2010.Nov.21
ハチに擬態する蛾として知られる、スカシバガ。野外で成虫が散発的に採集されるだけの時代が長かったが、1990年代に寄主植物の解明が急速に進んだことと、合成性フェロモンを使用する採集法が確立したことにより、多くの種類が比較的容易に出会えるようになった。
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いまやスカシバガ屋さんの間では合成性フェロモン全盛となって久しいが、”採集の基本”としての虫エイ採集の地位は揺らぐことはない。そもそも性フェロモンにはメスは誘引されない上に、性フェロモンが解明されていない種も未だ多数存在する。そして、その解明には虫エイから羽化した新鮮な個体が必要なのである。
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今回の狙いは、アシナガモモブトスカシバ。他のモモブトスカシバ属と同じくホストはウリ科で、本種の場合はゴキヅルという、水辺に生えるツル植物。このゴキヅルという植物、河川敷や水路の水際といった、水流によって撹乱される環境に特化して生育するのだが、護岸工事などにより撹乱環境が失われるのと同時に、各地でじわじわと減少。そのためアシナガモモブトスカシバも、どこでも見られるという種類ではない。
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大阪の淀川流域での探索を考えていたところ、某所に大量に生えているという情報を得る。しかも、駆除を検討中という記述まであるではないか。航空写真で現地を見ると、確かに生育していそうな環境。一方、植物だけで虫がいないということも良くある話だが・・・、
みんなで作る蛾類大図鑑「アシナガモモブトスカシバ」より(2010.11.21現在)
これなら、生息しているに違いない。あとは、自分で実証するだけ。
前日の徳島遠征の疲れはそれほどでもなく、ちょっと遅めに目覚める。最低限の荷物だけ持って、電車で和泉国から摂津国へ。
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11時45分、現地に到着。広大な淀川河川敷は、すっかり秋の景色。
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ポイントへ行く前に、ちょっとだけ水面を眺める。東京の多摩川ではこんなところでもゴキヅルが生えてたりするので、もしかしてと思って探すも、その姿は無い。深追いせず、さっさと本命ポイントへ行くとしよう。
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ここが、本命ポイント。なぜここかというと、人為による撹乱が絶妙なのだ。
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岸辺を網のように覆い尽くすツル植物を見てみると、
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そこには特徴的な実が鈴なり。間違いなく、ゴキヅルだ。
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お椀のような容器に、種子が2粒入っている。この種子は水に浮き、水位の上昇とともに下流へと分散していく。水流の撹乱から他の植物が回復する前に芽生え、一気に生長するのだ。
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さて、これから虫エイ採集に入るのだが、その前に、アシナガモモブトスカシバとの最初の出会いを、思い出しておこう。
それは、今から5年前の2005年10月のこと。卒論研究が大詰めを迎えつつも、実験用の水生昆虫が足りなくなり、昆研後輩2名を連れて、山梨県内の溜め池を巡っていた。
必死で岸辺を掬いまくる。
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そして、ある溜め池でのことだった。
岸辺のヨシをふと見ると、絡みつく蔓と奇妙な果実が目に留まる。それが、ゴキヅルとの最初の出会いだった。
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面白い形なので少し拾って戯れていると、ひとつだけ変な感触の果実があった。それを割ると・・・・、
丸々と太った幼虫が、姿を現した。外観と状況からみて、例のスカシバガであることを直感。
近縁種のモモブトスカシバと同じく茎に潜ると思い込んでいたが、果実にも穿孔するとは驚きだった。
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珍種ということでもっと探索したかったが、あいにく時間がなくて、泣く泣くこの1匹に賭けることに。当時の愛読書「擬態する蛾スカシバガ」によれば、通常の飼育では羽化させるのは難しいとある。そこで、ある条件を途中で劇的に変えて飼育する。
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翌2006年1月、成虫が羽化。間違いなく、アシナガモモブトスカシバだった。
ということで、今回の探索でも果実に的を絞る。ただ、植物があってもいる場所といない場所があるので、これまでの他種の虫エイ探索の経験上、スカシバガ類が好む微環境を選択することにする。
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こんなところで、探索開始。
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青々とした実には入ってないので、変色した実を探す。
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すぐに、穴の空いた怪しい実を発見。
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中には、食痕と糞が詰まっている。他の蛾類の仕業の可能性も否定はできないが、おそらくアシナガモモブトスカシバのものだろう。
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ここまでで、現地到着から15分、探索開始から3分。とりあえず生息の可能性が限りなく高まった。はやる気持ちを抑えながら、似たような実を探しては割ってみる。
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そして、さらに8分が経過した時だった。
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外皮をはぐと、褐色の硬い種子の間に、白くて軟らかい物体。
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慎重に割ると、あの時と同じく丸々と太った幼虫が出てきた。
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アシナガモモブトスカシバ幼虫
この頭部、この胸部、間違いない。5年という月日を経て、2度目の再会。
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存在を実証するという目的を達成したので、あとは採集方法の確立。偶然ではなく、必然として見つけ出すために。
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褐色になっても蔓に留まる実というのは、そこそこある。幼虫が内部から糸で綴り、種子が成熟しても外皮が割れないのだ。
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そんな果実には幼虫が”存在した”ことは確かだが、穴があいているものは既に脱出してしまっている。スカシバガ類は、虫エイが手狭になると引っ越しをするのだ。
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ということで、褐色で、穴がまだ空いてない果実を探す。
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脱糞のための穴が糸で塞がれていれば、言うことなし。
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このとおり。
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糞が出ていても、隙間がなければOK。
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まだ成長途中の小さい個体が入っていた。
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まだ緑色が残るこの果実は、もう割るまでもないだろう。
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蜂や蝿に寄生されている可能性もあるので、少し多めに確保。
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きちんと探せば、スカシバガは意外と身近な場所にいる。爽やかな秋晴れの中、わずか1時間の滞在で現地を後にした。