取の翁にならむ。」

竹を集めること数時間、あっという間に昼を過ぎた。昼食を食べた後、今度は次の段階へ。

日向の翁「我、竹割の翁にならむ。切り分けて荷を作らむ。」

武蔵の翁「心得た。しからば、我、竹取の翁を続けむ。」

そして、この直後のことであった。竹林の中を移動していた武蔵の翁、藪に潜む5寸ほどの刈り株めがけて、右足を斜めに踏み込む。右脛が刈り株の先端に当たり、全体重を乗せて縦に3寸ほど滑った。

大きく裂けたような感覚に身もだえしつつ、意を決して覗き込むと、傷口は意外なまでに浅かった。これならすぐに痛みは治まるだろうと思って竹を取り続けるが、少しずつだが確実に痛みは強くなっていった。

数時間後、日向の翁の荷造りが一段落し、竹取に復帰する。

日向の翁「竹の目印、高き節にあるなり。かかること、日向国、常陸国にはあらず。」

武蔵の翁「摂津国も高き節にあるなり。大水への備えなるめり。」

そして、武蔵の翁の右足が腫れ上がり歩けなくなった頃、日は山の影に隠れ、竹薮は闇に包まれた。

日向の翁「蟲の数、足らず。明日も来るべし。」

東の空に月が登る中、市街地へ向かう。宿で教わった伝統の薬屋で湿布を買い、貼り付ける。

日向の翁「傷の具合はいかに。」

武蔵の翁「打ち身のみと見ゆる。」

日向の翁「豪雨、足捻り、打ち身。死國は鬼門なり。」

武蔵の翁「げに。されど、これまで狙いの蟲は必ず得たり。大虎、瘤矢筈、瑠璃鍬形、素比邇、・・・」

その後、日向の翁の親類が勧める店で、ささやかな宴。奇しくも、かぐや姫が月に帰ったのと同じ、十五夜であった。


明けて睦月三十一日、再び竹林へ。かぐや姫を見送った翁・嫗の悲しみのような空模様の中、昨日の探索地点のすぐ近く、最初に訪れた林で竹取を再開する。

武蔵の翁「1本4頭、すぐ得るべし。」

日向の翁「さにあらまほし。」

だが、現実はそう甘くない。光る竹はそこそこあるのだが、中身は空であることが多い。

日向の翁「灰色矢筈髪切蟲なり。竹の中の光を食らう。むげなり。」

武蔵の翁「・・・・・(こやつもうつくし。我も得たし・・・)。」

節間を3~4節食い進むこの蟲、最大の天敵である。

そして、目的ではなくても良い蟲が出てくることもある。

武蔵の翁「小兵なれども、いみじき蟲なり。」

日向の翁「我も、少なからず見たり。」

帰宅後に調べてみると、カミヤササコクゾウムシという種類であった。

ある程度採ったところで、昨日の探索ポイントで再挑戦。降り続ける雨の中、濡れ鼠のようになりながら探す。昼過ぎ、なんとか個体数を確保したところで、ギブアップ。

武蔵の翁「吉野川の上の方、我、心当たりあるなり。」

日向の翁「さらば、試みに参らむ。」

1時間弱で、目星をつけていた場所にたどり着く。堤防を登ると、広大な河川敷に見渡す限りメダケの林が点在しているではないか。

日向の翁「さきに来ましかば、ここに定めまし。」

武蔵の翁「さきの吉野川はえせなり、まことはかくのごとき。」

ちょっとだけ探索してみたが、生息密度は比較にならないほど高かった。阿波国の府から遠かったので敬遠したのが運のツキだった。

旅の終わりが近づく中、阿波国府まで戻り、名物「徳島らあめん」なるものを食べる。

日向の翁「足を大事にするべし。達者で暮らしたまへ。」

武蔵の翁「弥生までには。海の向かうでまた会はむ。」

日向の翁は東へ飛び立ち、不死の山の横を通り、武蔵国へ。武蔵の翁は鳴門の渦潮を横目に、淡路国を抜けて摂津国へ。

こうして、阿波竹取物語は幕を閉じた。我のようなよそ者にとって、死國は鬼門なり。


この後、右足が化膿して病院で抗生物質を点滴されることに。まともに歩けるようになるまで、なんと1週間を要した。

そして、傷口もほとんど塞がりかけた、1ヶ月後のある日のこと。患部から細い竹片がわずかに突き出ているではないか。引っ張っても激痛のみで抜ける気配はなく、慌てて病院に駆け込む。

ここで初めて、3寸あまり(100mm強)の竹串が体内に残っていたことを知った・・・。

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