木漏れ日に輝く黄金の玉

2011.Jun.26

2009年6月、神戸の里山で出会ったケンランアリノスアブ。根元の樹洞にトゲアリを宿しているコナラの御神木は、今年の3月に訪れた際にも、迫りくる伐採を免れて健在であった。和泉国に移って2年目の今年、その御神木の主にもう一度会いに行きたくなった。

春先の気温が平年に比べて低かったからなのか虫の出現も遅れ気味だが、幼虫時代をトゲアリの巣の中で過ごしているのだから、そんなに影響は受けないだろう。初めて見つけたあの年と同じく、6月の最終週に出かけることにした。


電車とバスを乗り継ぎ、10時にいつもの場所へ降り立つ。今にも雨が降り出しそうな天気だが、気温はそれほど低くはない。

稲は田植え後1ヶ月以内というところだろうか。盛んに分げつしている様子を横目に見ながら、雑木林の入り口へと歩いていく。

いつもの大きな犬も健在。戸口から顔だけ出してこちらをうかがっていた。

雑木林の中の小道に入ると、湿度が一気に高くなる。すでに路面が濡れており、ちょっと前に雨が降ったことがわかる。

おなじみのクヌギの樹液ポイントに到着する頃には、雨が降り出す。

樹皮が半周以上剥ぎ取られており、樹液の噴出量も年々少なくなってきている。加えてこの天候で、スズメバチは1匹も来ていないという状態である。雨でケンランアリノスアブは絶望的とも思えるが、待てば天気は変わるはず。時間潰しに、樹液に何か来ていないか探してみる。


コクワガタ♂

あちこちにできた樹皮の隙間を探すと、少ないながらもクワガタの姿が見られる。以前は大きめのヒラタクワガタを1匹だけ採集したこともあるのだが、それ以来見てきたのはほとんどコクワガタ。


フクラスズメ

夜に樹液を訪れて、そのまま居残ったのだろうか。指で軽くつついてみると、驚いて飛んで行ってしまった。

そんなに長い時間を待つこともなく、気がつくと雨は止んで雲の間から光が差し込んできた。

さあ、コナラの御神木へと急ごう。

10時25分、ポイントに到着。

根元にできた樹洞にはトゲアリの姿がある。これなら、期待できそう。

道端に荷物を置いて網を用意し、御神木の方に歩み寄る。そっと樹洞の入り口を覗きこむと、黄金に輝く小さな玉がそこに。撮影か、採集か、迷っているうちに、気配を察して飛び去ってしまった・・・。

待っていれば戻ってくることはわかっているので、2年前と同じようにじっと待つ。

20分ほど待った頃だろうか、再び黄金の玉が姿を現した。今度は採集するとすぐに決めて、網を振り抜く。


ケンランアリノスアブ♂

相変わらずの見事な輝き。

チャック付きポリ袋に入れて、ゆっくりと撮影。ここは兵庫県唯一の既知生息地、今年も健在でひと安心。

採集ができたので、次は撮影。網を置いてカメラだけ持ち、御神木の前で飛来を待つ。

15分ほど待つ間に、延べ5個体の飛来があった。しかし、どれも気配に敏感で、近寄るとすぐに飛び去ってしまう。次こそは、次こそはと思いながら待つうちに、空はだんだん暗くなっていく。

11時20分、空は完全に雲に覆われ、また雨が降ってきた。こうなってしまっては、新たな飛来は期待できない。意気消沈して、来た道を引き返す。

クヌギの樹液の前を通りかかるも、スズメバチの姿は皆無。ハチが飛べないほどとなると、他の昆虫の飛翔はまず期待できない。今年は運がなかったと思い、ゆっくりと雑木林の入り口へと歩き続ける。

もうすぐ入り口に戻ってくるというところで、急に樹冠が明るくなった。林の中の小道を通っている時はわからなかったのだが、天気は回復に向かっているらしい。まだ12時にはなっていないので、御神木に飛来する可能性は十分あるはずだ。元気を取り戻して、急いで来た道を引き返す。

再び、御神木の前でじっと待つ。移動中に日差しが若干弱くなったようで、路面には2年前のような鹿の子模様は浮かび上がらない。樹洞を中心において視野を広くして眺めていると、時折、キラッと光る物体が高速でコナラの幹をかすめて飛び去っていく。飛翔する条件が整っているのは間違いないのだが、交尾・産卵のためにトゲアリの巣を探しているわけではないのか・・・。

ずっと待ち続けても御神木に飛来する気配はなく、木漏れ日はだんだん弱くなっていく。今日はもう期待できないと思い、棚田の様子を見に行くことにする。

棚田の上まで登ると、すくすくと育つ稲が眼下に広がる。

すぐそばでは、クマノミズキの花が満開になっている。ちょっと網を伸ばして掬ってみるが、微小な虫ばかり。


マメコガネ

草陰で雨宿りして、これから飛び立つために出てきたのだろうか。


ベニシジミ

ハルジオンの花に蜜を求めてやってきた。天気はまた少し回復してきている。


ヤブキリ類の幼虫

来月になったら成虫が姿を現すことだろう。

花と虫で季節推移を確認できたところで、そろそろ帰ることにしよう。

クヌギの樹液に戻ってくる頃には、再び太陽が姿を現す。


ルリタテハ

里山に夏が来たのを感じさせるチョウのひとつ。

また御神木に戻っても良さそうだが、12時を過ぎていてはちょっと遅い。生態写真を撮れなかったのは残念だが、今年も無事に発生していることを確認できたので良しとしよう。あの時と同じように鹿の子模様が浮かぶ小道を、ゆっくりと歩いていく。

そして、林の入り口までもう少しのところまで来た時のことだった。薄暗い小道に、狭いながらもぽっかりと明るい空間があることに気がつく。それを見た瞬間、言葉を失ってその場に立ちつくした。

倒れかかったコナラの立ち枯れの根元に、木漏れ日が差し込む。むき出しになっている材部には、トゲアリの行列。長野での採集例からイメージしていた光景が、今まさに目の前にあるのだ。

息を止めて、そっと覗きこむ。

気配に気づかれないよう、そっと荷物を置いて近寄る。同時に3匹も視界に捉えているのだが、撮影するべく1匹に絞る。

こちらに気づいたらしく、向きを変えた。

次の瞬間、左手にいた個体が飛びあがり、死角に隠れていた4個体目と絡み合って落下した。

雌雄で交尾中なのか、それとも雄同士の縄張り争いか。ひとまず1枚撮って拾い上げた途端、2匹とも飛び去ってしまった。

そして、顔を上げると葉の上の黄金の玉は消えていた。

「生態写真を撮るならここだ!」

そう直感して荷物を置き、飛び去った個体が戻ってくるのを待つ。

5分後、黄金の玉が再び姿を現す。息を殺して、ゆっくりと近づく。

先ほどよりは良くなったが、まだ後ろ姿。正面に回りこもうとしたが、気配に気づいて飛び去ってしまった・・・。

さらに待つこと5分、再び黄金の玉が舞い戻る。

今度は、こちら向きに止まってくれた。

もう少し。

あと少し。

本日最高の1枚。

そして、手を伸ばす。

この輝き、何度見ても素晴らしい。

新たなポイントも発見できたし、今日はこれで満足。

雑木林を抜ける頃には、雨粒が大きくなっていた。

この豊かな里山が、いつまでも残っていますように。

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